戦闘中に魔法が使えなくなった男の話

浅木夢見道

本編


 前の仕事で大怪我を負っていた俺は、久々の仕事で気負うことはあっても腑抜けることはないと思っていた。

 『魔法剣士』たる俺は、杖と剣、その両方を手入れし、最新版に更新されたダンジョンマップを買って、入念な準備の上、ダンジョンへと潜った。


 今回攻略するダンジョンは『塔』だから、潜るというのはいささか表現がおかしい気もするが……まあ、古今東西、ダンジョンっていうのは『潜る』ものだ。




 しかし、久々に潜ったダンジョンの5階、『たったの5階』で、俺と俺の相棒は追い詰められていた。


 薄暗い塔の中で、ギャアギャアとうるさい声で威嚇してくるモンスターたち。

 二足歩行の背丈は子供ほど。薄汚れた緑色の肌、大きく裂けた口からは汚らしいヨダレを垂らし、爛々と輝く目で俺たちを睨みつける。ゴブリンと呼ばれる存在だ。


 獰猛に輝く瞳以上に光る短剣の矛先は俺たちに向いている。


「ダン!」


 俺に呼びかけながら奴らを一手に引き受けるのは、相棒のナーシャ。クラスは軽剣士だ。


 軽剣士というクラスに合った細身の体には必要最低限の防具を纏うだけ。

 細身のどこにそんな体力があるのか、男顔負けのスタミナで敵を翻弄し、短く切られたボサボサの赤髪を揺らしながら、ゴブリンどもの攻撃を間一髪でかわし続ける。


 16という年齢と、貴族のように整った見た目で他の冒険者になめられることも多いが、そこらへんの冒険者とは比べものにならぬほどの剣の冴えを持っている。


 そんなナーシャでも、何匹ものゴブリンに囲まれれば分が悪い。


 奴らはモンスターの中では高い知能を持ち、連携してこちらを追い詰める。他の魔物と同じ数でも、ゴブリンでは対処に大きな労力がかかるのだ。


 といっても、所詮は魔物。俺の得意魔法である炎の魔法でなぎ払ってやれば、奴らはすぐに尻尾を巻いて、我先にと逃げ惑う。

 奴らの連携が生きるのは、『攻めている』時だけだ。逃げる時にしんがりを務めるような自己犠牲は持ち合わせていない。


 何匹いようが、即、蹂躙できるのだ。……そう。魔法さえ打てれば。


「くそっ、なんでだ!」


 俺は、自分の腕でうんともすんとも言わない杖を振る。強く念じ、杖に宿ったマナを解放してやれば、目の前にいるゴブリンの群れなど一瞬で焼き払えるのに。


「ダン!」


 相方のナーシャがゴブリンの振るうナイフを受け止めながら、声を上げる。

 左右からもナーシャにゴブリンが襲いかかる。ナーシャは眼前のゴブリンを蹴り飛ばし、反動で後ろに飛ぶ。一瞬遅れて、先ほどまでナーシャがいた空間にナイフが振り下ろされ、俺はヒヤリとする。


 ナーシャの動きが、少しずつ悪くなっている。


「いったいどれだけ湧くのよ!?」


 すでに何匹もゴブリンたちを屠っているにも関わらず、奴らはどこからともなく増え、こちらに襲いくる。


 しかも、このゴブリンたちは、今まで相手にしてきた奴らとは違って、リーダーを伴っていない。


 ゴブリンリーダーさえ倒せば、奴らの規則的な行動を破れるのだが……。


「魔法はまだ!?」

「杖の調子がおかしい! 確認するから、なんとかこらえてくれ!」

「早くしてよ! 私1人じゃ抑えきれない!」


 杖の調子がおかしい。


 もしもダンジョンでパーティーメンバーにそのようなことを言われたら、普通なら激怒する。もし俺が言われたら……ナーシャ以外のやつに言われたらそいつの頭をぶん殴るだろう。

 しかし、ナーシャは俺の言葉に怒ることもなく、ゴブリンの足止めを受け持つ。

 長年のコンビ生活で、俺がこんな突拍子も無いことを言っても、それを信じ、次の手を打ってくれる。


 俺を信じ、ゴブリンどもの攻撃をいなしながら、奴らの前に立ちはだかるナーシャのためにも、一瞬でも早く戦線に復帰しなければならない。


 俺たちのペアは、タンクがいない。ナーシャが相手を翻弄し、俺の魔法で仕留める、という短期決戦がいつものやり方。

 ナーシャが俺を守りながら相手の攻撃をいなしつづけるというのは、いつもと違うやり方なのだ。


 杖の確認のため、俺は耳につけたイヤリングを指でいじる。脳の一点に集中し、魔法を発動した。


「『念話コーリング』」


 俺が呪文を唱えた次の瞬間、頭の中に声が響く。



『お念話ありがとうございます、お客様センター、ウェインです』



「急に魔法が使えなくなったんだが!!」


 焦りもあって俺は大声で叫ぶ。


 側から見れば急に1人で大声を発する奇特な人間に見えるかもしれないだろう。

 しかし、俺も必死だ。一刻も早く杖を使えるようにしなければならない。


『急に魔法が使えなくなった、とのことですね。利用魔道具の名称と番号をお願いいたします』

「フレイムトップロッド10、999113Eだ!」


  こちらの焦りを介さぬような、落ち着いた声に、俺は食い気味に愛用の杖の名を言い、契約番号も伝える。


『ご契約者様のお名前は?』

「ダン!」

『いま念話中の方は?』

「ダン!本人だ!」


 なんでこんな回りくどいことを聞く! 俺は歯噛みしながら相手からの言葉を待つ。


『では、契約をお調べしますので少々お待ちください』

「急いでくれ! 戦闘中だ!」

『かしこまりました』


 男の言葉とともに、軽快な音楽が脳内に響き始めた。相手が念話専用機を保留状態にしたのだろう。


 周りで聞こえる剣戟の音と全くそぐわぬ音楽に俺は苛立つ。


「ダン! なんて!?」

「調べてる、って!」

「あんた、ちゃんと料金払ってるんでしょうね!」

「当たり前だろ!」


 料金は、今朝ポストにあった用紙を使って、間違いなく今朝払い込んだ。

 そんな、場末の冒険者か、バカか、場末のバカな冒険者のような真似をするはずがない。


 気の抜けた音楽に苛立ちながらも、俺はナーシャの方を見る。彼女の身体には無数の浅い切り傷が見えた。徐々に押されてきている。


「ナーシャ! 無理するな! こっちでも何匹か受け持つ!」


 俺の言葉にナーシャは頷くと、ゴブリンの中央へと切り込んで行く。

 数匹のゴブリンが俺に背を向けて彼女を追い、そして数匹は俺に向かってくる。


 俺は投げナイフを飛ばし、俺に背を向けたゴブリンを一匹仕留めると、片手剣を抜き放つ。


 ゴブリンと必死にやり合ってるのに頭の中には軽妙な音楽が流れているとか、どんなハンデだよ。


 そう思いながらも、俺は襲いくるゴブリンに集中する。

 ゴブリンは手に持ったナイフを俺に振りかぶるが、そんな攻撃、集中が乱れなければなんという事はない。


『お待たせいたしました』

「おう、うぉぉぉっ!」


 急に脳内に響いたお客様センターの男の声に驚いた俺は、命からがらゴブリンの攻撃を避ける。


『戦闘中とのことでしたが、このままお時間よろしいでしょうか』

「話してくれ! 急に杖が使えなくなったんだ、事によっちゃ訴えるぞ!」

『……料金に未納がありましたので、杖へのマナ配給を停止させていただいております』

「はぁ!? 確かに今朝払ったぞ!」

『ええ、今月分の支払いを今朝頂いたのは確認できておりますが、先月分が未納です。一ヶ月飛ばしてお支払いただいているようですね』


 どうやら俺は場末の大馬鹿野郎だったようだ。


 怪我のせいで休養している間、支払いの用紙を見落としたらしい。


「そんな! たのむ、なんとかなんねぇか!?」

「ダン!? 大丈夫なの!?」


 俺と男の会話に、良からぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、ナーシャがゴブリンを相手取りながら大声で俺に呼びかける。


 俺はナーシャに「大丈夫だ!」と返し、男との会話に集中する。


『お支払いの確認が取れておりませんので』

「そうだ! 今月分のを先月分に動かしてくれ!」

『基本的には出来かねますし……それに、そうしたとしても、先月分のほうが高額なため、相殺できません』

「勘弁してくれ! 今死んだら料金もクソもねぇだろ! 頼む、助けてくれ!」


 俺は、恥も外聞も捨てて声を荒げ、男に声で縋り付く。

 このまま魔法の援護がなければジリ貧だ。


 少しの間、沈黙が続き、念話の向こうから静かなため息が聞こえた気がした。



『ここからは、一般的な案内となりますが』



「……なんだ?」

『周りの音を聞くにゴブリン、ナイフの音の数は20前後かと存じますが』

「ああ、魔法さえ使えりゃ、楽勝の相手なんだが!?」

『マナ供給はいたしかねますが、いくつかご提案がございます』


 マナの供給はしない。それはつまり死ねってことか。


「ああそうかい!」


 おれの投げやりな返事を全く気にせぬ声色で、男は言葉を続ける。


『……現在地をスキャンいたしました。『デイバックの塔 5階』でお間違い無いでしょうか』

「ああ!」

『……ローブを着たゴブリンはお見えになりますか』

「ローブだらけだ!」

『……なるべく後方、杖を持ったゴブリンは』

「ああ、よく見える! そいつもローブ姿だ! ナーシャ、下がれ!」


 男が何を聞きたいのかわからないが、マナの供給はもう見込めない。


 もはや魔法を撃てないとなったら、なんとかして逃げる必要がある。そのためにもナーシャを近くに置いておきたかった。


『そのゴブリンと同じ格好をしたものが複数体、お近くにいる、ということですね? 杖ではなく、ナイフを持った状態で』

「ああ」

『それらは幻影ですので、無視のほど、よろしくお願いいたします』


 一瞬、男の言葉が理解できず、俺の脳内に大量の疑問符が浮かぶ。


 幻影?


「はぁ!?」


 俺とは対照的に、男の声は冷静だった。


『デイバックの塔5階で、ゴブリンの群れ。

 足音の数と剣戟の数の差から察するに、先ほどご申告いただいたゴブリンの半数は幻影です。先ほどご確認いただいた杖を持ったゴブリンメイジの幻影魔法のものかと』

「幻影魔法のゴブリンメイジ!? そんなの聞いた事ないぞ! 本当かよ!?」

『断言は致しかねますが、同様のモンスターとの遭遇報告が、過去お問い合わせにございました。

 ご信用いただけるのでしたら、全力でサポートさせていただきます』


 男の言葉を信じるか、どうするか。


 このまま撤退戦を繰り広げたところで、逃げ切れる保証はない。どちらかが死ぬ確率は高いし、そうなれば敵を引きつける役をすることの多いナーシャが、俺を守ってしんがりを持つだろう。


 相棒を失うわけにはいかない。


「……どうすればいい」


 念話先の男が、小さく息を吸う音が聞こえた。


『幻影が手に持ったナイフは念動力での操作です』

「幻影に念動力……5階で出るような存在じゃねえな」

『仰る通りでございます』

「どうやって本体を叩きゃいい?」

『幻影は脅威です。しかし、実体を持たぬ存在ですので、ナイフだけ避けてお進みいただければ。ゴブリン本体はすり抜けられるかと存じます』


 目に映っているゴブリンに体当たりをしろ?


「そんな」

『後ろ!』


 俺の抗議を男の声が塗りつぶす。


 声に反応して後ろを向くと、ゴブリンが俺めがけてナイフを振り下ろさんとするところだった。

 完全に虚をついたと思っていたのだろう、急に振り向いた俺に驚いたゴブリンの動きが一瞬止まる。


 その一瞬は、俺にとって十分な『隙』だった。


 いまやただの棍棒と成り果てた杖でゴブリンの頭を打ち、無防備になった首筋に、撫でるように片手剣を滑らせる。


 派手な血しぶきをあげ、水音の混ざった断末魔とともにゴブリンは絶命した。


「……助かったぜ。アンタ、どっからか見てるのか?」

『映像機能はございません。ただ、ゴブリンの足音が鳴っておりましたので。今切りつけてきたのは幻影ではありません』

「今殺した」

『左様でございますか。流石でございます』


 驚かせてやろうと余裕ぶって答えてみたものの、男は特に驚く様子もなく俺に賞賛の言葉を伝える。

 おそらく、ゴブリンを見破った……聞き破ったのと同じように、俺の動きもまた、音から察したのだろう。


「……あんたのこと、信じるぜ」


 こいつは頼りになる『3人目の仲間』だ。


『承知いたしました。足音から判断し、幻影でないゴブリンの位置をお知らせします。それらを避け、幻影を突破、よろしくお願いします』

「分かった……ナーシャ!あいつらの大半は幻影だ」

「はぁ!?」

「俺は今から、そいつらをすり抜けて本体を叩く」

「そんなことできるの!?」

「ああ、できるさ! やらなきゃお終いだ」

『ダン様』

「なんだ?」


『ご武運を』



 ♢ ♢ ♢



『戦闘は、終えられましたか?』

「ああ……今終わった。ゴブリンメイジが死ぬのと同時に、幻影じゃない残りのゴブリンどもは逃げていったよ」

『左様でございますか』


 ゴブリンメイジの元まで俺をナビゲートしたあと男はしばし沈黙していたが、戦闘が終了したことを察して声をかけてくる。本当にカメラついてねえのか?


 片手剣を振るい、血を振り払う。

 後ろを振り返ると、目尻に涙を浮かべたナーシャが、笑顔でこちらに走ってきていた。


「ダン……ダン! よかった……助かったよアタシたち!」

「ああ……なんとかなったな……」

「でも、どうやって?」

「ああ、実は戦闘中、ずっと念話しててな」

「え……お客様センターと?」

「今も繋がってる。そいつがサポートしてくれたんだ」

「ええ……じゃあ、冒険者でもない、お客様センターの男の言葉を信じてゴブリンの群れに突っ込んでったの……?」

「まあ、そうなるな」

「ダン、あんた……正気?」

「いや、それがな、すげえんだよこいつは……」


 俺は、ふと思い出して『男』に話しかける。


「あんた、名前は?」

『お客様センター、ウェインでございます』

「ウェイン、か。覚えとく」

『承知しました』

「その、念話相手はウェイン、っていうの?」


 ウェインと話す俺に、ナーシャが割り込む。


「そうだ。ゴブリンメイジの幻影魔法だって教えてくれたのもウェインだし、念話越しに足音で幻影かどうか見破る男だぜ?」

「うそ……」

「下手なスカウトより、よっぽどすげぇよ」

「念話越しでそんなことできるの……? お客様センターの人ってみんなそうなの?」

「そうなのか? ウェイン」

『お恥ずかしいことでございますが、オペレーターの練度によるかと』

「……人による、ってよ」

「そんな……何人もそんな人間がいたら、私冒険者やめるわ……」


 落ち込むナーシャに笑いかけ、俺はウェインに礼を言う。


「ウェイン、本当に助かった。今度奢らせてくれ。あんたのセンターとやらはどこの街なんだい?」

『……申し訳ございませんが、保安上お伝えできません。お気持ちだけ頂戴いたします』

「そうかい。……しかし本当にすげえな、アンタ」

『とんでもない事でございます。……一つお伺いしても?』

「……なんだ? アンタの願いなら、俺はなんでも教えてやるよ」

『お客様……ダン様の所属ギルドの名称と、ご住所を』


 俺の個人情報を教えろ?


「会いにでもきてくれるのか?」


 俺はニヤリと笑ってウェインに返すが、それに対するウェインの言葉は、やはり平坦なものだった。



『いえ。先月分のお支払い用紙を、再度お送りしますので』



「……ははははははは!」

「ちょ、ちょっとダン、どうしたのよ!」


 どこまで行っても『お客様センター』のウェインの言葉に、俺は笑いが止まらなかった。

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