エピローグ:最後の幕を開くのは

 九重に誕生日の贈り物を先渡しして、数日ほどが経った日のことだ。

 私こと八刀が「学校」を終え、家路につこうとしていると――誰もいない学校の玄関口でひとつだけ、そんな私を呼び止める声があった。


「ヤト、というのはお前で相違ないかの」


 妙に尊大で芝居がかった、少女の声。振り返ってみるとそこに立っているのは、綺麗な顔立ちの女子生徒だった。

 真っ黒な長髪の中、前髪に一房だけ金色が混ざった特徴的な色合いの頭。きりっとした眉に、切れ長の目。可愛いというよりは、抜身の刃が持つような威圧感を感じさせる。

 腕を組んでこちらを見つめる彼女に、私は警戒心をあらわにしながら問うた。


「……ええと、どちら様かしら」

「申し遅れた。リッカとミナのクラスメイトでの、イリスという」

「あの子たちがなにか変なことでもしたかしら」

「そういうわけではないから、安心したまえ。余が用があるのは他ならぬ主だ」


 妙に尊大な口調でそう言うと、彼女は懐疑に満ちた私の視線を真正面から受け止めたままこう続ける。


「少し、今からついてきてほしい場所がある。主に、話しておきたいことがあっての」

「……まったく要領を得ないんだけど。なんで直接の面識もない私に」

「主は、【聖女】の中でもどうやら最も物分りが良さそうだからな。それに、言う必要のないことを胸のうちに留めておける頭の良さもある」

「知ったような口を」

「知っているからの、主らのことはティーからよく聞いている」


 くつくつと笑う彼女の口から飛び出したその名前で、私はいよいよ分からなくなる。

 ティーを知っている。だとすれば、帝政圏の軍部と関わりのある人間なのか?

 だけど見たところ、独特の雰囲気こそあれ年齢はどう見ても十代。軍人……というわけではなさそうだが。


「話って、何。大したことじゃなかったら、行かないわよ。知らない相手にはついていくなって言われてるから」

「それは大事じゃな。主らの身の上を考えれば」


 私の喧嘩腰にもまるで動じず、そんなことを言いながら彼女は――私の横を通り過ぎて、背中を向けながらこう続けた。


「だが、どうだろう。調律官――主らの言うところの『先生』のことだ、と言ったら」

「……なんですって」


 思わず声を揺らした私。だがそれにも構わず、彼女はそのまますたすたと歩いていってしまう。

 こう言えばついてくると、高をくくっているのか。若干の苛立ちを感じつつも――以前、先生は実際に私たちに自分の体のことを隠していたこともある。

 こんな話をちらつかされたら、ついていく他ないではないか。


「ちょっと、待ちなさいって――」


 イリスの後を駆けていく。下校時間で普段ならばそこそこ生徒もいるはずの校門までの道に、しかし今は不自然なほどに誰もいない。

 そのことに疑問を差し挟むよりも先に、しかし私はもっと理解に困る状況に直面した。

 校門の前には一台の自動車が停まっていて。そしてその前に――黒いスーツを着込んだカイとティーの二人が立っていたのだ。

 この二人が噛んでいるとなれば、いよいよイリスの言葉に嘘がないであろうことは分かる。

 だが――だとすれば。


「……イリス。貴方は一体、何者なの」


 そんな私の問いかけに、彼女はくるりとその場でこちらへ向き直り。


「イリス。イリス=アステリア=スヴァイゼ。主らには、『第一皇帝・・・・』と名乗った方が通りがよいかの」


 その名乗りにおよそ相応しいほどに、ひどく尊大に――そう告げたのであった。


(続く)



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死にたがりの聖女に幸せな終末を。//Days After Daydream 西塔鼎 @Saito_Kanae

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