第4話:来客

 一ヶ月過ぎても、一向にケイトから連絡はなかった。

 先方から連絡すると言っていた以上、待つしかなかったのだが一ヶ月何も無しというのは流石におかしい。

 撮った写真と動画、報告書は既にまとめ終わっている。

 ケイトは会合が終わった後、一週間後には連絡すると言っていたはずなのだが。

 

「こちらから連絡するしかないか……」


 私はメモした連絡先を取り出し、電話を掛けた。

 しばらくの着信音の後、出たのはケイトではなかった。


「こちら地球食料環境統括機構の××課です」

「すいません、ケイト=グリーン氏はおられませんか。私探偵のミシマと申します」

「……申し訳ありません、ケイトはしばらく欠勤しておりまして」

「そうなんですか……。では、彼女が戻ったら報告したいことがあるので連絡してほしいと伝言をお願いできますか」


 私は連絡先も伝え、一旦電話を切った。


 堅物のように見えた彼女が、何の連絡も無しに突然消えるような真似をするとは思えない。まさか、駆け落ちでもしたわけでもあるまい。

 考えたところで堂々巡りばかり。一旦考えるのを止める。

 

 いつの間にか腹は減っている。

 しかし、ベジバーガーを食べた所で上っ面の食欲は収まっても根源的な餓えは抑えられない。

 肉の味を再確認してしまった今となっては、これはやはり偽物だ。

 代替品以上の何物でもない。

 それでもコーラとポテトと一緒に流し込み、報告書を眺める。


 様々な芸能人や有名人、マフィアが一堂に会した食事会。

 禁忌とされている肉、魚にまつわる食べ物を供された夜。

 人々はみな笑顔だった。

 振り返り、窓の外から道を行き交う人々を眺める。

 不健康な程にやせ細った人。あるいは極端に太った人。

 中肉を保っていてもどこか虚ろな眼の人。

 やはりどこか、この世は間違っているのではないか?

 健康的な人の定義とは一体何なのだろう?


 そんなことを考えているうちに、携帯が鳴った。

 知らない番号だ。普段なら出る気にならないが、一縷の望みをかけて出る。


「もしもし」

「わたくし、地球食料環境統括機構のアンソニー=ジェイコブと申しますが、こちらミシマさんの事務所で間違いないでしょうか」

 

 落胆する。だが態度にはおくびも出さずに私は答える。


「はい、ミシマですが」

「ケイトは……貴方に何か依頼していたんですか?」

「ええ。怪しい会合があるから調査してほしいと」


 少し相手は息を呑んだように、言葉が止まった。


「そうですか……。ケイトは最近、同僚が出世して焦っているようにも見えました。仕事の功を得るために奔走していたのでしょうが、もしかしたらその為に何か危ない物に手を突っ込んでしまったのかもしれません。上司としてフォローすべきだったのでしょうが……今更言っても仕方ないですが」

「これからどうするんです?」

「警察に届けようかと。こちらでも行方を捜してはみますが。一応私の連絡先も教えておきます。ご迷惑をおかけします」


 電話の向こう側で頭を下げられたような気がした。

 電話はそれで終わり、私は携帯を机の上に置いた。


 その時、唐突に事務所のインターフォンが鳴った。

 ケイトだろうか。

 モニターで確認してみると、仮面を付けた男が立っていた。


「……誰だ」

「私を覚えてらっしゃいませんか」


 見覚えは物凄くある。だが、何故私の家を知っている?

 偽の身分で通したはずだ。


「先日の貴方さまが探偵のミシマ様であることは既に調査済みです。扉を開けていただけませんか」

「……わかった」


 仕方なく、私は扉を開けて来客を招いた。

 応接間で私とその男は向かい合う。


「何故、私の事がわかった?」

「何故だと思いますか?」


 あなたの方に心当たりがあるんじゃないかと言わんばかりの口ぶりだった。


「まあいい。私に会いに来たのは何の用だ」

「次の会合のご連絡です」

「フォーラムとやらに書いておけばいいんじゃないのか?」

「いえいえ、次の会合は秘密に秘密を重ねておきたいものでして……ね」


 仮面の下で、男が笑みを浮かべたような気がした。

 

「私以外には呼ぶ人間は居るのか?」

「もちろん。たくさんの人が食べたいと思っていますからね」


 あの時の食事を思い出し、早くも私の腹は唸りを上げ始めていた。

 仮面の男はわずかに笑い声をあげる。


「今日の用事はそれだけか?」

「もちろん、それだけでございますよ」

「食材は何だ?」

「それは当日のお楽しみでございます」


 また秘密、か。いい加減私はしびれを切らしつつあった。


「お前たち、何を企んでいる?」

「何を、と申されますと」

「とぼけるなよ。私に依頼しに来たケイトという女性の事も知っているはずだ。私の事を知っているのならな!」


 言った瞬間、相手はぐっと前に体を乗り出して私の顔の前にまで仮面を突きつけてきた。


「我々はね、いい加減に嫌になったのですよ」

「嫌になった、だと?」

「そう。菜食主義という思想にね。人間は雑食なのです。肉も魚も野菜も、全てを喰らわねば生きていけない。だというのに、奴らはそれを無理やり推し進めて人類全てが菜っ葉だけを食べるようにしなければならない、という悪法を立てた」

「……」


 男は再び椅子に座り、手を組んだ。


「地球の環境を守る。動物を守る。ひとつひとつは正しいように思えるが、それで動物を食べないと言ってその結果どうなったと思う? 野菜を作るために森を切り開き、山を削り、海を埋め立てて農場を作る。結果的に環境破壊につながってしまっている」

「それでも、食糧危機などは起きてはいない」

「ではそれで増えた人口をどうするのだ? 宇宙にでも棄民しなければいずれ地球はもたなくなる。宇宙開発は停滞して未だコロニーすら満足に作れぬと言うのにだ」


 男は立ち上がり、私を見下ろす。


「増えすぎた人間は間引くしかあるまい。ではどうやって間引くか?」

「クジでも引いて、番号の人間は殺すとでもやるのか」


 その時、私の脳裏には先日の会合での事が浮かび上がった。

 秘密の食材と言われて出された肉の事を。

 私は食べなかったが、他の人はなんら疑問を持たずに食べていた。

 美味い美味いと口々に言っていた。


「……まさか、お前たちは」

「牛も豚も、こだわった餌を食べさせればあれだけ旨くなる。となれば人とて変わりはないだろう?」

「外道め! 人間を食べるなど、それこそ外道の、鬼の所業じゃないのか!」

「さて、そうかな。私たちはそうは思わない。地球環境を思えばこそ、増えすぎた人間たちを自分たちで減らさねばどうしようもないのだ。菜食主義者の人々も地球の為にそうしていたのだろう? ならば私たちも地球の為に、自らの同胞を食べなければならない」


 これは我々に課された罪なのだよ、と彼は付け加える。


「……私を招待したと言ったが、行かない場合はどうなる」

「さて、どうなるだろうか。よくよく考えて欲しいね」

「私が統括機構に君たちの事を伝えてもいいのだぞ」

「おっと、それは困るね」


 その時、彼は懐から携帯電話を取り出してどこかに連絡していた。

 多少のやり取りの後、私に電話を渡す男。


「もしもし?」

「もしもし。××警察の本部長のマイクだが」

「本部長!?」


 度肝を抜かれた。まさか私の以前の勤め先の本部長が電話に出るとは。


「君は何をしようとしているが知らないが、組織の事をどこかにバラそうとしない方が身のためだぞ」

「それでも貴方は警察官なのですか?」

「君は禁酒法の事を知っているかね?」

「はあ、一通りは」

「いずれこの法律もあれと同じような末路をたどる事になるだろう。悪法とて法だが、誰もが守ろうとしない法律に意味などない」

「しかし、人間を食べると言うのは異常でしょうが!」

「さて、私は草食動物の事など知らんよ。勝手にすればいいさ」


 電話は切れ、私は男の方を見る。

 男は電話を返せという仕草をし、おとなしく私は返した。

 しまいながら男は言う。


「我々以外にも同じような組織はある、というのも覚えておいて欲しいね」


 我々以外にも?

 もはや人類の断絶は、静かに始まっていたとでも言うのだろうか。

 我々の知らぬ間に。


「ああ、ついでに言っておくと、統括機構のアンソニー氏も我々の仲間だ。彼も今の状況を憂いていてね。いずれ組織を解体できるようにしたいと意気込んでいたよ。それでは、会合にミシマ氏が来る事を楽しみに待っているよ」


 会合の日時と場所だけを示したメモを残して男は立ち去った。

 

 私はどうすべきなのか。

 会合にのこのこと出向くべきなのか、それとも統括機構の他の職員と連絡を取って会合を潰すべきなのか。しかし内部には協力者がいる。アンソニー以外にも居るとなれば、誰に連絡を取って良いのかすらわからない。


 私はずっと椅子に座り、考えた。

 しかし辺りが暗くなり、灯りが灯り始めても答えは出せそうになかった。

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聖餐 綿貫むじな @DRtanuki

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