怖い田舎~土葬と方言マシマシで~

七沢ゆきの@11月新刊発売

第1話 怖い田舎~土葬と方言マシマシで~

「ありゃあ」


 気の抜けたような勇さんの声がすべての発端だった。


「どしたー」

「こら、おらぢの骨だねぇ」


 困った顔をした勇さんは、小さな頭蓋骨を抱えていた。


 ここは墓地。そして私の故郷はいまだに土葬だ。


 え?土葬は今は禁止なんじゃないかって?

 そんなことはない。条例のある地方はそれに沿って、なければ埋葬許可証があればいい。ただ、今ではたいていの墓地は公営か寺の所有地で、その中で禁止されているだけだ。

 でもここは私たち一族の土地だ。寺も墓地も一族の持ち物なのだから、一族の反対がない限り、土葬にしてもなんの差しさわりもない。


「いやよ、おどっつぁまの骨にしてはちんちぇと思ったのよ。なあ、こらどう見でもおらぢのおどっつぁまだあんめ」

「んだなあ、ちんちぇなあ」

「こら、がぎめだっぺ」

「んだんだ」


 勇さんは相変わらず、頭蓋骨を持ったまま「がぎめげぇ」と首をかしげていた。


 いくら土葬がデフォの場所でも、一族をどんどん埋めていったらすぐに墓地は満杯になってしまう。


 だから、数年に一度、遺体を埋めた場所を掘り、土やまだ体にくっついている部分をきれいに洗って墓の屍櫃かろうどに納め直すのだ。


 そして、今日がその日だった。だいたい埋葬後五年。それが掘り出す目安だが、だれも一人ではやりたくないので、なんとなく年数や日にちを皆で合わせていた。

 

 私の家は一族の中でも本家筋に当たっていたが、女しか生まれなかったため家は絶え、こういった行事には他県に住む孫の私が駆り出される。正直、いい迷惑だとご先祖さまを蹴っ飛ばしたい。祖父のことは好きだったが、ガイコツ姿になった祖父まで好きになれるわけないだろう。


 祖父の葬儀も、都会で生まれ育った私には異次元だった。

 お棺を担ぎながら庭でマイムマイムのようなダンスをしつつ、何やら判読しがたい字を筵に書いて作った門をくぐり、そのまま庭をダンスしたままぐるぐるまわり続けるのだ。ちなみにその間、お棺を担がず、ひたすら小銭をばらまき続ける花咲か爺さんのような役目の人、鉦を鳴らしながら歌って踊るリクドウさんと呼ばれる人もいる。

 竹と筵の巨大な門(呪文つき)、棺、一族のマイムマイム、その間にじゃらじゃらと降ってくるお金。取りつかれたようにリクドウさんが歌う何を言ってるのだかわからない歌詞の歌。もうカオスである。通報されたらどうしよう。私は出棺の間、そればかり考えていた。


 嘘だろ?と思ったあなた、あなたは正しい。


 民俗学の教授にそれを話したら「あれをまだやっているところがあったのか……!」と絶句されたからだ。ちなみに「あれ」が何かは教えてもらえなかった。


 話がそれた。


「これぇ、どうしっぺぇ?」

「勇さんとごじゃ、がぎめの心当たりはねえの?」

「ね。おらぢの子供らはみーんな街さ出ぢまった。まぁだ孫も一人も死んでね」


 この村には住んでいるのはほぼ一族の人間だけだ。

 だから苗字で相手を呼ぶと訳が分からなくなるので、皆互いを名前で呼ぶ。

なにしろ「笹目鬼さん」と呼んだら、今、墓を掘っている人間が全員振り向いてしまう。


「かっぽっていいげぇ?おらぢのじゃねえもの」

「いやあ、おごつかっぽるわげにはいがねぇべ」


 豪さんが、今にも頭蓋骨をぶん投げそうな勇さんの手からそれを取る。


「ばぢあだっから、な」

「んでもよぉ。これ、おどっつぁまだねぇしなあ」

「坊さん呼ぶか?」

「呼んでも困るだけだっぺぇ。坊さんは経をあげるのが仕事だもの」

「んだなあ」


 会話が途切れる。

 110番しましょう。不審な骨が出たんだから。とスマホを手に私が提案しようとしたとき、銀二やんが凄いことを言い出した。


「んだらおらっちで供養しっぺ」


 はあ?!


 骨だよ、骨。身元不明の!しかも子供の!しかも頭だけ!


 でも私のそんな心の叫びは誰にも届かなかったらしい。


「どうせおらっちには今年供養する仏さんがいっから、一緒にやってやればよろこんべえや」

「ああ、それがいいそれがいい。供養してやりゃほどげさんも喜ぶぅ」

「がぎめだもんなあ。一人じゃさみしがっぺよ。銀二やんいいごどしたなあ」

「銀二やんはいづもよーぐ信心してっからなあ」

「いやあ、そうでもあんめけど」


 口ぐちに褒められた銀二やんが照れ笑いをしながら頭蓋骨を受け取る。

 ちょっと待って!警察!警察!なんでそんな平然と頭蓋骨を受け渡ししてるの?!


「あの……」

「なんだあ、しいちゃんげの孫ぉ」

「これ、警察に届けた方が……」


「なんで?」


 私以外の全員がいっせいに首をかしげた。


 きょとんとした顔。みんな農家なので、よく日に焼けて、純朴そうな顔をしている。

 でも、その顔で鍬を持ってじっと見つめられると妙に怖い。

 そのうえ、この場にいるのは私以外は全員男で、彼らはいまでもこの村の住人。

 ヨソモノは私だけだ。


「なんで警察さ呼ぶのぉ」

「銀二やんが供養するって言ってんだど」

「ここは俺らの墓だあ。警察なんかいんめよ」

「供養しる銀二やんに悪がっぺ」

「街ばさ出っど冷だくなるもんだなあ」

「んだ。しいちゃんはああたに信心してだのになあ」


 ……諦めよう。


 下手なことを言ったら鍬で頭をかち割られて私まで埋められそうだ。

 いや、21世紀にそんな八墓村みたいなことはないと思いたいけれど、ここまでのノリを考えると可能性はゼロではない気がする。


「いや、やっぱり、その、銀二さんにお任せします。余計なことを言ってすみませんでした」

「いやいやいいよぉ。一人供養すんのも二人供養すんのも同じだがら。しいちゃんの孫はしいちゃんに似て真面目だから、んな、まどめで供養すんのが気になったんだんべ」


 銀二やんが頭蓋骨を持ったままイイ顔で笑った。

 それを見て周りのおじさんたちもイイ顔になる。

 私も必死で笑っていたけれど、たぶん唇が引きっていたと思う。


「ああ、そうがぁ」

「んだなあ。しいちゃんならきっとがぎめの墓も建てるっちゅうからなあ」

「なぁにぃ、無縁さんにまでそうた気ぃ遣わねでいいんだよぉ」

「いい孫に育ったなあ」

「しいちゃんも安心だぁ」


 どこがどう安心なんだ。頭が痛い。

 私は緊張した時の癖で頭の中で九九を唱え始める。

 余計なことを考えないためにはこれがいちばんいい。


「んだらあ、そゆごどで」

「んだんだ」

「んだ、これ、おらっちの屍櫃さ入れっかんな」

「わりいなあ」

「いーやいーや」

「銀二やんにはあどでみんなで酒でもやんべ」

「いやいらねがら。ついで、ついでだがら」

「まーだそだごど言う」


 おじさんたちがどっと笑った。


 身元不明遺体+発見=和やかな雰囲気。


 ああ駄目だ。どうしてもイコールの後がつながらない。


「あれえ、しいちゃんの孫、どうかしたげ?」

おんなっこにゃおっかねえ仕事だったが?」

「いや、そういうわけじゃ」

「遠慮しんだね。しいちゃんの始末はおらだちがちゃんとしっから、そごらで休んでな」

「んだ。しいちゃんにおらぢの女っこをこき使ってって怒られっちまっ」


 怖いのは祖父の骨ではなくあなた方です、とも言えず、私は素直にその言葉に従い、自分の車の中で横になった。

 墓地よりだいぶ離れたところに停めておいたけど、うー、ここもくさい。


 死臭を線香の臭いでごまかすのもそろそろ限界だ。


「そっか!」


 私はぱっと起き上がり、車のトランクを開ける。

 

 そして、黒いビニールにくるんである物体に手を伸ばした。


 ぐじゅっと指が埋まるような手触り。だいぶ腐ってしまって、もうどうしようもない腐敗臭をまき散らすそれ。いちおう一緒に線香をたくさん入れておいたが、もうそんなものではごまかしきれなくなってきた。

 どうしようかと思っていた。

 大好きなあなた。まさか、あれくらいで死ぬとは思ってなかったの。

 だからどうしていいかわからず、ずっと持ち歩いてたの。


「ここに埋めればよかったんだ……」


 私はほーっと安堵の息を漏らす。


 ここは一族の土地。一族以外は入れない。

 そして……今日見たように、誰かわからない骨が出てきても誰も気にしない。

 いま埋めてしまえば、見つかるのは数年後。彼が完全に骨になるころだろう。

 しかも、きちんと供養までしてもらえる。


 いとしい彼が適当に扱われるのなんて我慢できないもの。でも、ここなら安心。


 それにここに入れば彼も私と同じ一族の人間。あの女なんか入る隙間もなくなる。


「よかったぁ」


 私ははじめて、親が田舎産まれだったことに感謝した。

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