*
「ついにきたぁ、サークル!!」
「ふふ、」
にこにこ笑うみうを見つめる。まさか私と部長があんなことになっているとは、この子は知るはずもない。というより、知らない方がいい。
「はぁい、こんにちは!俺は部長の浜岡研二だす。研二って呼んでね〜!じゃあ今日は軽く5月の旅行の計画と自己紹介終わるから、みんなよろしくぅ〜」
研二さん、チャラい...
.
「いやぁ、友達できて良かったね!」
「うん、なんかみんないい子そうだったし、大学生活楽しそう」
「それなぁ〜!」
みうが顔を緩ませながらうんうん、と頷く。
「はなちゃん、みうちゃん!」
「あ、研二さん!」
みうがぱぁっと明るい顔になる。
「俺もこっちなんだ、一緒帰ろうよ!」
「わぁ、ぜひぜひ!」
みう、こんなチャラい人がタイプなのか...?
「研二さん、彼女とかいるんですか?」
「それがね、できなくてねぇ、女運が悪いのかもしれないなぁ」
「えー、意外」
「みんな俺の事金持ちだと思ってるらしくて、1回でも奢らなかったら振られるんだよ。ホント勘弁」
「うわぁ、大変ですねぇ」
みうがドン引きした顔をしている。確かに女運が無さすぎる。キャバクラ嬢に貢いでいるお父様と一緒だな。
「あ、じゃあ私こっちだから」
「あ、みう、バイバイ!」
「みうちゃん、またね!」
「ばいばーい!」
手を振りながらみうを見送った後、彼をじっと見る。
「で、なんですか?」
「いやぁ、夜道が怖くてねぇ。」
「そんなタマではないでしょう。要件は?」
「実はさ、母さんの事なんだけど」
「...お母様の?」
そうして彼はスマホを差し出した。
「この人知ってるか?」
「これは...」
傘見組長!?
「これ、どこで?」
「たまたま休講ができて空きコマの時に病室に言ったら先客がいたから一応写真撮ったんだよ」
「なるほど...」
どういうことだ?
傘見組長とグルなのはお父様のはず、何故お母様が?
「とりあえず身の回りに気をつけて行動してください。いいですか?この人の尾行なんて絶対にしちゃダメです。」
「分かったけど、これ一体誰なんだ?」
「傘見組組長、傘見真也」
「...関わらないでおくよ」
金髪の毛先を弄りながら彼が苦笑いした。
「そうだ、これお母様の病室バレないようにつけて貰えますか?」
「ん、これなに?」
「盗聴器、ベッドの裏とかにつけといて貰えます?」
「了解、相変わらず物騒なモン持ってんな」
「ふふふ。じゃ、ここで」
「おう、またな、はなちゃん」
彼と別れで歩く。
明かりの点った赤提灯の横を通り抜け、バーへと続く階段を降りると、入口のドアの前にはスーツを着た男性が立っていた。
「...おかえり」
「ジンさん」
黒髪を七三分けにした彼はフッと薄く微笑んだ。
「今日は仕事は?」
「もう上がりだ。傘見組がなにやら騒がしいせいで、こっちはてんやわんやだ。」
「はは、警察も大変ですね」
ガチャガチャと鍵を開けながら話す。
「で、お前、何に頭を突っ込んでる?」
ジッポで煙草に火をつけながら彼が尋ねる。
「浜岡建設です」
「ほぉ、また面倒なのに手を出したな。」
「えぇ、でも助かりました。さすが探り屋ジン。」
「まあ今回は組対もその件を追ってたからな。ちょうど良かったよ」
「組対が?」
組織犯罪対策部、通称"組対"。
彼ー長田陣平はそこの巡査部長だ。だがその裏の顔は探り屋。警察官という立場を生かして様々な情報を入手している、という訳だ。
「あぁ、傘見組と浜岡建設がズブズブだっていう噂があってな。」
「結構有名だよね、この界隈じゃそれ。」
「あぁ、その噂を誰かが流してるんじゃないかっていうのもまた噂だな。」
「...え?」
「まぁそれはまだ本当に噂だからわかんねぇな。」
ふぅ、とジンさんが煙を吐き出す。
「ご注文は?」
「じゃあバーボン、ニートで」
「了解」
ボトルを開けてグラスに注ぐ。
「今からお客さんくるんで、口出ししないでくださいね」
「...了解」
顔が隠れるように黒いベールを付け、帽子をかぶる。それから少しすると、ドアのベルが音を立てた。
「いらっしゃい」
この前とは打って変わって余裕のある表情で女が私の前のカウンターに座る。
「あら、今日はご機嫌なご様子ですね」
「ふふ、分かっちゃう?楽しみにしてたのよ、あなたに会うの。 いい返答を期待してるわよ」
シェイカーに材料を入れ、シェイクする。
「...どうぞ」
透き通った薄い青色の液体が彼女の前で揺らめく。
「あなたの望み、叶えましょう」
「ほんと!?やったぁ!」
彼女は意気揚々とグラスを手に取り、それを飲み干した。
「いい飲みっぷりで」
「ふふ、飲めなきゃ嬢なんてやってらんないわよ」
そうして彼女は1万円札をカウンターに置くと、カツカツとヒールを機嫌よく鳴らしながら店を後にした。
「...相変わらずだな」
「え?」
「それだよ、それ」
ジンさんがグラスを指さす。
「あら、気づいちゃいました?」
「はっ、よく言うな」
グラスの氷を指でくるくると回しながら彼が言う。
「まぁ、それに気づかないあの女も大概だがな...」
.
あれから数日後の土曜日の夜。
バーのドアベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ...」
彼は無言で私の前に座った。
「...いつもそんな格好してんだ。」
「えぇ、まあ」
バーテンダー用の服とベールを纏った姿を彼に見せるのは初めてだったか。
「早速ですが研二さん、本題に入らせていただきます。あなたの人生を左右する辛いお話になりますけど、聞きますか?」
「...うん、」
とあるお酒を作りながら口を開く。
「まずはお父様のことから。近いうちにお父様は逮捕されます。警視庁の組織犯罪対策部が傘見組と浜岡建設に目をつけたんです。これはまだ警察関係者も知らないことです。先にお知らせしておきます。」
「そ、そんな」
「次にお母様について。お母様の怪我ですが、あなたのお母様がそう仕向けたものだったんです。説明すると、あのお父様の愛人は傘見組の息のかかった者で、お母様を階段から突き落としたのはあの女。しかし、そうしろと命令したのはお父様ではなくお母様。そう、お母様はお父様が女を使って邪魔な自分を殺そうとした、そう周りに思わせるように仕組んだのです。」
「な...で、でも、母さんはなんでそんなことを、自分が怪我をしてまで...?」
「会社です」
「え?」
「研二さんは以前、会社の実質的な経営はお母様が握っていると仰りましたね?ということは研二さんのお父様とお母様が離婚したところで経営はお母様の手によって行われていたため、お母様が浜岡建設を去れば会社は回らなくなる。それをお母様は分かっていて、お父様を悪者にした後に会社を追い出し、会社を自分のものにしようとした。...これが私の見解であり、事実です。」
彼が言葉を失う。
それもそうだ。信じていた母がまさか家庭を崩壊させ、会社を手に入れようとしていたなんて、信じたくない。
「実は、例の女から依頼を受けていたんです。浜岡四郎に復讐してくれ、と。もちろんお断りしましたが、女は私が依頼を受けたと勘違いしています。」
「え?」
「ブルームーンって、研二さんご存じですか?」
「いや、わかんねえな」
「ブルームーンという透き通った青色のカクテルがあるんですが、それを彼女に差し出して、あなたの願いが叶いますように、とだけ言ったんです。実は、ブルームーンの意味は"できない相談"、お断り。彼女はこれを差し出した時に嬉しそうな顔をしたので、少しだけ騙しちゃいました。」
「なるほど、じゃあ母さんはまだこの計画が自分達以外にバレたことを知らないのか」
私が首を縦に振ると、彼はじっと私を見つめた。
「で、どうすればいい」
「え?」
「俺はどうすればいい?このまま浜岡建設の崩壊を見届ければいいのか?なぁ、教えてくれよ、」
「.....一つだけ、方法があります」
「あなたが社長になるのです、研二さん」
「え?」
「取締役会、ありますよね?」
「あ、あぁ。でも、その中には父さんと母さんもいるし、」
「あなたがお父様とお母様以外の皆様に極秘で連絡して取締役会を開催し、社長を変更するんです。もちろん、開催する直前までは極秘にして、お二人を取締役会から逃げられない状況に追い込むんです。取締役会は必ずお二人も含めて行ってください。」
「でも、取締役会のメンツは全員2人の知り合いだぞ?そんな上手くいくわけ、」
「今の状況を全て話してみてください。会社が潰れるかもしれないんですよ?簡単に寝返ってくれます」
「っ、でも、」
「デモデモダッテは通用しませんよ」
彼がバッと顔を上げて私を見つめる。
「ここは、そういう世界です」
研二さんが唇を噛み締める。
「...やってやるさ」
「では」
彼の前に1つグラスを差し出す。
「XYZ、今のあなたにぴったりなカクテルかと。」
「...意味は?」
「後はない」
「あなたが社長になれば、こうやってのんびり酒を嗜むのも出来なくなるでしょう。お代は結構です、味わって飲んでくださいね。」
「ははっ...ありがとう」
そうして彼は少し笑ってグラスに口をつけた。
.
「ねぇ、はなちゃん!聞いた!?」
「え、なにを?」
「浜岡先輩、サークルやめちゃったんだって!それに浜岡建設大変なことになっちゃってるし!」
「あー、あれね、朝からずっとニュースでやってるもんね...」
「でも、浜岡先輩、社長になってたよね?なんでだろ...」
「さあね、あ、授業遅れちゃう、行こ!」
「うん!」
.
.
人生を変える酒 End
女殺し屋のはなし べてぃ @___bty
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。女殺し屋のはなしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます