献立5

「はぁ……」


今日の放課後のことで溜息をつく。もうお昼休みが終わる。行ってどうなるというのだろう。もし本当に告白されたら?されたとしても、付き合う理由などないし、断ったとしても、小林さんが何て言うのやら。ましてや、須崎さんのことが気になって仕方がない。いっそのこと、帰ってしまおうか。……ううん、そんなことできるはずがない。小林さん。須崎さん。渡邉くん。あぁ、3人の顔が頭の中でぐるぐると回っている。そのまま頭の中から消してしまいたい。何を言われるのか、どう答えるべきか、悩みながら廊下を歩く。あ、そういえば、さっき高田先生から次の授業の準備をしてほしいって言われていたんだった。日直の仕事は、体育の授業に関係あるのだろうか、と首を傾げたくもなるのだが、早めに体育館へと行くことにした。


授業が始まる15分前。さすがにクラスの誰も来てはいない。今日の授業はバスケットボールをするから、ボールを準備するのに倉庫へ向かう。倉庫の鍵を握りしめて、体育館の入り口から正反対にある倉庫の扉に近づいた時だった。聴き覚えのある甲高い笑い声が、外から体育館の上の窓を抜けて私の耳に届いた。ちょうど体育館の裏に、プールと水泳部の部室がある。部活が始まるまでは、部室と体育館の間のスペースが不良たちの溜まり場となっていたのだった。不意に、私の名前が挙がった。……小林さんと、須崎さん……?あまりよろしくはないことだとわかってはいるが、自分の名前が出てしまった以上、耳を傾けざるを得なくなった。ピタリと止まった身体に、汗が浮き始める。


「ねえ。マジ傑作じゃね?」

「昨日のでしょー?最高だったー」

「ほんとそれな」

「あの子、ほんとにあたしが渡邉のこと好きだと思ってるみたいでね、あのあと『だいじょうぶ?』って言ってきたの」

「なにそれウッザー」


一瞬、二人が何のことを話しているのか、わからなくなった。


「そもそも、渡邉って小林の彼氏でしょ?そんなことも知らないんだねー」

「いやいや、知らないと思ったからやったんじゃん」

「あ、そっかー!ほんとさ、驚いたよねー」

「うん、マジ意味わからんわ」

「1年も不登校だったのにねー、いきなり来るようになってどうしたのかな、あはは」


昨日の出来事は、はっきりと覚えている。河窪くんから手紙を渡されたこと。小林さんと須崎さんにその手紙を取られてしまって、中身を読まれたこと。その中身が、渡邉くんからの呼び出しだったこと。そしてそれを小林さんが行くように促したこと。須崎さんの様子が、おかしくなったこと。

昨日の出来事のことも処理が追いついていない状況で、須崎さんの言葉。今、何て……?1年も、不登校……?誰が……、私が……?


「あれだけやったからさーーいつか死ぬと思ってたんだけどねーー」

「死ぬどころか元気に再登校、なんてね」

「超ウケるわー」

「何かもう気持ち悪くなーい?ここまで来るとー」

「うちらにハブられてたことすっかり忘れたみたいにさー」

「はじめは頭おかしくなったのかな?って思って、構ってあげたけどさ、もう友達ごっこも飽きたねー」

「わかりみだわークラスの連中もみんなあいつのこときもがってたしなー」


やべー、体育館シューズ忘れたわ、と小林さんが言って、私も行くー、と須崎さんも教室の方へと消えていった。

なんだか、頭がくらくらしてきた。あの手紙は、あの出来事は、二人が企んだことで、渡邉くんは、小林さんの彼氏で。あぁ、そっか。じゃあ音楽室に行かなくていいんだ。良かった。良かった……?何か、とんでもなく重い何かが、肩を掴んで離さないような感覚に陥る。地面からも何かに引っ張られるみたいに、その場に崩れた。

そういえば、私今何年生だったっけ?二年生のはずだけれど、去年の記憶がない。いつから、ここにいたんだっけ?それに、もっと大切な何かが、あったはずなのに、ぽっかりと抜け落ちている気がする。


『ごめ、……、ぱり、……わたし、もう、……』

「うっ……」


突然、知らない声が頭の中に響いた。誰なんだろう、なんて言っているのか、わからない。頭が、痛い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

私より少し遅く来た高田先生の焦った声が聞こえたが、とても遠くに感じた。体育館の床が少しひんやりとしていて、心地良い。急に眠くなって、崩れ落ちたまま、意識を失った。

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今日の食事 優咲 @dream_yura

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