5.答えは誰にも分らない
会場の外には、大量の救急車や消防車が所狭しと停まっていた。救急隊員達が「気分の悪い方はいませんか?」等と呼びかけているけれども、幸い大きな怪我をした人はいないようだった。
――会場の中に火の手が上がったのは、私が非常ベルを押して警報ベルが鳴り響いてから、数分後のことだった。例のステージの辺りで、小規模な爆発と火災が起こったのだ。
幸い、既に警備員が避難誘導を始めていた最中のことだったので、ステージには殆ど人はおらず、直接の怪我人も出なかったらしい。けれどもステージの設備が結構燃えてしまい、当然のことながら展示イベントは中止になっていた。
原因は目下調査中。消防隊員達が無線で話していた言葉を拾っていると、「白熱灯」「スプレー缶」という言葉が繰り返し聞こえた。どちらにしろ明らかになるのは後日だろうから、今気にしても仕方ない。
「いや~、災難だったな斎藤! とにかく、怪我もなくて良かったよ!」
織田は騒ぎを聞きつけてすぐに戻って来てくれた――と言いたい所だけど、右手にはバカみたいに大きなホットドッグを持ち、左手には焼きそばやら何やらがわんさか入ったビニール袋をぶら下げているので、なんだかな、という感じがしてしまう。
「……避難誘導が早かったからね。警備員さん達が手早く動いてくれたお蔭よ」
実際、警備員たちがきちんとマニュアルを守っていたからか、避難誘導は迅速に行われ、大きな混乱は起きなかった。
けれども、多分紙一重だったのだと思う。私が鳴らした警報ベルが、もし「いたずら」だと判断されていたら、避難誘導は行われなかったかもしれない。
――実際、火の手が上がったのは、警報ベルが鳴ってから数分後のことなのだ。もし、防犯カメラ映像に私が非常ボタンを押す姿が残っていたとしたら、少し面倒なことになるかもしれない。「何故あなたは、爆発が起こる前に非常ボタンを押せたのですか?」なんて聞かれたら、正直答えようがない。
それに、気になることもある。会場に現れた、百人近くの「夏菜子たち」のことだ。
私は今まで、夏菜子が私を「あちら側」へ連れて行く為に、姿を見せているのだと思っていた。けれども、今回のように無数の「夏菜子たち」が姿を見せたら、私はそちらへ向かうどころか、逃げ出すことだろう。普通に怖い。
むしろ今回の夏菜子は、私に異常を知らせる為に、あんなインパクトのある登場の仕方をしたのではないだろうか?
――つまり、今まで現れた夏菜子も、私を「あちら側」へ誘っているのではなく、むしろ危機から遠ざける為に姿を見せていた可能性も……?
残念ながら、その疑問の答えをくれる者は誰もいない。当の夏菜子が教えてくれれば良いのだけど、彼女はいつも微笑むだけで、言葉を発したことは一度だってない。
そして、これからもきっとないのだろう。
「斎藤、お腹すいてないか? 爆発騒ぎで何も食べてないだろ? 良かったら、この焼きそば食えよ」
私が夏菜子のことで頭をフル回転させていることなど露知らず、織田がニコニコしながら焼きそばのパックを差し出してくる。確かに、言われてみればお腹がペコペコだった。
私はありがたく、その焼きそばを受け取ろうとして――途中でその手を止めた。
「……? どうした、斎藤。いらないの?」
「ええと……その、もしかしたらなんだけど……その焼きそば、食べるの止めておいた方がいい、かも?」
「はぁ? なんでさ」
訝しがる織田をよそに、私は彼の肩の向こう側へと目を向けていた。
今、そこには
そして彼女は、私が焼きそばへ伸ばした手を引っ込めると、かき消すようにいなくなっていた。まるで「その焼きそばを食べるな」と言っているかのように。
「ま、いらないってんならいいけど。俺が食べるし」
そう言うと、織田は右手のホットドッグを瞬く間に平らげ、矢継ぎ早に焼きそばも食べ始めてしまった。
私はそれを止める言葉が見つからず、ただただ、その姿を見守るだけだった――。
――そしてその日、織田は盛大にお腹を下した。
ありがとう、夏菜子。
ごめん、織田。
(了)
いつもそこに君がいた 澤田慎梧 @sumigoro
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