第736話 7大精霊王の結界


 2階の部屋には中央に浮かせた大きな植木鉢と、モリーとソレイユがぽつんと佇んでいた。

 ただぼんやりしているわけではなく、強い魔力を放っていた。

 すると彼らが来たこと気づいて、ソレイユだけがリカルドの肩に飛んできた。

 そしてサミーを歓迎するようにくちばしで彼の肩を軽くつついた。


「お久しぶりです、ソレイユ様。

 それにしてもこんなところで成長させるんですか?」


 狭い場所に限定すると言っても、一時的に借りている山小屋の2階を使うのは常識的な方法ではない。


「検証の結果、結界が地面に接していることで一部魔法が吸収されてもろくなってしまうんだ。

 つまり下からの攻撃に弱いから、浮かせないといけない。

 他にも水の中でも岩窟の中でも空間魔法で作った場でも、いろいろ試したがどうしても無理でね。

 ああ、まだ準備中だから中に入らずドアの外にいるんだよ」


「わかりました。

 確かにそれでは土がある外では育てられませんね。

 結界は張っていることを悟られないように透明にしますし。

 見えるようにすれば中に貴重なものがあることがすぐにわかってしまいます」


「その通りだ。だが心配はいらない。

 ここは昔、胸の病で療養していた部屋だったらしい。

 ずいぶん前なのにおかしな偏見なのか、いまだに誰も2階を嫌そうにして上がろうとしない。

 まぁ、訪ねてくるのはロダンと村の女性くらいだけど。

 ならこの部屋の中にどこにも触れない状態で結界を張れば、誰も見に来る人間がいないという訳だ。

 しかもおあつらえ向きに雨だ。

 多少光ろうが、みな雷か何かだと思ってくれるだろう」



 リカルドの計画はこうだ。


 まず2階の部屋全体をモリーの結界で覆う。

 これは結界内の影響を最大限外に漏らさないためだ。

 それで使うのがヴァルティス王国にも張られている『聖女の結界』である。


 聖女とは愛と信仰と慈悲の持ち主であり、聖属性魔法の中でも浄化魔法、治癒魔法、そして攻撃魔法(教皇が命がけで放つ『神の雷』を除く)の全てが使える唯一の存在である。

 この結界魔法は浄化魔法と攻撃魔法の間とされているものだ。


 現在の聖女の結界は元々神が初代聖女に作らせたものなのだが、その維持は王族とクライン家が行っている。

 ヴァルティス王国で聖女が生まれると王族との結婚を強いているのもそのためだ。

 つまり現王族と元王族クライン家は聖女の子孫なのである。

 聖属性魔法を使えるものは多少はいるが、これによってこの2家は特別視され尊ばれているのだ。

 マドカがかろうじて聖女でいられたのも、この結界魔法を使うことができたからである。

 当然それ以上の力を持つモリーも使うことができた。



「聖女の結界は特別だからね。

 もうすでにこの部屋全体にモリーの結界を張ってもらってあるから、今からその中で7つの結界を張る。

 今晩は魔力が続く限りするから、みんな覚悟してくれ」


「ずっと張り続けるなんて、可能なんですか?」


「精霊王たちの寵愛を使うから、なんとかなると思うよ。

 でもこのような力ある結界がずっとあったら聖域になってしまう。

 それにここは借家だし、原状回復しないと返せないから困るよね。

 まぁそれもエリーが復活したら、考えることにしよう。

 サミー、マジックポーションをすべて出してくれ。

 いちいち取り出すのは面倒だから、僕が渡すよ」

 

 サミーが背嚢から20本全て出すとそれを受け取り、彼はポケットからいくつもある中から黒味がかった紫色の保存石をとりだした。

 残りの保存石は全部金色で、リカルドの魔力を貯めたものだ。


「これはエマの魔力だ。

 小さな子に魔力を使わせたくなかったがあの子だけ仲間外れもいけないし、かと言ってこの場に置くのは危険だからね。

 ではサミー、ミランダ。

 私に魔力譲渡をおこなってくれ」


 

 彼の言葉に頷いた1人と1匹は、リカルドに魔力を送り始めた。

 かなりの魔力をおくったので体の力が抜けていく。

 サミーはマジックポーションを望んだが、彼は渡さず手の届かない部屋の中に入ってしまった。

 とうとう立てないほど疲労困憊すると、リカルドは譲渡を止めさせるだけだった。



「君たちはそこにいてくれ。

 この儀式は僕だけで行う。

 この世界にエリーが復活できるほど安全な場所はどこにもないんだ。

 ならば作り出す他にはない」


 彼は部屋の中に入り、魔法を展開させた。


「7大精霊王よ。

 我に与えられし寵愛に免じ、願いを叶えたまえ

『隠れ家の実』を守り、力を与えよ。

 樹魔法で生命を、土魔法で栄養を、水魔法で潤いを、風魔法で空気を、火魔法で温もりを、光魔法で成長を、闇魔法で安らぎを。


 代償として我の魔力と預かった魔力、そし悪魔を討伐する分を残して我の寿命を全て捧げる」



 魔力不足でうつ伏しているサミーは自分の愚かさに気が付いた。

 強い魔法には代償がいる。

『神の雷』では教皇代理であるラインモルトの命が失われた。

 エリーもケルベロスから受けた炎の傷を癒すために、体を成長させる力を失った。

 7大精霊王の結界ならば、しばらく休めば戻る魔力程度で張れるはずもない。

 先に魔力譲渡させたのもマジックポーションを奪ったのも、代償の対象者をリカルドだけにするためだったのだ。


「リカ……ル……」


 サミーは力を振り絞って手を伸ばし、呼びなれた主の名前を切れ切れに呼ぶと同時に、床にあった魔法陣が起動しそこからあふれ出した光がリカルドを覆った。


 意識がもうろうとし、開けるのも辛い瞼の隙間から7つの力が動くのを感じた。

 そうして結界が張られていくと共に、床に臥す発願者の姿に寿命が削られたことを悟ったのだった。



 サミーが気付くと部屋の中は宙に浮く植木鉢と、そのすぐ脇にリカルドとソレイユが倒れたままだった。

 彼らは同時に生まれ魂が結びついているので、影響が大きいのだ。

 モリーが懸命に治癒魔法をかけている。


 なんとか体を動かすと、起きたのに気付いたモリーがマジックポーションを持って近くに寄ってきた。

 床に水魔法で出した水文字で『アルさまのめいれい』と書いた。


「飲めというのか?」


 そうですと言わんばかりに彼女が震えると、彼はポーションを急いで口にした。


『アルさまにも』


 次の水文字を見てだるい体を立ち上がらせて、サミーはリカルドに少しずつポーションを注ぎ込んだ。


「うっ……」


「気がつかれましたか?」


「ああサミー……、勝手なことしてすまなかった……。

 うまくいったのかな?

 君の魔力も使ったので、安全に通れただろ?」


 結界を張るのに保存石のエマの魔力を使ったのも、敵ではないことを示すためだった。


「はい、ここに来るまでに7つの結界を通り抜けましたし、植木鉢は安定しています」


「そうか、よかった。

 これならば安全と見なされるはずだ」


「しかしあなた様の寿命が……」


「逆に言えば、悪魔を討伐するまでは寿命は守られる。

 精霊王たちとの契約は、別の意味で僕を守るのだよ。

 前世では74歳まで生き、今世でも15歳まで生きた。

 もうすでに十分生きているのだ」


「ですがリカルド様……」


「この願いを叶えてもらう代わりに教えてもらったことがあった。

 サクリード皇国はエリーゼの魂を呼び出すために、王侯貴族のほとんどの生命を捧げた。

 僕のささやかな寿命ぐらいでは本当は足りないんだよ。

 それでも寵愛の称号が生き永らえさせてくれた。

 精霊王の皆様には感謝しかない。

 サミーもそう思ってくれないか?」


「かしこまりました。

 7大精霊王に感謝申し上げます」


「ありがとう……少し眠るよ。

 僕が起きるまで、エマたちを守ってくれ」


「この命にかえましても」



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ダンジョン報酬の罠。使い道を間違えると使えないもの。

安全な場所がなければ、ずっと閉じ込められたままという『隠れ家の実』。

高度な報酬ほど罠があり、これが一番いい報酬です。

敵対する悪魔に存在を知られる前の、最初のダンジョン報酬には罠はありません。


フェニックスであるソレイユ=リュンヌは契約者であるリカルドの死と共に死にますが、再度復活するのでこの無茶に付き合ってくれるように頼みました。

復活するときの契約者は別の人物になります。


山小屋の間取りは1階に台所やトイレなどの水回りと、小さめの部屋が2つと少しだけ大きな客間が1つ。

台所の向こうが外で馬が繋いだ軒があります。

水の施設は水が勝手に溜まる水がめの魔道具がありましたが、高価なので持ち帰られています。

2階は広い1室ですが、階段を上がるとすぐ部屋の中だったので、壁とドアを取り付けてります。

寒くないのかは、きっと絨毯やタペストリーでも敷いていたんでしょう。

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2024年9月23日 17:00
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錬金術科の勉強で忙しいので邪魔しないでください(web版) さよ吉(詩森さよ) @sayokichi

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