第735話 サミーの到着


 ロダンの依頼を受けて1か月後、彼らのエルダートレントエールは無事納品した。

 受け取った男爵はさらに伯爵家のパーティーへそれを持って行き、好評を博したという。

 そのため追加注文があり、直した魔道具の樽以外にもう1つ作るように依頼された。

 おかげでリカルドたちはもう2か月ほど、山小屋暮らしを満喫することになった。


 けれどもよそ者を嫌ってか、時折ロダンが様子を見に来る以外は山小屋にほとんど誰も近寄らなかった。

 その彼は小屋の脇にリカルドが作ったドーム状の建物を見て、口をあんぐり開けていた。


「コレ、なんだよ?

 やたらキラキラしてやがる」


「これは温室だよ。

 初めて見るのかい?」


「ああ、いったい何のためのものなんだ?」


「それなら百聞は一見に如かず、君を僕の温室に招待するよ」



 リカルドに連れられて、ロダンが中に入ると中には大小の植木鉢が置かれていた。

 ほとんどが発芽したばかりのものだったが、中には植え替え出来そうな苗になったものもあった。


「これは外の気温や湿度に関係なく、条件を一定に保つようにした温室だ。

 僕が育てたい薬草はちょっと特殊で希少なものが多くてね。

 植物ごとに生育条件が変わるんだ。

 だから鉢ごとに条件を変えて、この温室自体は天候や動物たちの影響を受けないようにしている。

 ほら、これなんかわかりやすいんじゃないかな」


「嘘だろ、雪が積もってるじゃん。

 今夏だぜ」


「これは冷たい雪の中でしか発芽しないんだ。

 だから雪が降るくらい、鉢の周辺の温度を低くしてある」


「すげー。この温室も置いて行くのか?」


「これは一時的なものだから、薬草が発芽してしっかりとした苗になったら撤去するよ」


「もったいねーな」


「それにこのまま置いていたら、薬草を植えるところがないじゃないか」


「それもそうか。

 じゃあ、苗になったら植え替えるんだ」


「うん、そのまま鉢ごと土に植える。

 あの植木鉢も魔法で一時的に固めてあるだけで、植えたら元の土に戻るんだ」


「やっぱ魔法って便利だな。

 あれっ? ここだけ場所が空いてるけどどうしたんだ?」



 そこはエリーの『隠れ家の実』の鉢を置いたあったところだ。

 だが1週間経っても発芽する様子がなく、『真実の目』を使うと、安全性が足りないとでたのだ。

 だからやりかたを変えなくてはならなかった。


「それね、わりと大きく育つ苗を作りたかったんだけど、ちょっと失敗してね」


「へぇ、アルでも失敗するんだ」


「失敗のないヒトなんていないよ。

 で今日はどうしたんだい?

 注文は一段落して、後は納品まで見守ればいいんだろう?」


「村の女どもがアルを紹介しろってうるさいんだけど、その中に弟が惚れてる女もいるからさ。

 あんまり会わせたくないんだ」


 リカルドは乙女ゲームの攻略対象になるほどの美形だ。

 村の女性たちの関心を買っていてもおかしくなかった。


「もしかしてコリーナって子?

 その子ならここに訪ねてきたよ。

 何かお手伝いすることありませんか? ってね」


「マジで?」


「うん、困ってないから特にないって答えたら、怒って帰ったよ。

 どうしてかなぁ?」


「ああ、それは親切にしたのにお茶ぐらい誘えよって拗ねたんだ。

 でも確かに心配だよな。

 アルって村に来ても俺んち以外は寄らないだろ。

 食料とか一体どうしてるんだろうって、ウチの母ちゃんもいってた」


「本当に間に合っているんだ。

 手持の食料があるし、野草も食べられる。

 それに時折ミランダがお散歩がてら狩りをしてくれるんだ。

 前の熊みたいに大きなものなら、村のヒトにも分けるんだけど。

 ウサギとか、鳥とかぐらいでね。

 皮とか羽は残してあるけど、村に分けた方がいいかな?」


 大したものがいないのは、結界を張っているからなのだがそのことには言及しなかった。


「そっか、それくらいならいいよ」



「それはそうと、ロダン。

 前に話した僕の兄がもうすぐこっちに来るんだけど構わないかな。

 できれば2か月後に一緒に旅立ちたいんだけど」


「えっと、そいつも魔法使えるのか?」


「まぁね、僕ほどじゃないけど」


「てかさぁ、アルって本当はスゲー魔法士なんだよな?」


「まぁまぁかな。

 僕よりすごいヒトはたくさんいるよ」


 人間ではなかなかいないが、魔族やハイエルフならばかなりいるだろうとリカルドは推測していた。

 少なくとも子どものころ遠目で見たビアンカには負けていた。


「ふーん、そうなんだ。

 とにかくコリーナとは、その感じで行って欲しい。

 それじゃ、その兄貴とやらが来たら村に連れてきてくれ。

 一応、見知らぬものを村の近くに長逗留させるわけにはいかないから」


「わかった。できるだけ早くに連れて行くよ」



 それから2日後の雨の夜だった。

 とうとうリカルドが待ちわびていた、サミーがやってきた。


「遅くなって申し訳ございませんでした」


「いいや、無事に来てくれてよかったよ。

 馬で来たんだね。

 この小屋にはうまやがないから……今晩は魔力がいるから裏手の軒下に繋いでくれ。

 ここには害獣は入ってこないから安心してくれ」



 サミーが馬を繋いで戻ると、リカルドが温かいお茶を入れて持っていた


「雨の中、大変だったね。

 さぁ、これを飲みたまえ。

 今夜は君の力を借りたいから、体力回復になる」


「ありがとうございます。

 体力的には何も問題ありません。

 このエリーのレインコートはとても使い勝手も着心地もいいのです」


「ああ、僕ももらった。

 これ、売りに出していたら騎士団で買っていたね」


「素材の採取に行けないからと売れないと言っていましたね」


「確か南の荒れ地で数日間だけ発生する沼に生息している蛙の皮がいるんだよね?」


 南の荒れ地とは巨大なワームがうろうろしている危険な砂漠である。

 だが年に1度だけある雨季でできる沼があるのだ。


「『常闇の炎』のマスタービリーがお土産にくれたそうで、3着しか作れなかったと言っていました」


「そんなに少なかったのかい?

 それなら僕にくれなくてもよかったのに……」


「主よりいいものを俺が着る訳にいかないだろうと、エリーが気を遣ってくれたんです」


「相変わらずだなぁ、あの子は」


 そうリカルドはクスクス笑った。



「いろいろ聞きたいことがあるが、先に重要なことを済まそう。

 この夜雨の中、もう誰も訪ねてこないだろう。

 今から『隠れ家の実』のための結界を張る。

 ミランダとソレイユとモリーの力を借りても魔力が足りないんだ。

 君の魔力も譲渡して欲しい」


「それは構いませんが、結界はもうすでにありますよね?」


「これでは不完全らしい。

 だから7大精霊王の結界を張るつもりだ。

 あの寵愛の称号はもしかしたらこのためだったのかもしれないね」


「それほど厳重なものを……。

 確かに膨大な魔力が必要ですね」


「範囲を小さめに指定すれば何とかなると思う」


「どこに張るんですか?」


「この上の2階だ。ついてきてくれ」



 小屋の端にある階段を上ると、最初は1室だけだったものに無理やり扉と壁を増設してある。


 「ここにいたのは貴族の女性だったそうだ。

 たぶん階段を上がったと同時に部屋に入られるのを好まなかったのだろう。

 扉を開けるけれど、まだ中には入らないでくれ」


 2階の部屋はガランと家具も何もなく、天井は意外と高かった。

 梁と灯りを取る天窓があるだけで、天気であれば月明りが射すのだがあいにくの雨で暗いはずだった。


 だが部屋はほんのりと明るかった。

 中央には土を入れた大きな植木鉢があり、少し宙を浮いていた。

 そのすぐ下に鉢を浮かせる魔法陣が光を帯びているのだった。



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