第734話 魔道具の樽とエルダートレントの取引


 朝になって自分が頼んだ錬金術師を迎えに行って、ロダンは目が飛び出るほど驚いた。

 昨日貸したばかりの山小屋がまるで新築のように美しくなっていたからだ。


 元々貴族のご令嬢だった伯母のためのもので、山小屋と言っても2階建ての台所もあるしっかりとした建物だった。

 だが何年も人が済んでおらず、風雪にさらされて手入れにだけお金がかかる不要品で朽ちるのを待っていた。

 それがどこもかしこもピカピカに磨き上げられている上に、テーブルや椅子まで置いてあり、驚きのあまり口が空いてしまった。



「この家具、持ってきたのか……?」


「いいや、昨日裏の森から少々木を貰って、錬金したんだ。

 材料さえ揃えば、後は術者の腕次第だからね」


「中の部屋も見ていいか?」


「すまない、妹がまだ眠っているんだ。

 また今度にしてくれるかな」


 特にエマの部屋は、クライン伯爵家から持ってきた豪華な家具やおもちゃがあった。

 それは見せたくなかった。


「ああそうだな。

 いや、これから出かけるのに妹さんの食事はどうするんだ?

 今から村に来てもらおうと思ったのに」


「大丈夫、ウチの従魔たちはとても賢いからね。

 エマの食事も出してくれるんだ」


 彼はそんな従魔いるのかと驚いた様子だったが、そんなものかと納得したようだ。



「はぁ~、アルって何でもできるんだな」


「何でもは出来ないな。

 女性にお願いしないと子どもは作れないし、死んだヒトを蘇らせることもできない。

 たくさんあるさ」


「いや、そういうのは出来る出来ないじゃないから。

 錬金術師って、マジすごいんだな」


「フフフ、そうかもね。

 それはそうと、昨日裏の森で熊が出たんだ。

 倒したんだけど、その肉と毛皮と魔石を村の人たちに進呈したいな。

 一緒に持って行ってもいいかな?」


「ああ、もちろん。

 それにしても解体済みかよ。

 どんだけ働いていたんだ?

 寝てないとかじゃないよな?」


「さっきも言ったけどウチの子はみんなすごく優秀なんだ。

 ああ、この家へ勝手に覗きに来て無理やり入ろうとしないようにね。

 一応殺さないようにとは言ってあるけど、態度次第では半殺しぐらいあるから」


「物騒だな、おい!」


「悪いけど、あの子たちには村人と盗賊の区別が付かないからね。

 子どもでも手引きするのもいるし、用心するように言ってある。

 だから肉を配るんだよ。

 ロダンさんからも村のヒトにしっかり言って欲しいな。

 よろしく頼むよ」


 結界を張ってあるので入れはしないが、念押しのためそう言った。

 それでも見に来るものはいるだろう。



 獲れたジャイアントベアはまだ冬眠から目覚めて少ししか経っていないので、痩せている若い個体で比較的小さかった。

 それでも普通の村に出てきたら、大変な脅威だ。


「うわぁー、こんなのガキどもが鉢合わせしたら、ひとたまりもないな」


「村人に行き渡りそうかい?」


「うん、足りる足りる。

 皮もすごくキレイに剥いであるな。

 解体、得意なのか?」


「魔法でぐと結構簡単だよ」


「スゲーな、ウチの村には魔法が使えるヤツはそんなにいないんだ。

 村長の奥さんと娘が水魔法を使えるくらいかな。

 ああ、そうだ。

 その娘をウチの弟が狙ってるから、手を出さないでくれ」


「ずっといるわけじゃないし、誰にも手を出さないよ。

 ウチには小さな子たちがいるし、もう一人の兄も呼んだんだ。

 だけどエマの体調が落ち着くまではいさせてほしいな」


「どのくらいまで居たいんだ?」


「できれば夏の終わりごろまでいられると助かるけど。

 あと今の家の家賃はどうする?」


「こんなにきれいにしてもらってもらえねーわ」


「そう言ってもらえると助かる」



 2人は村に着くと最初に村長の家に行った。

 ジャイアントベアの手土産はそれなりに喜ばれた。

 春の農作業中に村の男たちを熊狩りに行かせなくて済んだからだ。


「それでアンタは何ができるんだ」


「魔法士や錬金術師ができることは一通り。

 素材をとるために、採取だけでなく狩猟もできます。

 薬の調合、魔道具の修理調整、もちろん一から作ることも可能です」


「安くしてもらえるのか?」


「モノに寄りますね。

 この辺で手に入る材料でできるならさほど高くないですが、国から持ってきた材料なら手に入りにくいので高くなります」


 村長はあまりいい顔をしなかった。

 熊肉は嬉しいが元々この地で獲れたものだ。

 秋まで放っておけば、丸々と肥えて冬の食料になったかもしれない。

 要はよそ者を入れるのが嫌なのだ。


「アンタの気持ちもわからないわけじゃないけど、ウチが領主様から頂いた注文が出来なきゃこの村潰されるぜ。

 俺らが身内だけで飲んでた酒を勝手に献上したのアンタだろ。

 しかも作るのに半年以上かかるのに、2か月で作れっておかしいだろうが。

 それでこっちは身銭切って魔法士様を呼んだんだ。

 俺らの仕事が終わるまでは、絶対いてもらう」


「偉そうな口を利くな! ロダン」


「だったら俺たちの代わりに酒作ってくれるのか?

 大枚はたいてアンタの納得する錬金術師を今すぐ呼んでくれるのか?

 口を出すなら、金も手間も出せよ!」


 それでとにかく酒造りが終わるまではいられることになった。



「なんだかややこしい経緯があったんだね」


「うん、さっき言った魔法が使える娘ってのをさ、貴族に嫁がせたいんだよアイツらは。

 嫁さんが元騎士爵の家の娘で、ちょっと気位が高くてさ」


「ふーん」


「あっ、元子爵の出だっけ」


「今は国を離れているから、気にしないでくれ」


 貴族ではここに滞在できない。

 この国はヴァルティス王国と友好国なので、リカルドほどになると国賓扱いされるのだ。


「その領主の爵位は?」


「男爵。でもさすがに領主夫人は厳しいから。

 配下の騎士爵夫人を狙っているみたいだ」


「相手が騎士爵なら、出自によっては平民出でも困らないかな。

 貴族はしきたりが厳しいからね。

 騎士爵のマナーと、男爵や子爵のマナーは違うんだ。

 さらにその上となるともっと変わってくる。

 自分たちが付き合うかどうかは、そのマナーがしっかりしていることが大事なんだ」


「でも騎士爵ならたまに爵位持ちと結婚するんだろ?」


「その場合でも騎士である父親の出身が関係するよ。

 伯爵家の三男がなった騎士の娘と、平民からたたき上げでなった騎士の娘とでは縁故関係が変わってくるだろ。

 その騎士の娘の祖父や伯父は伯爵なんだから。

 平民出の父親がよっぽど有望で英雄的な存在でもない限り、その騎士の娘が貴族の妻になるのは難しいかな」


「それもそうか」


「騎士爵出でも平民の村長の妻になった時点で、自分も平民になった意識を持たないと駄目なんだ。

 この村は君の家のように錬金術師を個人で雇える家があるんだ。

 そんな裕福な村の村長なら十分良い嫁ぎ先だ」


「でも錬金術師はめったにいないんだし、やっぱ報酬は高いんだろ?」


「本来はね。でも家を貸してもらっているから、今回の技術料は安くしておくよ。

 ただしエルダートレントは別。

 討伐に人手がかかるんだ。

 生育年数で変わってくるから選んでくれ」


「わかった。

 納品したら、気に入ろうと気に入るまいと金が入ってくるんだ。

 ここで金を惜しんでられないからな。

 逆に納品できなかったら、これさ」


 そう言ってロダンは片手に首を切る仕草をした。



 それからリカルドは彼の家に行って、父親のシモンと弟のナットに引き合わされた。。


「今日はよろしくお願いします。

 まずは魔道具を見せてもらっていいですか?」


「ああ、こっちに来てくれ」


 見れば魔道具というよりは効果を付与されたもので、魔石を蓋の上に置くことで動かせるものだった。

 かなり古ぼけた樽の中に刻まれた魔法陣は、消えかかってるだけなので修理には問題ない。


「なるほど、このまま直すのは簡単ですが、今後あまり使えなくなるけどいいですか?」


「それはどういうことだ?」


「問題はこの樽自体が老朽化して寿命が来ていることです。

 この魔法陣は熟成の魔法ではなく、時間魔法が掛けられています。

 つまりこの樽に入れれば、1か月で半年時間が経つ。

 それで熟成が進むんです。

 つまりあと1,2回で1年以上経つから、樽がさらに痛むんです」


「じゃあどうすればいいんだ?」


「お急ぎなのでこの樽はとりあえず直して、これで必要な酒を造りましょう。

 この技術料は今回に限り、家を貸してもらったお礼とさせていただきます。

 更に熟成の魔法陣を仕込んだ新しい樽を用意して、試行錯誤で仕込みの時間を調べるのが長持ちするでしょう」


「うーむ」


「どちらにせよ、今すぐ作らないと間に合わない。

 まずはこの樽を直してくれ」


「ではこの魔法陣を刻みなおしますね。

 その間に、エルダートレントの木片を選びますか?」


 1年物の若木から20年物までを4つ取り出した。


「香りが若いな」


「もっと年数の立ったものもありますが、かなり高くなりますよ」


「一応見せてくれ」


 それで30年と50年物を出した。


「30年はウチにある樽に近いね」


「だがこの50年は本当に芳醇だな」



 その間にリカルドは魔法紙に魔法陣を描き始めた。

 元の魔法陣を復元したものだ。

 効果が高過ぎたら味が変わってしまうので、変えないことにしたのだ。


 さすがに時間魔法は複雑なので少し時間かかったが、出来上がると彼らも決めたようだった。


「30年物が欲しいが、50年物も捨てがたい。

 いくらになるんだ?」


「30年で金貨20枚、50年で金貨80枚です」


「そんなに高くなるのか⁈」


「この金額は討伐のためにどれだけ命がけかどうかに寄るんです。

 30年だとまだ細いのでBランク冒険者で倒せるんですが、50年になると太くなり知恵もつき、狂暴になって騎士団でないと倒せません」


 討伐したのがクライン騎士団で特に死者も出ず手に入ったが、他のところで討伐した場合の適正価格である。

 

「これが最高級なんだね」


「いいえ、シモンさん。

 僕の待つ最高級品は250年物です。

 これはお金には代えられない至宝です。

 それ以上になると神木になるので、誰も倒しません」


「そんなものが……見ることぐらいはできるのか?」

 

「構いませんが使えませんよ。

 全く酔えない酒が出来上がりますから」


「酔えない?」


「ええ、エルダートレントの樹液の効能は解毒作用です。

 これを使った樽で仕込んだエールはいくらでも飲めるでしょう?

 気分良く酔って、悪酔いしない

 木片になると樹液があまりないのでちょうどいい塩梅になります」


「確かにな。

 でも後学のために見たい」


「ではお見せしましょう」



 リカルドは恭しく小さな箱を背嚢から取り出した。


「こちらになります」


 箱を開けると小指の第1関節ぐらいの長さの小さな石だった。

 まったりとした濃いはちみつ色のそれは飴玉のようにも見えた。

 先ほどまでは良い木の香りがしたが、これはほとんど香らなかった。


「匂いがしない」


「ええ、これは樹液を琥珀化したもので、削って燃やさないと香りは出ません。

 ですが効能が失われるので燃やしません」


「じゃあ、あんまり意味がないな」


「いいえ、これは宝石として有名なものなのです。

 勇者ユーダイが討伐した250年物のエルダートレントから採れたもので、その時に僕の先祖が同行していました。

 そして彼が毒でやられたので、もっとも解毒効果の高い部分である樹液を与えるために勇者の魔力で固めたのです。

 そうしないと効き目が強すぎて、舌や粘膜が先にやられてしまうからです。

 先祖は救われ、長く我が家に家宝として伝わったものを僕が相続しました。

 売ることのできない手切れ金みたいなものですね」

 

 シモンもロダンもナットも同じことを考えた。

 そんな大層なモノ、見せるな!


「値段は聞くのはやめておこう。

 金貨1000枚でも買えなさそうだ」


「賢明な判断です」


 結局30年物が彼らの手に渡った。


「それからエルダートレントの樽は絶対壊してはダメですよ。

 多少高くてもどこかで木片を買った方がいい。

 樽を作れるだけの量の木材を手に入れようと思ったら、若木でもそれこそ金貨500枚とかいります。

 これを作ったヒトはすごく恩義があったのか、金に糸目をつけなかったのか。

 とにかくなにかよっぽどの理由があったんでしょうね」



 明日彼らは修理をした樽に今回買ったエルダートレントの木片を入れて仕込みを始めるという。

 一応試運転として、立ち会うようにリカルドは依頼された。


「今晩、飯でもどうだ?」


「ありがとうございます、シモンさん。

 でも妹たちが待っていますので。

 今日はダメですが兄がくれば何とかなりますので、また誘ってください」


 とりあえず依頼の仕事と居住の確保は出来た。

 次は最も大切なことが待っている。


 リカルドは心の中で気を引き締めた。


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琥珀はデリケートな宝石です。

琥珀自体は無毒だそうですが、仕上げや台座の素材もあるので舐めるのはお勧めしません。

この話はフィクションだから舐めさせただけです。


ちなみにリカルドは時間魔法ができるので修理できますが、普通の錬金術師ではできません。

エリーは時間魔法は出来ませんでしたが、この魔法陣の修復は出来ます。


エリーの母マリアは騎士爵の娘なのに、貴族から結婚の申し込みがあったのはカイオスが国民的英雄だったからです。


塩梅、悩んだんですけどモカパパが書いている設定だと使うかなと採用しました。



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