第733話 古ぼけた山小屋


 お昼にはセルト村についたロダンは先に降りて、村長に話に行った。

 よそ者を村に入れるには村長の許可が必要で、魔道具の修理以降も滞在させるとなったらそれは話し合いが必要だった。

 だからリカルドも降りずにそのまま御者台で待っていた。


 しばらくたってやっと戻ってきた彼はすまなそうな顔をしていた。


「一応長期滞在は受け入れるけど、住むのはやっぱり山の家に行って欲しいって言われてしまった。

 悪いけど陽が落ちる前に行きたいから、すぐ出てもいいかな?」


 どうやら挨拶も簡単にさせてもらえないらしい。

 向こうはよそ者を嫌っての行動だろうが、リカルドにとっては好都合だった。

 むしろエリーの復活までは誰も近寄って欲しくなかった。


「僕たちは構いませんよ。

 でもロダンさん、食事まだなんじゃないですか?」


「アハハ、この辺じゃ1日2食だから気にすんなって。

 小腹が減ったら、干し肉齧るし」


「ではすぐに行きましょう。

 片付けも必要ですよね」


「それでさっきも聞いたけど、魔獣討伐できるんだよな」


「ええ、よほどの敵でなければ大丈夫です」


「ウルフとかベアとかでも?

 村は柵があるから来ないんだけど、時々出るんだ。

 それは自衛してもらわなきゃダメなんだ」


「問題ないですね」


「よかったぁ、貴重な錬金術師が食べられたら困るからな」



 馬車に乗って山の中腹まで登っていくと、そこには思ったよりもしっかりとしているが古ぼけた山小屋があった。

 ドアだけでなくガラスの嵌った窓もあって、考えていたよりもよいものだった。


「とても立派ですね。

 それにここまで道を切り開くなんて、大変だったでしょう?」


「うん、そうらしい。

 先に言っとくけど、ここで療養してたのは伯父の嫁で胸の病だった。

 その人が元貴族でそちらの家が建築費を出してくれたんだ。

 病人は2階で寝かせて、使用人は1階にいたから2階の方がいい部屋ではある。

 でも無理して使うことないからな。

 もう亡くなってずいぶん経つけど、心配だったら1階にいてくれればいい」


 この話を聞いて、村の人間は2階に忌避感があると判断した。

 療養していた患者は、感染を恐れて隔離されていたのだろう。

 平民との結婚もそのための言い訳だったのかもしれない。


「それなら大丈夫です。

 これから掃除も換気もしますから。

 あとこの周りの土地で多少畑を作ってもいいですか?

 ちょっとした薬草ぐらいですし、出る時もご希望なら残せる株を残していきますよ」


「それって薬草畑をくれるってこと?」


「ええ、この地で自生できるものに限りますが。

 少しですが種を持ってきているんです。

 それから多少の柵も拵えたいので、木を伐採してもいいですか?」


「うん、いいよ。

 麓からこの家までの道とこの周辺一帯もウチの土地だから。

 裏手の森の向こうに山道があってその手前までがウチので、それ以外は村の所有だ。

 山の頂上に行くにはそっちの道を使うんだ。

 でも狩りをしたら、できれば村にも分けてもらえると助かる。

 みんな農民で時々しか狩りをしないから」


「魔獣もですか?」


「うん。

 そういうのが出たら、冒険者に頼んでるんだ。

 だから倒してくれると助かる。

 悪いけどそのときさ、肉だけじゃなく毛皮とか魔石とか高く売れそうなものも要求されると思う。

 図々しくてゴメン……」


「大丈夫ですよ。

 未知の人間が怖いのはお互い様ですから。

 獲物を分けることで角が立たないならそれに越したことはありません。

 それよりもうそろそろ山を下りないと、陽があるうちの村に戻れないんじゃないですか」

 

「うぁ、ホントだ。

 じゃあ、これ鍵。

 明日の朝、迎えに来るから。

 よろしくな」


「こちらこそよろしくお願いします」



 リカルドはミランダ、リュンヌ、モリーを振り返った。


「さて僕たちも家に入ろうか」


 意気揚々とロダンから預かった鍵を開けると、扉を開いたがすぐに閉じた。

 ドアを開けた瞬間、長い間締めきったためのカビの匂いと埃を感じたからだ。


「ダメだ、中に入るには掃除をしなければならない」


(浄化魔法、かけますか?)


「いいやモリー、まずは物理的な掃除をしてからだね。

 でもさすがに入るだけで肺が汚染されそうなぐらいだ。

 わかった、二手に分かれよう。

 僕とモリーが家の中、ミラとリュンはこの付近を見回ってきてくれるかい。

 話が分からない危険な魔獣は倒していい。

 倒したらはこの家の前まで持ってきてくれ。

 食べられるものなら村に分けよう」


(わかったの)


(いってくるね~)


 ミランダとリュンヌが行ってしまうと、彼はエマの胸元にモリーをそっと置いてその周りに小さな結界を張った。


「エマ、モリーと一緒にここにいておくれ。

 モリーは僕ら以外をエマに近づけないように守ってくれ」


(わかりました)



 そうして彼はドアに手を当てた。


「『扉開けオープン! 熱風ヒートサイクロン、摂氏60度』」


 すると室内の空気に60度の熱い竜巻が起こって、扉どころか窓も全部開いた。

 そして風による急激な室温上昇でネズミやそれを狙う蛇などが飛び出してきた。

 しばらくそのままにし、落ち着いたところを見計らって『真実の目』を使い確認した。


「埃やゴミはなくなったけど、床が泥染みだらけだ。

 家具を持ち出したときに泥靴で上がったんだな。

 それに外側も風雪にさらされて汚れている。

 もう洗ってしまおう、『水洗いウォーターウォッシュ』」


 そして水魔法で全体の汚れを落とし、乾燥させた。

 薄汚かった家が新築とまで言わないが、かなりきれいな状態になった。


「屋根裏まで全部チェックしたけど、害虫害獣もいない。

 全体的なよごれも落ちた。

 後はモリー、浄化魔法をかけてくれるかい」


(はい、『せいじょうクリーンネス』)

 

 山小屋は柔らかな光に包まれて、さらに磨きをかけたようにピカピカになった。

 彼女は聖女としての力を遺憾なく発揮していた。

 聖属性の塊とエリーに言われたリカルドも当然この清浄魔法を使えたが、モリーは真面目なので何もしなかったと気に病まないようにやってもらうことにした。


「すばらしいよ、モリー。

 僕が掛けるよりも断然キレイなった」


(教会のおしえで、きれいにそうじするのはいのりの1つといわれました。

 おかあさまもいつもへやをきれいにされていました)


「うん、エリーはきれい好きだよね」



 彼は前世のことを思いうかべていた。


 彼らの祖母は子育ての基本を、これから先の生きる力を身につけることだと常々考えていた。

 音楽家一家で手を荒らしてはいけなかったのだが、同じ時間に起きて身だしなみに整理整頓、炊事洗濯掃除などの家事を叩きこまれ、お金の扱い方と周囲とのコミュニケーションを取ることを教えた。

 逆に言えば、それ以外はあまり厳しくなかった。

 勉強しろとか、早く寝ろとかは言われなかったのだ。

 どうやら今世でも彼女は同じように過ごしていたようだ。


「とにかく中に入ろうか。

 そろそろミラとリュンも戻ってくるだろうから」



 まず最初にしたのはまず全体を見ること。

 日当たりと風の通り具合を考えて、1階の一番気持ち位のいい部屋をエマたちの子ども部屋にすることにした。

 元は客間兼居間だったようだ。

 1階にしたのは彼女がまだ体を動かしにくいのと、階段を避けたかったからだ。


 リカルドは空間魔法の使い手でそこに物を入れていた。

 そこからクライン家の別館から持ってきたエマの荷物を取り出した。

 これまで使っていたベッドや家具、エリーが作ったぬいぐるみや絵本、楽器などのおもちゃ、洋服類などである。


「ここはみんなで使っておくれ。

 僕はその隣の部屋にするよ。

 じゃあちょっと片付けたら、厨房へ行って何か作ってくるかな」


 隣の部屋は使用人が使っていたようで、大して広くなかった。

 クライン家で使っていたベッドを置くだけでいっぱいになるくらいだ。

 そこで間に合わせに長椅子を置き、着替えを作りつけの壁に置いた。



 厨房はあったが壁にかまどと調理台があるだけで、中身は何もなかった。

 療養が済んだら全部持って行ってしまったんだろう。

 庭には井戸も近くに川もなかった。

 使用人に水魔法の使い手がいたのかもしれない。


 リカルドには魔法があるし、冒険者用の調理器具もある。

 いつもの野菜と肉をぶっこんだのシチューぐらいなら問題なく作れる。

 

 火に鍋かけて煮込んでいると、ミランダとリュンヌが戻ってきた。

 ドサッと何か玄関先に置く音がする。

 見に行くとジャイアントベアの死骸だった。


(おそってきたから、たおしたの)


(リュンがあしどめした~)


「おお、幸先良いね。ありがとう。

 すぐに解体して、一部はもらって皮と肉と魔石は村人に分けるね。

 明日ロダンさんに持って帰ってもらおう」


(ミラ、おかーさんのてつだいで、かいたいとくいなの)


(わたしがじょうかまほうかけます)


「じゃあ、解体はミランダとモリーに頼んだよ」


(リュンはなにすればいい~?)


「一番重要なことだよ。

 この家と裏の森に結界を敷いてくれるかい?」


(うらはぜんぶもり~)


「そうだね。でもヒトが通る山道があるだろう?

 その手前まででいいよ)


(りょうか~い)


(アルはなにするの?)


「もちろん、夕食の支度の続きさ」


 そう言って彼がウインクすると、各自自分の仕事に向かった。


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摂氏を使うのをすごく悩んだんですが、今まで室温についてはあまり言及したことがなかったので虫や小動物がいたくなくなるくらいの温度の表現で使いました。


先に水洗いにしなかったのは、動物たちが逃げる余地を残すためです。

吹き飛ばされる一瞬の熱さなら、たぶん熱死はしないでしょう。


エリーは早起きでしたが、結構夜なべ仕事はしていました。


水魔法であるクリーンとウォーターウォッシュの違いは、クリーンは汚れをさっと流す、ウォーターウォッシュは大量の水でザバザバ洗う、です。

雰囲気ですが手をササッと洗う程度と、洗濯機でしっかり洗うぐらい違います。


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