第732話 エマを元に戻す


 宿の個室に入ったリカルドは、また夜が更けてから動き出した。

 伝手がないなら家が決まってから戻す気だったが、あるのなら初めから連れていた方がいい。


「これからエマを元に戻すんだけど、みんなに手伝って欲しいことがあるんだ」


(なぁになの?)


 ミランダが代表して聞いてきた。


「今のエマは人形のようにカチカチで、元に戻ってもしばらく体が動かせないんだ。

 それでみんなでマッサージして欲しいんだ。

 ミラやリュンは踏み踏みで、モリーはゆっくりと押しほぐすようにね」


(きょうかいで、マヒしたからだをほぐす、れんしゅうしました)


「ああそうだね。

 エマはまだ小さいから、その時よりももっと優しくしてあげてほしいな。

 この人形化というスキルは、本来なら大切な相手に使ってはいけないものだ。

 なぜなら相手の意思を奪って、操るためのものだからだ」


(ネクロマンサーみたいなの?)


「ちょっと違うかな。

 ネクロマンサーは遺体や遺骨をそのまま操っている。

 つまり相手は完全に死んでないと駄目だし、あまり細かい命令もできない。


 僕のスキルは生きていようと死んでいようと、狙った相手に使えるんだよ。

 しかも固定化して完全に人形にしてしまえば、魂ごと支配できる恐ろしいものだ。

 二度と戻すことはできない代わりに、遠隔地で活動させることができる。

 それにかなり精密な動きもさせられる。

 だがネクロマンサーみたいに大量には動かせないかな。

 

 本来なら敵や、言うことのきかない魔獣に使うみたいだね。

 だが僕の目的はエマの幸せと健やかな成長だから、固定化はしなかった。

 それで手元から離せなかったし、ずっと壊れやすかったんだ。

 それでずいぶん長く人形だったから、すぐには動けないんだよ」


(からだが、こわばるのですね)


「うん、そうだよ。モリー」


(リュン、やるー!)


「ありがとう、それでは元に戻そう」



 リカルドはベッドの上に魔法陣を刺繍した布を敷いて、エマを箱から取り出して乗せた。


(アルー、それなぁに? あたらしいまほー?)


「いいや、リュン。これは昔からある魂をこの体に留める魔法陣だよ。

 かなり大掛かりで難しい魔法治療をするときに使われるもので、今回は念のためだ。

 体が変化していくときの魔法に耐えかねて、魂だけスルリと抜けてしまうことがあるんだ。

 それを防ぐためにこれを敷いているんだよ」


 そうして魔法陣を発動させるために、わざと完成形ではないように縫い留めてあった糸を抜いた。

 魔法陣が発動したと同時に彼は唱えた。


解除リストア


 するとエマの体が輝きだし、消えると同時に固かった体が弛緩した。

 リカルドはそっと両手を彼女の頬にあてた。


「それでは見本を見せるね。

 こうやって優しく優しく揉むんだよ。

 そうしたら血の気が通いだす。

 強くしたらダメだからね。

 ミランダやリュンは爪を立てないように。

 心配なら服の上から揉んでくれるかい。

 揉むのが難しかったらさするだけでもいいんだ」


 そうしてミランダ、リュンヌ、モリーは教わった通りにマッサージをするとだんだん血の気が通い始めた。

 しばらく続けると、エマの瞼が開いた。


「おはよう、エマ。よく頑張ってくれたね。

 気分はどうだい?」


 彼女は答えようとしたがまだ口は動かしにくく、喉が幽かに動いただけだった。


「しゃべるのはまだ難しいようだね。

 痛いところがあったら目を2回、なかったら3回閉じてごらん」


 すると3回閉じたので、痛みはないようだ。


「ごめんね。君を鑑定したいんだ。

 僕に許可をくれるかな。

 よかったら2回、ダメだったら3回、瞼を閉じてね」


 2回閉じたので、彼は『真実の目』を使った。



 エマ

 10歳

 魔力量 2048

 闇属性魔法、水属性魔法、無属性魔法



 こんな簡素な情報なのには訳がある。

 エマがヴェルシアのジョブ診断を受けていないからだ。

 つまりスキルがまだ与えられていないのだ。


 だが重要なのはそこではない。

 ずっとあったヴァルティス神の呪いと称号『大人になれない子ども』が消えていたのだ。


「ああ、よかった……。

 これでエマはちゃんと成長できる。

 やはりヴァルティス王国を出れば、あのような称号はなくなるのだ。

 エリーに見せたかったよ」


 そうするとエマが幽かにだが笑い声をあげた。


「フフフ、くすぐったいんだね。

 それは感覚と血の気が通い始めた証拠だよ。

 みんな、ありがとう。

 よくやってくれたね」


 そうして3匹が動きを止めると、リカルドは彼女を抱き上げて頬ずりした。


「この10年間の願いが叶った。

 僕が何としても君を守るからね。

 これからはうんと幸せになるんだよ」


 エマはまだ声が出なかったがまた幽かに笑い声をあげて、そこにいた皆の心に暖かいものが満ちたのだった。



 翌朝宿屋を出たリカルドはエマをおくるみで包んで抱き上げ、背嚢の上にはミランダ、ポケットにはリュンヌとモリーを入れて待ち合わせの冒険者ギルドに向かった。

 約束よりも少し早い時間だったが、ロダンが幌のない荷馬車にロバをつけて待っていた。


「おはよう、アルくん」


「おはようございます、ロダンさん」


「妹さんって、そんな小さい子だったんだね」


「ええ、エマといいます。

 少し体が弱くて、転地療養をさせたいんです」


「いいのか、セルトは何にもないぞ」


「それでいいんです。

 どこか宿を紹介してもらいたいんです。

 一番は空いている家があれば、しばらく貸してくれると嬉しいんですが……」


「一応心当たりはあるけど……まぁ話は乗ってからでもいいか。

 荷物はそれだけかい?

 俺の隣に座ってもらうつもりだったけど、エマちゃんは後ろがいいよな。

 こんな小さなお客を乗せるなら、幌付きの馬車にしたらよかったぜ。

 何しろ酒樽しかのせねぇからよ」


「お気遣いありがとうございます。

 でも大丈夫です。

 荷台に背嚢も乗せてもいいですか?

 そこで影になるようにしてこの子を籠で寝かせますから。

 ミラ、側にいてあげてくれるかい」


「みゃ」


「その猫は?」


「僕が契約しているケット・シーです。

 とても賢くて強い子です。

 彼女に任せれば安心なんです」


「それで昨日宿屋に置いてこれたんだな」


「そんなところです」



 馬車を進めながら、彼らは今後のことを話しあった。


「すまん、まず初めになんだが本当に直せるのか?

 いや君の実力どうこうというより俺がギルドのヤツにムカついて、つい契約するっって言っちまったからさ。

 引くに引けなくなったんじゃないかと思って」


「いいえ、問題ありません。

 昨日は黙っていたんですけど、僕の本当のジョブは錬金術師なんです。

 魔道具も直せると思いますし、直らなくても熟成を早める魔法陣が使えます。

 お好みの熟成具合になるまで、お付き合いしますよ」


「れ、錬金術師?

 あの、国に10人もいない?」


「人数については知りませんが、ヴァルティス王国の資格を持っています。

 これが資格を証明するメダルです」


 そうして彼が首にかけたメダルを引っ張り出すと、ロダンは慌ててしまうように言った。


「こんなのを持っていて、どうしてウチの仕事なんか……。

 引く手あまたじゃないか!」


「ええ、でも妹のこともありますし、囲い込まれるのはイヤだったんです。

 気が付いたら結婚させられていて、この子を養子に出されているとかね。

 だから僕が錬金術師なことは黙っていてくださいね」


「わかった。

 確かに貴族がやりそうなことだな」


「運よく手元に置けても、その相手に苛められるかもしれないじゃないですか。

 それなら国にいた方がマシです」


「あーアルくんって、やっぱり貴族だよね」


「すみません、隠し事はダメですよね。

 子爵……だったんですけど、父には3人も妻がいて長兄が領地を治めることになりました。

 次兄も僕も家を出ることになりました。

 僕らとは母親が違うんです。

 幼いエマを連れ回すのは良くないですが、彼女の面倒をちゃんと見てもらえるかもわからなくて……。

 それでこのヴェルダに連れて来たんです」


 嘘ではない。ただいろんなことを隠しているだけだった。

 リカルドは以前から子爵位を授かっていて、成人後しばらくは子爵を名乗る予定だった。

 クライン伯爵家の領地は長兄のピエールが治めているし、兄弟3人とも母親が違う。

 次兄のサミーは子爵としてクライン伯爵家から出たのも本当だ。

 エマの面倒はこれまでも見ていなかったのだから、クライン家で見てくれるかは不明だ。

 

 このような話法はエリーもよく使っていた。

 結局のところ、彼らの魂は兄妹でよく似ているのだ。



「ややこしいんだな。

 でも国を出られたんなら、問題ないか」


「ええ、必要なら出国許可証もお見せしますよ」


「それじゃあさ、魔法とかポーションとかも作れるんだ」


「ええ、薬も魔道具もお手のものですし、多少なら魔法で戦えますよ。

 でも人殺しはあんまりしたくないです。

 賊に襲われたときぐらいにしてください」


「じゃあ、魔獣退治なら?」


「もちろん、やらせていただきます」


「うわぁ、助かる!

 エルダートレントなんて、自分たちで倒せないから昔からウチにある樽を壊して、木片にしないといけなかったんだ」


「討伐してもいいですけど、それなら薬の素材でもあるので多少なら持っていますよ」


「か、買います!

 てかアルくんは、神の助けなのか……?」


「ただの人間ですが、ありがとうございます」


 サミーがいれば勇者がただの人間なのかと突っ込んだことだろう。



「となると金額だよね」


「それなんですけど、村に住むことを許してくださればお安くしますよ。

 そんなに長居することもないと思いますし」


 目的の悪魔討伐をするためなのだが、ロダンは遠慮していると思ったようだ。


「わかった、俺が責任をもって紹介する。

 って言いたいところだけど、村の中の家はダメかもしれない。

 さっき言いかけた空き家があるんだ。

 山の中になるんだけど」


「それは狩猟小屋のようなものですか?」


「いや、ウチの遠い親戚がずいぶん前なんだけど、胸を悪くして山の上に家を建てたんだ。

 管理に費用が掛かるばかりだから取り壊そうかとほったらかしにしてたんだが、ちょうどいい。

 たぶんまだ住めないことはないと思う」


「わかりました。

 修理や掃除はこちらでやるので、そちらでお願いします」



 話がトントンと決まっていくのは気味が悪いくらいだったが、リカルドには何となく分かった。

 アンディの言っていたシャーマンの存在だ。

 彼または彼女が、こちらに都合がいいように手助けしてくれている……。

 サミーやリュンヌたちと同じく、それはとても心強い味方だった。


 これで拠点ができた。

 落ちついたら、さっそくサミーを呼び寄せようと彼は思った。



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