第731話 ヴェルダへ
リカルドは宿屋の主人が起きて動き始める前にこの宿を後にした。
ステルススキルを使いながら足早に国境の町を出ると、ミランダから預かっていたエリーの馬車を取り出した。
「急ぐから乗っていこう。
ミラ、動かしてくれるかな。
行き先はハーシアの隣国のヴェルダだ。
しばらくはこの道をまっすぐ行って、途中で右に逸れる道がある。
まだ暗いからヒトにぶつかる心配はない。
飛ばしていこう」
丸一日飛ばして、ヴェルダの国境近くまで来た。
馬車を仕舞って巡礼者として入国すると、今度は行商人兼冒険者の姿に変えた。
カルロスはいいお手本だった。
ヴェルダではポーションを売るのではなく、風邪薬や痛み止めなどの魔法が使えないヒト向けの薬売ることにした。
ヴァルティスに近いハーシアはまだ魔法を使える者が多いが、離れれば離れるほど必要とされなくなるのだ。
それに彼は医術も修めていたので、診断もほとんど魔法を使わずに済ませた。
(アル、どうしてそんなにくすりをうるの?)
「長逗留できる場所を探しているんだ。
腕のいい医術師や薬師はどこの土地でも必要とされる。
そこでどこかにしばらく留まって『隠れ家の実』を植えて、エマを起こしてみんなで暮らすんだ。
街中よりも田舎がいいけど、閉鎖的だろうから難しいね。
情報を収集するにも、商売人というのはうってつけなのさ」
色々調べた結果、少し北にあるセルトという村がのどかで近くに森もあると聞きつけた。
そう言った場所には薬草もある。
そして1本ぐらい植物が増えても、わかりにくい。
「セルトへ行こう。
僕は薬師で行商をしていて、新鮮な薬草を求めてしばらく逗留する設定だ。
行けばきっと病人の1人や2人はいるさ。
小さな子どもがいるから、1軒家を貸してもらうつもりだよ」
(じゃあ、エマを起こすの?)
「そうだよ、ミラ。
でも人形ってカチカチに固いんだ。
だから魔法を解いてもしばらくは体がこわばって動けないだろう。
みんな一緒にエマをいたわってほしいな」
(やるの!)
(やります!)
(やるー!)
みんなの元気のいい返事にリカルドはニッコリと心からの笑みを浮かべた。
「じゃあまずは冒険者ギルドに行って、馬車の予約をしてくるよ」
今度はミランダもエリーの馬車で行かないのか質問しなかった。
彼らがどうやってセルトに来たのか、足跡を残すためだとわかったからだ。
ギルドに入ると、何やらもめごとが起こっていた。
若い青年とギルド職員との諍いだ。
「そんな! 期日までに紹介してくださると仰ったじゃないですか‼
そのために追加料金もお支払いしたのに」
「いやその追加料金じゃ、だれも引き受けなかったんですよ。
絶対とは言わなかったでしょ。
この報酬じゃ誰も動かないから、もっとお金を出さないと間に合いませんよって話です」
「初めこの金額でいいって言ったの、あなたじゃないですか!
料金を返してください‼」
「はい、取り下げですね。
返却は最初の金額から手数料を引いての1000ヨーロになります」
すると周りにいた冒険者たちがひそひそと話し始めた。
「あーあ、アイツまたやってるぜ」
「ピンハネ目当てに初めの報酬を低めに設定して、追加料金はせしめる……やり口があくどいよな」
詳しい内容を知るため、リカルドは話をしていた冒険者たちに話しかけた。
このヴェルダ国の冒険者ギルドでは客が好き勝手に発注を取り下げないように、最初に設定した報酬しか返さないのだ。
昔初めは安く金額を設定して誰も請け負わせないようにし、報酬を釣り上げて目当ての冒険者を危険な地域に行かせてその冒険者は死んでしまった。
それなのに仲間が持ち帰った薬草をやっぱりいらないと取り消した客がいたからだそうだ。
それ以後はそう言ったことが起こらないように契約不成立とギルドが認めない限り、最初の料金から手数料を引いた金額しか返さないということになったのだそうだ。
「でも今の話だと不成立なんじゃないですか?」
「ギルドが認める前に返せって言っちまったからなぁ」
「でもまだ金は受け取っていないから、完全に解約ではないですよね」
「まぁそうだけど、おい、兄ちゃん」
彼らが引き留める前に、リカルドは揉めていた窓口に近寄った。
「あのぅ、僕は旅の行商をしています、アルと言います。
もしよければどのような依頼なのか教えてもらえませんか」
「おいお前、何勝手に割り込んでるんだ」
依頼人は職員を無視して教えてくれた。
「ウチにある魔道具を直してくれる技師を探しているんだ。
それがないと大事な仕込みが間に合わないんだ」
「仕込み……何のですか?」
「おい! 無視すんな‼」
当然、職員は無視である。
「酒だ。
本来なら時間をかけて仕込むものなんだが、どうしても急ぎで数を揃えて欲しいって言われて……。
相手は貴族だから断れないんだ」
「そちらの事情については関知しませんが、熟成を進める魔道具が壊れているんですか?」
「そうだ」
「あなたは運がいい。
僕は魔道具の修理も得意にしているんです。
その依頼、受けても構いませんよ。
きちんとお話を伺ってからですけど」
リカルドが受けた理由は、『真実の目』でカウンターの上に乗っていた依頼先の町を見たからだ。
これから行くセルトに近い町だった。
「おい、客は解約するって言ってるんだ!」
「受ける人がいなかったからだろ。
手数料欲しさにセコイ真似して、それでも天下の冒険者ギルド職員って言えるのか?
アンタ、周りからどんなふうに見られているのかわかってないだろ。
ほら隣のお姉さんは、軽蔑しきっている顔している」
リカルドは出来るだけ平民らしく、返答した。
その男がパッと隣の女性職員を見ると、確かに苦虫を噛みつぶしたような顔になっていた。
「ミーナちゃん……」
「親しくもないのに馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでください。
こんなひどい真似していたんですね」
「そ、そんな今日のデートは?」
「デート? そんな汚いことしたお金で行きたくないし、あなたを軽蔑します。
アルさん、この依頼は続行しますので受けてください。
見かけない顔ですが、御旅行中ですか?」
「ええまぁ」
「よかったら、私がアルさんの担当になりますよ。
今夜ゆっくりお話でも」
「すまない、他に行く予定もあるんだ。
それに今は依頼人と詳しい条件を詰めたいんだ。
それにあなたも自分の仕事を終えた方がいい」
彼女は自分の窓口に来た冒険者を待たせていたのだ。
「そうですか……。
また是非来てくださいね」
「ええ、素材を納品したいので計算もお願いします」
リカルドは彼女以外の別の職員に声をかけて、背嚢から取り出した素材を渡して報酬を受け取ると依頼人を振り返った。
「行きましょう」
リカルドは依頼人を促すと、近くの飯屋に入った。
「あのぅ、いいんですか?
窓口の女の子の誘いも断っていたし……。
あの子、このギルド一の美女で人気なんですよ」
「……彼女は信用できません。
あの男の隣に座っていたのに、あなたが困っていた時には何も言わなかったでしょう?
良心的な職員なら、期日が過ぎてからの解約を勧めます。
接客中でも軽く注意するぐらいはできたはずです。
現に僕に話しかけてきたときは、自分の窓口の客を待たせていたでしょう?
あの男は多分普段からせしめた金を彼女に使っていたんでしょう。
でも騒ぎになったので男を切り捨てて、魔道具を修繕できる若い男に乗り換えようとした。
そんなところですよ」
「アンタ……確かにきれいな顔してるからな」
「顔じゃ魔道具技師としての腕はわからないでしょうが、雇うかどうかはあなた次第ですよ。
僕との契約が合わなかったと申し出て、ギルドと定めた期日が過ぎてから取り下げてもいいんです」
「いや、本当に急ぎなので来て欲しい。
俺はセルトで酒造りをしているロダンだ。
ウチはエールが主力で、その中でもエルダートレントの香りがする木樽熟成を少量だけ仕込んでいる」
行きたいと思っていたセルトだ。
運が良すぎる。
そうは思ったが顔には出さなかった。
「ああ、エルダートレントの香りで深みとコクを出すんですね」
「そうだ。熟成期間が長ければ長いほど、その味わいは深くなる。
依頼は1か月後に今できる最長の熟成ビールを寄こせというものだ。
だがさすがに1か月では若すぎるし、運送時間も考えたらさらに時間がない」
「それで木片を入れて熟成して、魔道具にかけて早めるんですね」
「意外と詳しいな。
一応こっちも経験があるので、それなりのができることはわかっている。
だが肝心の魔道具がどうやら壊れているみたいで、魔石を変えてもうんともすんとも言わないんだ」
「なるほど、見ないとわかりませんがお受けしてもいいですよ」
修理出来なければ錬金術で熟成させればよいとリカルドは考えていた。
「有難い! じゃあ、さっそく行こう!」
「すまないが宿に妹を残して来ているんだ。
早くてもいいので明日の朝にしてくれないかな?」
「いや、俺も夜動くのは良くなかった。
じゃあ、明日の朝7時にここの前で」
「よろしく頼むよ」
リカルドとしてはそんなに簡単に信じてくれていいのかとは思ったが、とても都合のいい依頼だったので乗ることにした。
後は宿を決めて、エマを元に戻すだけだった。
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リカルドの最初のセリフ、
「まだ暗いからヒトにぶつかる心配はない。
飛ばしていこう」がどこかに消えてなくなっていましたので追記いたしました。
申し訳ございません。
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