第730話 ハーシアへ


 翌朝ハーシアに向かうことが決まったリカルドは早速サミー宛てにレターバードで今後のことを書き送った。


 入国後、商人ギルドに登録し行商人になり、ハーシアを抜けてさらに隣国のヴェルダに向かう。

 そして家を借りて、エマの人形化を解く。

 そこでヴェルダでサミーと落ち合いたいというのだ。


 本当は1日も早くエマを人形から解放したいが、ハーシアは12年前の敗戦や飢饉のせいで経済状態があまり良くない。

 そこに彼女のような貴族出身の身目麗しい小さな子どもがいたら、誘拐して売り飛ばそうと考える輩も出る可能性が高い。


 もちろんリカルドの力で守ることは可能だが、できれば彼女の前で人殺しをしたくなかった。

 それにはミランダたちも同意したので、国外に出やすいよう行商人になるのだ。


 部屋で待っていると、ファビオが呼びに来た。


「そろそろ出発ですがご準備はいかがですか?」


「もちろん出来ているよ。

 今日はよろしく頼むね」



 ファビオは時折チーズや干し肉、農作物をハーシアに行って売っている。

 本来なら商業ギルドがやるべき事柄なのだが彼らは同じギルド登録した、しかも高い金で買ってくれる有力商人しか相手にしない。

 それでサグレンの農家の有志が時々売りに行くのだ。

 出入国許可証は持っていないが、3時間以内に戻るということでお目こぼしされている。

 ハーシア国自体が商業ギルドのやり口に困っているからだ。


 だがリカルドは許可証がないと、入国できない


「俺は3時間以内に戻れば罰せられることはありませんが、そのまま入国されるんですよね。

 許可証が必要だと思います」


「心配ない、持っているから」


 彼は正式な出入国許可証を持っていた。

 なんなら白紙のものを数十枚持っているのだ。


 なぜなら出国許可を出す部門は成人してからのシリウス殿下の管轄で、彼が許可を出していた。

 だがそれをほとんどリカルドが代わりにやっていた。

 つまり今世の中に出回っているヴァルティス王国の証明書はリカルドの筆跡なのだ。


 出国許可が下りるのは外交官、留学生、婚姻、技術派遣、商人そして巡礼者だ。

 ヴァルティス王国は神が作り給し国なので、祈りを捧げる巡礼者を阻害したりしない。

 もちろん審査があって、誰にでもなれるわけではない。


 シリウスは初め真面目にこの仕事を取り組んでいたが、巡礼者だけでも毎年数十人から百人近く出ることがあり、他のも入れるとかなりの枚数を書かねばならず重要な人物のもの以外はリカルドに任せてしまった。

 それで書き損じと称して、毎回少しずつ許可証を持ち出していたのだ。


 シリウスが彼の出国を止めようとしても、リカルドの筆跡の許可証を使えなくしたら多くの国民が帰国できなくなるのでやりたくてもできないのだ。

 それに自分が仕事をリカルドにやらせて楽していたことを、王位につく前に明かしたくはないだろう。



 昼過ぎになって、やっとハーシアの国境についた。

 顔見知りのファビオは検問を受けずそのまま通っていったが、リカルドは許可証を出して2,3質問を受けた後入国金を払った。

 徒歩で国境をまたぐと脇に馬車を止めたファビオが待っていた。


「お疲れ様です」


「君は仕事で来たんだから、待っていなくてよかったんだよ」


「いえその、お袋から弁当をアル様の分も預かってまして。

 すみません、先に渡しておけばよかったです」


「ありがとう。

 君の母上の料理も、チーズや野菜も絶品だね。

 あの子が土産にと、ピザを作ってくれたのを思い出したよ」


 弁当を受け取って歩き出すと、ファビオは彼の背が見えなくなるまでそこで見送っていた。



 リカルドはその足で商業ギルドに向かった。

 行商人の許可を得るためだ。


 商人にもランクがある。

 行商人、屋台、露店、ここまでが店舗を持たない商人だ。

 それから土地と店を持つのだが、その場所や規模でランクが変わっていく。

 王都最大規模であり、国内に数多くの支店を持つロブの実家であるディクスン商会はSランクで貴族に匹敵する。

 王都で3番目の商人であるキンバリー・ロイドの実家ロイド商会はSに近いAランクだ。


 貴族が実経営している店は、これらのランクとは別にされNランク、王族はRランクとされる。

 これは経営状態がなんであろうと、貴族や王族が商会の支払いを保証しているということになる。

 ただ領地経営が苦しいところなどは、あまり信用状態が良くないのも事実だ。

 だから商人たちはどの貴族が力を持ち、どの貴族が借金まみれなのか、その情報をいち早く得ないとならない。


 とはいえリカルドがなろうとしているのは最低であるFランクの行商人だ。

 犯罪歴がなければ、金さえ支払えばだれでもなれる。



「つまりアルさんは巡礼の傍ら、行商をするということですね」


「ええ、そうです。

 どこの国でもそうだと思いますが、中央から離れれば離れるほどモノが手に入りにくくなります。

 僕は薬師ですので、ポーションを売って路銀を稼ぎたいと思っています」


「念のため、あなたの作ったポーションを見せていただけますか?」


 それで昨日トビアス農場で作っておいた低級ポーションと中級ポーションを出した。

 錬金術を使えば効果の高いポーションを手早くたくさん作ることができるが、商業ギルドともなると鑑定ができる職員が必ずいる。

 上位職である錬金術師はなかなかいないので囲い込まれる可能性もあり、面倒でも薬師の手順を使って1つ1つ作ったのだ。


「はい、間違いなく低級ポーションと中級ポーションですね。

 品質も均一で見事な腕前です」


「ありがとうございます。

 薬師の資格は3級しか持っていませんので、上級ポーションは作っていないです」


 彼は真贋判定に引っかからないように言葉を選んで話した。

 錬金術師である彼は上級どころか特級ポーションも作ることができるが、薬師資格は3級までしか取っていなかった。

 なぜなら錬金術師は薬師や付与術師などの魔法で製作するジョブの上に立つ存在だからだ。


 ちなみに2級が上級以上のポーションが作れる。

 1級は特級ポーションが作れ、オリジナルの薬も作ることができるである。

 オリジナルの薬が作れなければ、特級ポーションが作れても2級のままである。


「もしよろしければ、中級ポーションを分けていただきたいのですが構いませんか?」


「10本でしたらお譲りします」


「それでどちらまで巡礼に?」


「子どもの魂が昇るとされている、キンダーの頂まで行く予定です」


「そ、それは伝説の山ではありませんか!

 存在しないかもしれないんですよ?」


「ええ、ですから探しながらになりますし、一生かかるかもしれませんね」


「お若くていらっしゃるし、人生を棒に振ることはないと思いますが……」


 リカルドは職員がこぼした言葉をただ微笑んで流した。


「今ハーシアは薬師が不足していて、アルさんの中級ポーションでも十分役に立つのです。

 このような引き留めはたくさん聞かれたとは思いますが、考え直してみてはいかがですか?」


「ご心配いただいてありがとうございます。

 そうですね、僕の小さな妹が蘇ったら考えを変えるかもしれません」


 そう言って所定のお金を収めて、彼は行商人ができるFランク商人になったのだった。



 商業ギルドを出ると町を散策した。

 旅の準備は出来ているが、露天商など魔道具店などを中心に見て回る。

 呪われたものがあれば購入するためだが、その呪いが悪魔絡みなら敵を追跡できるからだ。

 だが国境の町とは言え、ハーシアの中心都市ではない。

 空振りに終った。


 日が暮れ始めてやっと宿を探すことにした。

 ミネルヴァと話をするため、個室の取れる宿でなければならない。

 高級な宿なら簡単だが、巡礼者らしくない行動だ。

 それで中心から外れにある空いていそうな宿を見つけた。


「僕の従魔は他のヒトがいるのを嫌がるんだ。

 個室で頼むよ」


「1晩銀貨5枚のところ、従魔も入れるんなら1枚追加だね」


「わかった、その代わり食事はいらない。

 素泊まりでいい」


 女将はチッと舌打ちした。

 宿屋は食事や酒で金を落としてもらいもうけを出すのだが、素泊まりで銀貨6枚は結構高いので納得したようだ。


「2階の3の部屋だよ。

 顔を洗う水は裏の井戸を使いな」


 食事の上手い宿なら酒場として繁盛していてもおかしくないが、大して旨くないのだろう。

 サービスも悪いし、感じも良くないのでこの寂れっぷりは必然だ。

 背嚢には食料はしっかりあるし、クライン家から持ってきたマジックバッグもあるので問題なかった。


「フフフ、従魔はミランダだけと思ったみたいだけど、リュンやモリーのことがバレたらあと銀貨2枚取られたかもね」


(アル、とくしたの。

 それでいつでんわ、つかうの?)


「ああそうだね、ミラ。

 夜が更けてからにするかな。

 防音をかけるけど、まだ起きている時間なのにあんまり静かすぎるのもかえって目立つからね」


 隣室には誰もいないがその向こうにはヒトがいる気配がする。

 魔法を使うとなんて事のない生活音や気配などが全て遮断される。

 相手が平凡な旅人や鈍い冒険者ならばいいが、リカルドのように理由があってひなびた宿に泊まる者もいるのだ。

 用心に越したことはない。


 それから腹ごしらえを済ませて周りが眠ったのを見計らって防音し、電話機を取り出した。

 ミネルヴァとの約束通り、3コールした後1度切るとすぐに折り返しの電話がかかってきた。


「ルエーガー」


『久しぶりだな、アル』


「アンディか、しわがれ声だな。

 じいさんのままなのか?」


『特に若返る必要はない』


「先に確認だ。

 この会話を敵に察知される可能性は?」


『0ではない。

 だが可能性はかなり低い。

 俺の呪いは管理者になったことで、完全に解けたからな』


「用件は君たちから情報を得たい。

 僕らが置かれている状況はだいたいわかっているんだろ」


『なぜそう思う?』


「ミネがエリーの死を伝えても悲しまなかったからだ。

 だから何らかの情報を得る手段があるのだろう」


『ご名答。それどころかそちらに介入できるレベルのシャーマンを見つけた』


「介入とは?」


『小説として書くことで未来を変えることができる。

 ただし万能ではない。

 エリーの死は食い止められなかった』


「それは……かなり有難い。

 知りたいのは敵の正体と聖剣のありかだ」


『敵の正体についてはまだ不明だ。

 だがローザリアという娘の側に不審な影があったようだ。

 シャーマンがのぞいているのに気が付いたらしく、安全のためしばらく見ないように言ってある。

 剣については俺ではわからん』


「わかった。僕らの切り札となりえる人物だから安全第一だ」

 やはりエリー復活が先か……。

 それにしてもかなり近々のことまで知っているんだな」


『それだけシャーマンの力はすごいのだ』


「僕らは安全な国を探している。

 どこかわかるか?」


『悪い、今のところヴァルティス王国のことしかわからない』


「そうか、わかった。

 ありがとう、助かったよ」


『エリーが復活したら、タブレットを貸してもらえ。

 このアナログな電話機ではエネルギーの消費が激しい。

 これ以上話していると、自家発電機では賄えないかもしれない』


「わかった。

 また何かあれば連絡する」


『ああ、またな』



 リカルドは切ったと同時に魔力ポーションを口にした。

 電話代がかかるのは掛けたほうだけだが、電話回線を維持するためにもコストはかかる。

 この世界の場合ほぼ魔力が消費されるが、元の世界では自家発電で賄えるのは驚きだった。


「とりあえず知りたいことは聞けたみたいだ。

 早急にこの国を出よう。

 悪いけどサミーとの合流は残念ながら二の次だ。

 さぁ、明日も早いからみんなしっかり寝ようね」


(きんだーってとこにいくの?)


「嘘をついたわけではない。

 予定は未定さ。

 それにエリーが復活すれば、巡礼の必要もなくなるからね」


 そうして彼は眠りについた。

 何よりも重要な眠れる妹たちを起こすためには安全な場所が必要なのだ。

 外国の土地勘のない場所でどこまでできるか。

 そのためにも体力を戻すことが必要だった。

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