第729話 助け手


 無事サグレンに着いたリカルドはカルロスと一緒に彼の実家であるトビアス農場へむかった。

 だが依頼をすぐに行うことはできなかった。

 彼の父親トビアスが診察を断ったからだ。


「俺は腰痛以外どこも悪くない。

 長年かかっている薬師も治癒士もいる。

 なんでお前の連れてきたそんな若造の世話にならんといかんのや?」


 至極もっともな話だ。

 リカルドは落ち着いた態度をしているので実年齢よりは上に見えるかもしれないが、どう頑張っても20歳以上に見える訳がないのだ。


「俺がせっかく連れてきたんだからさ。

 親父のために何かしたいんだ」


「ずっと勝手なことばかりしおって、いまさら親孝行か?

 笑わせるな。

 どうせ女で失敗して、金でも借りに来たんやろ」


「俺はアイラに指1本触れていないぞ。

 父さんが勝手にそう決めつけているだけや」


「ならどうして逃げた。

 俺は親友を1人失くしたんやぞ」


 こちらの揉め事についてはカルロスからは聞いていなかったが、エリーがバフリコーダーを作るに至った話を聞いていたので多少は知っていた。

 兄ファビオの婚約者アイラがハンサムな弟であるカルロスに横恋慕したせいで、婚約が破談になった。

 おかげでファビオは卑屈に、カルロスは家を出て、マリウスは兄からいじめに遭ったというものだ。

 今の話からそのアイラの父親がトビアスの親友だったいうことだろう。


「あの女は元々多情やったんだ。

 俺が理由みたいに言われているけど、ホンマはアントニオとかロドリコとかとも付き合っていたんやで。

 それでも兄貴がええんならと、近寄らんようにしとった。

 それなのに俺の子どもを妊娠したとか、訳の分からないこと言い出すし。

 それは嘘だとわかっていたから、ほとぼりが冷めるまで離れた方がいいと思ったんや」


「確かに妊娠自体嘘やったがな……。

 でももう少しでどこの誰かのかもわからない子どもを養育しなきゃあかんかったんやぞ。

 それをファビオに押し付けるつもりやったんか?」


「違う! そうじゃなくて」


「今回は母さんが頼むから家には入れた。

 できれば長居せずさっさと帰ってくれ。

 もちろんそちらの若いのも連れてな」


 リカルドとしても長居するつもりも、無理強いしてまで治すつもりもなかった。

 エリーと違ってそれほど善人ではないのだ。


「ではカルロスさん。

 あなたのお父さんのおっしゃる通り、僕は退散しますね。

 ギルドに仕事を完遂したと報告してくれれば、報酬はいりませんよ。


 ただトビアスさん、時々頭痛があるでしょう?

 お酒を飲み過ぎたり、カッカしたりせず、塩や脂の多い食事を減らすようになさってください。

 血管を詰まらせる病気には気を付けて、命に関わりますから。

 この病気に聖属性魔法は効きにくいですから、異変を感じれば闇属性の治癒魔法を受けてみてください」


「そう言ってわしから金をせしめる気だな!」


「さっきお金はいらないと言ったと思いますが。

 じゃあこうしてください。

 仕事を完遂したではなく、依頼そのものをそちら都合で取り下げてください。

 僕は巡礼者ですから、別に冒険者の実績を作る必要はないんです。

 来る必要はなかったようですが、巡礼の旅には出発地点はどこでもかまいません。

 では失礼」


 そうして部屋から出て廊下を歩いていると、カルロスが追いかけてきた。


「アルくん、待ってーな」


「サグレンまで歩いて戻るので今すぐ出ないと暗くなるし、宿が取れなくなります。

 ミラ、僕の背嚢に乗ってくれるかい?

 それではお邪魔しました」


「いやちょっと、サグレンまで俺が送るから……」


「カルロスさんは僕のことよりもっとちゃんとご家族で話し合ってください。

 信頼関係のない者の連れてきた薬師など、怖くて使えないものです。

 それに今この家を出たら、次は迎え入れてもらえないかもしれないですよ」


「それよりも親父はそんなに悪いのか?」


「血管に脂肪がたまって血の巡りが悪くなっています。

 それを誤魔化すためにお酒を飲むことで悪循環になっています。

 あんまり怒らせるのも良くないですね。

 大きな脂肪の塊が詰まって流れを止めると、それで心の臓がとまったり、体が麻痺して動かなくなったりします。

 時には血管が破裂してしまうんです。

 この場合は聖属性の治癒士も頼んでください。

 

 できれば今の段階から気を付けるのがいいですが、僕も長居ができるわけではありません。

 薬を飲むこともできますが、今すぐ食事を改善すれば多少は危険が去るでしょう」



 リカルドはそう言うと、彼の胸ポケットに小さな薬瓶を差し込んだ。


「これは?」


「血管に詰まった脂を溶かして、血の巡りを良くする薬です。

 もしお父さんが倒れてしまったら、使ってください。

 ろれつが回らなくなったり、手足がしびれたりと言った症状でもです。

 まずカルロスさんはそれが使えるくらいの信頼関係を取り戻すんですよ。

 ただし完全に意識不明の場合は聖属性の治癒士も呼んでください」


 彼を元の部屋に戻るように背中を押すと、リカルドはフードを被りミランダが乗った背嚢を背負って彼らの家から出た。

 農場の囲いを越えるにはまだしばらくある。

 すると肩に乗ってきたミラが聞いてきた。


(あれでよかったの?)


「うーん、よくはないけど本人が病気だと思ってないんだからね。

 僕の鑑定能力の精度は彼らにはわからないから治療を無理強いできないし、患者を説得する時間もない。

 明らかに余計なお世話だったし、元々こっちに来るつもりだったからいいんだよ。

 あの薬は早ければ早いほど効き目があるから、ちゃんと投与できれば大丈夫さ。


 それにカルロスさんが仕事を遂行しなかったとギルドに言うなら、罰金を払えばいい。

 さぁ行くよ。

 今日はサグレンの宿に泊まって、明日には国境を越えよう」



 そうしてリカルドが農場を出て行こうとしたら、後ろから女性の叫び声がした。


「ちょっとあんた、しっかりして!」


「親父、親父!」


 バタバタとこちらに向かって走ってくる音もする。


「どうやら、すぐ出発できないようだね」



 結局呼び戻されて、リカルドはトビアスの看病につくことになった。

 カルロスに渡した薬を投与し、破れた血管を治癒し、これまでの生活改善と今後の食事を変えるように具体的なメニューをあげて指導した。

 どこまでやるか、あとは本人次第だ。


「とにかく1週間は絶対安静です。

 これからは仕事量を控えて、暴飲暴食は慎んでください。

 興奮するのも怒るのもよくありません。

 この薬の効果は絶大ですが、同じような生活を続けるとまた再発します」


「親父は働くこともお酒もフラメンコも好きやねん。

 この薬、もっともらわれへんやろか?」


「効き目の強い薬を何度も投与するのはかえって体に悪いんです。

 それこそ寿命を縮めます。

 生活習慣を変えることで多少は予防できる病気ですから頑張ってください」


「じゃあもしもの時用に1つだけ」


「材料が足りないので、僕は売れません。

 あとは……王都の錬金術協会なら買えるかもしれませんね。

 ギルドではなく協会の方ですよ」


「これ錬金薬なんや……」


「そうです。

 僕は薬師ではなく、正しくは錬金術師なんです」


「めっちゃ高いんじゃない?」


「買ったら……そうですね。

 材料となる薬草が高価ですから。

 今回のお代は結構です。

 その代わり明日の朝、隣国のハーシアまで送ってもらえますか?」



 そんなやり取りをしている間に、玄関が騒がしくなった。

 長男のファビオが仕事を切り上げて戻ってきたのだ。


「おい、親父が倒れたってほんまか?」


 そういって部屋に入ってきて、長年戻っていなかったカルロスと対面した。


「っ! お前、戻ってきたのか……」


「あっうん、まぁそう……」


 突然の再会にビクッと驚いた兄に、弟は項垂うなだれるしかなかった。


「病人の前です。お話なら外でどうぞ」


 

 兄弟は出て行き、しばらくしたらファビオだけ戻ってきた

 彼は背が低くがっちりした、あか抜けない男だった。

 言われなければハンサムなカルロスや、騎士らしく鍛え上げられたマリウスと兄弟とは思えなかった。

 だが以前あった卑屈な態度はなりを潜めていた。

 自分の仕事や能力に誇りを持てるようになったのだ。


「事情は弟から聞いた。

 高価な錬金薬を使ってくれたそうだな」


「ええ。僕の作ったものなので、今回は無償提供しますよ。

 トビアスさんから金目当てって言われかねないですからね」


「いや、それではこちらが困る」


「500万ヤンでも安いと思いますよ。

 作れる人間が少ないですから。

 僕は他に1人しか知りません。

 そして彼女にはもう頼めません」


「それはまさか、エリー・トールセン様ですか?」


「そうです」



 するとファビオは真っ青になって、平伏した。


「次期近習様に申し上げます。

 父と弟が無礼を働きまして、誠に申し訳ございませんでした。

 愚かな父の命までお救い頂き、お礼のしようもございません」


「とりあえず話しにくいから面を上げなさい。

 どうしての素性がわかったのかな?」


「俺はエリー様がこの地にご逗留の折、大変お世話になりました。

 音楽の話をしたり、病気の羊を治していただいたりしました。

 その時、錬金薬の話になって……。

 羊の病くらいならなんとかなるけど、ヒトの命にかかわるような病を治す高度な錬金薬を作れるのはあの方と次期近習様ぐらいだと仰っていたんです」


 高度な錬金薬は勇者ユーダイの残した特別なレシピで、高い技量を求めた。

 賢者であるレント師は魔道具技師としては超一流だが、薬師の腕前はそこまでではない。

 錬金術師たちの傾向も今の頂点である賢者が得意な魔道具技術に偏って、調薬技術を軽視しがちだった。

 薬師ギルドの力も強いので、錬金薬に重きを置く者はほとんどいなかったのだ。



「なるほど君は弟と違って、目端が利くようだね。

 でも意外だな。

 エリーがの話を他でするとは思わなかった」


「その……俺はあまり見た目が良くなくて、前の婚約者に嫌われて浮気をされました。

 それでエリー様と婚約者候補様との関係について少しお話して……。

 騎士の中の騎士とまで言われる忠誠心の厚いお方で、その主様も優秀で良き方だとその話の中で聞きました」


「前というと、今は新しい婚約者が?」


「いえ、もう結婚しました。

 俺の顔でも好きだと言ってくれる女です。

 半年前になります。

 エリー様からバフリコーダーの完成品と、祝いの品をいただきました。

 前に進めたのもあの方の言葉のおかげだったんです。


『この家は皆さんは素晴らしい才能に恵まれています。

 ファビオさん、あなたは農場を守り繁栄させることで多くの人々を生かすヒトです。

 カルロスさんはきっと素晴らしい踊りで人々の心と文化を守るヒト、マリウスは剣と魔法で人々の命を守るヒトなのです。

 どれも必要な素晴らしい能力ですが他の2人の力は、人々が生きているからこそ花開くもの。

 あなたの力がすべての根幹です。

 地味で目立たないかもしれませんが、そのことをわかってくれる女性はちゃんといます。

 だからそんな後ろ向きにならず、顔をあげて前を向いてください』


 あの方は俺が弟たちを妬んで苛めたことや、卑屈になって相手に媚びることを責めずに俺を導いてくれたんです」



 リカルドはそれが目に見えるようだと思った。

 上から目線で頭ごなしに言われると反発するが、彼の話をじっくり聞き仕事の手伝いをすることで信頼関係を作ったのだろう。


「そうか……、あの子は頑張っていたんだね」


「俺にはもったいないほどの厚遇でした。

 そうだ、少しお待ちください」


 彼は何か思い出したように部屋から出て、しばらくして戻ってきた。

 手には飾り気のない角笛が握られていた。


「これはエリー様の最初に作ってくださった魔道具で、吹けば助け手を呼ぶことができるものだそうです。

 そう付与しようと思ったわけではないのに、そうなってしまったとお手紙にありました。

 こちらを錬金薬の代わりにお納めください。

 もちろん、ハーシアにもお送りします」


「ふぅむ、助け手をかい?」


「はい、前に商談に行った先で盗賊に遭いまして、この笛を吹いたら本当に騎士様がやってきて助けてくれたんです。

 偶然かなって思ったんですが、聞けば本来なら巡回ルートじゃなかったけど急にこの道を通りたくなったそうなんです。

 角笛の音は聞こえなかったと聞きました。

 親父はこの話が好きで、先週面白がって吹いていましたが何も起こりませんでした」


 リカルドはカルロスの護衛依頼書を思い出していた。

 申し込んでいたのは先週だった。


「おもしろいね。

 本当に偶然かもしれないけど、あの子が作ったものなら検証する価値がある。

 ありがとう、これはいただいて行こう。

 では明日の朝は早めに頼む」


 彼にはわかった。

 この回り道はトビアスの助け手になるものだったのだ。


 彼は女神エリーの意思に導かれてここに来たのだ。


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リカルドとして話しているときは、あえて私に一人称を変えてあります。

わかるように傍点つけています。


サミーが騎士として評価が高まったのは、教会ダンジョンでエリーを助けられなかったことから自分を見直して鍛えたからです。

ここでリカルドの中のサミーとジョシュの評価が分かれることにもなりました。

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