第728話 行商人の護衛
ルシィの説得を済ませて戻った翌朝、リカルドたちは護衛をする行商人と待ち合わせた冒険者ギルド前に向かった。
その商人は主にアクセサリーや櫛などの小間物を扱っているが、儲けは多くないとギルドから聞いていた。
見れば背負子に商品の箱と身の回りのものをくくり付けただけで、一応短めの短剣は持っていたがそれ以上の武装はしていなかった。
だがその荷はなかなかの大きさなので、身体強化は出来るようだ。
赤みがかった茶色の髪に焦げ茶色の瞳の、背は高くはないが均整の取れたなかなかの美男子だ。
この顔ならば女性受けして小間物もよく売れるだろうと思いつつ、リカルドは声をかけた。
「ご依頼のジャンセンさんですか?」
「あっはい。そうです。
えっと、冒険者のアルさんですね。
お世話になります、カルロス・ジャンセンです」
「アルです。
こちらは僕の従魔のリュンヌとモリー、それと召喚獣のミラです」
「わぁ、3匹もいるなんてすごい!
従魔っていいですよね。
俺も若い頃は冒険者目指して家を出たんですが、全然ものにならなくて。
手先が器用やったんで女の子に櫛をつくってプレゼントしたのが始まりで小間物屋になりました」
「カルロスさんは元Dランクと聞いています。
だから短剣が戦闘向きのものなんですね」
「まぁ、恥ずかしながら……これ一応ダンジョン産で切れ味がめっちゃいいんです。
でも意外と細工にも向いているんですよ。
石も削れるので、商品は自作も多いです。
あと革製品も作ってます」
「この剣が出るダンジョンにも入れるなら、ジャンセンさんはCランク以上ですよね?
とてもいいものです。
僕みたいなEランクに上がりたてが護衛なんて……」
「あっ、カルロスでええです。
連れて行ってくれた女の子たちがCランクやったんです。
その子らに小物の注文受けたんやけど、俺が自力で材料を取りに行けないからランク上げ手伝ってもろうたんです」
「僕はEですがリュンは敵が来たら教えてくれますし、ミラはかなり強いのでご安心ください」
「はい、お願いします!」
今回の馬車も高速便で夜通し走るものだった。
エマのためにあまり時間を無駄にできないリカルドにとっては都合がよかったが、金がかかるので里帰りくらいで護衛をつけるのは不思議に思った。
馬車につく護衛で十分だからだ。
置き引きを恐れるにしても、かっちりと詰められた荷を崩して盗るのは難しい。
自分の懐の財布にだけ注意を払っていればいいはずだ。
「カルロスさん、出発が遅くなったから高速便なんですか?」
「それもあるんですけど、実は親父がケガしたって弟から手紙がきたんです。
こんな親不孝者でも1度はちゃんと顔を見せろって。
弟は王都で騎士になったんですよ。
農家の息子やのに魔法が使えてね、大出世です」
自慢そうに話すカルロスの言葉に、リカルドは彼が誰かわかった。
王都にいるジャンセンという騎士は1人しかいない。
彼はマリウスの兄であった。
クライン騎士団の面接で、確か農場を継ぐ長男と冒険者の次男がいると聞いていた。
「それはご心配ですね」
「そうなんです。
仲の悪い兄貴が農場を相続したら俺はもう帰ることは許されないので、今のうちに戻ってこいって。
弟は昔から正義感が強くて、賢いんです。
俺は踊りが上手いくらいしか取り柄がないんですけど、自慢の弟なんです」
「その弟さんもご実家に?」
「いえ、入団したところですぐに休みはないそうです。
父のケガも命には別条ないんで。
でももしかしたら農作業はもう無理かもしれません」
それならば正体を知られる心配はないと安堵した。
と同時になぜ護衛をつけるのかがわからなかった。
「依頼人にこんなこと聞くのはよくないかもしれませんが、護衛なんて必要ないんじゃないですか?」
「あーそれは……実は見栄なんです……」
「見栄?」
「俺冒険者になるって家を出て、結局小間物屋になってまして……。
ちょっとカッコ悪いっていうか、せめて護衛ぐらい雇えるって見せたかったんです。
でも向こうで店持とうと思っててカツカツであんまりお金を出せなかったから、なかなか出発できなくて……」
「でも僕との契約はサグレンまでですよね。
いつ誰に見せるつもりだったんですか?」
「サグレンにいる俺の師匠と友達に見せる気やったんです。
別れる前に食事を一緒に取れば、みんな酒場にいるやろし」
「酒場ですか……」
「あっ遊び人ってことやないですよ。
あっちでは仕事が終わったら家族や仲間が夕食時に集まって、おいしいもん食べてフラメンコ踊ってるだけなんです」
「ああ、サグレンの郷土舞踊ですね」
つまりサグレンは前世のスペインのような土地なのだと彼は思った。
エリーやモカがエマのためにフラメンコを踊ったのをリカルドも見せてもらっていた。
確かに大したお金ではないが、これから故郷で商売を始めるならそんなお金も無駄にしない方がいい。
彼は別の提案をした。
「カルロスさん、僕を薬師として雇いませんか?
ちょっとした鑑定もできます。
護衛が雇い主よりランクが下ってよくないと思うんです。
お友達と一緒に食事を取るならなおさらでしょう?」
「えっ、鑑定使えるんですか?
そっか、だから短剣の価値が分かったんや」
「冒険者の鑑定士って少ないから、囲い込みにあうでしょう?
それで申請しなかったんです」
「なんで? その方がお金も稼げるし、安全だよ?」
「……先日僕は小さな妹を亡くしまして、これはその鎮魂の旅なんです。
冒険者は路銀稼ぎになっただけで、祈る方が重要だから……。
パーティーになったらメンバーに迷惑をかけますし、ギルドの誘いも煩わしいんです」
彼がそういうとカルロスは涙を流した。
「ごめ……俺涙もろくって。
そうだよね、アル君どう見てもええとこの子やもん。
何か事情があるとは思ってたけど……。
そっかー、妹さんをなぁ」
リカルドは全くの嘘ではないがこんなにあっさり信じて、彼は大丈夫なんだろうかと少し心配になった。
「だからご家族の不調がとても辛いのもよくわかっています。
どれぐらいできるかはわかりませんが、できる限りやらせていただきます」
「ありがとう、アル君。
向こうについたら俺、君と妹さんのために鎮魂のフラメンコ踊るわ!
実は帰るのは師匠のフラメンコを継承しに行くのもあるんや。
俺結構踊れるんやで」
それで冒険者ギルドにはそのまま護衛の仕事としておいて、サグレンについたら彼の父親を治癒する仕事に変わった。
これはエリーが苛められていた時に助けてくれたマリウスへの恩返しでもあった。
リカルドは聖者であり、生きているのならば余程死期が近くない限り治すことができるからだ。
カルロスが馬車に乗る前に背負子の荷物を屋根に乗せるというので、黙って盗難除けの保護魔法をかけておいた。
誰もいなければ言ってもよかったが、聞かれて頼まれるのは面倒だった。
リカルドの背嚢は彼とカルロスとの足元の間に置かせてもらうことになった。
上にミランダがずっと寝そべっているからだ。
「この
なでてええ?」
身の上話をしたせいか、カルロスの敬語はどこかへ行ってしまった。
元とは言え冒険者ランクが上で年長者の彼に敬語を使われるのは目立つので気にはならなかった。
「いいかい? ミラ」
「みゃ」
みゃだから、はいである。
許可を出すとカルロスはミランダを抱き上げて撫でた。
最後に吸おうとしたので、さすがにそれはイヤだったようで尻尾でぱちんと拒否していた。
「つれないなぁ」
「僕だって吸ったことないのにやめてください」
「そうなん? こんなかわいいのに吸わずにおれんやん」
「元々妹の従魔で僕は兄として認められているだけなんです。
ミラ、こっちへおいで」
「みゃ」
「怒ってはいないようです。
無理強いしないなら、3日間仲良くやっていけますよ」
「そりゃ有難い」
それから干し肉とか干し魚とかで懐柔しようとしたが、猫吸いはさせてもらえなかった。
それはエリーとドラゴたち兄妹だけの特権だからだ。
そんなこんなで過ごしていると、背嚢からリリリリン、リリリリンと音がした。
ミネルヴァから電話がかかってきたのだ。
だが馬車の中では出られない。
「アルくん、なんか鳴ってるよ?」
「ああ、魔道具です。
すぐ止めます」
そうしてカルロスに見えないように背嚢を開けて、受話器を上げてすぐおろした。
「魔道具なんか持ってるんや」
「これだけですよ。
大したものじゃありません」
「俺の弟の友達に、魔道具作りの天才がおってな。
清浄消臭速乾作用のある防具作ってくれたって。
ほら騎士やとプレートメイル着るやん?
あれすごく汗かくんやて」
「ああ、騎士は見た目ほど優雅でないって聞いたことあります。
気が利くいい友達ですね」
「そしたらその子が『音楽のいとし子』様に認定されてな。
あんまり喋れんようになったけど、偉くなっても何かと気にかけてくれて補修とかも嫌がらへんって。
めちゃええコやねん」
「本当にそうですね」
リカルドは自分よりそれを知っている者はいないと思ったが、ニッコリとほほ笑みを返した。
「『常闇の炎』ってクランの子で、あそこの細工物は俺も参考にしてたから。
あのクランがなくなって残念やわ。
あの子、どうなったんかなぁ?」
「『いとし子』様認定されているのなら、教会に入ったのでは?」
「それもそっか。
いや弟が命の恩人って言うてたから、ちょっと気になってな」
「能力があって、騎士の友人がいるならきっと大丈夫ですよ」
実際は大丈夫どころか死んでしまったけど、マリウスの兄とはいえ一般の商人にわざわざ話すことはなかった。
小さな話だったが、エリーを思い出すと心が痛んだ。
昼食の時間になってカルロスに食事にさそわれたが、薬草を摘みたいと席を外すことにした。
ミネルヴァと連絡を取るためだ。
「ミランダ、モリー、力を貸してくれ。
リュンは周囲の警戒を頼むよ」
皆の了承を得て急いで電話を掛け直すと、1コールでミネルヴァは出てくれた。
「ごめん、ヒトがいて出られなかった」
『そんなことだろうと思った。
今はいいの?』
「あまり時間はない。
サグレンを出てからまた電話する。
3コールで切るから掛け直してくれないか?」
『いいわ』
「そっちは魔力大丈夫なのか?」
『こっちは魔力じゃなくて、電力だから』
「わかった、助かるよ。
じゃあまた」
『ええ、またね』
魔力がギリギリになったので、急いでエリーの魔力ポーションを口に含む。
彼女のポーションは他のとは違って味もききめもすばらしく、なおかつ反動が少ないのだ。
するとミランダが聞いてきた。
(リカ……じゃなくてアル。
おかーさんのばしゃならはなせるの。
ダメなの?)
「エリーの馬車はとても素晴らしいけど、国を出る時は正規の方法で出たいんだ。
アルという冒険者が護衛の仕事をしにサグレンへ行って、それから国外に出た。
そんな記録をね、残しておくんだよ」
(どうしてなの?)
「僕を追っているのは多分、国王と繋がっていた誰かだ。
今回の悪魔絡みの黒幕かもしれない。
ルエルトまで行ったことはすでにバレているから、冒険者ギルドではルカの名前は使わず服装も髪型も目の色も、態度や話し方も変えた。
この国ではね、ヴェルシアのジョブ診断のおかげで名前や年齢の偽造は出来ないんだ。
だから僕が変名をしてもリカルド・ルカス・ゼ・クラインの名前の一部を隠して、カルドとかライとかそういうのに変えられても、アルには変えられない。
でも僕が勇者のジョブになったから、前世の名前アルブレヒトが使えるようになったんだ。
これは大きいね。
それに春だから新規の冒険者や巡礼者になるものは多い。
おかげで今のところ、追われている様子はないんだ。
まだ絶対とは言い切れないけど」
(にんげんはややこしいの)
全く持ってその通りだと思ったが、早く戻らないと怪しまれるので適当に薬草を見つけて戻ったのだった。
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実はマリウスは家族に内緒でカルロスと連絡を取っていました。
初めは教会学校宛てにしてもらってて、王都に出てからはエヴァンズの寮宛てに送ってもらっていました。
親や兄貴、師匠のカルメンさんたちには冒険者で大成できなくて恥ずかしいので黙っていて欲しいと言われていたのです。
マリウスは律儀なのでそれを守って嘘もついていましたが、父親のケガで戻るように説得したのでした。
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