第727話 ルシィの説得


 

 翌朝まだ暗い内に、リカルドたちはルエルトの海岸を歩いていた。

 昨日のうちにミランダ宛にレターバードを送って迎えに行きたいと申し出たら、時間と場所を指定されたのだ。


 夜が明け始めて赤らんでくると海に飛び石のような道が出来て、その先に扉が現れた。


「リュン、モリー、僕のポケットに入っておいで。

 はぐれるといけないからね」


 隠者のマントから手を差し伸べると、中に着ていたスカプラリオの下にあるチュニックのポケットにモリーを背に乗せたリュンヌが飛び込んだ。

 リカルドがそのまま足を進めると踏み終えた飛び石は次々と消えていった。

 後から誰もつけてくることができないように。


 そうして扉の前の飛び石だけになり、彼は両開きの扉についているノッカーを叩いた。

 すると扉がゆっくりと開き、中に見るとそこは海面の上であったが転移陣が敷かれていた。

 彼はためらわずその陣を踏んで、迎え入れられた場へ転移していった。



 目を開くとそこは城門の前だった。

 そこには数人の侍女を引き連れた、上品な衣装を着た女性が立っていた


「勇者様でいらっしゃいますか?」


「はい、リカルドと申します。

 この子たちはリカと呼んでいますが、前世の名のアルブレヒトでも構いません」


「わたくしはパールです。

 セルキーの王エヴァンの妃の1人です」


「お妃さま直々のお出迎え、感謝申し上げます」


「成獣となったセルキーはみな王の妻になるので、さほど気にされなくて結構です。

 ではルシィ様とミランダさんの元へ参りましょう」


「ありがとう存じます」



 セルキーの城はごつごつとした岩場に出来ていて、かなり波も荒く簡単に船では来られないところにあった。

 これは簡単に逃げられそうにないと思いつつも、そうなった場合のことを彼は考えていた。

 これは前世からどこに行ってもそうしている彼の習性だった。


 部屋に勝手に侵入されて待ち伏せされたり、時には襲ってきたりすることがあったので、危険を感じたらホテルでも個人宅でもすぐに逃げ出せるようにしているのだ。

 それで何度も危険から逃げられたので、止めるつもりはなかった。


 第一にシールドを張って風魔法で飛んで帰ること。

 第二に身体強化で崖をよじ登ること。

 ただしこの場所が離島でなければの話だ。

 第三は海へ逃げるだが、シールドを張った状態で泳いで逃げなければならない。

 どちらにせよ位置を知るために一度は空に上がる必要がある。

 見つからないようにステルススキルを使って、ごまかすしかない。


 天気が良くなければステルスは効きやすいが海が時化しけって危険だなどと考えているうちに、かわいらしい子供向けの絵が描かれた部屋の前にいた。

 パールがノックする前に、中から扉が開いた。



(まってたでちゅ。

 はやくかぁたまにあわせてでちゅ)


「これっ! ルシィ様。お行儀悪いですよ」


 彼はその言葉をまるっと無視して、リカルドの足に泣きついた。


「やぁ、ルシィ君。久しぶりだね。

 よかったら中に入れてもらえないかな。

 これではゆっくり話もできないよ」


(リカのいうとおりなの。

 ルーはおぎょうぎよくするの。

 おかーさんもそういうにちがいないの)


 ミランダに叱られると、言い訳するように彼は鳴いた。


「キュキュー」


 なんとなくかぁたまは怒らないもんと言ったような気がしたが、めったに怒らないヒトの方が案外怖いんだぞとリカルドは返したくなった。

 小さなエリーゼが涙目で批難の眼差しを向けてきたら、堪え切れなくなるのを思い出していた。

 彼は常に妹に弱かった。



 それからリカルドはルシィに召喚獣契約をしてもらって、エリーが復活してから来て欲しいと話をしたのだけれどずっと平行線だった。


「キュキュー!」


 彼曰く、かぁたまはこのセルキーの城で護るという話だった。


「それはとても有難いけど、そうなるとエマが呪われてしまうから元に戻せないんだ。

 ここはまだヴァルティス王国ですよね。パール様」


「そうです。

 わたくしたちセルキー族はユーダイとの契約でこの地にいます。

 ですが国王が人間以外のヒト族を追放すると公示しましたね。

 わたくしたちはヒト族ではありませんが、人間はそう見なしているのでこの地を出て行く可能性もあります。

 ですからエリーさんを取り戻すためにこの地にずっといることは、できないかもしれません」


「人間どもが襲ってくることはありませんか?」


「今のところはありません。

 人間の力でここまで来るのはなかなか難しいですから。

 ですが絶対に来ないとは限りません。

 襲ってくるようなら、わたくしたちが仕留めていたクラーケンやリヴァイアサンを放置し、海洋ダンジョンを放棄します」


「そうなればルエルトは終わりますね。

 あっという間にスタンピードの餌食だ」


「ええ、そうなるでしょうね。

 すでにクラーケンの売買は取りやめているので、街の食堂から消えていることでしょう」

 

「ルエルトの名物料理がなくなってしまいましたか。

 その程度だと思っていたら、しっぺ返しを食らいますけどね。

 おやルシィ君、どうしたんだい?」


 彼らの話を聞いてルシィがしょんぼりしていた。


(かぁたまとこっちにくるたびに、クラーケンたべたでちゅ。

 いつもおんなじおじちゃんのとこでちゅ。

 かぁたまともなかよくしてたでちゅ)


「そうか……それは心配だね。

 でもそのヒトにだけ、クラーケンを卸すことはできないよ。

 かえって悪いヤツの妬みを買って、危なくなるからね」


(そうでちゅか……)


「生活は一時苦しくなるかもしれないけど、そういうお店はねクラーケンを他の肉に変えて何とかしのいでいくものだ。

 エリーが好んで食べていたのだから、とてもおいしいんだろう?

 だからそのおじさんのことは心配いらないよ。

 それよりもセルキーの皆さんが無事でいてくれる方が大事だ。

 君たちがこの海を治めてくれていることで、ここの安全が保たれているのだから」


(エヴァンじいたまもそういってたでちゅ)


「だからこそ今は君を連れていけない。

 君は白くて小さくてかわいいから、とても目立つんだ。

 モカと同じでめったに従魔にいないから、誘拐されるかもしれない。

 僕もたくさんの戦闘を終えた後で、決闘デュエルを申し込まれたら負けないとも限らない。

 君にもしものことがあれば、僕たちもセルキーの皆様もなによりエリーが苦しむ。

 今までのように『常闇の炎』の名前を借りられないからね。

 だから君には目標を持ってほしいんだ」


(もくひょう……?)


「自分で自由に動いて、脅かす悪者を撃退して、エリーを守ることができる……。

 そんな強いセルキーになるんだ。

 そのためにも君にはここで強くなって欲しい。

 そして僕らがエリーを取り戻したら、エマと彼女を守ってくれると嬉しい。

 今から2人を見せるよ」


 リカルドは背嚢から人形箱を取り出し、ふたを開けた。


(エマでちゅ)


「今は僕のスキルで人形にしてあるんだ。

 とてももろいから、触るなら優しくね。

 爪も立てちゃダメだよ」


 ルシィは頷き、そっとエマの頬に触れた。


(つめたいでちゅ)


「うん、肉体を一時的に人形に変えているんだよ。

 魂はこの中で封印してある。

 早く国外に出て、このスキルを解いてあげないといけないんだ。

 安全に進むためにはエリーの魔導馬車が必要で、今動かせるのはミランダだけだ。

 君は赤ちゃんだから、エリーが許可を出さなかったんだよね」


(かぁたまはあかちゃんがすきでちゅ)


「うん、エリーは赤ちゃんも子どもも、大人になっても大好きだよ。

 君を嫌いになることなんて絶対ない」


(でもおおきいと、はなれてくらすでちゅ!)


 ルシィは黒い目にいっぱいの涙を浮かべていた。

 それは子どもの巣立ちを寂しいながらも待っている母の言葉だったが、彼には大きくなったら離れる宣言に取っていたのだ。


「それは親ならば、いつかは子から離れないといけないから。

 くっついているだけが親ではないんだ。

 子どもが1人になっても生きていけるように育てるのが、親の役目なんだよ。

 そして離れてもいつでも子どもの幸せを思うのだ。

 もちろんそうではない親もいるけれど、エリーはそうなんだ。

 わかるね?」


(うーん、ルーはかぁたまといたいでちゅ)


「うんそうだね、今は小さいからね。

 でもそんな君でエリーやエマを守ることができるのかな?」


(!)


「ほら見てごらん。

 これがエリーの居る『隠れ家の実』だ。

 こんなに小さくてすぐ失くしてしまいそうだ。

 悪いヤツが盗んでしまうかもしれない」


(リカはできるでちゅか?)


「僕はね、前世からエリーと共にいて、この15年間彼女とエマのために自分を鍛えてきたんだよ。

 そしてエマの王都から出られない問題も解決した。

 次の呪いを解く方法にも対応できる。

 もちろんエリーの復活についてもだ。

 君にはそれができるかい?」


(やるでちゅ)



 リカルドは背嚢から3分計れる砂時計を取り出した。

 これは薬を作るときの時間を量るものだ。

 機械式時計も持っているが貴族でもなかなか持てる者は少ないので、錬金術師や薬師はこれを使い慣れる必要があるのだ。


「では僕に見せてくれ。

 君にその力があるなら、同行を許すよ。

 これから鬼ごっこをしよう。

 鬼は僕で3回君を捕まえたら僕の勝ち、僕から逃げきったら君の勝ち。

 自分の能力を好きなだけ使っていいよ。

 ただし、この岩場より外に行かないこと。

 何そんな長い時間ではない、この砂が全部落ちるまでだ。

 1回ごとにひっくり返すけど。

 いいね?」


(わかったでちゅ)


 彼は丁寧にエマの人形箱をしまって、それから鬼ごっこが始まった。



 1回戦目。

 ルシィは水中生活に適した体なので陸では早く動くことはできないが、ダンジョン報酬で転移魔法が使える。

 早速転移魔法を使って、闇魔法で岩場の陰に隠れた。

 そうして時間を待とうと思ったが、あっという間にリカルドに見つかった。


「転移魔法と闇魔法をうまく使ったね。

 でも気配が消せていない。

 次はうまくやるんだね」



 2回戦目。

 ルシィは転移魔法を使って次々と移動するが、リカルドは身体強化したジャンプで間合いを詰めてきた。

 それで水や氷の魔法で撃退しようとするが、リカルドの体に触れる前に全て避けられてしまい、また捕まってしまった。


「水と氷の魔法はいいね。

 発動スピードは速いし、正確なコントロールだ。

 ただやはり気配が消せていないのでせっかくの転移魔法も出る位置が大体把握できてしまう。

 まだ習っていないのかい?」


(キュウ~! おそとにいけば、かてるでちゅ‼)


「うん、だからこの岩場限定にしたんだよ。

 それに君があんまり遠くへ行ったら、セルキーの皆様にご迷惑がかかるだろ。

 では次行こうか」



 3回戦目。

 ルシィは転移魔法に闇魔法を重ねて、なんとか気配を誤魔化すことに成功した。

 リカルドはすぐに動かなかったのだ。

 しめしめと安堵したその時、彼が目の前に転移してきた。

 ビックリした瞬間、彼はリカルドの両腕に抱きしめられて頬ずりされた。


「みーつけた。

 やっぱりふわふわで気持ちいいね。

 エリーがいつも嬉しそうに抱きしめているから気になっていたんだ。


 君のおかげで僕のスキルに『転移』が入ったよ。

 今まで魔獣の転移魔法は何度か見たことがあったんだけれど、出てくるところは見たことがなかったんだ。

 ありがとう、ルシィ君」


 嘘でしょ。

 たったこれだけでスキルになるの?

 わざわざダンジョン報酬で貰ったのに……。

 ガビーンと驚愕したのはルシィだけではなく、見守っていたリュンヌ以外のみんながそう思った。


「これが勇者ユーダイを下し続けた伯父さまの実力……」


「おや、パール様はユウのことをご存じでしたか?」


「はい、わたくしがまだ幼き頃ですがお会いしました。

 酒盛りの時にユーダイが負けるのは、あなたとおばあさまだけと言っていたのです。

 お名前がアルブレヒトということでお察しいたしました」


「まるで僕がユウを苛めていたみたいに聞こえますが、そういったことはしていませんよ。

 音楽のことでは厳しいことは言いましたが」


「そういうことではないのです。

 無自覚が一番恐ろしいですね」


 リカルドは内心は納得がいっていなかったが、ルシィを見てニッコリした。


「約束通り、君は連れていけない。

 もう少し修行が必要だね。

 エリーが復活したら連絡するから、それまでしっかり頑張ってくれたまえ」


(キュウー! リカ、ズルいでちゅ!)


「フハハハハ。

 そうだ、みんなこれからは僕のことをアルと呼んでくれ。

 リカだとリカルドだってわかってしまうからね」


 それ悪党の笑いだからとモカがいればつっこんでいただろう。

 エリーも言ったかもしれない。

 でもそれができる存在はここにはいなかった。


 ただこれでルシィは連れて行かれないと、パールたちセルキーは胸を撫でおろしたのだった。




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