第726話 変装
別行動になったあと、宿に戻るとミランダはこう伝えてきた。
(ルーに会いに行きたいの)
「構わないけど、連れてはいけないよ」
(どうしてなの?)
「まず彼がまだ幼体であるということ。
あと詳しくは聞いていないが、勉強をしなくてはならないんだろう?
僕らはいつ帰れるかわからない旅に出るんだ。
彼の勉強を阻害することになるし、安全も保障できない。
僕はね、エリーが戻ったらエマとサミーと一緒に安全な暮らしをさせるつもりだ。
ミラにはその時あの子たちを守って欲しいんだ。
彼を呼び寄せるなら、そうなってからでいいと思う」
(モリーやソレイユ=リュンヌはどうなるの?)
「悪いけど僕についてきてもらう。
特にモリーは聖女の誓いで、悪魔と戦うと明言している。
彼女にそれを逃れるすべはない。
ソル=リュンは僕の魂と深く結びついているしね」
(そうなの……)
「危ない目に遭わせないとは言えない。
だができるだけのことはするつもりだよ」
(……わかったの。
ミラだけでいってくるの)
少ししょんぼりした様子だったが、ミランダはセルキーの居る海へ向かっていった。
彼女を見送ったリカルドがリュンヌを肩に乗せて、冒険者ギルドに行った。
魔族に襲われたことを考慮して、従者姿ではなく隠者の姿に変えてだ。
足首まで届くロングチュニックシャツに茶色のスカプラリオと同じ色のフード付きマントをつけた。
腰の剣は細剣に変え、長い杖を持った。
髪や目の色を変えるようとしたが、髪色はプラチナブロンドのままで瞳だけ紫に変えられた。前世の色だ。
これにしか変えられなかった。
少し結わえられるくらいの長さだったので、髪を短く切った。
剃刀は持っていなかったので丸坊主とまでは行かないが、魔法で切れるだけ短くだ。
細かい魔力操作が必要だったが、錬金術を学んだおかげで精度はアップしていたので問題はない。
これだけでかなりイメージが変わった。
非の打ち所がない貴公子然とした姿が、学者肌の青年隠者に見えた。
俯きがちで笑う姿に隠された、その鋭いまなざしを除いては。
歩き方や姿勢も少し猫背変えて、ギルドの窓口へ行った。
これだけで身長が低く見え、一見すると気弱そうだ。
巡礼の旅に出るので冒険者になりたいと申し出ると、新規の申し込み書をくれた。
名前はアル、年齢は15歳。
テイムと剣が使えることを書いた。
従魔は黒い鳥とスライム。
嘘はついていない。
できることを大いに隠しているだけだ。
「申し込み書類はこれで大丈夫です。
あなたはFランクになりました。
これは仮のランクです。
まず初めに『新人冒険者のための基礎知識』の講習を必修で受けてもらいます。
所定の薬草と魔獣の討伐をしてもらうとEランクに上がることができます。
これは他者に代わりにやってもらうことはできません。
逆に期日内に提出しないと、冒険者資格をはく奪されます。
講習会は明日の朝にありますが受けますか?」
「はい、お願いします」
翌朝の講習を受けた後、まだ時間があったので薬草を探しに行った。
必要なのはジキリ草とタミル草を各10束だ。
春なので群生地は多くあったが、冒険者になった者も多くてかなり少なくなっていた。
だが『真実の目』を使えば、まばらに生えているものでもすぐに見つかった。
次のラビット種を10匹討伐もすぐに済んだ。
身体強化で森の奥まで進み、巣穴を見つけて追い込んだ。
冒険者ギルドに提出したら、すごく早いと驚かれたけれど1日で達成するものは少なくないのでそのままEランクに上がった。
これで移動ができる。
次の馬車を調べたら、2日後にセードン経由サグレン行きの特急馬車が見つかった。
料金は高いがエマを早く解放したかったのでこれを選んだ。
行先はセードンで下車にする。
サグレンまで行くつもりだが、それは後からでも変えられる。
冒険者ギルドで馬車の受付をしていたので申し込むと、向こうから護衛の話をしてきた。
サグレンに行く商人の護衛だ。
「僕はEランクにあがったばかりなんですけど……。
護衛依頼受けられませんよね?
この依頼、何か問題があるんですか?」
「実はね、この商人さん悪いヒトじゃないんだけど、かなり小規模の商いなのよ。
報酬の割に結構遠出だし、食事が付いているわけでもない。
パーティーで受けたら赤字なの」
「いやぁ、それじゃあやっぱり僕なんかじゃ無理ですよ。
そのヒトを守れるほど強くないんです」
気弱で困った様子で話してみる。
普段のリカルドではありえない様子だ。
「いいの、いいの。
彼は元Dランク冒険者だから、そんなに弱くないのよ。
どっちかって言うと、受けた冒険者がいるって実績が必要なだけだから」
「うーん、それでしたら受けても構いませんけど……」
「よかったわぁ。
この依頼なかなか片付かなくてこっちも困っていたのよね。
罰則のついた冒険者への指定依頼にしようかと思っていたところなのよ。
でもそういうヒトたちだと、何かともめるからね。
あなたがやってくれるなら、ちょうどいいわ」
「いや、なんにもできないと思いますけど。
詳しいことを聞いてもいいですか?」
ちょっとおかしな依頼だったが、それから話を詰めて正式に依頼を受けた。
里帰りのための旅だったらしく、大きな馬車を買っていくまででもないが1人での移動はやはり危ないので冒険者を雇うことにしたそうだった。
馬車の中での置き引きもなくはないから、寝入ってしまうと危険なのだ。
そしてセードン行きの予約はサグレンに変わることになった。
「僕には従魔もいますから、夜はゆっくり休んでもらえると思います。
あとは休み時間に薬草採取出来たら嬉しいです。
依頼人にそうお伝えください」
本気で薬草採取するつもりではなく、こちらからミネルヴァに連絡がするときにそれを理由に席を外すためだ。
馬車に乗っている間に話すことはできない。
こちらから連絡する必要があるからだ。
そのためにサミーからは貴重なエリーのポーションを7本譲り受けていた。
その後食料やその他もろもろを準備すると、今まで制限されてきた自由を感じ始めた。
そうなるとユリウスが嵌めを外した気持ちも少しはわかる気がした。
宿屋に戻って夕食を済ませても、ミランダは戻っていなかった。
会いに行って1日以上は経っている。
どうやらルシィとの話が難航しているのか、あるいは引き留められているのかわからなかった。
それでモリーに確認した。
召喚獣との心話は通常ならば可能だけれど、どうやらセルキーの住処は結界か何かで守られているためリカルド程度のつながりでは通じなくなっていたのだ。
「ミラは大丈夫だろうか?」
ミランダがいないと、魔導馬車は動かせない。
エリーが許可を出したのは自分自身とルシィ以外の従魔、つまりドラゴ、モカ、ミランダだけなのだ。
(ルーがおおなきして、ミラおねえさまにくっついてはなれないのです)
「そっか、そうだよね。
大事な人の危機に、自分だけ蚊帳の外なんてとても悲しい。
それでセルキーの皆様は、ルシィが僕らと行くことを了承しているかい?」
(ダメみたいです)
親を失った悲しみは前世のアルブレヒトの時によく知っていた。
それを立ち直らせてくれたのはエリーゼと音楽のおかげであった。
ましてやルシィはまだ小さくて、従魔の中でもひと際甘えん坊だった。
「時間は無駄にできないが、僕らもルシィに会いに行こう。
エリーの状況を知ってもらって、彼を説得するんだ。
モリー、面会の申し込みをしてくれるかい?
会えるのは明日1日だけだから、よろしく頼む」
(わかりました)
ミネルヴァの連絡のことは気にかかったが、ミランダがいないのは困る。
前に進むしかないのだ。
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エリーはエマにルシィがいない理由を聞かれて、「同じセルキーといっしょにお勉強しないといけないんです」と話していました。
でないとずっとそばにいた友達がいなくなるのを心配しますからね。
リカルドはそれを聞いていました。
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