第725話 別行動
「リーシャを助けるための根本的な原因とは何だ」
カイオスの言葉にリカルドは思案した。
「今の話ならば精霊樹の存在を何とかすることだね。
ただ傷つけたり、切り倒したりすればそれで世界が終わる。
リーシャよ、なぜエリーがサクリードの遺児ならば助けられるんだ?」
「サクリードには精霊樹と心を通わすことができる神子が生まれるんです。
私たちハイエルフは人間でもサクリードだけは信用していました。
彼女から伝えてもらえば、もしかしたら助かるかもしれません」
リカルドは彼らの申し出をよく考えた。
勇者として仲間を得られるかどうか、ずっと危惧していたからだ。
剣聖の称号を得ていたユリウスは優秀ではあったが、母親似の女性的な容姿にコンプレックスがあった。
さらに婚約者候補を守れなかったという後悔から、失敗を恐れるようになってもいた。
だから彼は冒険をすることなく、自分の殻を打ち破れずにいた。
それで姿を変える魔道具を渡してみたものの、彼はそれの与える自由な気楽さに溺れて自己保身に走ってしまった。
ヒトは弱い。
強い力があろうとなかろうと、楽な方へ流されやすい。
それを直接指摘することは反発を招いて解決を遅らせるため、折を見てたびたび助言をしていたが聞き流されてしまった。
エリーに正体がバレてからも最後のチャンスにとニールへ同行させたが、彼がその真意を汲んでくれることはなかった。
だからリカルドは彼を連れてこなかった。
弱さを乗り越えようとする信念が彼にはなかったからだ。
弱いからと言って友として切り捨てることはないが、勇者パーティーとしては認められなかった。
どんなに剣が振るえようとも、最終段階で逃げる危険性があるものを連れて行くほどの余裕はないからだ。
聖女ソフィアも同じ理由だった。
彼女は祈りの力が強く、聖属性魔法も一定以上確立していたし、悪魔討伐にも参加するとは言っていた。
だがそれは逃げられない役目だからという諦めから出た言葉であった。
治癒を行うのも、浄化を行うのも、結界を張るのも全て義務感からであって心からの行為ではなかった。
その証拠に彼女は聖女の加護を与えることができなかった。
いわゆるバフデバフのことだ。
攻撃魔法も聖女に認定されるまでの数回しか行っていなかったし、ダンジョンや魔獣討伐に積極的ではなかった。
学院でも他の魔法攻撃は使っていたものの、聖属性の攻撃魔法は放っていなかった。
教会ダンジョンのアンデッド対策に浄化魔法を使ったぐらいである。
実際戦闘において彼女がどれだけ役に立つのか。
やればできるでは心許なかった。
一瞬の隙が死を招くからだ。
マドカの存在を一番喜んだのはソフィアだった。
彼女は好戦的で悪魔討伐に適していそうだったからだ。
戦いから逃れられると思ったのだろう。
まさか
当てが外れたソフィアの落胆は、王子妃教育の成果でほとんどのものには隠せていたがリカルドには隠せなかった。
だから彼は2人に国防を頼むと手紙を残した。
国王が正式に退位し、次の王はやる気のあるシリウスがなる可能性が高い。
だがシリウスはヴァルティス王国に嫌悪感を持っている。
母親の死後、冷遇されたからだ。
彼の母は小国の出だが、今その国は西サオン帝国の同盟国という名の属国になっていた。
アキレウスがエルヴィラ皇女の心をガッチリと押さえていたからよかったようなものの、シリウスに手を貸すような密約が結ばれていたらとリカルドは不安が抑えられなかった。
王侯貴族が力を失うのはいいが、戦争で罪もない民が死んでいくのは御免だった。
この平和主義は異世界人ならではかもしれない。
だから2人に国の安全を託すことにしたのだ。
2人に頼れないからと1人で何でもできるように能力を身につけてはいたが、こと戦闘においてソロで戦うことのリスクは大きかった。
何もかも全て1人でやらなければならないからだ。
ほんの小さなことかもしれないが戦闘の後に宿屋を取り、食事を用意し、馬や防具の手入れをし、翌日の準備をする。
サミーが付いてきて細やかな気配りをしてくれることは、彼の大きな支えになっていた。
冒険者ギルドへの討伐の報告をしてくれるだけでどれだけ力になることか。
ちょっとした相談や軽口を叩くだけでも、ストレス解消になっていた。
何より国外に出れば、エマの面倒を見るとまで請け負ってくれているのもよかった。
各国にはクライン家の密偵を送り込んでいて、普通の民のような顔をして住まわせていた。
だがエマはクラインの姓は持っていてもその血を1滴も流れていないため、リカルドが不在の間も大事にしてくれるかわからない。
だがサミーは自分の異母兄で、子爵位を持つれっきとしたクライン家の人間だった。
その彼が側にいてくれるのならば、密偵の家に世話になっても問題はなかった。
彼らはクライン家への忠誠で動いてくれるからだ。
ただ戦闘という点においては、普通の16歳の騎士よりはかなりよい動きは出来ても、多くの強敵と渡り合えるかは難しいところだった。
魔族の女が逃げてくれたおかげでなんとかなっただけで、リカルドが後少し遅れていたら殺されていてもおかしくなかった。
その点テリー、ライル、リーシャならば、もう少しは戦える。
精霊樹の場所もわかる。
だから味方としてほしい気持ちはあった。
でもそれをすぐ頷けないのは、1つはリーシャの体調の問題だ。
エリーの薬を渡すことで一時的には従ってくれるだろうが、なくなったら即離れる可能性もある。
そしてもう1つがミネルヴァ、あるいはアンディと連絡が取れることを知られたくないことだ。
彼らがいることで隠れて連絡を取る必要があるが、皆Aランク冒険者(リーシャは相当だが)である。
出し抜くのはなかなか困難なはずだ。
エリーが安全に復活するまで、信頼のないものを側に置きたくなかった。
それに転生者であるライルとリーシャなら、アンディと会話できることを知ったら利用しようとするかもしれない。
彼は今や神と言っていい管理者だ。
元に世界に戻すように言ってくるかもしれないし、悪魔に情報をもらすかもしれない。
だが人手が欲しいのも事実だ。
強敵が複数同時に現れたとき、サミーやエリーの小さな子どもたちだけに任せることはできなかった。
彼は方針を決めた。
何よりも大切なのはエリーとエマだ。
彼らを今の時点で同行させるわけにはいかない。
だから無駄足になる可能性は高いが、調査する価値があることを述べることにした。
「サクリードの生き残りはまだ2人いるよ、リーシャ。
一人はカイオスの娘マリールイーズ夫人、もう一人はアリステア公だ。
実際エリーの復活にはどのくらい時間がかかるかわからないんだ。
彼女を待たなくてもいいんじゃないかな?
こうしよう。
カイオスとテリーはそのまま唐国へ渡ってもらう。
追手がいるなら、出来るだけかく乱してくれ。
マリールイーズ夫人と合流したら、すぐに知らせて欲しい。
サミーはライルとリーシャと共に領地へ行ってくれ。
紹介状よりも確実に薬が手に入るし、期間も短くて済む上に全部接収しても文句は出ないだろう。
領民たちにはエリーの薬である必要はないからね。
そのかわり、代わりの薬を継続的に手配するように。
そして君たち夫婦はそのまま領地から国を出て、アリステア公のいるドワーフの国ツウェラを目指すんだ。
それが難しいなら、カイオスたちを追ってくれ。
リーシャ、体調はまだ大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫です。アル様。
ああ、推しが私の体調を気遣うなんて……!」
手を組んで必要以上に目をキラキラさせる彼女に、今はリカルドなんだけどと頭によぎった。
だが訂正せずその名で通すことにしてもいいなと彼は思った。
貴族の名前はもう使うつもりはなかった。
「僕とエリーの子どもたちはサグレンへ向かい、正規の手順で国を出る。
サミー、君は少し残ってくれ。
2人は乗合馬車の移動では遅くなるから、馬を購入してきてくれ」
リカルドは大きな金貨の入った袋を彼らに渡した。
「それは助かりますけど……。
俺らとすぐ連絡が取れまっか?」
「ああそうだね。
それについては今からサミーに伝えるから。
ほら、リーシャには時間がないのだろう?」
「そうですね、わかりました」
「カイオスたちも予定が決まったらすぐ連絡する。
では解散」
これ以上の案はなかったのでカイオスとテリー、ライルとリーシャは出て行った。
残ったサミーは何やらもの言いたげな様子だ。
リカルドは防音の魔法を使った。
「何か言いたいことがあるようだね」
「なぜ彼らをアリステア公の元にやるのです?」
「エリーとエマの側にカイオスならともかく、初対面の信頼できない者は側に置きたくない。
しかも頭痛という敵からも付け込まれやすいハンデがある。
彼女は僕の
彼が妻のために叫んでいたようにね」
サミーは同意するように頷いた。
「それにアリステア公は鍛冶神アウズの加護を持っている。
十分神子としての素養があると言えよう。
エリーの復活を待っていて違っていたら、それこそ手の施しようがなくなるじゃないか。
可能性は潰しておくべきだ」
サミーは困ったようにため息をついた。
「わかりました。俺はどうしましょうか?」
「まず逗留先が決まったら君の領地へレターバードを送るよ。
だから薬を渡したら、なんとか都合をつけて彼らだけで出立させるように。
それから彼らとの連絡方法は、本当は渡したくないが通信鏡を渡すしかないな。
別に敵対したいわけではない。
ただエリーが復活して落ち着くまで、引き離しておきたいだけだ」
「お気持ちはわかりますが……。
カイオスさんとの間にはかなりの信頼関係があるようですし……」
「サミー、僕たちはエリーを守れなかった。
次は絶対に失敗できないんだよ。
リーシャが今はまともに見えるが、敵の手に落ちていないとは限らない。
僕の前世の友人は長年頭痛を患っていたが、それは悪魔に魔力を吸い取られていたせいだったのだ。
エリーが復活してすぐ動けるかわからないんだぞ。
その時彼女が操られて、魂を破壊されたら全てが終わる」
サミーは頭を下げた。
「申し訳ございません。
俺が浅はかでした」
「いや、彼らが善良なのは僕もそう思うから、気持ちはわかるよ。
あと、彼らといる間に1つ実験をしてほしい」
「なんでしょうか?」
「リーシャにこの聖属性の杭を渡してみて欲しい。
このエリーが作った保護用の革袋から出してだ。
もちろん一時的な貸しでだよ」
「『
こんな貴重なものを?」
「継続的に頭痛が起こるのなら、継続的に治すこの魔法が効果があるんじゃないだろうか。
ただしこれで傷ついたら、あの魔族の女と同じ目に遭う。
だから身に着けて効果があるかないかだけの実験だ。
ただし決して譲渡してはダメだよ」
「では俺の分の杭を使います」
「いや、これだけ別の箱に入れて置いて、君が持っていることは伏せておくんだ。
なに、僕は聖属性魔法の使い手だからね。
1本ぐらいなくても問題ない。
もし効果があるのならば、しばらくは彼らはこちらを頼るだろう」
「カイオスさんも持っていますが……」
「カイオスはエリーを裏切らない。
だからカイオスを頼るのならそれでもいい。
剣を捧げた貴婦人との誓いを、しかもそれが自分の血を引くたった一人の孫だぞ。
騎士としてだけでなく、祖父としても必ず守り切るだろう」
「アル様……いえ、リカルド様。
俺は思います。
あなただけが悪役になる必要はないのではないですか?」
「エリーは清廉スキルのため、悪事は働けない。
それに彼女は身内から責められるのが一番弱い。
それはユナやマドカ、同室だった寮生に裏切られたときによくわかった。
気丈に振舞っていても、とても傷ついていたのに何もしてやれなかった。
ライルとリーシャはすでに彼女と面識がある。
あの子が傷つくくらいなら、僕が矢面に立つのはやぶさかでもないよ」
それはあなたもではないか? とサミーは彼に問いかけたかったがグッと堪えた。
「詮無いことを申しました。
仰せのままに、我が主」
そう言ってサミーは彼らと合流するべく、出て行った。
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