第724話 リーシャの危機


『国民の黒騎士』と呼ばれるカイオス・タイラーは、いついかなる時でも黒い服に身を包んでいた。

 初めは制服が黒く、それをずっと着ていただけだった。

 でも危険地帯に出向くことが多く、仲間がほとんど死に絶えて見送ることが多くなってからは私服もほぼ黒いものになっていた。

 だが今は洗いざらした生成りと茶色の皮でできた服と、ブーツや剣などの装備は黒かったがそれくらいならよくある格好だ。


 それを見てもリカルドは驚かなかった。

 カイオスが秘密裏に動くときにはそういう格好をしていたからだ。

 むしろ自分の代名詞をうまく隠れ蓑に使っていた。

 ただ変装中にこんな目立つ人間Aランク冒険者と行動するのは、彼が選ぶとは思わなかった。



「こいつらは俺の護衛だ」


「護衛?

 そんなもの必要ないだろ、カイオス。

 それに君は商人にも一般人にも見えない」


「まぁまぁ、その辺で。

 実は俺が頼んだんですわ」


 そう間には行ったのはライルだった。



「実はウチの嫁、リーシャって言うんですけど、頭痛が酷なって大変なんですわ。

 エリーちゃんの作ってくれる薬なら押さえられるんやけど、こんなことになってしもうて……」


「エリーの薬なら俺の領地に多少ですがストックがあります。

 取り寄せますか?

 ただ俺たちは先に進みますので、一緒にいられませんが」


 サミーがそう言うと、ライルは目を輝かせた。


「有難い! だけどそれじゃだけじゃダメなんや。

 それやったらリーシャはずっと精霊樹の奴隷のままや」


「そう言われても我々で協力できることはないように思うのだが……」


 リカルドはそう言うしかなかった。

 ハイエルフが精霊樹のしもべなのは生まれる前からのことで、洗脳魔法でも呪いでもないからだ。


「あんさんにとってはそうかもしれん。

 でもエリーちゃんは違う。

 あの子がおっさんの孫、つまりサクリードの遺児ならリーシャを助けられる!」


 ライルも、つまり他の全員エリーの正体を知っているのかと彼はカイオスを睨んだが、涼しい顔をされただけだった。


「それについては明言を避けたいな。

 僕ができることではないからね

 君はわざわざこんな揉め事を持ち込みに来たのかい? カイオス」


 リカルドがそう尋ねると、彼はフフンと鼻を鳴らした。



「これだけの理由があれば、こいつらが裏切ることはない。

 どっかの誰かさんと違ってな」


「もうバレたか」


「俺の相棒リュシーは歳を経たフウイヌムで、あれが何の変哲もないただの種だと教えてくれた。

 それにお前の性格上、切り札をそう簡単に他人に渡したりなどしない」


「君の言うとおりだよ、カイオス。

 僕は僕の宝を簡単に渡したりなどしない。

 だけど君には生きていて欲しい。

 君が命を粗末にすることを、彼女は絶対に望まないからね。

 あの種を持って逃げ延びて欲しかったのも事実だ」


「フン、どうだが。

 どうせ囮にでもするつもりだったんだろう」


「さぁね、ご想像にお任せするよ」


「あの子をそれで救えるなら、囮でも何でもやるがな。

 それで今後の計画は?」



 するとずっと黙っていたリーシャがプルプル震え出した。


「いい……、すごくいいですぅ~。

 明らかな年長者に対しても容赦ない上から目線、腹黒い感じ……。

 その中にちょっとだけ見せる優しさ……。

 相変わらずの妹溺愛……。

 お顔は違いますけど、モノホンのアル様ですぅ~‼」


 それを聞いてリカルドとカイオスはギョッとした。

 言っている内容をすぐ理解できなかったからだ。


「すんません。

 こいつ、ただのアルブレヒト・ルエーガーファンでんねん」


「世界一お美しいアル様を推せないなんて冒涜よ!」


「はいはい」


 2人のやり取りを聞いてちょっと面倒くさそうにリカルドは首を振り、額に手を当てた。

 前世でもこういうファンは周囲の人間に対応してもらっていたのだ。


「サミー、後は頼む」


「申し訳ございません。

 何をどうすればいいのかわかりません」


「僕もわからない。

 ただマニアック熱心な信奉者は基本避けることにしている」


「わかりました、近づけなければいいんですね」


「目の前で拒否られた! でもいい‼」


「エリーには先に会っているんだよね。

 エリーゼはファンではなかったのか?」


「エリーゼさんも好きですけどぉ。

 エリーちゃんはそうなのか確信が持てなくて……」


 もじもじしながら言われようがそれを聞いてスンとなった。

 真面目で勉強家でいつも一生懸命で愛情深い、必死で生きてきた彼女を知らない。

 スポットライトを浴びてキラキラ輝いているときのエリーゼしか見ていないからだ。


「あんなにあからさまにエリーゼな子はいない!」


「えっ、アル様はすぐわかったんですか?」


「2階の窓から眺めただけで分かったぞ。

 ……コイツ、助けなくていいんじゃないか?」


 彼は物騒なことをサミーに呟いた。


「俺もなんだかそんな気がしてきました」


「いや待って、待ってください。

 アホやけど悪い奴やないっていうか、こんなんでも俺の大事な嫁なんです」


 リカルドの怒りに触れて、青ざめたライルの言葉を聞いた2人はクスクス笑った。


「冗談だよ。

 エリーもエリーゼも助けを求めてきた善良な人物を放っておいたりしないからね。

 薬って何が必要なのかな?

 鎮痛剤でいいのかい?」


「いえ、魔力が不足してるんです」


「ならマジックポーションだね。

 弱ったな、僕がもらった分は使い果たしてしまったのだけど。

 僕の作った物も一応渡そうか」


「ええっ! アル様のお薬……。

 使ったら死ぬ、尊死する……」


「だったら無理して使わなくてもいいよ、別に……」


 ライルの緊迫した態度とリーシャの能天気さにギャップを感じながらも、ファンというものが好きな相手に会ったら興奮状態になるのを思い出した。

 そして後でその反動が来るのだ。



「サミー、エリーの作ったマジックポーションはあるかい?」


「俺は今手持ちで10本です」


「あんまりないね。

 とりあえず1本渡してくれ。

 後は様子を見て渡すよ。

 悪いけどこちらも必要になるかもしれないからね」


「その領地の方には何本くらいあるんでっしゃろ?」


 皆がサミーを見た。


「領地には100本位ありますね。

 あそこには治癒師も薬師もいないので、いろんなポーションを作りだめしてくれていたんです」


「そんなに作ったら悪くならへんのでっか?」


「瓶自体も長期保存用のものになります。

 それだけでなくエリーは劣化を遅くする保管庫を作ってくれていました。

 時間停止や保管量無限のようなものは作れないけど、その中なら100年ぐらいはもつって言っていました」


「エリーちゃん、マジ天才」


「俺とリカルド様以外には知らせないつもりだったんです。

 そんな魔道具が作れたら、魔法士団に入れられてしまうから」



 そこまで話してもう1人ずっと黙っていたテリーが口を開いた。


「申し訳ないがここで二手以上に分かれるのを提案する。

 俺とカイオスは船で唐国へ、他の皆様はクライン子爵の領地へ向かって欲しい」


「僕らも唐国へ行くつもりだよ」


「マリアにカイオスの手紙を送った。

 正体がバレている可能性が高いので、唐国から出ろと書いてある。

 俺とカイオスがそこに行くのは国の追手を引き寄せるためだ。

 それにこんな冗談を言っているが、このままではリーシャは長くもたない。

 薬を手に入れるにはクライン子爵が必要だ」


「なぜ正体が割れたのだ?」


「王宮にエリノア妃の幼い頃の顔を知る者がいたらしく、エリーが似すぎていると進言していたそうだ。

 しかもいとし子の称号持ちで音楽の才に恵まれているだけでなく天才錬金術師で、強力な従魔まで従え、皇女の気品もある。

 それでサクリード皇家が持つ加護があると踏んだのだろう。

 ケルベロスの呪いがなければ、たぶん王子の愛妾か何かにされていたな」


「俺も見ただけでノアにそっくりだと思ったからな。

 違うのは髪の色くらいだった」


 だから戸籍上は妻である義姉が確認に来たのかと、あの不自然な再会をカイオスは思い出していた。

 だが彼女はエリーを異母妹の孫とは確認できなかった。

 華やかで豪華な金髪のエリノアと地味な薄茶色のエリーは顔立ちや佇まいこそ似ているものの、受ける印象が全く違う。

 ましてはエリーはほぼ男装で、髪も少年のように短くしていた。

 そのおかげでバレずに、身柄を拘束されていなかったのだ。


「エリノア妃の姉以外にも確認できる人間がいたのだな。

 王宮に上がるときはドレス姿だし、磨き上げた髪は輝いて見えただろうしね。

 だが今となってはそのことはもういい。

 ライル君の奥方の件が緊急に話し合うべきことだ。

 しかし僕は一緒にサミーの領地へ行くつもりはない」


「ならば俺が薬の持ち出し許可状を書きましょう。

 君たち夫婦が2人で行って、それを見せれば渡してくれるはずだ。

 なんなら領民として暮らしてくれてもいい」


 そうサミーは言ったが、テリーは納得しなかった。


「それではダメだ。

 リーシャは今3日に1本飲まないとならない。

 前は半月に1本だった。

 どんどん間隔が短くなっている。

 こんなポンコツでも俺の弟分の大事な妻なんだ。

 そのかわり俺たちはどんな協力もする。

 頼む!」


「だがその間隔では100本でもすぐなくなるな。

 根本的に原因を正さないと無理だろう」


 冷たいようだが的確なリカルドのその言葉はライルの心を貫いた。

 薬は対処療法にしかならないのだ。

 事態はもう危機的状況まで来ているのだ。


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ライルはなんちゃって関西弁にしています。

間違っていてもお許しください。


 



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