第723話 異世界との通話


 そうして彼がコアに触れると、それは姿を変えた。

 古いダイヤル式の電話機になったのだ。

 そうして線がどこかに繋がっているが途中で見えなくなっていた。


(それ、なんなの?)


 そうミランダが聞いたので、リカルドは優しく答えた。


「これは異世界で使われている電話という道具さ。

 この数字の部分を回すことで、特定の相手と連絡が取れるものだ。

 だがこれは相当な魔力を食うもののようだ。

 やっぱり異世界相手だとそうなるよね。

 悪いけどみんなの魔力をかしてくれるかな?」


 ミランダ、モリー、ソレイユが了承し、彼はマジックポーションを側に用意した。


「エリーに5本補充してもらってよかったよ。

 もっと欲しかったけど、がぶ飲みするからダメだと断られたんだ。

 ではかけるよ」



 彼はあるオーストリアの電話番号をかけた。

 それは以前彼とエリーゼが子どものころから住んでいた、オーストリアの屋敷の番号だった。

 この番号を契約したのは彼らの祖父で、アルブレヒトがそのまま引き継いだ。

 彼の死後も遺言でそのまま継続契約すること、アンディには知らせないことが息子リオネルへの相続条件にしてあった。


 これには理由がある。

 その屋敷を手放したのはエリーゼの最初の夫であったジャックの死後すぐで、その時は混乱で解約を忘れていた。

 気が付いたのは1年以上経ってから、彼女が立ち直ってからだ。

 その時にはアンディの危険な状況がわかっていた。

 彼の知っている番号では彼を支配する悪魔も知っている可能性がある。

 これから新たに契約しても、彼の耳に届くかもしれない。

 それでアンディがもう存在しないと思っている番号を、緊急連絡用に置いておくことにしたのだ。


 そのうちミネルヴァがシンギュラリティを起こして自我を確立し、同じ理由でアンディに知らせないことを条件にエリーゼがこの番号を教えた。

 どんな状況にあろうとも、この番号をかけてきたら必ず出るようにだ。


 彼がダイヤル式の電話機にしたのも理由がある。

 インターネットの回線は世代や形式が変わっているものの無線の移動通信システムが使われているが、それはアンディの領域だ。

 だがインターネットは有線の電話回線でも遅いながら使える。

 だから有線のダイヤル式電話に変えてみたのだ。



 ダイヤルを回すと、呼び出し音がする。

 1回、2回と回を重ね、10コール目で相手が出た。


「ルエーガー」


「ハロー、ミネ。久しぶり。

 アルブレヒトだよ」


「……本当にアルなの?」


「うん、今異世界にいて、リカルド・ルカス・ゼ・クラインに転生している。

 ちょっとこっちで緊急事態が起こってね」


 この時点で1度目のポーションを服用した。

 リカルドは生まれつき魔力が高いし3匹の魔獣たちもいるが、追いつかない勢いで減っていくのだ。


「エリーがアンディや君と話をしたとは聞いてはいたが、彼はほら悪い女神に支配されているだろ?

 だから信用していいのか考えあぐねていたんだ」


「それでママは一緒?」


 ここでまた服用した。

 消耗が激しい。

 3匹の魔獣たちも弱ってへたり込んでいた。


「それが緊急事態だよ。

 エリーが殺されてしまった。

 だがまだ魂は僕らの手元にある。

 彼女を復活させたい。

 それで君たちが手にしている情報を知りたい。

 すまない、もう魔力が足りなくなってきた。

 いったん切って折り返してもらうとかできるかい?」


 話をしている間にもう2本飲みながらである。


「わかったわ。何とかする。

 とにかくその電話は死守して。

 3日経ってもかからなかったら、そっちからもう1度かけて」


「了解、ありがとうミネ」


 そうしてリカルドは最後のポーションを服用し、ダンジョンコアの電話機と3匹を抱えて魔導馬車に入り、そのあと意識を失った。

 もう限界だったのだ。



 リカルドが目を覚ましたのは、小さな足たちで踏み踏みされるのを感じたからだった。

 馬車の床で足を延ばさず倒れていたので、少し体に痛みを覚えたが体調は悪くなかった。


(おはようなの)


「ああミランダ、モリー、ソル、おはよう」


(おかーさんはふみふみしたら、すぐおきてくれるの。

 リカはおねぼうなの)


「フフフ、ごめんね。

 僕はかなり眠っていたのかな?」


(もうあさだよ~)


 ソレイユの言う通り、外は陽が昇り辺りは明るくなっていた。


「次の連絡は3日後だし、ダンジョンコアも回収したからここにはもう用はないね。

 だけど廃ダンジョンとはいえ、かなり荒らしているから見つかるとマズいな。

 少し補修してから、ルエルトへ向かおう」


 リカルドは外へ出て土魔法で掘り起こした地面を均し、適度に風を起こしてきれいすぎないようにした。


「さて、それでは出発しよう。

 みんな、体調は?」


(だいじょぶなの)


(いいかんじ~)


(まりょくもすっかりもどっています)


「ではミラ。馬車を」


(はーいなの)



 馬車はエリーのものなので、彼女と従魔契約をしているミランダしか動かせなかった。

 とはいえ自動制御なので、大きな問題はなかった。


「昨日は悪かったね。

 僕が話していたのは前世の姪でね。

 彼女はミネルヴァ、通称ミネだ。

 もう少し余裕があれば君たちを紹介できたのだけど。

 あの子はエリーの前世であるエリーゼの2番目の娘なんだよ。

 信頼できるから安心して欲しい」


(モカおねーちゃんのしりあいなの?)


「いいや、モカにはまだ紹介してなかったんだ。

 事情があって15歳にならないと駄目でね」


 正しくは生体コンピュータを使えるようにならなければミネルヴァを認知できないからなのだが、その説明は割愛した。


「ルエルトまでは時間があるから、食事を取るよ。

 パンと干し肉と、教会で買ったクッキーがある。

 エリーの作ったものほどおいしくはないが、みんな食べるかい?」


 食べると言ったのはソレイユだけだった。


(ミラ、エマとおかーさんのたねにあいたいの)


「食事が終わったら会わせてあげる。

 エマをあまり長い時間人形にしていたくないから、できるだけ早くこの国を出たいな。

 通信鏡にカイオス宛てのメッセージを残すことができればいいのだが……」


(ながくにんぎょうのままだと、どうなるのですか?)


「そうだな、モリー。

 人形は人間の体よりもとてももろい存在なんだ。

 壊れると死んでしまうし、魂から人形になってしまう。

 僕もこんな事態でなければ、絶対に使いたくなかった」

 

(これからどうするの~)


「サミーが船を調達してくれている。

 それに乗って国外に出るよ。

 船で1週間かかるが、それくらいならまだ間に合うからね。

 唐国に到着したら、エマを人間に戻すよ。

 小さい子に長い船旅は厳しいからね」


(どのくらいならいいの?)


「うーん、前に大人で試したときは1か月は大丈夫だった。

 死刑囚だったから色々試そうかと思ったけど、時間がなくてね。

 それ以上はやっていないんだ。

 だけどエマは子どもだし、できるだけ早く解きたいな。

 でもヴァルティス神の呪いが即死魔法だったら困るから一時的な解除もできない」


 皆が心配そうな顔になった。


「まだ大丈夫だと思う。

 早くルエルトに行って、サミーと合流しよう。

 そこにはルシィ君がいるんだよね?」


(そうなの。ルーをなだめるの)


 聞けばエリーの死を知って、すっかりふさぎ込んでいるらしい。


「自分が側にいないときにこんなことになって辛いよね。

 この責任は全て僕にある。

 国王から引き離せばいいと思っていたが、こんなにすぐ強硬手段を使うとは思っていなかったのだ。

 早く安全な所へ行こう。

 種が育って隠れ家が出来れば、きっと戻ってきてくれる。

 なぜならエリーと君たちの絆が途絶えていないからね」


 2匹と1羽は頷き、魔導馬車は止まることなくルエルトへ向かっていった。



 到着後馬車を隠してルエルトに入ったリカルドは、無事サミーの元へ帰った。

 そしてそこで会った人たちに困惑した。

 カイオスは1人ではなかったのだ。


「君と合流出来たのは嬉しいが、他になぜAランク冒険者が2人もいるのかな?

 しかも精霊樹の森人まで。

 こんな目立つヒトばかりだと出国しにくいと思うのだけど」


 そこには『カナンの慈雨』のクランマスターのテリーとサブクランマスターのライル、そしてその妻のハイエルフのリーシャがいたのだった。



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ドイツやオーストリアでは、電話に出る時もしもしとか、ハローとか言わずただ苗字を言うそうです。

人によっては違うかもしれません。

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