第722話 スライムダンジョンのコア


 その後は何事もなく、馬車は翌朝ルエルトに到着した。

 討伐した魔獣の件で報告を兼ねて一緒に冒険者ギルドに行こうと護衛たちに言われたが、リカルドはサミーに任せることにした。


「すまない、僕も行くべきだろうが、これ以上ミランダたちを待たせたくないんだ」


「わかりました。

 いってらっしゃいませ」


「サミー、いつになったら砕けて話してくれるんだい?」


「多分一生無理です」



 サミーと別れてからモリーを大事な箱と一緒に背嚢に入れた。

「モリー、ごめんね。

 君にはその箱から離れてほしくないんだ」


 それからリカルドはカイオスから学んだステルススキルを使って、ルエルトを抜け出した。


 彼のスキル『スキル取得特大』はエリーの持つ『スキル取得大』の上位互換だ。

 見ただけでスキルのタネのようなものができ、実際に使ってみないと習得できないのは同じだ。

 だが特大だとスキルの取得が格段に速く、しかも問題点の修正まで効くのだ。


(転生者チートだな、これは)


 彼は心の中で独り言ちたが、実は前世から似たようなものは持っていた。

 例えばアルブレヒトとエリーゼはどんな楽器でも演奏できるという特技があった。

 だが音を鳴らせるぐらいならともかく、客の前で演奏できるレベルなど簡単なことではない。

 他にもパルクールの習得などもそうだ。

 2人にとってあまりに普通のことだったので気が付かなかったのだ。



 人けがないところまで来たら、身体強化して風魔法で空を飛んでいくことにした。

 こんなことなら前世で転移魔法を習っておけばよかったと思ったが、それはアンディに反対されていた。


 彼が魔法を使えるようになったのは悪魔堕ちた女神のおかげであり、その力をエリーゼに近すぎるアルブレヒトに伝えることで何らかの不利な立場にしたくなかったからだ。

 だが老いを感じる年齢になって雄大に引き継ぎ始めたころに、あのコンサートでの襲撃が起こったのだ。


 転生後のリカルドは魔法能力の高い家に生まれて、努力も惜しまなかった。

 だが転生チートは悪魔の罠の可能性がある。

 実際彼の『真実の目』は周囲の情報を拾い過ぎてしまい、脳に負担をかけていた。

 それが頭痛に苦しむアンディの姿に重なった。

 赤子の動けない状態でのその負担は辛かったが、加護を与えてくれた光の精霊王が弱めてくれた。

 だがその力をコントロールするのはリカルド自身だった。


 精霊王たちはすでにほとんど自我がなく、決められたシステムで動いていた。

 彼らがやることは決められた家の子どもに加護や祝福を与え、決まりから外れたものに罰を当てた。

 エリーの死と共にペナルティとして加護が外されたが、もっとも力ある勇者として暫定的とはいえ精霊王たちの寵愛が与えられたのもシステムのルールに従ってだ。


 不安はあるが、使えるものは使う。

 それが妹たちのためならなおさらだ。

 ただ力に溺れないように心掛け、それに頼る生き方をしたくなかった。


 だが今は時間がない。

 転移は出来ずとも空を飛ぶことで、馬車よりは格段に速いスピードが出せた。

 姿を隠しながらなので、風だけでなく光や闇魔法も必要だ。

 寵愛の力は複合魔法を簡単にさせた。

 これまでずっと縛り付けられていた反動もあり、その自由な爽快感は彼の心を躍らせたが自分を戒めた。


 実体があると、幽体のように早く動けない。

 半日ほど飛び続けることで、やっとミランダたちの居る魔導馬車までたどり着くことができた。

 扉をノックしてあげると、1匹と1羽は座席のクッションの上で丸まっていた。

 余計な魔素を使わないようにするためだ。


「長く待たせてごめんね。

 ミラ、馬車を動かしてくれるかな。

 まずはニールの町へ寄って夕食を取ろう。

 夜の間に例のダンジョンに向かおう」



 ニールはダンジョンの町だ。

 宝石ダンジョンと呼ばれる鉱山型ダンジョンがあり、魔の森も近い。

 一獲千金を狙う冒険者たちとその活動を支える商店が主な収入源となる。


 エリーの父トールが持っていた店もその1つで教会の近くにあった。

 その店では冒険者と教会と町のヒト向けのパンを焼き、優先的に燃料を譲ってもらうために余熱で風呂の湯を沸かしていた。

 風呂自体は町の所有物なのでトール一家が所有するわけではなく、各家が持ち回りで掃除などを行っていた。

 エリーは水魔法を発現していたので、ニールに戻っていたら風呂の水番をさせられていたことだろう。


 そう言うことだからリカルドはすぐに元トールの店を見つけた。

 朝の込んだ時間に行ってみたがパン生地の匂いから違っていて、買うのは止めた。

 この町の商業ギルドに酵母のレシピを売ったと聞いていたのに、その手法は使っていなかったからだ。


 教会に行くと静かで穏やかな祈りに守られた教会だった。

 そこに数年前までここに在任していたラインモルトの死を悼む献花台があり、近辺の住人が訪れていた。


「この町には見るべきものはないようだ。

 後は飯屋で冒険者たちの話を聞こう」



 そうして適度に繁盛している店を選んで、相席を案内された。


「従魔も一緒だがいいか?」


「でっけぇのでなけりゃ構わないぜ」


 リカルドはオーク肉のシチューと堅いパン、薄いエールを頼んだ。

 若い冒険者が腹を膨らませるために食べる安い食事だ。

 特にうまいものではないが、彼は黙々と口に運んだ。

 ミランダとモリーは馬車で留守番だ。


 ケット・シーは魔法が使える人気だがなかなか気難しくて従魔になりにくく、高額で取引される。

 スライムはテイムしても基本使い捨てか、下水処理に使われるくらいだ。

 おとなしくて賢すぎるモリーは、人目を引いでしまう。


 シチューは塩味が強めだが思ったよりイケたので、彼はパンに汁をしみ込ませてからリュンヌにも食べさせた。

 食べながら聞き耳を立てると、店の男たちの話題に数か月前に『国民の黒騎士』カイオス・タイラーがニールに来た話が上がっていた。


「お前、またその話かよ」


「でもよぅ、黒騎士様だぜ。

 やっぱ風格が違ったわ。

 それに連れてたの、あれは絶対トールんちのエリーにだった」


「馬鹿か、あの子はそろそろ15,6だろ。

 そんな10歳ぐらいのガキなわけねーだろうが。

 それに男の子だったって聞いたぞ」


「俺は毎日あの店でパン買ってたんだ。

 あの子の顔を見間違えるわけねーわ」


「ああ、マリア姐さん目当てに通ってた、あれだろ?」


「確かにマリアは美人だったなぁ。

 でも朝は仕込みで、ずっと子どもが売ってたんだ。

 マリアはあの子が教会学校行ってる昼しか出ねーのによぉ」


「ちげーわ。

 トールんとこのパンは他のより柔らかくって、疲れていてものどを通るんだよ。

 今のパン屋はこの町で一番まずいしよ」


「ええっ、そっか?

 あんなもんだろ」


「お前、トールのパン食ってねぇからな。

 あそこのパンは一味どころか十味くらい違ったんだよ」


 後は宝石ダンジョンのドロップが渋い話くらいで、スライムダンジョンの崩落が起きてからさらに悪くなった、いや気のせいだといった話だ。

 もうエリーたち家族の話は出なかった。



 宿へ向かうふりをして飯屋から出ると、彼らはできるだけ静かにスライムダンジョンへ向かった。


「スライムダンジョンは崩落が起こったので廃ダンジョンになったという話を聞いたが、どうやらそうではない可能性が出てきた。

 近在のダンジョンがなくなったら、一時的にドロップがよくなるのが普通だ。

 なぜならそちらに流れていた魔素が残ったダンジョンの方に流れるからだ。

 もしかしたら、まだダンジョンコアが残っているかもしれない」


(まえのときは、おかーさんがまほーじんつかったの。

 ミラ、まほーじんはおぼえていないの)


(わたしもわかりません)


 ミランダとモリーが困ったという様子だったが、リカルドは焦っていなかった。


「心配ないよ。

 僕はとっても便利な称号持ちだからね。

 リュン、そろそろ暗くなってきたからソルになってくれないかな?

 君がいるだけで明るいからね」



 スライムダンジョンに到着すると、前は入れないように巨石が侵入を阻んでいたが、その石だけでなく入り口そのものがぺちゃんこにつぶれていた。

 リカルドは小さなひよこになったソルとモリーを頭の上に乗せ、ミランダを抱いて歩き始めた。


「なるほどこれなら崩落というしかないな。

 では称号の持つ力を使わせてもらおう。

 スキル『ダンジョンマップ』」


 この『ダンジョンマップ』というスキルは、ダンジョンの管理者であるダンジョンマスターにだけ使えるものだ。

 通常ならば自分のダンジョンにしか使えない。

 つまりフィレスから譲ってもらったヴィチェレ・ダンジョンを移した薬草ダンジョンにしか使えないものだ。


 だがこのスライムダンジョンは廃ダンジョン、つまり管理者であるダンジョンマスターが不在である。

 ならば他のダンジョンの管理権を持つ者……それがたとえ話し合いで譲られて名前だけのものだったとしても……ダンジョンマスターに違いないリカルドが新たなマスターになることができるのだ。


「そこそこの広さのあるダンジョンだったんだね。

 コアはああ、少し深いが掘れなくもない」


 それから彼は土魔法で地面を掘り返すと、両手で抱えられる程度のダンジョンコアがある小さな石室が現れた。



(リカ~、どうしてこれだけあるの~?)


「うーん推測に過ぎないけど、前のダンジョンは『運営』が管理していてそれが撤退したって話だっただろう?

 その『運営』は僕が前世でいたような異世界にあるんだ。

 彼らはこのダンジョンを自分たちの作ったただのゲームだと思っていて、一応消しても問題がないかだけ管理AIを置いて調べていた。

 それをエリーが魔法陣を使って無理やり再起動させてモンスターボックスを開始させた。

 それが前にみんなが行ったときの状況だと思う。


 つまり運営そのものは、問題がないことを確認後プログラミングされたシステムだけを削除したんだ。

 でもそれではこの世界に実際あるダンジョンコアを取り除くことまではできなかった。

 だからコアは他の部分の機能を失くして、その分の魔素を自分を守るために使っていたんだ。

 僕やフィレス殿のようなダンジョン管理権を持つ者がくれば、復活できるかもしれないからね」


(よくわかんない~

 でもリカ、あたまいい~)


「フフフ、ありがとう。ソル。

 ではダンジョンコアよ。

 ダンジョンマスターであるこの僕に従え」



 そうして彼がコアに触れると、それは姿を変えた。

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