第721話 魔族の襲撃
「休憩時間終了です。
乗客の方は馬車に乗ってくださ~い」
この馬車は高速便で夜通し走るものだ。
馬車でも魔獣との混血の馬を使用しているため、夜目が効くのだ。
だから休憩時間に食事や排せつなどを済ませて、中の座席で寝る。
リカルドが奥の一番端に座り、眠ったふりをしてアウトボディしたのを見計らってサミーもその隣で寝たふりをしていた。
馬車は消灯し、御者が前を照らす以外は月明りだけだ。
それをめがけて魔獣が寄ってくることもあるが、足が速いので大体は逃げ切れる。
だが他の2日間は何もなかったのに、よりによってリカルドがアウトボディした日に限って魔獣に襲われた。
最初はゴブリンぐらいで大したことはなかったが、フォレストウルフやらオークやらどんどん出てきた。
「これは小規模なスタンピードか?」
しばらく様子を見ていたが冒険者たちの方が劣勢になってきたので、サミーが出ることにした。
「モリー、後は頼む」
彼女は頷くように震えて、聖女のスキルであるバフを彼にかけた。
サミーが出たことで冒険者側が優勢になったが何かがおかしかった。
まるでこちらの様子を見るためだけに、魔獣が送り込まれているように感じられるのだ。
「気を抜くな!
たぶんどこかに親玉がいる‼」
すると木々の陰から女の笑い声がした。
体格の良い女のオーガに見えた。
「オーガだぁ!」
格上の魔獣に冒険者たちが右往左往したが、サミーが訂正した。
オーガにしてはちゃんと着衣を着て、知性を感じさせる端正な顔をしている。
「いや違う。魔族だ」
それを聞いてヒィィと息を止めるような声を発するもの、驚きすぎて尻もちをつくものなど様々いた。
「とにかく立って、馬車を守れ!
新手が来たら、確実にやられるぞ‼」
サミーの言葉には聖女モリーのバフが乗っていて、冒険者たちは魔族からの威圧から一時的に解放された。
それで冒険者たちはすぐさま撤退した。
女はケタケタ笑いながら言った。
「お前1人になったけど、まさかあたしを倒せるとでも思ってるのかい?」
「いいや、でも時間の引き延ばしぐらいはできる」
「引き延ばしたところで、大した援軍も来るまいに……。
いや待ちな、お前の顔を見たことがある。
エヴァンズに通っていたな。
あの忌々しい次期近習の側にいた」
「ああ、オーギュスト・カロンのクラスメイトだ」
「なら、ちょうどいい。聞きたいことがある」
「……」
「あの子はどこ?」
「彼は死んだ」
「まさか! あたしの息子だよ?
あたしはかなり上級に近いんだ。
誰が殺した?」
「元教皇、ラインモルト枢機卿だ。
命を懸けたスキルでカロンを倒した。
そして彼もまた死んだ」
「なるほど、仇は取ってやれないってことだね」
「というより彼が仇を討たれたのだ。
猊下が目をかけていた少女、そして俺の婚約者を殺したからな」
「なるほど、つまりあたしはアンタの敵ってわけだ」
「そうなるな」
実力は確実に女の方が上、間合いを詰められたら終わりだとサミーは読んだ。
ただ後ろに後退するだけではダメだ。
それで彼は斜め後ろに跳び、木の幹の後ろに入ったがほぼ同時に女の爪で木は細かく砕かれた。
さらに別の木を盾に逃げるものの、ただのいたちごっこだった。
「おやおや、坊や。結構素早いねぇ。
だけどこんなに木くずを作ってどうしようって言うんだい?
誰かが助けに来るとでも?」
サミーが逃げ回った周辺の木々は全て倒されて、足場が悪くなってしまった。
これ以上は逃げられない。
女が直接爪の斬撃を放ってきたのをエアシールドで1度は受け流し、次は剣で受けたが相手が本気でないから何とかなっているのを彼はわかっていた。
(くそっ! 遊ばれている。どうすればいい?)
安定した足元にするため落ちていた木片を風で巻き上げれば、女はそれに火をつけてさらにサミーにぶつけてきた。
彼は避けるのに精いっぱいだが、多少のやけどを負ってしまった。
そんな小さなダメージでも、体力の消耗している彼を苦しめた。
とうとう剣を持つ右肩に女の爪が届き刺さった瞬間、彼は左手の中に隠してあった短い杭を女の腕に刺した。
余りに強い筋力は固くて刺さらなかったが、表皮を傷つけることができた。
すると傷口が破裂した。
「クソが! これは一体なんだ? 毒か?
その武器も普通のものではないな⁈」
「ああ聖なる毒、『
聖属性と毒は相いれないもののようだが、過ぎたる癒しはかえって毒になる。
傷もないのに治癒され続けて、細胞が破壊されるのだ。
絶え間なく治癒が続くように特級ポーションを調整したのはエリーだった。
それは遅効性ポーションのその逆を作ったらというところから始まった。
だがただの即効性ポーションはすでにあるので、短時間に何度も治癒するようならどうかという訳だ、
作ってみたらかえって傷を作ってしまうとわかったので没にしようとしたのだが、リカルドがこうアドバイスした。
「このポーションに聖属性を付与したら、絶え間なくよみがえるアンデッドに効くんじゃないか?」
「それならエンペラーリッチも、倒せないまでも隙を作るぐらいならできるかもしれませんね」
それで武器に付与して使おうとしたのだが、ミスリルでも付与することができなかった。
彼女が試しにやってみたビアンカから貰った聖属性の杭にだけ、付与することができた。
「ビアンカさんには新しい杭を作ってもらいますので、リカルド様は1本、サミー様とカイオスさんは2本持っていてください」
「なぜ私が1本なのだ?」
「元の杭が5本しかないからです。
それにリカルド様は聖属性の使い手ではありませんか。
サミー様とカイオスさんはアンデット系との相性が悪いのです。
それにこれならアンデッドでなくても、普通の敵にも使えますよ。
ある意味、ひどい状態異常ですから」
「それならビアンカ殿が新しい杭をご用意されるまで、私の分は君が持っていなさい。
その代わり2本欲しいな」
「わかりました。
ビアンカさんには多めに杭を下さいと頼んでみます」
その後エリーが何本貰ったかまでは知らないが、無事にリカルドが2本もらっていたので多めにもらえたようだった。
そんな記憶が過っている間も魔族の女の傷は絶え間なく過剰に癒し続け、傷を増やすので女は自分の腕をちぎった。
それを抱えたまま、女は宙に浮き何らかの魔法を放とうとした。
だがそれを遮るように聞きなれた落ち着いた声が詠唱した。
「ウインドボム」
可燃性の空気を破裂させる魔法をいくつも放ったのはアウトボディから戻ってきたリカルドだった。
完全に消えてなかった木くずの火が燃え移って、女の体の側で爆発する。
「お前のお目当ては僕だろう?
聖属性魔法の使い手は、アンデッドたちの敵だからね。
さぁ、かかってくると良い」
「フン、アンタ相手に片腕じゃ心許ないね。
それにそっちの坊やの腕はもっとひどいことになっているからね」
そう言って女は転移したが、リカルドも邪魔しなかった。
敵を倒すよりも、守らなければならない者があるからだ。
助かったと思ったとたん、サミーは足から崩れ落ちた。
限界まで身体強化をしていたので、反動が来たのだ。
リカルドもすぐに駆け寄ってきた。
「サミー、ひどい傷だ。
無理をしたね」
「女の爪が肩に刺さった瞬間しか、例の杭を使えなかったんです」
彼が手をかざしただけで、サミーの傷は癒えた。
以前よりもリカルドの力が強くなっているのを感じ、これが勇者かと彼の大きな変化を感じた。
「目的はやはり?」
「僕だと思うよ。
カイオスにつけられているように、僕にも見張りが付いていたからね。
敵はまだ王宮にいるようだね」
「ならどうして馬車を狙わなかったんでしょうか?」
「狙われたよ。
でもうまくいかなかったのだ。
僕が防御魔法を掛けていったからね。
だから魔族の女が出てきて君と戦ったのは、そのせいだろうさ。
君を倒せば、僕が馬車から出て行かざるをえないからね。
おかげで攻撃を受けているのがわかって、すぐ戻ってきたんだ」
「そうですか。
治癒していただき、ありがとうございます。
それで目的は果たされましたか?」
「もちろん合流出来た。
ニールに用事が出来たので、ルエルトに行ってから戻ることにする。
君は残ってカイオスを探してくれ。
モリーも連れて行きたい。
1人で大丈夫かな?」
「わかりました。
街中で今回のような戦闘もないでしょう。
同時に船の手配もやっておきます」
「君がいてくれて本当によかった。
心からそう思うよ、主様」
「はいはい、感謝してください。
でも俺が護衛ですからね。
皆、あなたが主だとわかっています」
「ふむ、演技はもう少し学ばないといけないかな」
今回は生き延びたが、サミーは自分の力不足を痛烈に感じた。
これからのリカルドはもっと大きな敵である悪魔と対峙するのだ。
だがついて行かなければ、絶対に後悔する。
彼は雑念を振り落とすように頭を振って、自分に役立てることもあると切り替えることにした。
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エリーが王都に来た時の馬車は普通便でゆっくりだったので、夜は止まってみんなで雑魚寝していました。
ローザリアやビリーの乗っていた馬車は、簡易ベッドがありました。
離脱した魂の移動は時間がかかりますが、元に戻るのは肉体と紐づけされているので早いです。
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