第720話 幽体離脱


 翌朝、宿を発ったリカルドとサミーは街道の中継地であるセードンへ向かった。

 ルエルト行きの乗合馬車に乗るためだ。


 平民の冒険者で馬を持っているものはあまりいない。

 あるとすれば元は貴族だが長男でないため家督が継げず分けられた財産に馬があるとか、クランが所有しているとかだ。

 だから2頭買えば楽だが、目立つのを嫌ったリカルドは首を縦に振らなかった。


「サミーは騎士なのだから馬を買ってもいいのだよ。

 私は従者として歩いていくから」


「あなたを歩かせて俺だけ馬に乗るなんて、絶対嫌です。

 俺はあなたの護衛。

 これは譲れません」


「うむむ、しかたがないか。

 座席が狭いのに悪いね。

 でもだんだん乗りたくなくなってきた」


「本当なら冒険者は商人や乗客の護衛をしながら、移動するのが基本なんです。

 でもあなたはまだ採取系のDランクだから受けられません。

 馬がダメなら乗合馬車を乗るしかありません」


 採取系とは、あまり討伐をしないで薬草や鉱物などをとってくることが基本の冒険者だ。

 つまりあまり戦闘力を持っていないと見なされる。

 リカルドとしては討伐も問題なくできるが、活動できる時間にちょうどいい依頼がなかっただけなのだ。

 ならばいつでもやっていい採取の方が『真実の目』で効率よくすぐに見つけ出し、実績を積みやすかったし報酬も悪くなかった。


 それで目をつけられて襲ってきた相手を撃退してDランクに昇格していた。

 Dランク冒険者への昇格は対人戦ができることだから正しいのだけれど、殺したのが2人で本当に対人戦ができるのかと疑問視され限定された仕事しかできなかった。


「何しろ依頼を片付ける時間がなかったからね。

 Dまで上げただけ、頑張ったつもりだよ。

 元々勇者になるなんて全く考えもしなかったしね」


「……わかりました。

 とにかく限定が取れるように頑張りましょう。

 その方が目立ちません」


 サミーもDランクだがこちらは盗賊討伐で上げている。

 騎士学部の授業で必要だったからだ。

 彼だけなら護衛の仕事も受けられた。


 それでサミーはリカルドの限定を取るために手を組んだ冒険者で、乗合馬車で時間をかけながら少しずつ討伐させるという設定にした。


「乗合馬車は確かに乗り心地が悪いですが、我慢できない程ではありませんよ?」


「いや、そういうのではないんだ」



しばらくして列に並んでいた乗客に声がかかった。。


「お待たせしました。

 ルエルト行き馬車が出発します。

 番号順に中に乗ってください」


 乗合馬車の御者の声で、乗客たちが静々と乗っていった。

 リカルドとサミーが一番で奥に座った。


 奥の方が揺れは少なく座席が少し広かったので、初めは座席の場所で少々もめた。

 2番目に待っていた良家の出身らしい年配の女性と侍女を押しのけて座ろうとした男がいたのだ。

 

「奥様、どうぞお座りください」


「おい、今俺がそこを……」


 だがリカルドが一瞥して終わった。

 威圧は掛けてなかったが、視線だけで射すくめたのだ。

 そのまま彼が老婦人をエスコートしたので、誰も文句は言わなかった。



 目立ちたくないという意図とは裏腹にすごく目立っているとサミーが考えていたら、もめごとを止めに来た護衛の冒険者に声をかけられた。


「なんでぇ、お連れのあんちゃん、えれぇ怖ぇじゃねーか。

 なんでアイツが限定付きなんだよ」


 サミーが多くを語りたくなかったので、言うべきことはこれだけだ。


「護衛、よろしく頼む」


「いや、あんちゃんのが強ぇだろ」


「俺は乗客だ。

 手に負えないときは出るが、ギルドの評価が下がるぞ」


「助けてくれんのか、ありがてぇ」


 いや、そうじゃないと思ったが、何事も起こらなければ出る必要もない。



 乗ってから、リカルドが乗合馬車を嫌う理由がすぐにわかった。

 乗客たちにとにかく見られるのだ。


 乗客の女たちにうっとりとし何かと話しかけらて、男たちは不愉快そうに見てきて時には舌打ちしたりした。

 リカルドもユリウスやレオンハルトほどではないにしろ、この国でも高貴な家柄なだけあってかなりの美貌だ。

 貴族的なオーラを消して静かに座るの彼は、冒険者というより学者肌の好青年にしかみえない。

 それに老婦人を助けたから、与しやすいと思われたのだ。


 それでリカルドには完全無視を決め込んでもらって、何かあったらサミーが対応することにした。

 やっぱり従者役は無理だった。


「すまないね。

 前は11歳ぐらいだったからまだ体が小さかったんだけど、今と同じような目に遭ってね。

 カイオスがいてくれれば、彼が威圧してくれるから問題なかったんだけど……。

 でもユーリに比べたらまだましだよ。

 彼は顔を見られただけで、誘拐されそうになったそうだから」


「でも人助けしなければ、もっと穏便に済みましたよ」


「あのご婦人は前の席では体力的に無理で、途中で倒れる可能性が高い。

 馬車の会社もそう考えていたから、2番目に乗れたんだよ」


「では俺たちは?」


「残念ながら、僕らはお忍びの貴族にしか見えないんだろう。

 これは慣れていくしかない。

 それに僕らがは背が高いから、あまり狭いところは辛いしね。

 今の席順がいいんだ」


 サミーは深くは追及しないことにした。

 ルエルトまで周りと関わらず、さっさとミランダを見つけるのに限ると思った。



 昼休憩の時間になり、各自自分の持ってきた食料を食べる。

 空いた時間で狩りをするなり、採取するなり、購入するなりして自分で用意しなければならない。


 エリーは商人の食事の世話をして金を儲けたが、その相手が誘拐犯の手先だった話を彼らにしていた。

 だから周りと親しくするよりも、自分たちだけで狩猟して調理することにした。


「俺が火を熾しますから、何か適当に獲ってきてください」


「サミー、なんだか最近雑になったね」


 そう言いながらもリカルドはニコニコしていた。


「いえ、あなたにさっさと普通のDランクになって欲しいだけです」



 このような形で毎回狩りをすることになったが、これはサミーと決めた小芝居だ。

 本当の目的は狩りもするけれど、ミランダの捜索だ。

 レント師の魔導馬車のステルス機能を使っていても、彼の真実の目ならば見える。


 アリバイ作りのためにサクッと鳥を2羽仕留めて血抜きをしている間、意識を広げてできる限りくまなく探した。


「いないな……まさか見落とした?

 いや、それはないはずだ」


 すでにセードンから3日経っていて、もうじきルエルトなのだ。

 思ったより見つからなくてビリーが声をかけてくれた時にミランダの居た場所を確認しておくべきだったと小さく後悔した。



「ただいま、これを頼む」


 血抜きを済ませて水魔法で洗って持ち帰った野鳥をサミーに渡すと、彼は羽をむしって解体し始めた。

 リカルドも適当に採取してきた薬草を束ね、食べられる野草を洗って刻み始めた。

 鍋を火にかけ、別の日に取った肉を脂身のところから炒めてそれから刻んだ野草を入れた。

 そのまま水と塩を足しスープにする。


 彼は料理が出来ないわけではないが、おおざっぱにしか作らなかった。

 繊細な料理はプロのコックか、エリーが作っていたからだ。

 彼女ならばアクを取ったり、つけあわせを作ったりするだろうが、せいぜい焦げ付かないように鍋を掻きまわす程度だ。

 それでもまあまあの出来だった。


 スープを食べようとすると、始めは他の乗客がパンなどを手土産に便乗しようとしていた。

 でも彼はパンもあるし、自分たちの分しかないと突っぱねていた。

 変に親しくなりたくなかった。


 2人と1羽1匹でもそもそと食事を済ませると、周りに人けがないことを確認して防音を施した。


「サミー」


「はい」


「どうやら、僕の予想は外れたようだ。

 ミランダはこの周辺にはいない」


「ではどこに?」


「わからない。

 だから今夜幽体離脱アウトボディをしようと思う。

 僕の体は完全に無防備になってしまうから、君とモリーとで守ってくれるかな?

 だが最優先は例の箱だ。

 早めに戻るつもりだけれど、起きなければ明日の朝起こして欲しい」


「かしこまりました。

 ですがこの国全体を見回るには時間がかかりすぎます。

 長時間体を離れるのはとても危険です」


「あの子たちだけで全く土地勘のないところへ行くとは思えない。

 だが王都とセードン、ルエルトにはいない。

 他にエリー君が行ったのは、君の領地とサグレン、そしてニールだ。

 この中で一番可能性があるのはニールだと思う。

 うかつだったよ。

 ミランダだけならばルエルトへ行くだろうが、途中までモカが一緒だったのだから」


「ですがニールに何が?

 もはやエリーと親しいヒトはいないと聞いています」


「異世界人と話ができるダンジョンがあるのだ。

 その異世界人はモカの義理の祖父に当たる。

 ダンジョンが完全閉鎖される前に少しでも情報を得たかったのかもしれない。

 とにかくミランダを見つけて、リュンヌを彼女の元に送りたい。

 戻ったらこのままルエルトへ向かい、君は唐国へ渡る船の手配をして欲しい」


「リカルド様は?」


「魔法を使ってミランダを迎えに行く。

 魔導馬車でルエルトに向かって出てもらえば、多少の時間短縮になるはずだ」



 夕食を済ませると冒険者たちに護衛されながら、乗合馬車の面々は馬車の自分の座席辺りで眠る。

 リカルドたちは客として乗っているので、その中に入ることになる。

 座席で座って寝る者、床と座席で別れて寝る者、様々だ。

 それで箱と彼の体をモリーに防御してもらいながら奥の席に座り、サミーが誰も近づかないようにしてもらい、暗くなってから隙を見てアウトボディした。


 そして馬車の外で待っていたリュンヌと合流する。

 幽体であっても聖獣であるリュンヌには見えるのだ。


(リュン、悪いけどこれから東のニール方面に向かう。

 君の翼に乗せてもらえるかな)


(もっちろん! リカとおでかけ、うれしいな~。

 ニールって何があるの?)


(ダンジョンがあるけど、ミランダを迎えに行くんだよ。

 ずっと1匹で寂しい思いをさせているからね)


 リカルドの魂はリュンヌの高速の翼に乗って、ニール方面に向かった。

 しばらくして目的地より少し手前の、魔の森寄りの茂みにステルスで隠された馬車を発見した。


 彼には実体がないので、リュンヌのくちばしで馬車をノックしてもらうと中から扉がひらいた。


「にゃー!」


 なんとなく遅い! って怒られたように彼らは感じた。


(ごめん、ごめん。

 ルエルトに行ったとばかり思っていたんだ。

 場所を確認しなかった僕の落ち度だ)


「……みゃ!」


 たぶん許すだなと思ったが、このままでは正確性の乏しい会話になる。


(ミランダ、エリーがいないときに悪いけれど、僕と召喚獣契約を結んでもらえないかな。

 このままだと大体の意思疎通しかできないからね。

 これはお友達になるってことだから、君を支配するものではない。

 僕と結ぶのが嫌なら、リュンと結んでもらっても構わない)


「みゃ」


 ミランダはそう鳴くと、幽体であるリカルドの方に前足を突き出した。


(君の信頼に感謝する)



 そうして召喚獣契約を結んで、やっと心話が通じるようになった。


(はじめはみんなでルシィのところに行くつもりだったの。

 でもカイおじーさんをつけてくるのがいて、おじーさんとわかれたの。

 それでモカおねーちゃんが、どうしてもこないだのダンジョンに行くっていうの。

 いせかいのアンおじーさまに、たすけてもらえるかもなの)


(そうか、アンディを頼ったんだね)


(そしたらとちゅーで、モカおねーちゃんがきえちゃったの。

 でもおねーちゃんがいつでもつかえるように、かがみをだしてあったの。

 ずっとまってたの)


(本当に助かったよ。

 エマも無事に王都を出ることができたしね)


(よかったなの。

 もうすこしこなかったら、ルエルトに行くつもりだったの。

 リカはうんがいいの)


(うん、アウトボディしてよかったよ)



 するとリカルドは元の体の周りが騒がしいことに気が付いた。

 何かあればすぐに帰れるよう、仕掛けをしてあったのだ。


(あちらで何かが起こっているようだ。

 僕は一足先に帰る。

 リュン、ミランダと一緒にいて、ルエルトへ向かってくれないか)


(いいよー)


(まってなの。

 リカはアンおじーさまをしってるの?)


(ああ、一応)


(なられんらくをとるの。

 ここまで来たの)


 彼はその必要性を考えて、決断した。


(わかった、リュン。

 ミランダとここで待機で)


(わかったー、リカあとでね)


 リカルドは至急体の元へ戻ることにした。



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幽体離脱はout of bodyなんですが、言いにくいのでアウトボディにしています。


11歳の時の馬車は王都内を巡るものです。

カイオスが馬車の予約、座席選びなどを教えるため、わざわざ乗りました。

そのときのリカルドは、大スター芸能人が切符やSuicaを使えないみたいな感じです。

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