第9話 火星名物イカフライ
『火星に到着しました。火星刑務所スタッフは、赤い星広場にお集まりください』
船内アナウンスで目覚めた私は、時計を見た。二十一時。月から、五時間かけてここまで来たということになる。いや、五時間で火星に着くって、凄くない?
アナウンスは、その後も様々な国の言葉で同じメッセージを繰り返している。自国の言葉を聞いて、壁に備え付けられた繭(まゆ)から出てくる人たち。何だか、ちょっと気持ち悪い光景だ。
荷物をまとめ搭乗口に行くと、行列が出来ていた。色んな国の言葉が飛び交っているけれど、どの人も会話をしている。
「翻訳機をお持ちですか」
ドローンが、フックにかけられた商品を沢山ぶら下げ、ひゅーんとやってきて、私に話しかけた。
「持って無いです。いくらですか」
「1500eです」
ドローンの機体の、青く光っている部分にスマホをかざす。eって電子マネーの事なんだよ、きっと。だけど、国によって価値が違うんじゃないのかなあ。一体、日本円だといくらなんだろう。ポイント支払い出来ちゃってるけど……まあいいや。
「ようこそ火星へ。翻訳機で、快適な会話を」
フックのロックが解除される音がしたので、私は商品をフックから外した。ドローンは別の、ぼんやりと口を開けている人のところへ飛んでいった。
早速、翻訳機を付けてみる。イヤホンとマイクは簡単な造りで分かりやすく、それぞれを、耳にはめ、服に留める。すると、周囲の会話が意味の分かるものになった。あまりにも騒々しすぎて一旦、イヤホンを外す。そうすると、日本語だけが耳に入ってきた。
「お父さんの郵政民営化の時より、息子の刑務所民営化の方が何かと派手だよねえ」
「そりゃあ、あのデーモン大統領が推しまくってるからね。『怠惰な者は奴隷になれ!』ってやつ。ところで翻訳機、やばくない? 外国語勉強しなくても、これがあったらどこの国でも働きに行けるよ」
「火星限定らしいよ。地球でこんなもん出たら、語学学校なんかあっという間に潰れるよ。ああ恐ろしい」
「え、じゃあこれってレンタルなの? 地球に持って帰れないじゃん」
「わかんない」
「事前知識が乏しいと、不安だよね」
「そう? 私はワクワクしてる」
何かややこしい話してる。この手の話って、あんまり興味無いんだよなあ……そうだ。火星に来たら、イカフライ食べようって思ってたんだ。
揚げ物の匂いがする方へ行ってみると、やっぱりあった! イカフライ!
大きなイカの塊を、マグロ解体ショーで使うような刀みたいなものでどんどん短冊状にしていく店員さん。大人の手のひらくらいあるイカの塊にスタンプを押して切り込みを入れ、何かのパウダーに放り込んでから、揚げる。一人の店員さんがまるで曲芸のような動きで全ての調理工程をこなす姿に思わず口を開けていたら、涎(よだれ)がこぼれ落ちた。
「揚げたてですよ! いかがですか!」
「イカフライバーガー、一つください!」
「バーガーおひとつ! ありがとうございまーす! 1000eです!」
アツアツの幸せを噛み締めながら「肝マスタード」で更なる味を試していると、人の流れが一方向に向かうのが見えた。赤いラインに沿って歩いてゆくその流れは、穴の開いたドームの真下で一つの塊になっている。その人だかりの真ん中に立つ人がプラカードを持って何かしきりに呼びかけていた。
私は何となくソワソワして、翻訳機を装着した。すると
「火星刑務所のスタッフは、今から刑務所エリアに向かいます!」
そうハッキリと聞き取れた。いけない、観光してる場合じゃ無かった。行かなきゃ。
大きなバーガーを急いで食べ終え、油でベトベトになった手をペーパータオルで拭いてから、ゴミを全部お店のダストボックスに放り込むと、私は動き始めた人たちに追いつくために、走った。
火星刑務所 むらさき毒きのこ @666x666
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