第17話 心霊オンチ
与太郎はいわゆる心霊オンチだ。
心霊オンチは、幽霊を信じていないというわけではない。たとえ幽霊が出てきても、ぜんぜん怖くないらしいのである。
友人たちは、そんな与太郎を面白がって、ひとつ試してみよう、ということになった。
深夜、与太郎に車を運転させ、有名な心霊スポットに向かったのである。そこは、外人墓地に近い国道沿いで、「魔の交差点」と呼ばれる場所だった。
昔ここで轢き逃げされた後、続けざまに何台もの車にはねられ身体を引き裂かれて死んだ男がいた。噂では、その幽霊が人々を死界に招き寄せるという。
同乗した友人たちはしばらく成り行きを見守っていたが、これが瓢箪から駒になった。
「なんだか、うめき声が聞こえるぞ」
と、ふいにひとりが大声を出したので、全員が、おいおいと、顔を見合わせた。
実は、少し前から奇妙な気配を感じていた奴もいたようだ。いつもは幽霊など信じていない連中だから、こうなると俄然パニックのようになった。
と、突然、フロントガラスに多量の血がぶちまけられたのである!
狭い車内で、みんなが一斉に悲鳴をあげた。
さらに、血塗られたガラスの上から、ちぎれた男の「頭」だけがずり落ちてきた。
目の前の出来事はどうしようもない現実だった。
その怨念の凄まじさに、平然としていられる者は誰もいない。
ひとり与太郎を除いて……。
普通なら、ここであまりの恐怖にハンドルを切り損ね、大事故になってもおかしくない場面のはず。いや、そうであるからこそ、車を運転しているのが、並外れた心霊オンチだったのが幸いした。
しかも、与太郎が、
「大丈夫だ、すぐ明るい場所に出るよ」
と、落ち着いた声でいいながら、しっかりとハンドルを握りなおしたのには、目の前の幽霊も驚いたのか、首だけのまぶたを瞬いた。
世の中には窓から幽霊が覗いて眉一つ動かそうとしない男も実際いるのだ。車中の全員が感嘆した。
が、これで助かると安堵した矢先、けたたましいブレーキ音とともに、大型トラックが横から飛び出してきた。
与太郎は、赤信号の交差点に侵入していたのである。
その衝突で、車はぺっちゃんこ、与太郎を含め、車中の全員があっけなく死亡してしまった。
誰もが凍ったように見つめた、「赤く」血塗られたフロントガラス。
与太郎がその時、なぜ赤信号に気づかなかったのかは、謎のまま……死者のみぞ知る、である。
ホラーナイト・ショートストーリー 野掘 @nobo0153
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