第16話 心霊写真

「おお!なんてすごい写真だ」

 編集長は、写真を手にするなり大声で叫んだ。それは、この編集部が作る雑誌の「心霊写真紹介コーナー」用に募集した一枚である。

 その写真の真ん中には、堂々と一人の女性が写っている。背景のない胸部から上の人物写真で、まるで証明写真のようだった。さらによく見ると、その被写体はどうも外国人女性のようで、片頬を緩めて笑ってさえいる。心霊写真だというからには、彼女がそっくりそのまま幽霊だということになる。

 が、…あまりにも怪しい。

「もう一枚の写真ですが」

 さらに次の写真も心霊写真だそうである。「不幸の心霊写真」と同封の手紙には説明があった。

 スタッフのそれぞれが写真をまわし見したが、今度はいったいどこに怪異が写っているのか判らない。ただの滝の写真にしか見えない。

「場所は有名な自殺の名所だという事はわかるが、これじゃねえ」

「あ、ここ、ほら顔に見えませんか?」

 ひとりが写真の隅の樹木の陰を指差した。

「無理すれば見えなくもないが、その見解は自分自身に嘘をつくことにならないか?」

「……」

「シミュラクラだよ」

 編集長が口を挟んだ。写真は最後に編集長の手元に渡っている。

「ただの偶然で、人の顔の配列を作り出している自然物の事だ。そうでなければ、ネガがよごれていたか、光が変に反射しているかだろう。それよりも、こちらの写真は前代未聞じゃないか。こんなに幽霊をはっきり捉えた写真は見たことがないぞ」

 編集長の目は嬉々として輝いていた。

 …が、しつこいようだが、あまりにも怪しすぎる。

 もちろん、それが編集部スタッフ全員一致の意見である。しかし、編集長としてもその気配に気づかないほど、浮かれていたわけではない。

「先生に鑑定してもらったのか?」

「はい、鑑定結果によると、滝の写真の方に、より強い霊気を感じると…」

 先生というのは、専属の霊能者のことで、高い礼金を払って、雑誌のアドバイザーを務めてもらっていた。だが、編集長は、今回ばかりはその言葉をどうしても鵜呑みに出来ない。

「で、こっちの女性の写真は、なんて言ってたんだ?」

「ただ、鼻先で笑っていらっしゃいました」

「ふん」と、編集長は口をとがらせた。

「鼻先で…?あの団子鼻のどこに鼻先があるんだ。あの女、最近テレビの心霊番組にお呼びがかかるようになって、調子に乗ってるのかもな」

 編集部のスタッフの面々は、この編集長にそれ以上の言葉を持っていない。

「まあいい」

 と、編集長は急につっけんどんな口調になった。

「今週は、こっちの幽霊写真を採用する事にする。読者にもっともインパクトのある絵だからね」

 言いながら、滝の写真を散り散りに破って、デスク脇のゴミ箱に投げ捨ててしまった。あっという間の出来事で、みんなは呆然とした顔をしている。

 実はここ数ヶ月、雑誌の売れ行きが思わしくない。編集長にしてみれば、起死回生のネタを探していた。そのあせりが、彼をワンマンにしたのかもしれなかった。

 


 ところが、雑誌が発行されて数日後には、心霊特集で幽霊だと紹介された写真の女性が、マスコミの前に現れた。運の悪い事に、彼女は人権意識に敏感なアメリカ人だった。瞬く間に、肖像権を盾にとった訴訟騒ぎに発展してしまったのである。

 もちろん、出版社側としては、編集長に対する必罰は仕方のないことだった。

 哀れな編集長は、あわてて写真を送りつけてきた人物を探し、その責任を転嫁しようとした。

 が、犯人は地元ではいわくつきのダジャレ男だった。おやじギャグが権化して、邪悪な存在になったような人物である。

 噂によると、先日もボランティアで老人ホームの運動会にスタート係を買って出、「用意~」といって気を揉ませ、「スカート!」と叫んで旗を振ったそうだ。おかげで、スタートラインに立った数人の老人がずっこけて大騒ぎになり、大変な地域問題を引き起こしてしまったという。

 そういった人物であるから、一筋縄ではいかない。

「あんたのニセ心霊写真のおかげで、こっちはえらい目にあっているんだ。責任とってもらうぞ」


「責任取れとかいわれても…」

 と、藁にもすがりたい編集長に向かって、ダジャレ男はうそぶいた。

「あの女性の名前はシンディ、シンディの写真だから、シンディ写真。どこに文句いわれる筋合いがあるんだ」

 男の逆切れに、すでに編集長の最後の活路は閉ざされた。一枚のニセ写真のために編集長の人生は暗澹となったのである。

 もっともあんな写真にだまされるほうがアホだろ、と編集部のスタッフは全員思っていたようである。

 人生の浮き沈みはあっという間の事。会社に辞表を提出した最後の日、みんなのその視線を受けながら、

「シンディられない!」

 と、編集長は呪縛のようなおやじギャグを残して、デスクを去っていったのである。

 が、その時、彼の去った机の上に、あの時破られたはずの滝の写真がそっと乗っていたのに気づいた者はいない。

 何度捨てても不幸を運んで戻ってくる。

 写真そのものが一枚の呪われた心霊!


 異形を映し出したものばかりが心霊写真でないということを、あなたは知っていただろうか。

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