楽園『シンイキ』

リコリコ

プロローグ

ある森の、人工的に切り拓かれた一角。

小高い丘となっている場所には墓地がつくられており、どこか寂しい雰囲気を漂っている。

墓の数はそれほど多くなく、共同墓地として真ん中に墓が建てられていた。

そんな墓地で、風が一人の少年の髪を乱していた。

その村の物の中では比較的大きな個人の墓の前で少年は座り込む。

少年は墓に刻まれた名前をじっと見つめて決意したかのように息を吸った。


「母さん。」


少年の見つめる墓は少年の母親の物だ。

墓の前に備えられた花束や野花の多さから、その人が深く愛されていたのだと感じさせる。

少年もまた、母親の墓の前に一輪の花を備える。

頬を涙で濡らしながら、それでも流れ落ちる涙を荒々しく腕で拭う。


「母さん。俺、シンイキを探してみるよ。」


誰もが幼い頃、触れるおとぎ話の楽園の名前を口にした。

文明が滅びる前の技術の殆どを残したまま発展している楽園。

神の管理下にあり、飢えや災害に悩まされる事がない安住の地。

幼い頃に大人の言う事を聞き、村のために働けるようになるようするために、いい子でいれば楽園に連れて行って貰えるとそう教え込むのだ。

それでも一定数楽園『シンイキ』を信じてやまない人々は絶えない。


「村のみんなを連れて移りたい。母さんが言ってた楽園に。」


旧文明が滅んでからというものの、四季が存在し穏やかで一年中過ごしやすい土地だったが、気候が変わってしまったため、冬はあたり一面雪に覆われて吹雪が幾日も続き、夏は照りつける太陽にやられて幾人も死人が出るほど。秋には山の獣が冬眠のために餌の争奪戦をするため、時折人里に肉食獣が侵入してくる。

少年が暮らしているラカ村は旧ロントート帝国、神王の森とかつて呼ばれていた森の中にある。

比較的肉食獣が少ない地域であるものの、神王の魔法の残滓が残るこの森ではその魔力に釣られて魔物が迷い込んでくる。

旧文明の遺産が数多く残るこの地は、かつてここに住んでいたとされる神族の末裔が数多く住んでいるためその者達が討伐などを行っているものの、末裔たる血も薄れてきているため、問題視されているのだ。


「シャム。こんなところにいたのね。」


少年、シャムソールに声をかけたのはこの村の村長の娘。

アカリ=シトロム。

彼女は神の末裔の先祖返りだ。

耳のうえから後頭部にかけて一対の角が生えている。

神の末裔たるシトロム族から信仰対象とも取れる待遇を取られる彼女が気兼ねなく話せるのは、シャムソールとシャムソールの母、マリエッタ=ドロシー・ラシュカムだけだった。


「アカリ?」

「オジさんが探していたわ。狩りの練習をするってね。」

「そう。ありがとう。」

「あの、断ったら?その。」


まだ早いじゃない。と言う言葉をアカリが言う前にシャムソールは大きく首を振る。


「早く、皆の力になれるようになりたいんだ。母さんみたいに知識があるわけでもない。アカリみたいに皆をまとめる力もない。」


この地に住んでいるは旧ロントート帝国の末裔がほとんどだ。

ロントート帝国があった土地に住む者はロントート人と名乗る。

いわゆる外人というのは、シャムソールの家族とエルフの学者とオークの助手だ。

オークの助手と父、シトロム族の男性陣で冬前に越冬のために狩りをする。シトロム族は冬に弱くいくら蓄えがあったとしても子供が死んでしまうかもしれないため、エルフ族の学者アロスの発案によってオーク族の助手のテローテとともに天気のいい日は共有食糧庫に獲物を足したり毛皮を拵えたりする。


「あなたたちは立派なロントート人よ。誰も外人だなんて思ってないわ。」

「……ありがとう。」


シャムソールはアカリをじっと見て立ち上がる。

立ち上がったシャムソールを見てアカリはあわてて立ち上がった。


「お世辞とかじゃなくて本気で言ってるの。ほんとだからね?」

「わ、わかってるよ。アカリの嘘は分かりやすいし。幼馴染なんだし。」

「む。何か馬鹿にしてるような……」

「そんなことないって!誤解だよ誤解。」


シャムソールは頬をパシッと叩いて村の方角に歩き出した。

アカリが歩き出したのを横目に確認するとアカリのペースに合わせて歩いていくと、村の入り口でシャムソールの父親であるシャムソートが待ち構えていた。


「シャムソール。狩りの練習の時間。アカリ様。連れてきて感謝する。」

「いいのよオジさん。シャム、またね。」

「うん。また。」


アカリが村の神殿に向かっていくのを見送った親子は森の中へと向かっていく。

森の中は魔獣や肉食動物が多く見かけられるようになったためそれを狩るのだ。安全の為にも。

草食動物はいるが、森の深い場所に居るためにせっかく狩りをしても匂いに釣られた獣に襲われるリスクがあるので、冬の越冬準備の間しか深部に行くことはまず無い。

狩では槍と剣、そして魔法を使う。

シャムソートが得意としているのは強化術式だ。

己の体ではなく武器や道具の強度を強化するもので、神に祈りを捧げることで魔法が発動する。


「[神カテー。我が武器に恩恵を。]」


シャムソートはロントートでは珍しいカテー教の信徒である。

一般的にその神の存在は、旅人の神シュギカルが気まぐれに信者に対して語った話から存在が知られたとされているため、シュギカル教信者とその派生したカテー教信者にしか信じられていない。

ロントート人はロントート帝国を作り出した純血竜神の8柱とそれの配下の混血竜神という種族を崇めている竜神教信者である。


「魔法。俺も使えるようになるかな?」

「お前次第だ。」


狩りの練習と言っても、ダミーではなく比較的大人しい魔物を狙う。

そのポイントに向かう途中に、アロスの助手、テローテと合流した。

テローテはシャムソールの練習に付き合ってくれている一人だ。


「テローテさん。今日はよろしくお願いします。」

「えぇ。頑張りましょう。前回は水辺に来る動物の仕留め方を教えたから、今回は水中の魔物や動物の仕留め方を教えるわ。」


オーク族は元を辿ると海魔とよばれる神の一種に行き着く。

オーク族はエルフ族、妖精族、そして精霊とアンダルト島で共生している種族で、特徴的なのは銃弾を跳ね返す鱗だ。テローテは人型のオークであるが、人魚や魚人など様々な形態を持つ者も存在している。

一般的に知れ渡ることなく、アンダルト島かロントート島にしか存在していない魔族の部族だ。

同じ名前でオークという亜人が存在しているが、似ていない。


三人が川沿いに到着すると、魔物の叫び声と血の匂いがあたりに充満していた。

怯えるシャムソールを尻目に、狩の経験豊かなシャムソートとテローテは静かにシャムソール。茂みに隠して慎重に騒ぎの中心点を覗き見た。


「シトロム族?それともドラゴニュートかドラゴメイド?」

「ともかく竜族が襲われてるようだから加勢しよう。」


魔物に囲まれているその人物は2対の赤い角と、真っ赤な尾、そして赤い皮膜のある赤い翼を持った人物だ。

シャムソールも茂みからその人物を覗き見ていた。

シャムソートとテローテが飛び出した瞬間、その人物が翼を広げて飛び上がる。

赤毛の少女だ。

少女は大きく息を吸い込んでその口から炎を吐き出し、魔物に攻撃をした。


「なっ!」


爆発そのものだ。

かなり離れていたものの、シャムソール達は爆風に煽られて体が宙に浮く。

一番軽いシャムソールは4メートルほど飛ばされて気を失ってしまう。


「あれー?人がいたの?ヤバ。」

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