木漏れ日のある町

化野生姜

木漏れ日のある町

SNSに載っていた写真を見て、

僕はその町に行くことを決めた。


…閑散とした駅のホーム。


線路の向こうに並ぶ看板には、

町の名物だったであろう餅菓子の宣伝や、

土地ゆかりの武将のイラストが描かれていた。


だが、その看板も深い緑の葉に覆われ、

背の高い木々に半ば埋もれるようにして立っている。


そう、樹木。


僕は看板の向こうに目をやり、

ポツリポツリと見える家やビル、

…木々のあいだを縫うようにして

かろうじてその姿を残す建物を見つめる。


僕が握るスマホ。

そこに表示された画像。


それが、僕がSNSで見つけたもの。

木々の中に埋もれるようにしてひっそりと佇む町。


『この町は人よりも木々の多い町です。』


添えられた紹介文を読んで、

僕は素直な感想を口にする。


「本当にあるんだ。こんな町。」


今時レトロな木の改札をくぐり、

町へと足を踏み入れる。


一歩進めば、割れかけた道路。


ヒビが入り、

整備が追いついていないのが一目でわかる道。


だが、それ以上に目がいくもの。


それは、植えられた樹木。


均等に、

あるいは不規則に並べられた木々。


町の管理を示すものか、

中央には銀のプレートが埋め込まれている。


根は地面を這い、

路面を割りながらもさらに拡大する。


もはや道は道として機能していないようにも見え、

樹木の街道の中に人の姿はまったく見えない。


風が吹けば周囲の木々がざわめき、

隙間から漏れる陽光が地面を照らす。


濃い緑の匂い。


人混みや雑踏の中では

ついぞ嗅ぐことのない匂い。


くしゃりと踏んだ草の葉の先で

小さなバッタが逃げていくのが見え…


キキーッ


その時、どこからともなく甲高い音が聞こえた。


どこで鳴ったかはわからない。

でも、どこかで聞いたような気がする音。


「こんにちは。あまり見かけない方ですね。

 もしかして、初めてこの町に来られました?」


その声に後ろを振りむくと、

一人の若い男性が木の近くに立っているのが見えた。


目の下にクマのある、

どこか作り笑いを浮かべた男性。


「ちょうど良かった。

 山本さんを散歩にお連れしていたので、

 良かったらご一緒しませんか?」


そうして視線を下げた先には、

一台の車椅子におさまった小さな老婆。


「ですよねえ、山本さん。」


青年は作り笑いで老婆に話しかける。


すると、老婆は聞こえているのか理解していないのか、

ブツブツと言葉にならない言葉をつぶやき続ける。


「…山本さんも良いとおっしゃっているみたいです。

 どうです、少しでしたら私もこの町について

 お話できるのですが。」


未だ、ブツブツと座った目をして言葉を紡ぐ老婆。


僕はこの組み合わせをどこかいぶかしく思いつつも、

青年の誘いに素直にうなずくことにした。


…木漏れ日からのぞく日差しが強い。


どこか足を引きずる青年の首には

『ケアマネージャー:いいだ』と書かれた名札がぶら下がっていた。


「この町は、ご年配の方を中心としたベッドタウンでしてね。

 デイサービスや介護施設が充実してるんですよ。」


木々がまばらに生える商店街の中、

人気のない道で、へしゃげたガードレールを

避けるようにして車椅子を押す青年は笑い顔を絶やさない。

 

「町の政策で20年前から始められたそうで、

 徐々に進む高齢化に伴って施設や介護職を増やしていったそうです。

 ご年配の方にも好評で最後までここにいたいという方が殆どです。」


道の途中に見つけた、

つる草と木々の中に埋もれた家。


青年はクルマ椅子を少し止めると、

その光景をスマホのカメラで撮影した。


「私は、そんな町の光景が好きで、

 少しでも多くの人にこの場所を知ってもらいたくて、

 利用者さんの散歩の合間にこうしてSNSで発信しているんです。」


そう言って、

撮った画像を車椅子の老婆に見せる青年。


「どうです、綺麗に撮れているでしょう山本さん?」


老婆はそれを濁った黄色い目で見つめると、

もごもごと口元を動かしながら視線を這わせていたが、

やがて、一本の木へと視線を向けた。


「ん、あの木に何かありますか?」


青年は老婆の反応に落胆した様子もなく、

同じように近くの木へと視線を移す。


「…ああ、そうですね。

 あれは山本さんも仲良くしていた、

 志賀さんの木ですね。」


僕は、その言葉の意味がわからず、

言われるがままに一本の細いイチョウの木を見つめる。


それは、まだ若木とも呼べる一本のイチョウ。


中央には『志賀』と書かれた

一枚のプレートが埋め込まれている木。


「志賀さんは、もともと施設の利用者さんでした。

 山本さんとよくおしゃべりをする仲だったんですけど、

 つい昨年に肺炎で亡くなってしまったんです。

 のちに本人の希望もあって木の下に遺骨が埋葬されました。

 いわゆる、樹木葬というやつですね。」


青年はそう言うと順繰りに周りの木を指さす。


「ここでは、そういう方が多いんですよ。

 亡くなった後に樹木葬にされる方。

 あっちは鈴木さんで、向こうは佐藤さん。

 あの背の高い木は田所さんで…」


僕は、その名前を聞いていくうちに、

どこか薄ら寒いものを感じ始めていた。


青年が指していったのは、

どれもプレートのついた木々であり、

思い返えせば、道中そんな木々ばかりが目についた。


青年もそれに気づいたのか

こちらを見てうすら笑いを浮かべる。


「知っていますか?この町がどう呼ばれているか。

『木漏れ日の差し込む町』…これが何を意味するか、

 あなた、わかりますか?」


キキーッ


再び甲高い音。

同時にガシャンという音。


「ああ、またご年配の方が事故を起こされたようで、

 気をつけてください。ここは事故も多いですから。」


そう言うと、青年はズボンに隠れていた

大きく縫われた跡のある古傷を見せる。


「何しろ、保険がきくのはご年配になってから。

 事故にあっても若者の医療費はほぼ実費。

 払いきれなけば、お金はここで稼ぐしかない。

 …まあ、仕事はありますけどね。介護か葬儀屋だけですけど。」


キキーッ


先ほどよりも大きな音、

ここからそう遠くない音。


「ああ、近いですね。」


その瞬間、僕は弾けるように駅の方へと逃げ出した。


額には汗が噴き出し、

木漏れ日はむせかえるような草の香りへと変わる。

草を育てるのはアスファルトから出てきた地面。


そのアスファルトを割るほどの木々の根は、

かつてこの町の住人であった人間の…


『駆け込み乗車はおやめください。

 まもなく普通電車が出発します。』


息を切らせながら、

僕は運良くホームに来た電車に滑り込む。


もう、こんな町はゴメンだった。


何もかもが異質で、異様で、

枯れ果ててているように見えた。


青々とした植物とは裏腹に枯れた町。

枯れ果てた町。


電車の行き先など、どうでも良い。

とにかくここから逃げたい。

この町から出たい。


電車の発車音。

鋭く鳴る笛の音。


僕は人気のない電車の椅子に座り、

安堵の息を吐く。


ゆっくりと動きだす景色。

遠ざかりつつある緑の木々。


そうだ、これで僕は助かった。

これで…


キキーッ ガシャン


大きく揺れる車内。

止まる電車。


『えー、大変申しわけありません。

 ただいま、線路内に侵入した車両との接触事故により

 運転を見送らせていただきます。繰り返します、』


淡々と流れるアナウンス。


それを聞いた瞬間、

僕の顔から再び汗が噴き出した。


足元がぐらつくような不安。

血の気が引くような感覚。


やがて、車掌がやってくる。


「顔色が悪いようですね。臨時バスが来るにも時間がありますし、

 よろしければ救急車を呼びますので病院で診ていただければ…」


その時、僕は気づいた。


車窓の向こう、

線路近くの木に誰かがいた。


車椅子を傍らに置いた青年。

生きているか死んでいるかもわからぬ老婆を連れた青年。


その手には一台のスマホが握られ

カメラはこちらを向いている。


青年は笑い顔を浮かべている。


作り物のうすら笑い。

僕の行く末を知る笑い顔。


そのシャッターが押された瞬間、

青年と未来の僕の姿がダブって見えた…

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木漏れ日のある町 化野生姜 @kano-syouga

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