第6話 少年
1
「変わった子だった」と思い返すじぶんは学校が嫌いだった。相変わらず集団生活になじめなかったのだ。ゆるやかな時代がさいわいしてわたしは自由な外れ者だった。てきとうなことを担任に言って午後の授業はよくサボった。
ぷらぷらと平和な昼下がりを歩いてたっぷり道草した。母親に叱られるから家に帰るわけにはいかない。田圃と林がわたしの一人の遊び場だった。木のうろに食べ残した給食のパンを隠し、どこかの犬と遊び、草花を摘み、アリを眺めた。
授業に出ていないのでほとんど劣等性だった。お話を読むことだけが好きで買ってもらった学習雑誌の付録のお話、小公女や家なき子を何度も読んだ。
学校で外れていたわたしは何となく家族の中でも居心地悪さを感じることがあった。親の関心をひきたくてよくあっちが痛いこっちが痛いと訴えた。母はそんなわたしを連れて眼科や整形外科に通った。痛くもない足に白い包帯が巻かれた時の気まずさと嬉しさを覚えている。わたしはまた、よく風邪をひいて熱をだした。母はわたしを自転車の乗せて押しながら医院へと連れて行った。
2
そんなわたしにも数少ないともだちがいた。低学年の頃はどこかで出会った見知らぬ男の子だった。なぜかしらないが結婚の約束までした。小学校は一緒ではなくわたしの遊び場の林の近くに住んでいた。私立にでも通っていたのだろうか。いくつだったのだろう。すこし上だったのだろうか。おかしな目的で近づいてきたのだろうか。そこはよくわからないが、変なことをされた記憶はない。「大きくなったら結婚しようね」と約束したのは確かでわたしは嬉しかった。母親にもそう言ったら鼻で笑われたと思う。「鼻で笑われる」ことはしょっちゅうあった。そのたびにとりあってもらえない、バカだね、と暗に言われているのだと小さいながらもわかっていた。
ボーイフレンドは近所に住んでいた幼なじみもいたし、父の仕事関係の家族が市内に越してきてそこに同い年の男の子がいた。どちらも一緒に写った写真が残っている。結婚の約束をした少年の苗字まで覚えているが写真などない。
やがて近所に女の子が引っ越してきた。「親友だよね」と言い合うほどわたしたちは仲良くなりやがて男の子とはあまり遊ばなくなった。
3
小学校も高学年になるとようやく適応性が培われて、「親友」のおかげもあってどうにか普通の女の子になりつつあった。担任も変わり、クラスはとてもよい雰囲気で学校に行くのは苦にならなくなった。この担任が幼稚園の高橋先生に連なるわたしの「大切な先生」二人目である。
彼女は一人ひとりの個性をちゃんと見ていたと思う。よいところを伸ばしてあげようとしていた。そしてわたしが国語が好きなこと、本を読むのが好きなこと、作文を書かせると字はきたないがよい文章を書くことを見出してくれた。先生にほめられるのが嬉しくて宿題でもないのによく作文を書いた。先生はそれを皆の前で読んでくれたりする。自尊心が芽生えた瞬間だった。
「書くこと」のスタートは父親が与えてくれた大学ノートだった。何でもよいからと渡されたノートの真っ白いページが眩しかった。
4
小学校で出会った先生は休日に女子生徒数人を映画に連れて行ってくれたこともある。サウンドオブミュージックだったと思う。それからクラスの数人と先生のアパートへ押しかけたこともある。先生は何かを作って食べさせてくれた。
年賀状だけのやり取りになってもなるべく詳しく近況を伝え、結婚式にも来ていただいた。でもあるときから連絡が途絶えてしまった。
「親友」と認め合った人は早く結婚し東京を離れた。里帰りしたときに赤ちゃんを見せてもらって以来、会っていない。
5
さて、父から与えられた真っ白い大学ノートである。大人っぽくシンプルで小学生のわたしは嬉しかった。でも、その大いなる空白を前にすると緊張した。父に認められるような誉められるような何かを書かなくてはいけない。強制は全く無いのに萎縮した。すこしは何か書いたかもしれないが埋められなかった。
ぐちゃぐちゃに書いたり消したりできる自分の雑記帳なら何か書ける。
多少なりとも詩や短文のかたちができると別の紙に書いて父に見せた。
父は何も言わなかった。(と思う)
ただ、高校教師だった父の友人(別の学校の国語の教師)が遊びにくると「あれ持ってこい」と言うことがあった。煙草をふかしながら黙っている父の傍らでその人はわたしの拙い作品を読んでくれた。ドキドキして恥ずかしかった。短いほめ言葉も貰えた。
中学生になりわたしは「三人目の大切な先生」に出会う。やはり国語の教師だった。新聞社主催の作文コンクールで貰った賞品のノートにわたしは詩を書き始めた。草原に立ち風に吹かれている少年の詩を先生に見せたとき「素晴らしい感性」と感想を書き添えてくれた。ものすごく嬉しかった。
夕陽を浴びる kobune @shiho02
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