クドリャフカ

スヴェータ

クドリャフカ

 私の髪は、歩くたびくるくると踊ります。雨だと一層楽しげで、まるでお城での舞踏会のようです。ブロンドの髪に、青いリボン。とっても気に入っています。


 パパとママは、そんな私を「クドリャフカ」と呼んでいます。かわいいかわいい巻き毛ちゃん。パパもママも、まっすぐな髪ですから、もしかしたらうらやましいのかもしれません。


 この街では、夏にリボンのルイナクが開かれます。通り1.5kmが全てリボン屋さんで埋め尽くされる「リボン市」です。私は毎年これを楽しみにしています。


 大人たちは「真夏にやっては暑くてかなわない。イベントで音楽をする人など、熱中症で倒れてしまう」と言いますが、私は気にしません。だって、毎年のことですから。


 彼らはこうしていつもこのルイナクの頃に文句を言い、終わると全く忘れてしまうのです。だから何の対策も講じません。こうなればもはや風物詩。冬に氷柱ができるくらい当たり前で、楽しむ人をただ嫌な気持ちにさせるだけのものです。


 そんなルイナクの準備中。お店の間を駆け抜けて、急いでおうちに帰ります。私のお仕事、鉄くず拾いの成果をパパとママへ見せなければならないからです。


 タッタカ走ると、私の巻き毛がくるくる踊り、リボンを店先にかけるおばさまが「まあ!」と目を丸くしました。私は何だか誇らしくって、もっと速く駆け抜けてみせました。


 途中、壊れかけの木橋があります。私は走るのをやめて、そーっと、そーっと渡り始めました。メチメチ、メチメチ音がします。慌てず焦らず、そーっと、そーっと渡ります。


 渡り終えたら、茂みがあります。大人なら道があるとさえ思いませんが、私は子どもですから、ボスンと頭から突っ込みます。すると広い道が目の前に広がるのです。


 その道を走って3分。ようやくおうちに到着します。バタンと力強く扉を開けると、パパとママが「おかえり!クドリャフカ」と目をピカピカさせながら迎えてくれます。


「ただいま!パパ、ママ。今日もたくさん鉄くずを拾ってきたわ。あとね、そろそろ通りでリボンのルイナクがあるの。確か……そう!今度の金曜日からよ!」


 すると、パパとママの目が深く青く、ぼんやりと滲むように光りました。悲しいことを言う合図です。そして案の定、2人は交互にこう言いました。


「クドリャフカが鉄くずを拾ってくれたおかげで、パパたちは君を宇宙へ運ぶ用意ができたんだ。明日には出発する。だから、ルイナクには行けないんだ」


「でも、宇宙へ行けるんですもの。嬉しいでしょう?ママのおなかに入って、パパを燃料にお空へ行くの。アメリカのQ-2133よりもエコで、速くて、安全なのよ」


 そう。遂に準備が整ったのです。私たちは街外れの森の奥で、宇宙に行く支度を整えていたのでした。しかも、私は選ばれた子ども。特に優秀であるからと、飛行士さんたちより先に宇宙へ行くのです。


 ですから、今年のリボンのルイナクへは行けません。それは残念でならないこと。しかし、宇宙へ行くこともまた楽しみですから、結局は「良い」ということだと思います。


 こうして、何事も「良い」と捉えなければ、人生はとてもつらく苦しいものになるでしょう。だから私は受け入れます。ルイナクには行けなくても、宇宙へ行ける。何と壮大なスケールでしょうか。


 宇宙といえば、確か去年の夏、リボンのルイナクのひと月前のこと、私は図書館で宇宙に関する大昔の本を読みました。私と同じ名前がついていたとされる犬が、私のように飛行士さんより先に宇宙へ行ったというのです。


 それには運命を感じました。私と同じく「クドリャフカ」と呼ばれた犬が、これまた私と同じく皆に先立って宇宙へ行ったというのですから。何だか他所の犬のような気がしなくて、私はよくクドリャフカを想像して絵に描きました。


 明日の出発には、絵のクドリャフカを連れて行くことにします。そして宇宙から戻ったらルイナクへ行き、1人と1匹のクドリャフカのためにリボンを買うことを誓いました。


 もっとも、犬のクドリャフカは戻って来なかったのですけれどね。

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