第9話

その後の事を話そうと思う。

実を言うとあの後から大体1ヶ月半近くは経った。

つまり、夏休みに入って更にその終わりまでくらいの期間。

夏休みの間は、正直何をしたかなんてよく覚えていないというのが、感覚的には正しいのだろう。

そして、今日は始業式。

僕は学校に向かう前に、白陀神社の境内で千嶋幸樹と会っていた。


「……それで、夏休み中に君は何も連絡もつかなかったからてっきり俺はやられちゃったかな? なんて思っていたけど無事そうで何よりだな。」

「はあ。勝手に死んだ事にするな。」


奴はいつもの調子でそう言ってきた。


「結局……事態は何も解決なんかにはならなかったし、僕がやった事は意味があったのかなんて考えてしまうよ。」


あの日、僕は境内で気を失っていて、そして目が覚めた頃には由美の姿はどこにも無かった。

文字通り、どこにも。

ケータイの電話番号も、由美のものは全て消えていた。

そして、翌日学校で朝比奈由美は家の都合で別の所へ引っ越すとだけ担任から伝えられ、彼女は静かに姿を消した。


「まあ、例の自殺未遂騒動で木四宮高校はなかなか立て込んでいたようだが結局あれの動機は分からずじまいってわけか。」

「由美はさ……もしかしたら僕に気づいて欲しかったのかもしれない。」

「ほう?」


幸樹は興味ありげに眉をひそめた。


「今から思い返すと、最初から気づいたっておかしくないくらいに記憶泥棒はヒントを沢山出していた。あの書き込みだって、消す事くらい出来たはずだ。それと、一番最初に言ったあの言葉……。」


僕が初めて彼女に話し掛けたあの日。


「私の記憶も盗んで欲しいって言うのは、何となく家庭事情が複雑だとかそんな事を言っていたけど、それは確実に嫌な思い出だろう。けど、記憶泥棒は大切な記憶、つまりはいい思い出しか盗まない。そういう設定だった筈だ。意図的にやったかどうかは分からないけど、僕は本当に鈍感だと思ったよ。」


今はそんなことを思った。


「まあ、今回それで得た教訓は後々にも活かせばいいと思うよ。……なんだよ。俺にだって失恋した奴に同情くらいする慈悲は持ち合わせているつもりだ。」

「ありがと。」


と、そろそろ学校に行かなければいけない時間だ。

幸樹に別れを告げ、僕は自転車に跨った。

記憶は戻ってきた。

どういう理屈なのかはわからないし、分かろうとしなくてもいいのかもしれない。

だけど、そのお陰でいくつか分かった気がする。

僕と由美は付き合ってた。

正直、そんな事は現実味が無さすぎてまるで紙の上の人物のように感じてさえいるが、紛れもなく本当の記憶だ。

1年生の頃、僕は勇気をだして告白し、結果成功した。

そこだけ聞けばこれはただの恋のお話だった。

由美と過ごした記憶は僕の人生の中で間違いなく最も幸せな時だった。

しかし、彼女には裏の顔があり、ある日僕はその犯行現場を目撃した。

そして、彼女はそいつと同じように僕の記憶も奪った。

けれど彼女はその事を後悔した。

由美の犯行の記憶だけでなく、朝比奈由美と過ごした記憶自体が僕の中から消えてしまったからだ。

……僕と由美の関係は、事実上リセットされたのだ。

しかし、なぜ奪ったはずのその記憶が、今の僕に戻ったのか……疑問があるとすればそれだけだ。

きっと由美は、「朝比奈由美と恋人同士であった記憶」を無かったことににはしたくなかったんだと思う。

……まあ由美がなんらかのミスで、奪った記憶を返還してしまっただけかもしれないけどこれも希望的観測だな。

それはそうと由美は元々、僕に隠しながら記憶泥棒としての活動をしていたのを、心苦しく思っていたようだ。

そして、今回の件は、僕が話しかけたのを機に僕に近づいて最終的には全て明かそうと、そう画策した。

それだけの事であった。

トリックもロジックもそんなものは無かった。

開けてみればただ単純な事だし、そうなのだと思う。

それを聞いた幸樹はそれが聞ければ、俺の働きも意味があったよと、満足気な様子だったが、やはりあいつはよく分からない。

そんなことを考えているうちに、学校が近づいてきた。

今日から二学期。

僕は多分これからずっとあの数日のことを、未練がましく一生忘れる事なんて出来ないのだろう。

そんな、初恋と失恋の記憶を。

僕はずっと覚えている。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶泥棒 桜餅こし餡 @cherryblossommoti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ