第8話
「は……?」
その名を聞いた僕は思わずそんな声を漏らす。
「何……言ってるんだよ……。」
「だから、朝比奈由美。奴が記憶泥棒だ。」
由美が記憶泥棒? そんな事、あり得ると言うのか。
「いや、だって……ならどうして今まで僕と行動していたって言うんだ? 由美が……記憶を盗まれたって言うのも、協力して一緒に謎を解き明かそうとしたのも、僕を心配してくれたのでさえ全部嘘だったって事なのかよ!」
動揺して、混乱して、困惑して取り乱した。
気づけば叫んでいた。
僕の中の様々感情が渦巻く。
「……しかし、これはあくまでの犯人の可能性が最も高い人物という事で、まだ暫定そうだという状況だ。」
暫定。
その言葉に僕は希望を求めた。
それがどんなに小さな光だとわかり切っていたことだとしても、それに手を伸ばさずには居られなかった。
「……そうだよ。もしかしたら真犯人に脅されて無理矢理協力させられてたのかもしれないじゃないか。きっとそうだ。だってそうじゃなきゃ、由美がそんなことするわけが無い……。」
「俺は朝比奈由美という人間を全く信用していない。」
僕の言葉を途中で遮るように幸樹はそう言い放った。
「会った時から、俺はずっと彼女の事を疑っていた。理由は半分カンのようなものだが、それでも君の話を聞く限りではここ最近の彼女と君は少し距離が近づきすぎているんじゃないかな。」
距離……。
「たった一度話しただけのクラスメイトに人はそこまで深く関わろうとしてくるものかね。少なくとも、俺はそんな奴の悩みの相談なんかには乗らない。」
たった一度……。
「何故ならその程度の関係だからだ。だけど朝比奈由美は偶然お前に話しかけようなんて気を起こして、偶然事態が起こったその翌日の朝に、君から話を聞き出して、偶然全く同じ危機に陥っている。そんな出来すぎた事があると思うか?」
偶然だって……。
「朝比奈由美はどうして君と居るのかな?」
幸樹はあの時と全く同じ質問をした。
「分かってるよ!」
そんな事は言われなくたって分かっている。
「僕だって……全く不自然に思わなかったなんて言わない。でも、それでも……僕はあの子の事が好きなんだよ。初恋なんだよ。どうしようもないくらいに……恋しちゃってるんだよ。」
後半からは涙声になっていた。
しかし、幸樹は非情にもただ真実を述べただけだった。
そこには希望も何も無かった。
あるのはただ、残酷な現実だ。
「最後まで、真実を解き明かすというのも君の役目だと思うけどねえ。」
「……」
「まあ、後は君に任せる。このままこのことは全て忘れて何もしないというのもまあ、正しい。けれど、一応言っておくが彼女はなにせ記憶泥棒。他人の記憶を盗む力を持つものだ。もし、本当にそうなら今にでも俺の真相にたどり着いた記憶を盗まれたっておかしくは無いだろ? まあ、そうならないのは記憶を盗む為には直接的な接触が必要なのかもしれない。けど、具体的な方法については今でも分からないからうっかり記憶をすっぽり盗まれちゃわないように気をつける事だね。」
それじゃ、あとはご自由にと言い残して幸樹は帰っていった。
……由美。
僕は彼女の事で頭がいっぱいだった。
これからどうするのか。
当然それは最初から決まっていた。
とでも言っておこうと思う。
*****
場所は移動していない。
白陀神社のままだ。
自分の中ではこれから敵の懐へと潜り込むのだというのに、少々盛り上がりに欠けるよななどと苦笑して僕は何をしているかといえば、ただ待っていた。
そして、彼女はやって来た。
「明! 大丈夫!?」
僕がメールを送った後、約15分程度で来たところを見ると相当急いで来たようだ。
「……やあ。待ってたよ。」
送ったメールの内容はこうだ。
『記憶を取り戻した。白陀神社まですぐに来てくれ。』
この内容なら、もしかしたら真犯人である由美の動揺が誘えるのでは無いかと考えたからだ。
犯人なのであれば、こんな嘘はすぐに見抜ける。
「記憶を取り戻せたの? どうやって?」
由美はいつもの調子でそう聞いてきた。
それが……嘘なのだとしたら……。
もう、直接聞いてみる事にした。
「ねえ、由美は記憶泥棒なの?」
「え? 何言ってるの?」
その表情に、動揺といった感情は見られない。
しかし、こちらには証拠もある。
「これ、由美が書いたんだろ? 幸樹が調べてくれたんだ。」
「……」
一瞬。
由美の表情から、いつもの微笑みが消えたような気がした。
いつも彼女を見ていた僕ならそれがわかった。
「あはは、明? なんか多分疲れてるんだよ。最近色んなことがあって私も明も多分混乱してるんだよ。こういう時は、帰ってゆっくり休んだ方がいいよ。」
そう言って、彼女は僕に手を伸ばして優しく触れようとしてきた。
そして、僕はその瞬間に後ろへ飛び退いた。
「!? ……なんで? どうして分かったの?」
由美の顔から明らかに驚いている様が見てとてる。
「……そうやって、記憶を盗むのか?」
これまで一度たりともボディタッチをしたことが無い由美が、この状況で僕に触れようとしてくるのは明らかに不自然だ。
そして由美から笑いが消え。
「……うん、よく分かったね。そうだよ。私が『記憶泥棒』だよ。」
……犯行を、認めたのだった。
この瞬間、僕の小さな希望は消えた。
「やけにあっさり認めるじゃんか。」
「悪足掻きみたいな見苦しい真似はしないよ。……それにしても、《また》君にバレちゃうなんてね。」
すると由美はやってしまったと言うよな顔になった。
「まあ、どうせ私がこの記憶も全部消しちゃうから言っても無駄だよ。」
由美は尚もこちらに近づいて来る。
「……この記憶も奪って無かったことにするつもりなのかよ。」
「そうだよ。そうしたら、次は上手く私を捕まえられるといいね。今回はだいぶ惜しかったよ。でも、残念。さようなら明。」
そのまま僕は後ずさるが神社の壁際まで追い詰められてしまった。
また、由美の手が僕の頭に伸びてきた。
そして、その手が僕の額に触れる。
「!?」
その瞬間、頭に電気が走ったかのような衝撃を受けて力が抜けていった。
「大丈夫だよ。このまま、明の記憶は無くなっちゃうけど今までどうりに戻るだけだから。」
意識がだんだん遠のいていく感覚がある。
ここで気を失えば多分記憶を失ってしまう。
何とか気合いで意識を保とうと踏ん張る。
けど、このままじゃ……。
そうだ。
由美は相手に触れる事で多分これをやっている。
感覚は電流のようなものに近い。
ひょっとしたら……。
「え!? ちょっと! やめて!」
僕は由美の額に手を伸ばして触れた。
僕が触れる事によって、電流のような感覚は由美にも流れ込んだらしい。
まるで導線と導線を繋いだ回路の様に。
思った通りだ。
由美は力が抜けたかの様に倒れ込んできた。
「……く。まさか……こんなことして来るなんて、さすがに予想外だな。」
お互い上手く身体に力が入らず立つことさえままならなかった。
「はあ。なんで……こんな事を?」
地面に伏せたまま僕は彼女に問う。
素朴な疑問だった。
「この能力に気づいたのは、つい最近。きっかけは偶然だった。『嫌な思い出を忘れたい』って言ってきた友達が居てね。私はふざけてその友達の記憶を消すふりをしたの。……そしたら本当にその事をすっかり忘れていてね。その時私には他人の記憶を消せる力があることに気づいたの。馬鹿みたいでしょ?」
「……」
ただでさえクセのある特殊能力だ。
そんなきっかけでもない限り、一生その能力には気づかなかったかもしれない。
由美は続ける。
「それでね、私はその能力を『どう使うか』を考えた。そして思いついたのが……。」
「他人の大切な記憶を奪う事だったと?」
由美はコクリと頷く。
「私は、家庭とか……あんま恵まれなかったから……。嫉妬したよ。楽しい思い出ばかりある周りの人にね。だから奪った。」
そんな理由で……なんて無責任な事は言えなかった。
由美にとっては十分な動機だったのだろう。
由美はとても悲しそうな顔をしていた。
「正直……悪いことしてるって自覚はあったけど、それでもやめられなかった。」
「じゃあ……そのせいで、望月先輩は自殺したってことなのかよ。」
「あれは……ああなるなんて思わなかった
ら。」
「こんなこと……もうやめるべきだ。」
僕は必死に彼女に訴えかけた。
「……例え、この記憶が消えたとしても僕はお前を許さない。」
「……」
すると由美は立ち上がった。
まだ、万全といった様子ではないが、未だ動けずにいる僕に比べて幾らか回復が早い。
「明には……ちょっと期待していた。でも、やっぱり違うんだね。まあ、分かってたんだけどさ。本当の私って知ってももしかしたら分かってくれるかなって。でも、やっぱりそんな訳ないよね。」
由美はしゃがみこんで、地面に突っ伏している僕を見据えながらそんなことを言う。
「さようなら。明。」
また、僕の頭に手を当てるといよいよ意識が無くなってきて……そして途絶えた。
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