第7話
学校は放課になった。
幸いな事に望月京香は生きていた。
しかし、意識不明の重体であることに変わりはなくひょっとしたら今にもぽっくり死んでしまうかもしれないということに変わりはない。
当然それも心配なのだが、それとは別に由美は相当落ち込んでいる様子だった。
「……私のせいだ。……私が先輩を……。」
「違う……。それは違うだろ。」
僕は否定する。
「あの訳の分からない記憶泥棒とかいうふざけた奴のせいに決まってるだろ!」
「でも……もっと早く……話してればって言ったじゃない。」
「っ……!?」
失言だった。
一時の感情に任せて言い放ったその言葉は結果として、彼女の心に深く傷を付けた。
「私のせいだよ……。もっとちゃんと話を聞いてあげてればよかった。そうしたらこんな事になんかならなかったかもしれないのに。」
そう言って深く項垂れた。
その表情からも光が消える。
「それでも、仕方ないだろ。だってこんな話は僕だってこうなる前は信じられなかったよ。でも、君は僕の話を聞いてくれたじゃないか。」
僕の中にあるありったけの語彙を絞り出しながら、僕は早口にそう告げる。
由美の表情は俄然変わらない。
それでも僕は続ける。
「……そりゃ今回の事は残念だと思うけど、でも僕だってあのまま不安を抱え込んでそれが爆発して、ああいう行為に及んだかもしれない。けど、由美が話を聞いてくれて正直救われた。それだけは言わせて。」
僕は由美を慰めたつもりだった。
けれど、少し前に由美を責め立てたのは紛れもないこの僕である。
こんなことを言ったって、ただの言い訳じみているじゃないか。
「その……ごめん。」
「……。」
そして何も言わなかった。
僕はこれ以上この場にいるのが苦しくて、静かに去った。
この時程自分自身が最低な奴だと思ったことはなかった。
そんな陰鬱とした気分のまま、今日は独りで帰路につく。
独り?
自分で思っておいて引っかかるが、つい最近までは一人が当たり前だった。
それが、たった数日とは言え友人と呼べる存在とそして想い人と過ごしていたせいか、一人という響きに一層の孤独感を感じてしまう。
その時だ。
内ポケットが振動し始めた。
当然内ポケット自体が振動した訳ではなく、その中に入れているケータイが揺れていた。
取り出して画面を見ると不明の文字。
受話器マークのボタンをタップして電話に出る。
「やあ、神澤くん。元気かな?」
「……幸樹。」
「なんだその声は。まるで元気ないみたいじゃないか。」
電話越しでも分かるくらい、僕は凹んでいるらしい。
「なんか用か?」
「おいおい、俺は用事が無ければ電話すら掛けちゃいけないのか? そりゃ一年ちょっと疎遠になっただけの親友に随分と酷い扱いを受けるようになったもんだなあ。まあ、用事があるか無いかで言えばあるんだがな。」
まあ、聞けよと奴は軽い様子で言ってくる。
まるでこっちの気持ちなんか知ったこっちゃないとでも言った様子だった。
こんな他人の心に土足で踏み込むような真似をするのも奴にらしいと言えばそうだった。
「まあ、その用事なんだが……電話越しじゃあ伝わりずらい物ってあるだろ? だから直接会おう。いつもの神社と言えばあとはわかるな? 今はどこ? 学校? なら30分で着くな、それじゃ。」
そう言うと電話は一方的に切られた。
あいつが呼び出してきた時は大抵なにか重要なことがあるという事だ。
一瞬由美も呼ぶべきかと考えたが、あの様子じゃしばらくは休んだ方がいいだろうと判断し、一人で向かう事にした。
いよいよ気温も上がってきて神社につく頃には汗でシャツが背中に張り付いていた。
暑さのせいか、その道のりが一層疲労感を感じさせた。
境内に入ると昨日と変わらずあいつはそこに居た。
「やあ、思ったより元気そうじゃないか。来てくれて何よりだ。」
「……お前から呼び出す時は大体事に進展がある時だからな。」
「彼女は……居ないのかな?」
「居た方がよかったのか?」
「いいや、その逆さ。」
何やら含みを持たせたような言い方で幸樹は話を続けた。
「まあ、今回の件をこっちでも色々調べてみたところ面白いものがあってね。まあ、順を追って話そう。そもそも記憶泥棒という存在は非科学的じゃないか?」
非科学的と言われても今更な気もするが、幽霊とかそういう都市伝説的な存在だと言われても納得はできる気もする。
「そこでだ。そもそも誰が最初にこの複数の人間が記憶の一部を欠損する現象に名前を付けたかってことなんだ。」
「名前? 記憶泥棒の事か?」
「ライトノベルじゃないんだから普通ビジュアルの前に現象が先に来る。これだけを見ればただの集団記憶喪失だろ? つまり誰かがこれに脚色を加えて他人の記憶を盗むだなんて言うキャラ設定が成立したということさ。」
その発想は完全になかった。
盲点だったとでも表現するのがしっくりくる。
「卵が先か、鶏が先かみたいなものか。」
「……まあ、厳密に言えば少し違うけ大体それで理解してくれればいい。」
話を続けよう。
「そもそも先に記憶が盗める人間がいるだなんて事、一体誰が思いつくと言うんだ? 結果これは最初に噂を流した奴がその本人なんだと考えるのが一番自然に思えないか? 」
「……何が言いたい?」
僕が問いただすと、幸樹はいつにもなく真剣な表情になり、答える。
「つまりだね。他人から記憶を盗める人間がいて、そいつ自身が「記憶泥棒」を名乗って噂を流した……という事になるだろうね。」
なるほど……ということは「記憶を盗まれた」と最初に発言した者こそが、記憶泥棒その人である可能性が高いと……。
「じゃあ、その情報元を抑えされば犯人に辿り着くってことか!」
「その通り。そして例の裏サイトを巡って俺は大元の発信源を突き止めた。約3ヶ月程前になるが匿名掲示板でのこの書き込みが最初だと見られる。」
まあ、削除されていたというのも考えたがどういう訳か残ったままだ。
そう言って幸樹は手元のスマホを見せてきた。
『この学校には他人の記憶を盗む記憶泥棒が居る。』
その書き込みを発端として様々な情報も書かれていた。
「この書き込み自体は匿名だった。だから、当然書き込んだ本人を特定することは出来ない。だが……。」
「だが?」
僕が聞くと、幸樹は「ここを見ろ」と言わんばかりに画面を指差した。
そこにあったのは、書き込んだ本人のユーザーネームだった。
「カステラ」という、この悪質な事件の犯人にしては非常に可愛らしい名前なのだが、それがどうしたというのだろうか。
「このカステラという人物、「記憶泥棒」という名をよほど広めたいのだろうな。この書き込みの後も何度も記憶泥棒関連の話をしている。」
掲示板を下に下にスクロールしていくと、確かに「カステラ」という名がよく目に付いた。
いずれの書き込みも記憶泥棒関連の話だ。
「そしてその書き込みを見ていくうちに、本人の特徴がいくつか分かった。例えばこの書き込みを見てほしい。」
そう言って幸樹が取り出した書き込みはこれだった。
『いつものように髪を縛っている時、シューズを履いて学校に向かう時、何気ない行動の一つ一つに違和感を感じるんです。あれ? いつもと違うな……みたいな。とにかく何が大切な記憶が消えてしまったっていう、そういう感覚だけは確かにかんじます。』
「これは『記憶を奪われるってどんな感じなの?』と問われた時のカステラの応答文だ。この文書から、カステラは女性であること、そして靴ではなくシューズと表現するあたり運動部に所属していることが読み取れる。」
「なるほど、こうやって書き込みの断片から少しずつカステラの情報を紐解いていくのか……。」
さすがは幸樹。
観察眼というか、着眼点がいかにも探偵らしい。
「と、まあこんな感じで情報を集めていくと、自転車通学であること、眼鏡をかけていないこと、家を出てすぐ近くに曲がり角があること、多くの友人が居ること……挙げていったらキリがないが、とにかくたくさんの特徴が分かった。」
一呼吸おいて、幸樹は続ける。
「そう、犯人の名前はを特定出来るくらい沢山のね。」
「じゃあ、犯人が分かったって事なんだな!」
幸樹不敵な笑みを浮かべながら頷いた。
流石は幸樹。
やはりこいつに協力を要請して大正解だった。
「しかし、そんな情報だけで本人が特定できてしまうもんなんだな。」
「そりゃあそうさ。元々犯人候補は『木四宮高等学校の全校生徒約500人』とだいぶ絞り込まれていたからね。そこからいくつかの条件が重なれば、目標の一人にまで簡単に辿り着けるものだよ。」
断片的な情報をいくつか重ね合わせただけでここまで特定できてしまうものなのか。
ここにきてSNSの恐ろしさを感じる。
が、今はそれどころじゃない。
「……で、その犯人は……誰なんだ?」
この一連の不可解な事件の発端。
一人の人間を自殺にまで追い込むような巨悪。
その名を聞く覚悟はできている。
幸樹はゆっくりと口を開き、そして……
「……なあ、君は朝比奈由美に恋しちゃてるのか?」
「は?」
突然の問に僕は当然戸惑う。
「好きなんだろう? 彼女の事が。」
正直図星過ぎて自分でも分かるほどに赤面してしまっているのだろう。
これでは例え誤魔化したとしても無駄だろう。
「あ、ああ。そうさ。でも、それがどうして?」
「……まあ、君は表情に出やすいから最初に見た時から何となく分かってたけどね。」
多分大事な話なのだろうからこの際、こんなちっぽけな恥は捨てよう。
「明。これは俺が君の事を少なくとも友人だと思っているから俺なりの気遣いだとでも思ってくれ。調べた結果を言おう。」
「……」
「驚かずに聞いてくれ。この掲示板で記憶泥棒を広めた張本人、そして事件の主犯。そいつの名は……。」
幸樹は息をつき、そしてついに、その名を告げる。
「朝比奈由美だ。」
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