第6話

望月京香は休みであった。

話によるとここ三日休んでいるらしく、体調不良と言った所らしい。

先程までは凄んでいた由美も、なんだか肩を落としているように見える。


「流石にそろそろ戻らないと、授業に遅れるけど。」

「……うん、そうだね。」


何となく気まずかった。

ありそうだった手掛かりも掴めず、瞬時に行動したのに成果を得られないと言うのは案外、精神的な疲れというものが込み上げてくる。

教室に戻ると丁度チャイムが鳴った。

授業の内容は殆ど頭に入ってこない。

僕は由美を傷つけてしまったのだろうか。

その事がずっと頭の中をチラついていた。

とここで、教師が僕を指名してきた。

するとなにやら後ろの方が騒がしい。


「おい! 後ろ! 授業中だぞ。」

「え……いや、先生あれ見てくださいよ。」


指さしている方向を僕も見た。

窓の外に見えるそれは、南棟の屋上に立っている人影。

教室内に動揺と、混乱が広がった。

皆教室の窓に張り付いて外の様子を見始めた。


「おい! お前ら席を立つな。」


ただの勘違いの可能性も残されてはいたが、よく見るとこの学校の制服を着ているようにも見えた。

だが、この時僕は言葉に出来ない嫌な感じがしていた。

すると弾かれたかのように、由美は教室から駆け出して廊下に出た。

人集りに構うものかと言わんばかりに全力で走っている。

勢いで僕もあとを追いかけた。

由美の隣を走りながら聞く。


「なあ、これってまさか飛び降りってやつか?」

「遠くからだと何となくだから違うかもしれないけど……京香先輩だった。」

「……」


僕は何も言えなかった。

生徒立ち入り禁止と書かれた規制線をくぐって、屋上に通じるドアを由美は勢いよく開けた。

フェンスを乗り越えた先に、望月京香は佇んでいた。


「先輩!」


由美はそう呼びかける。

呼びかけられたからには流石に振り返りざるを得ないと言ったところだろうか。

彼女はゆっくりとこちらに体を向けてきた。

顔は青白く、生気のない表情をその長い髪の間ら覗かせる。


「やっぱり……京香先輩だったんですね。」


由美は言葉を繋いだ。


「……止めに来たの?」


絞り出したような小さな声で、そう返してくる。


「どうしてこんなことをするんですか! 先輩が自殺する理由なんてないでしょう。」


由美はゆっくりと望月京香の元へと近づいていっているようだ。


「近づかないでよ!」

「!?」


さっきまでの弱々しい様子からは想像もできない程の大声で、拒絶を示してきた。


「そ、それ以上近付いてきたら……私本当に飛び降りるから。」

「り、理由が分かりません。どうしてこんなことをするんですか!」


理由が分からない。

なんてことを言っているが、僕には何となく察しがついていた。


「記憶泥棒って知っている? 噂になってるから説明は要らないわね? それにどうせ言ったって信じてなんかくれないでしょ。」

「信じますよ!」


僕は思わず叫んだ。


「あの……あなたと会うのはこれが初めてだし、僕の事なんか全く知らないんだろうけどこれだけは言える。僕も……いえ、僕達もあなたと同じ被害者なんです。だから……あなたの気持ちが凄くわかる。だからそんな、諦めるような事をしないでくださいよ。」


最後のは殆ど願望に近い、誰かを説得出来るような言葉なんかじゃなかったと思う。

しかし彼女の表情には若干の変化が見られた。

動揺しているのか?

こうやって言葉をかけ続けることは決して無駄じゃないということなのかもしれない。


「僕達は、奴を追っています。やられているだけじゃどうにもならない。だから、少しでも情報が欲しい。僕達だってあなたと同じように?」


ここで僕はまたしても、言ってはいけなかったことを口走ってしまったと言うのに気付くのはもう少し先の事だ。

とにかく、その最後の一言。

大切な記憶という言葉に望月京香は劇的に反応した。


「記憶? 記憶ですって? ?」

「は?」


彼女の思いもよらぬ返答に、僕は思わず声を漏らす。


「確かに記憶は無くなっていた。でも、そんなものは大したことなんかない。それよりもっと大事な……かけがえのないものが無くなっていた。」


彼女は、言葉を放つ度に肩を揺らして目には涙を浮かべ後半は嗚咽を漏らしながら喋っていた。


「妹が……私の妹が居なくなってた。あんなわけも分からない奴にきっと……。家族だって、いくら話しても妹なんて最初から居ないと言うばかりで、私は妹の部屋だって見たのにただの物置になってた。……アイツは私の妹を奪っていったのよ!」


言葉を失った。

由美も驚愕の表情を浮かべている。

記憶泥棒が人攫い? しかし、そんな考えている暇も無いことは目の前の状況を見れば明白だった。


「ねえ! 返してよ! 私の妹を! 返して!」


いよいよ泣きじゃくりながらそんなことをしきりに叫び始めた。

すると後ろのドアが開いて、ようやくというか騒ぎを聞き付けた教師たちが屋上へと上がってきた。


「おい! そんな所でお前ら何やってるんだ! 今すぐに降りなさい!」


その怒号に僕達は後ろを振り返った。

しかし、隙を与えるべきではなかった。

望月京香はその上体を大きく後ろに逸らし、そのまま重力へと従い落ちていった。

大きな物体が地面にぶつかる音が聞こえた後、大音量の女子生徒の悲鳴の声に意識はかき消された。

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