World☆maker 

低迷アクション

第1話

World☆maker


前方を走っていた、ハンビーが爆発する。“狂犬”は舌打ちしながら呟く。


「はぇぇじゃねえか」


89式小銃を担ぐと荷台から飛び降り、続く車両に怒鳴りつける。「野郎共!!来るぞ。

転生騎士の嬢ちゃんがが」まるで、それが合図だったかのように地面に閃光が走り

魔法陣が描かれる。その中から蒼身の鎧を身にまとい金色の目をした少女“転生騎士”

が現れた。


「野郎!!」


車両から飛び降りた兵士が罵声と共にM16ライフルを少女に向けた。ストロボを炊いたような光を発しながら5.56ミリ弾が発射される。弾丸は吸い込まれるように少女に命中していくが、彼女はそれを腕一振りで、全て叩き落としてしまった。


「くそ。撃て、撃て。」


周りの兵士たちも射撃に加わる。複数の銃口から発射された弾丸が全て少女に向かっていく。だが、結果は同じことだった。


「見えない盾、いわゆる魔法って奴か!?」


部下の1人の言葉が終わるより早く、少女が動き、兵士達の間を舞うように駆け抜ける。

その抜けた後を追うように倒れる兵士達。最後の1人が倒れた時、立っているのは少女と狂犬だけとなった。射るような視線に気づいた彼は、楽しそうに喋りだす。


「盾じゃねえよな?さしずめ剣ってとこか、お嬢さん?」


明らかに状況を理解していない。いや、自分だけしか残っていないことに危機を感じていないのかもしれない。お嬢さんと呼ばれた彼女は幼さが残る顔をしかめながら、冷ややかに言い放つ。


「やはり、貴方でしたか…狂犬。自らの兵がやられても顔色一つ変えないとは、

白状なことですね。」


明らかな皮肉にも狂犬は全く動じず、切り返す。


「あんたが言えることか?それに殺してないよな?一人も。その点には感謝する。心優しき転生騎女。しかし今回は随分と、ちんまりとしたナリだな?マニア狙いか?」


転生騎士はさらに顔をしかめ、少し怒気を孕んだ口調で言う。


「もう結構、これ以上は語るに及ばず。私がここに存在する理由はわかりますね?」


「ああ、“World☆maker”はわたさねぇ。」


こちらの言葉に一瞬で空気が変わった。転生騎士は剣を構える動き(武器が見えないので、

勝手に判断するしかない。)をしながら跳躍する。


狂犬は89式小銃の弾丸をばら撒きながら、走り出す。5・56ミリ弾と少女の見えない剣、鉄と鉄とがぶつかり合う摩擦音が鋼鉄のハーモニーを奏でていく。


弾丸をはじきながら徐々に距離を詰める転生騎士。


「ハっ!!ちんちくりんな割にはいい動きだねぇ。」


狂犬は怒鳴りながら、撃ちつくした弾倉を変える。もとい魔術によって、現世へ現れた存在、かつての剣技に加え、魔力効用を得た彼女に、こんな豆鉄砲が効く筈が無い。


あくまで時間稼ぎだ。そう時間稼ぎの・・ふいに腹部に激痛が走る。赤黒い血液がジワリと服を濡らす。いつのまにか距離を詰められたようだ。


すんでのとこで反応できたが、あやうく下からバッサリ持っていかれる所だった。

後ろを振り返るが、敵の姿はどこにも無い。


どうやら相手は遠距離から攻撃ができるようだ。剣が伸びたのか?それとも投げたのか?考えている暇はない。速度を落とさず走り続ける。


途中、何度か背中に激痛が走り、自らの血が飛び散るが、歩みを止めない。

まもなく見渡しのいい川沿いの橋に辿り着く。


素早く89式を構えなおし、敵を探す。前、右、左、後ろ、イヤ、一つだけ見落としている場所がある。狂犬は89式の銃身部を上に揚げ、ダットサイト(照準器)に目を当てる。

星が瞬く夜空を物凄い速さで降下してくる転生騎士の姿がそこにあった。


「見つけたぜィ!!」


叫びながら、セレクターを「連発」の部分にセットする。今89式に詰まっているのは通常の5・56ミリ弾じゃない。


目標に被弾すると弾頭が平らになり最大のダメージを与えるホローポイント弾だ。

剣を振り上げた状態で降りてくる彼女に狙いをつける。(まだだ・・もうちょっと・・)


少女が地面に着いた瞬間。狂犬は引き金を引いた。激しい連射音と共にフルオートで発射された弾丸が相手の体に突き刺さり、体が横にぶれる。狂犬はガッツポーズをとろうとし・・・


全身に無数の斬撃を浴び、体じゅうから血を飛び散らし、その場に崩れ落ちた…

 


ボロ雑巾みたいになって横たわる狂犬に、転生騎士が静かに近づく。普通の人間なら即死、だが、相手は狂犬だ。何百年も世界と戦い続けてきた異端中の異端者、


こんな事で死ぬ筈がない。気配に気づいたのか、狂犬がこちらを振り向いた。やはり生きていた。体じゅうボロボロではあるが、頬にはりついた不適な笑みは相変わらず変わらない。


「残像か・・」


血の入り混じったツバを吐きながら狂犬が言う。(さすが狂犬だ。もう気づくとは・・・)正確には幻影だ。


今回、緊急召喚された彼女には本来の騎士としてのスキルと。魔力武装、アサシンの

スキルを持った複合型魔法剣士になっている。


召喚者が持っている能力を緊急定着させた形だが、これは今までに例のない、実験的な措置だった。おかげで目の色は変わり、背は低くなるという副作用が現れたが、かわりにアサシンとしてのスキルを得た(見えない剣や、先程のかまいたち、今の残像もこの能力が反映された。)


狂犬が銃撃した転生騎士は全て偽物であり、その隙に、いくつもの剣撃を加え、目の前の

ボロ雑巾に変えたという訳だ。横たわる相手の喉元に透明を解いた剣を突き付ける。


「その状態でまだ喋れるとは。やはり頭を落とさねば駄目ですか?」


その言葉に狂犬は、実に嫌な、彼女の時代にもいた、わかりやすいくらいの悪人の笑い声を

辺りに響かせ始めた。


「何が可笑しい?」


「クックックック、貴方に俺は殺せんよ。」


転生騎士は剣の先を狂犬の首に押し当て、宣言する。


「やはり首をはねましょう。これ以上の愚公はたくさんだ!!」


「よく考えろ。転生騎士嬢ちゃん・・オタクも戦争屋だろ?

俺が闇雲に逃げ回っていたとでも?周りを見てみな。」


周り・・彼女は言われた通りに辺りを見渡し、そして辺りに何も遮蔽物が無いことに気づく。と同時に、遥か遠方に(1キロ程の距離があったがアサシンのスキルで見る事ができた。)


こちらに砲塔を向けている巨大な鉄の塊“戦車”を見た。


「貴様!!」


転生騎士は身を動かそうとし、狂犬に足をシッカリ掴まれていることにも気づく。


「弾種、魔團徹甲(通常の徹甲弾に対魔法コーティング施したもの)!!」


耳につけたインカムに怒鳴りながら、狂犬は少女に向かって、空いている方の手で、

親指を突きたて叫ぶ。


「Good-Bye!!Girl!!次の世界で会おうぜ!!」


鈍く、押し殺したような砲声が響く。この世界で転生騎士が最後に聞いたのは、

自分に向かってくる鋼鉄の弾頭の振動と狂犬のイカレタ笑い声だった・・・・



 不気味な程、静かな町を全身黒ずくめの集団が走り抜ける。暗視装置を付けた頭は辺りを警戒し、手には黒光りするアサルトライフルH&K・G36がしっかり握られている。


彼らは臨時招集をうけた、ある管理機構の特殊作戦群だ。

本来ならこんな極東の島国で活動することは無い。だが、今回ばかりは少し事情が違った。


この日本の小さな港町(確か寒い季節を連想させる名前だった。)にある教会に、

長年保管されてきた「物」が奪われたのだ。奪ったのは“狂気の大隊”と呼ばれる

伝説の異端集団。


管理者たちは、ただちに町全体に結界を張り、事実上の封鎖を施した後で彼らを送りこんだ…

 

いきなり聞こえてきた砲声に隊員全てが足を止め、警戒態勢に入る。隊長格の男が腕に巻きつけたラップトップを操作し、報告する。


「殉教者より管理者へ、狂気の大隊は発見できず。ですが、まだ市内にいる事は確かです。先程、戦闘中らしい銃撃音を聞きました。我々以外に誰か先行部隊を?」


しばらくの不明瞭な雑音の後、オペレーターには向かないような、甘い女性の声が

ラップトップから流れてくる。


「こちらは、管理局です。恐らくそれは、我々が送り込んだ、代行者です。他にも多数潜入させていますが、貴方達の邪魔はしませんので、そこは、気配りしていただければ幸いです。」


その、どことなくホンワカした声に気後れしつつも返答しようとする彼に、ふいに声がかかる。


「電話はすんだかい。隊長さんよォォォ?」


周りの隊員が一斉に声のした方角に銃を向ける。暗闇の中から一人の男がこちらに歩いてくる。頭にテンガロハットを被り、降下部隊用のフライトコートとトレンチコートを混ぜたような、変わった服を着ている。


「何者だ!?止まれ!!我々は発砲を許可されている。」


そのお決まりのセリフに男はケタケタ笑い出す。


「名乗る必要もねぇだろ?こんな魑魅魍魎が跋扈する夜に外をうろついているってこたぁ、お互い似たもん同士って訳よ。」


テンガロハットが風でめくれ、男の顔があらわになる。不精ヒゲに覆われた、トンがった顎に、よどんだ目が月夜に照らされ異様な光を発している。隊長が指示する必要もなかった。彼の部下達は彼の指示を待たずに一斉に発砲した…

 


“狂気の大隊”所属“S・ティーボック”中尉は降り注ぐ銃弾の雨を踊るように回避し、ギザギザに並んだ歯並びを全部見せんばかりに開いて、吠える。


その声に一瞬、ひるんだ隊員たちが銃撃を止める。それを見逃すティーボックではなかった。彼はコートの中から、黒光りする散弾銃スパス12を引き抜くと、


セレクターをセミオート(連射)に設定し、12ゲージの散弾をばら撒きながら突進する。隊員たちも慌てて応戦すべく行動を開始するが、時遅く、至近距離まで

接近したティーボックに次々と撃ち倒されていった。


後方にいた隊員達の射撃も、仲間の死体を盾にして突っ込んでくるティーボックに為すすべなく、同じようにやられていく。そのまま、散弾でハジけた死体を蹴飛ばしながら進み、最早、歩みを止める様子はない。


彼の服には飛び散った肉片と血でそうとう汚れていたが、全く気にしていない。むしろ気分がいいくらいだ。


「テンション上がってきたぜぇぇぇ」


ふいに後ろからの気配を感じた、ティーボックは振り返らずにスパスを向け、2発放つ。

鈍い音と共に、キレイに頭を吹き飛ばされた死体が、足元に倒れこんでくる。手元には拳銃が握られていた。


どうやら、不意打ちを狙おうとした生き残りがいたらしい。

ティーボックはツバを吐きかけながら呟く。


「俺の方が1枚上手なんだよ。」


間髪いれずに前方から手榴弾が投擲される。ティーボックは愉快そうに笑いながら、

転がっている手榴弾に、今まで盾に使っていた(おそらく指揮官クラスの)


ボロボロの死体を押し付ける。数秒後、鈍い爆音と衝撃が手元に伝わってきた。

ティーボックは原型をとどめていない黒漕げの死体を持ち上げ、話しかける。


「ハハハ、随分と男前になったじゃねぇかぁ?」


そんな彼の鼻先を銃弾がかすめる。痛みと怒りが沸騰し、両手をスターのように広げ、叫ぶ。


「ハハァ!!まぁだ遊んでくれんのか?」


スパスを向け、引き金を引く。


「カチッ」


イヤな音が響く。


「弾切れかぁぁぁぁ。」


わざとらしく大声で叫ぶ。再開された銃撃が鼻先をかすめ始める。ティーボックは死体の山に隠れて、散弾を装填しながら後方に向かって怒鳴った。


「“軍曹”!!いつまで後ろで遊んでんだぁぁ」


刹那、後方から複数の銃声が聞こえ、またもや、彼の鼻先をかすめる。


「オイ!!テメェ等は俺の鼻をマッシュポテトにしてぇのかぁ?アアん?」


怒り狂うティーボックの頭上を、今度は閃光を発しながらロケット弾が飛ぶ。ロケットはそのまま失速し、逃げ遅れた敵の隊員達を巻き込んで、大爆発を起こす。その隊員達の破片が雨のようにティーボックに降り注ぐ。焼け焦げた人臭と残骸の中を押し退け、押し退け、

立ちあがる。そんな彼の周りを味方の兵士が駆け抜けていく。


武装も服装も人種も(人外?)もバラバラだ。軍用ヘルメットを被っている奴もいれば、

バンダナを巻いている奴もいた。何も被ってない馬鹿もいれば、耳が(耳!?)邪魔で被れねぇ奴もいる。AK持ってる奴もいれば、M16持ってるのもいる。


これが“狂気の大隊”の実態だ。それぞれの理想のため、生活のため、オタクのため?

(約1名)全ての境界を乗り越え、何百年も生きてる伝説の戦争屋“狂犬”のもとに

集まっている。


勿論、その任務も毎回イカれていた。いつも世界を怒らせ、異端者達ともろもろの事情で

世界から外れた者達には尊敬される。


おかげで今では、史上最悪の異端勢力の名を欲しいままにしている次第だ…


 一番、最後尾を走ってきたハゲ頭の兵士とRPG-7(対戦車ロケット砲)を

担いだパルコ帽にティーボックは怒鳴りつける。


「オイ。軍曹“メッシャー”!!オメエ等の頭ん中は毎日パレードかぁ?前方に隊長様がいるのに、その上を銃弾、飛ばすは、ロケット飛ばすわ・・殺す気か!?アアん?」


怒り狂った声にメッシャーは


「マッラー(メッシャーの常用語)」


と短く悲しそうに答え(多分、謝ったと思う?)

ハゲ頭の軍曹は待ってましたとばかりに口火を切る。


「何が殺す気ですかィ?だいたいどこぞの馬鹿が敵と味方の真ん中に飛び出るんですか?おかげでこっちは、1発も撃てずにマジ!!アブねえ状況だったんだすぜ?


少しは部下の事も気にしてください。アンタとはリベリア以来の付き合いですが、

いい加減に勘弁してもらいてぇですなぁ!!」


「何ィィィ!!テメぇこそ下手クソな射撃晒しやがって、ヤロうってのか?アアん」

「オモシレぇ。いっちょヤリますかィ?実弾で!!」


「マッラァァァ」


「メッシゃーは黙ってろ!!」


一触即発寸前の2人の間に、息を切らして走ってきた1人の若い女兵士が報告する。


「中尉!!敵掃討を確認。味方の被害0、されど敵側に負傷者3、簡易手当てを実行しました!!」


明るく、はつらつとした声についついティーボックも怒りを忘れ、語句を緩めて返答する。


「了解だぁぁぁ“メディコ准尉”しかし敵の負傷者なんて、ほっといてもいいんじゃねぇのかぁ?」


その言葉にメディコ准尉は掛けたメガネを蒸気させ、おさげの髪をぶんぶん振り回して怒る。


「お言葉ですが中尉!!怪我をしている人に敵も味方も人間も異端者もありません。自分の目の前にいたら誰であろうと助ける。それが私達、衛生兵の役目です!!」


その迫力に軍曹もティーボックもタジタジとなる。若干17歳にしてなんという迫力だろうか?


「わかった!わかった!オッサンが悪かったぁぁ、ハハハ。」


どうやら歴戦の狂戦士も彼女の前では、只のオッサンである事を、かなり不覚にも証明してしまったようだ。


「わかればいいんです。」


メディコがニッコリと笑う。全く、何故“狂気の大隊”の女性陣は

こんなのばっかなのだろうか?


ふいに聞こえてきた爆音に全員が身を固くする。遥か上空を大型輸送ヘリが飛んでいた。


「ハインド!!」


メッシャーが中米時代に戦った、旧ソ連製ヘリの名を上げるがハインドではない。

暗色迷彩を施しているため、よくわからないが、攻撃ヘリではない。なぜなら、いくつもの黒い物体が、後部から降下しているのが見えたからだ。


「パラコーン(空挺部隊)か?どこの連中だ?」


ティーボックの独り事に軍曹が双眼鏡を覗きながら答える。


「中尉、ヤバイですぜ。」


「あぁぁ?」


緊張を含んだ軍曹の声にティーボックは目をむく。メッシャーが無言でRPGの弾頭調整を始める。


「何がヤバイんだぁ?軍曹。」


双眼鏡を引ったくり、覗き込む。ティーボックの目に、遥か上空をパラシュート無しで降下してくるイカれたメイド姿の集団が映った。呆気にとられるティーボックの耳に軍曹の声が入ってくる。


「本局傘下、地上協会特別執行隊、通称‘’カナリヤ“全員、薬物及び遺伝子操作で常人の3倍以上の戦闘能力、何故か、全員女性、本局の連中が異端者共を潰すために作った、か・な・り・ヤ・バ・い・禁じ手でさぁ。」


なるほど、確かに女性だ。しかも飛びっきりの美女ときた。だが何故


「何でメイド服なんだぁ?」


「そ・・そりゃぁ何つうか、し・・仕様なんじゃないすかぁ?どっちにしろ俺はドキドキでさぁ。へへヘヘ」


ティーボックは無言で軍曹を殴る。そして隣に来たメディコに話しかける。


「奴らが降下しようとしている場所には、何がある?准尉ィィ。」


メディコは不安を隠し切れない様子で言う。


「確かあそこには副長のロメオ隊が展開中の筈です。」


「本隊狙いかぁ~。そりゃ、ちょいとマズイなぁぁ」


言いながら軍曹の方を見る。視線に気づいた軍曹はもの凄い形相で首をふる。その反応に満足したティーボックはメディコに向き直り、他の隊員にも聞こえるように大声で言う。


「准尉、今からオメエがこの隊の指揮官だ。残りの連中、引き連れて副長に合流しろォォォ。俺とメッシャーと軍曹は残る。な~にチョイとしたヤボ用だぁぁぁ」


メッシャーは当然の如く頷き、軍曹はため息ついてうな垂れる。


「しかし、中尉・・」


途中まで出掛かったメディコの言葉をティーボックが指で止めた。


「安心しろォォ。本気でガチあうつもりはねぇ。ちょっと脅かしてくるだけだ。なぁぁ!軍曹!?」


「・・・オウよ・・」


やる気のない軍曹に再びティーボックの鉄拳制裁。衝撃で吹き飛ぶ軍曹を尻目に、

ティーボックはメディコにいつにもない真剣な調子で言う。


「なぁ。准尉ぃ、オメエさんは俺らが、くたばっちまうと思ってんだろうが、心配はいらねえ。俺達はクラガリだ。仲間かばって死ぬなんて、そんなカッコいい死に様、用意されてる訳がねぇぇ。死ぬ時は、臓物詰まったクソだめの中さぁぁ。だから安心して行け。」


メディコはしばらく黙り込み、決心したように表情を改め、集合してきた隊員達に宣言した。


「みなさん、私達はこれから副長の隊に合流して支援します。殿はティーボック中尉以下

2名がつとめます。それでは撤収を開始します。」


何人かの兵士がティーボックの方を見る。そして全てを理解したと言うように無言の敬礼を送り、各々の銃を携え、足早に走り去っていく。ティーボック達はそれに軽く右手を上げて答えた。最後にメディコがこちらを向き、おさげをキチッと整え、敬礼しながら


「合流地点(ランデブーポイント)で会いましょう。中尉!!」


と叫んで暗闇に消えていった…

 

「結局、最後はこうなるんだよなぁぁ。」


一人ぼやきながら軍曹はどこからか運んできたアタッシュケースの蓋を開ける。中には黒光りする軽機関銃MP-5A2とUZIが収められていた。


彼は慣れた手つきでケースから取りだし両手に持つと、AK‐47とRPGを両手に携えたメッシャーの隣に並んだ。既に軍曹が準備を始める数分前にティーボックが降下してくるメイドさん達に一撃を放ち、注意を引いていた。


「逝く準備はできたかぁぁ?クソッタレ共?」


注射器のような形をした大型散弾銃ジャックハンマーとスパスを両手に持ったティーボックが吠える。すかさず軍曹が答える。


「今日、好きなアニメの最終回なんですがね・・・」


「却下だぁぁぁ」


「マッラァァァ」


いつものやりとりだ。数年前から全く変わってない。ティーボックと軍曹は元々、異端者側の出身ではない。長い戦いを経て、狂犬の配下となった。


命知らずの突撃屋と不死身の狂創家、史上最悪の部隊の設立、それ自体に後悔はない。

軍曹も戦いが嫌いではないからだ。だけど、相手は女の子、それも軍曹の大好きな恰好や装備をしている可愛い子ちゃん…勿論、隣のティーボックはそんな事は考えてないだろう。

本当に勿体ねぇ…


そんなことを思っているうちに降下するメイド達の先見部隊が見えてきた。よくみれば全員パラシュートをつけていない。

整った顔と口元に静かな笑みを浮かべるその姿は、黙示録の天使ガチ萌え版だ。


「きやがったかァ!クソアマ共がァ」


吠えるティーボックには、恐らく彼女らが獲物にしか見えないのだろう。もったいない。軍曹はため息をつきながら両手に持った短機関銃を前に突き出すように構える。


横を見ればメッシャーもティーボックも同じことをしていた。戦術において防衛に徹する場合の簡単な方法は、ひたすら弾丸をバラ撒き、そこから動かない。


つまりトーチカ(対戦車壕)の役割をすればいいのだ。もっともそれは身を守る物、

トーチカがあればの話で、丸腰ではない。当然のことながら軍曹達はそんなものはない。

とゆうか守りを考えてない。メイド達が地面に降りたのを見てティーボックが吠える。


「野郎どもパーチィの時間だァァ!」


ティーボックのジャックハンマーが不気味な機械音を発しながらスラッグ弾をばら撒く。軍曹は苦笑いとも泣き顔とも言えない表情でそれに続いた…

 



自分の周りにはいつも敵がいる。冷たい空間の中で狂犬は回想していく。

エルサレムではヒゲボーボーの髪の長い白人を殺したら、それから現在にいたるまで彼の信者と数百年も戦うハメになった。


中東で助けた若者は自分のことを神と崇めてくれたっていうのに。そういえば、

あのチビのフランス人もポマードゲルマン野郎も最初は仲良くしてくれたが、


最後は敵になった。人外の連中もそうだ。真っ黒動物博士も永遠の女騎士も世界作れる少女も最近あった白い管理局の魔女もみんな、みんな敵になった。そうして今も戦っている。あのロリ騎士嬢ちゃんと成仏したくれたかな?だけど今回は、今回は…


「違うんだよな…」


崩れた橋の下で呟いた。生臭い川の水が体中に染み込んでくる。このままだと沈んでしまう。だがそれで彼が死ぬということは無い。彼は死なない。いや死ねない。なぜ死ねないのか、自身でもわからない。とにかくそうなってるのだ。思い当たる要因があるとしたら…


「あのクソアマ…」


声にだしたところで仕方がない。あれも、もういない。いたところで喧嘩になるだけだが…そんなことはどうでもいい。狂犬は立ち上がった。冷たい風が体を刺す。彼は気にしない。自分にはやるべきことがある。そのためには手段を選ばない。仲間が何人死のうが構わない。


みな、それを覚悟した上でついてきてくれる。いい仲間といい世界がきたものだ。

ふいに濡れネズミの彼の髪が振動する。インカムが鳴っているのだ。軽く押してやると

ノイズ交じりの声が聞こえてきた。


「こちら…ハーヴェー1、隊長大丈夫っすか?」


先程の砲撃を行ってくれた、元アフリカ機械化師団団長“リョウ・S・バルク”少佐からだ。彼は民族浄化と奴隷制を復活させたアフリカ某国をたった3台の戦闘車両で崩壊させた。


それに文句をつけた統合軍(国連を統合政府と変えた全世界連合軍)を壊滅させ、世界中に売り飛ばされようとしていた子供達を救った。


国連の怒りをかい、お尋ね者となった彼は、数名の部下と数百人の子供をひきつれ

“狂気の大隊”に合流した。顔合わせの初日、狂犬はバルクに「お前はバカか?」と尋ねた。彼は平然と答えた。


「この世界が肌の色が違うってだけで殺す奴らと、ガキでしか抜けないっていう変態どもの常識で、できてるなら俺はバカってことですかね?」


この答えに狂犬は満足した。あの時から全く変わらない声に笑いながら言葉を返す。


「こっちは問題ねえ。他の奴らはどうした?」


「隊長と一緒だった連中は全員、本隊に合流させました。そっちのほうが動きやすいでしょ?副長達も派手に暴れて囮やってくれるみたいだし、隊長は目的地に進んでください。

ケツは俺の74式がカバーしますから。」


全く手回しの早い男だ。あの砲撃の精度といい、的確な指示も毎回舌を巻く。


「まったくもって助かるぜ。了解だ。ケツは任せた。」


「了解。」


という軽快な返礼と共に通信は切れた。狂犬は川から出ようと動きだし、突然上がった水柱に足をとられた。派手にずっこけながらも懐からコルト45口径拳銃を引き抜き、


高々と掲げる。刹那、その腕に細い光が走り、肉の焦げるいやな匂いが立ちこめた。

ちぎれた腕の痛みに顔をしかめながら狂犬は呟く。


「レーザー兵器はこの世界じゃまだ実用的じゃないぜ。T-90シリーズか?」


その質問に答えるように、暗い川に一人の男がひっそりと現れた。


黒いコートの形状から分かる筋肉質の体にギリシャ彫刻のように整った白人男性の顔。

しかし、左腕部分から突き出した銀色の筒のようなものがこの人物を人外のものということを証明していた。あれは魔術で作られたモノではない。


魔法の存在を認めた、政府、科学陣営が作り上げた人造人間、つまりサイボーグだ。


「正確に言えば私はT-98だ。」


抑揚のない沈んだ声で答える。


「チッ、反機械同盟の野郎共、また力を貸してやらねぇといけねぇか?だいたいなんでテメーらが管理局につく?関係ねぇだろうが。」


「人間に味方をする訳ではない。A2I(統治型人工知能)がそれを望んだ。

狂犬、お前の抹殺を。」


言いながらT-98が構える。その顔に鈍い衝撃と共に何かがぶつかった。

彼がそれを40ミリグレネード弾と認識した瞬間、それは爆発した。


「へッ!そんなこと聞いて黙ってやられるかよ。馬鹿が。」


吐きすてながら狂犬はM79グレネードランチャーを投げ捨てた。ちぎれた腕は既に元に戻っていた。まるで手品師のように武器を出せるのは、魔法陣営の連中からくすねたマントが役に立っている。


スタンプを押したものなら手元になくとも召喚(?)が可能のマント、常に武器庫を持ち歩いているようなものだ。


しかし喜ぶのもつかの間再び攻撃が開始される。いくすじもの光線をよけながら狂犬は

川原にたどり着き、砂利を跳ね上げながら進んでくる半壊したT-98を見た。


40ミリ弾をくらった顔の皮はすっかり剥げ落ち、中の機械の部分がほとんど見えてしまっている。赤く光る機械の目が、ただ1点の目標、狂犬を目指している。


「おい、無理しすぎだぞ。オッサン何か心配になってき…。」


言い終わる前に狂犬の胸に赤い血だまりと焼けるような痛みが広がった。T-98の放った攻撃が直撃した結果だった。


「お前を殺す…お前を…オマエヲ…」


イカれた天気予報師みたいな声で突き進んでくるT-890に血混じりのツバを吐きかけながら吠える。


「あ、そう!?あ、そうっすかい?このクソマニュアルコンピューターがァ!!

もういい、もうええわい。ぐしゃぐしゃに…」


憤る彼の視界に半壊したT-98の後ろから新たに数十体のT-98が現れるのが映った…

 



「戻りましょう。班長!」


若い部下の声が横から聞こえる。“狂気の大隊”所属、福原有吉(ふくはらありよし)は

黙々とハンビーのハンドルを操作しながら答える。


「駄目だ。」


彼らは先程、狂犬と共に転生騎士と交戦し、全滅しかけた部隊だ。意識が戻った時、


そこに狂犬の姿はなく、戦車隊(といっても1台きりだが)のバルク少佐からの通信で新たな命令が下された。“残存戦力をまとめ副長のロメオ隊に合流せよ”


この命令の意味するところは明らかだ。自分達は戦力にならない。

だから後は対応できる部隊(ティーボックやもろもろの連中)に任せて火消しに徹しろ。

そうゆう事なのだ。


「確かに俺たちはこの手の戦闘に向いてないかもしれない。でも伊達に、ミディアンだらけの魔都や、人外魔境の戦線を生き残ってきたわけじゃないっすよ。こんな命令無視するべきです!だいたい悔しくないんすか?班長は!」


くやしい?若い兵士の言葉に福原は車を止めた。後方にいた2台のハンビーもそれに習う。部下の言葉は続く。


「そうっすよ!弾だってあるし、この隊の14名は誰も死んじゃいねえ。戦えますよ!俺たちは。狂犬…隊長のもとに戻りましょう。戦うべきです。」


“戦うか…”福原はその言葉に冷め切っている自分に気づく。自分が東洋人だからか?いやそうではない。彼の頬に刻まれた傷、深い皺は戦場でつちかってきたものだ。


(まだ40代にもなっていないのに隊の娘たちに「おじいちゃん」と呼ばれたのはさすがにこたえた。)別に戦闘になれていないからではない。


ただ、何故だかわからないのだが、気がノラないのだ。

原因は恐らく、今回の自分達の敵についてだ…


 福原が戦う敵はいつも決まっていた。麻薬王、武器証人、独裁政権。何処かの大国のような偽善の正義を気取るつもりはないが、虐げられた人々の血を吸った金で、

さらなる利益と殺戮を繰り返す連中に我慢ができなかった。


そうして戦い続けて得たものは死んだ仲間のドックタグ(認識表)と救えなかった者達への後悔のみ…


狂犬に拾われたのはそんな時だ。冷戦が終わり、世界中で小さな火種が爆発し始めたころ、福原は狂犬に会った。ソ連製の空挺部隊使用のコートを羽織り、銃弾飛び交う南米の密林を踊るように進んできた彼は唖然とする福原に笑いながら言った。


「なァ、サムライボーヤ?俺に正義の戦い方を教えてくれないかィ?デイビーもゲバラも結局教わる前に死んじまったもんでな。」


その言葉に多少、疑問を覚えつつも、狂犬と行動を共にした。何かよくわからないが

彼に惹かれるものがあった。気づけば、この男の回りに仲間が集まり、


そして“狂気の大隊”などと呼ばれるようになった。このことに後悔はない。

むしろ昔と違う達成感もあった。しかし、今回は…鈍い衝撃と共にハンビーの動きが止まり、福原は前につんのめった。


痛むまぶたをおさえながら前を見る。窓ガラスに銀色の糸のようなものが張り付いているのが見てとれた。それについて考える前に向こうから正体が現れた。


ハンビーのライトに照らされた暗闇に4、5メートルもあろうかという巨大な蜘蛛のようなものが映る。装飾が施された体に銀色の手足、生物というより機械的なものを感じさせた。


その巨体の隣に赤い髪の少女が立っている。ライトに浮かぶ不適な笑みに福原は心の中でため息をつく。


(また子供か…)


これこそが、今回の作戦で最も気がノラない部分であった。先程の戦闘、狂犬に襲いかかる子供姿の転生騎士を見た時、福原は銃口が震えるのを感じた。


彼が撃てないもの、それは子供だ。どんな戦場、どんな酷い作戦でも福原は任務を完遂してきた。だが、子供は駄目だ。どうしても撃つことができない。何か特別な理由があるわけでない。


本能的に駄目なのだろう。いや、常識的に考えて、子供を撃つ事に躊躇いを感じない兵士、人間がいるだろうか?


それが今回の作戦はやたらと子供が敵になるパターンが多い。

さらに最悪なことに敵は女性が中心ときた…


 考える福原を起こすように目の前のガラスに部下が叩きつけられる。どうやら彼が躊躇している間に部下達が勝手に行動を起こしたらしい。


(とうとう部下にさえ見捨てられたか。落ちたもんだ…)


「おじさんさぁ~、そろそろ出てきてくんない?残ってるのおじさんだけだよ~?」


バカにしたような少女の声が響く。見れば彼女は前方の車両に仁王立ちで立っている。

気の強そうな顔をしているが、見たところ、なかなか整った顔立ちをしている。


今夜は本当に戦場に似合わない者が多すぎだ。夜風で、少女の履いているスカートが少しめくれたときは頭が痛くなりそうだった。


そろそろ自分も覚悟を決めるか。幸い部下は死んでない。何か適当に応戦して、気絶してしまおう。そうすれば楽になる。恐らく作戦は成功するだろう。


自分達がやらなくても、誰かがやるに違いない。


彼らは狂気の大隊だ。化物は化物に任せればいい。味方に対し、酷いかもしれないが、

事実は事実だ。


(…こんなもんじゃねぇだろう?)


ふいに響いた声に福原は辺りを見渡す。誰もいない。誰だ?焦る自分にまた声が響く。


(こんなもんじゃないだろう?お前が狂犬と共に戦ってきたのはこんな情けない妥協のためじゃないだろう。違うかぃ?)


ここまで来て、その声が自身の中から聞こえていることに改めて気付く。

どうやら長く狂気の大隊に居すぎたようだ。


こんな声が聞こえるとは、そろそろ引退しようか。そう考える福原をあざ笑うかのように声が響く。


(お前は妥協ばっかを繰り返す世界が嫌で、こっちに来たんだろう?それがどうだ?

今じゃお前が、その妥協する、日和見クソ野郎じゃぁねえか?違うか?)


「黙れ。」


目の前に敵がいる状況だが、それすらも気にならない。頭を抱える彼に、

追いうちをかけるように、


声は続く。


(黙らねぇよ?お前はまた逃げるんだ。国にいた時だって、そうだ。変わらない社会に

失望して、戦場に逃げて、今度はガキが撃てねぇなんてくだらない理由で逃げる気だ。

逃げてばっかのお前は何だ?何のために戦ってる?結局は理想も主義も無い只の

ゴロツキか?お前は。)


「黙れっ!!」


ひときわ大きい声で福原は吠えた。目の前で、さっきの少女が何か喚いている。もうたくさんだ。福原はシートに立てかけてあったAK‐47アサルトライフルを手にとる。


弾倉には一発も撃ってない7.62ミリ弾がタップリ詰まっている。窓越しに福原の行動が読めたらしい。少女は後方に飛び去る。


入れ替わりで、例の巨大な蜘蛛が福原に迫る。攻撃は福原の方が早い。腰だめにAKを構えると、ガラスごしに射撃を開始した。ガラスと鉄の弾ける音が響く。だが、怪物は銃弾の雨を一向に気にする様子もない。


やはり、通常の小銃弾では魔のモノに傷一つつけられない。そんな事はわかっている。

蜘蛛は一瞬も怯まずに、その鋭い足を車内に滑り込ませてくる。


福原はそれを間一髪でかわし、そのまま器用に車外から脱出した。先程から片手で抑え続けたM67手榴弾を車内に放り込む。元々、安全ピンを抜いておいたため、手榴弾は1秒で爆発する。ハンビーは蜘蛛を乗せたまま炎に包まれた。車両の爆発で体半分に殴られたような衝撃を受けながらも、福原は次の行動を開始する。あの程度の攻撃ではまだ駄目だ。


新たに手にした手榴弾を2個、3個と火の中に投げ入れる。続けての爆発に合わせて、半壊した蜘蛛が飛び出してきた。


攻撃を緩めてはいけない。敵の死亡を確認するまで攻撃し続ける。それこそが完全制圧というものだ。移動を続け、後方の車両に飛び乗る。


車両上部にはM2重機関銃が取り付けてある事がわかっていた。12.7ミリの大口径機関銃弾ならば、あの硬い装甲にも通用する。


ましてや、敵は半壊、いける。そう考える福原の横を銀色の糸が通り過ぎる。糸はM2の

砲身に巻きつき、使用不能にした。


「させないよ。」


先程とはだいぶ違う、余裕を無くした少女が立ちはだかる。


だが、福原にとって、これこそが唯一待っていたものだった。人形を倒したところで意味はない。真に狙うべきはマスターだ。


(やはり、まだ若いな。戦闘のリズムを理解していない。)


懐からスモークグレネード(煙幕榴弾)を地面に放る。立ち込めた煙は周りの視界を

ゼロにしていく。これなら、蜘蛛と少女を分断できる筈だ。


同じ事が福原にも言えるが、彼にはわかる。敵の位置、匂い、行動が。

彼の主戦場はジャングルだった。緑という、視界が常に悪い天然の要塞の中では感覚だけが便りになる。


この程度の霧で戦闘に支障はない。彼は静かに少女に歩み寄っていく。

向こうはまだ気付いていない。その首筋に正確な手刃を叩き込む。


一瞬、こちらを振り向いた少女が驚愕の表情を浮かべ、そのまま倒れた。

それに合わせて蜘蛛も、姿が薄くなり、ゆっくりと消えていく。福原はゆっくりと銃口を

下げる。どうやら勝ったようだ。


まだ冷めぬ霧の中から先程、彼を罵った部下達が走ってくる。隣についた一人が息を切らしながら、自身にまくし立てた。


「隊長、やりましたね。これで確信が持てました。俺たちはまだやれますよ。だから戻りましょう。狂の大将を救いに行きましょう。」


「それはいいんだけど…」


「ハっ?」


「大丈夫かなこの子…ちょっと強く殴りすぎたかもしれない。手加減とか、わからないから、どうしよう?」


「いえ、大丈夫です。そんなことじゃ死にませんから。」


「でも、やっぱり病院とかに。」


「大丈夫です!!!」…

 



「オオオオオオオッ!!」


激しく吠えながら狂犬はPPK軽機関銃を乱射する。暗い川原が昼のように明るくなり、

無数の銀色のボディが浮かびあがる。サイボーグ達は、ある者は弾に当たり、

ある者はレーザーによる反撃を行ってくる。狂犬の腕が吹き飛ぶ。再生が間に合わない。


数が多すぎる。


「アタッティング、AT‐4!!」


PPKを捨てた狂犬は叫びながらマントの中からAT‐4対戦車砲を取り出し、

間髪いれず発射する。轟音と共に発射されたミサイルが数メートル先の地面に着弾し、


破片と爆発の衝撃波で多くのT-98が吹き飛ぶ。


「よし!」


片腕だけのガッツポーズを組む狂犬に複数のバイク音が聞こえてくる。

今度は何だ?残存しているT‐98が次々と蹴散らせていく。


彼の足元にT‐98の首が転がった。


「赤いマフラーにドクロのヘルメット…地獄強制連行部隊…噂に聞く、

ヘルライダー軍団か?あの世の連中まで出張ってくるとは、

今日は本当に何でもありの夜だな。」


河原に並んだ13人の死神ライダー達は無言で狂犬を取り囲み、一斉に攻撃を開始する。繰り出される鎌をうまくかわしながら、


腰のホルスターから2つずつ、破砕手榴弾を抜きとり、ピンを抜く。至近距離で起きた爆発に何人かのライダーと自身の体が吹き飛ぶ。そのまま川原に叩きつけられた狂犬を素早く残りの敵が囲む。いくつものドクロ面が自分を見下ろす。足、腕の感覚がない。


「あーっ、くそっ!ここまでかぁ。」


だるくなった。今までかなり戦ったが、今日の戦闘ほど厄介なのは久しぶりだ。それだけ、自分の奪った物“world☆maker”は重要なものなのだろう。


おそらく、この先にも倍以上の刺客が用意されているだろう。自分は頑張った。もうそろそろ寝よう。うん、そうし…ピリリリリ…耳障りな通信が入る。


「もしもし?」


「諦めようって、またフザケタ事を考えてるなら、その再生可能な頭を吹き飛ばしますよ。」


とても冷たいハスキーな声が響く。


「“副長”か?」


「その位置から動かないで下さい。掃射を開始します。」


冷静な通信とともに河原が一気に明るくなる。


それに振り返ったライダー達の体が気の抜けたような軽い音と共に飛来するゴム毬のような榴弾に弾け飛ぶ。素早い動きでそれを躱す者もいたが、その後を

超高速の電磁砲弾が確実に始末していく。


副長率いるロメオ隊の支援が間に合ったのだ。更に遠方から発射されたバルクの戦車砲弾が地面に炸裂し、敵を蹴散らしていく。全くナイスとしか言いようのないタイミングだ。


「土手を上がって後100メートル、流されてきた偶然とはいえ、もう目標まで後僅か、

簡単に諦めるなんて毎度の事とはいえ、部下に示しがつきませんよ。残りの敵は任せて下さい。露払いはお任せを。」


大型の榴弾砲を構えた冷徹キレ顔美少女の副長が河原に立って叫ぶ。その後に続く、最新鋭の電磁砲を携えた彼の部下達の姿に、狂犬は奮い立つ。


「すまん、後を頼む!」


「お早めに」


河原の向こう岸から新たな敵が姿を見せ始める。それに対する大隊の兵士達の銃が、火を吹く。連続した銃撃に合わせるように敵側からも魔法による光弾や銃弾などの応戦で

河原が轟音と光で彩られる。


まるで地獄の回廊ばりの道を狂犬は走る。味方の兵士から激励の言葉が飛び交う。

それらすべてを背負い、狂犬は進む。土手の階段を一気に駆け上がる。


急に開ける視界に飛び出た彼の前に、トレンチコートを着た巨漢が立ちふさがった。

土気色の無表情と鈍重な外観とは比較にならない程のスピードで拳の一撃が繰り出される。


回避が間に合わない。身構える自身の、横の土手を滑るようにハンビーが突進してくる。

スピードを落とす事なく彼を襲った“人造ゴーレム”を巻き込み、

河原に突っ込む車両から間一髪といった感じで福原が飛び降りた。


「隊長!伏せて」


福原が叫ぶのとハンビーが爆発するのが同時だった。破片を避け、立ち上がる狂犬に福原と彼の部下達が集まる。


「後は我々にお任せを!任務を存分にお果たし下さい。」


その言葉に狂犬は固く敬礼を返し、目標となる町へ向かって土手を勢いよく滑り降りた…


 

 「奴等は一体何なのだ?」


次々と報告が映し出されるモニターをにらみ、苛立ちを隠しきれない様子で

“管理局の指揮官”は吠える。ここは統合政府傘下、管理局の緊急対策室だ。


次々と上がってくる“狂気の大隊”の移動情報や、対抗勢力の配置指揮、町の様子など

最新の動きから今後の対応までの全てをここ一室で取り仕切っている。


もちろん、その場所は管理局の中でも最重要の機密と厳重な警備体制に守られて運営されている。自身に話がくる前に先手を打つ形で、モニター前に座った分析官が

素早く最新の現状を読み上げた。


「現在、当該市におけます“狂気の大隊”との交戦状況は、投入した特殊作戦群、ほぼ全滅。“カナリヤ”は現在もまだ交戦中との事です。さらに“world☆maker”の恩恵に


預かろうと目論む無登録の異端勢力や特殊能力者の一団が町に侵入し、戦闘に拍車をかけている状態です。幸いな事に、こちらが張った結界の影響で市民のほとんどは何が起こっているのか知りもせず、過ごせているようです。」


「市民の安全確保は唯一良いニュースだな。こちらも好きなようにやれる。だが、不味いぞ?これだけの勢力が一つの町に集う事になれば、後始末も考えなければいかんぞ?

だいたい、その“world☆maker”の恩恵とは何なのだ?」


「どんな願いでも叶える事ができるんですよ?あれは、いや~申し訳ない。」


この室内に、かなり場違いといえる声が響く。局員全員の視線が入口に集まる。いつの間に入ってきたのか?小洒落たスーツをパリッと着こなし、全体的にとても“軽い”という印象を発しまくる東洋人の男性が立っていた。


「君は何者だ。ここにどうやって入った?」


指揮官の声に、男はおどけたように肩を竦め、答える。


「これは失礼、名乗りもせずに“柴崎(しばざき)”と言います。今はその呼び名で結構。状況によっては、それも変わります。」


この男は射殺命令を出しても動じる事はないだろうな…そんな印象を受ける男に、いや

意識して、発しているであろう男に指揮官はそれ以上の追及をやめた。


数々の魔術師、異能者と会ってきた彼にとって、目の前の男が脅威になるかどうかはすぐにわかる。今のところ、外の局員が皆殺しにされた様子はない。最も、

(そういう意識を植え付けられているだけかもしれないが)


極秘であるこの場所に侵入し、厳重な警備を難なく突破する事が出来たのだ。誰も殺さずに。男が異能者なのは当たり前だが、今はそれよりも…


「先程の話、詳しく頼む。願いを叶えるという部分だ。」


「はいはい、ようはですね。この世界が始まったとき、創造主達は自分たちの力の残留物をいくつか残しました。それらは悪用される事のないよう、様々なものに姿、形を変え、

存在していった訳ですが…


もちろんいざって時はその能力を発動する事も可能な訳なんですがね。その中でも特に秀でた遺物の一つ。スーパーレアなのがworld☆makerなんですよ。


☆はいらないと思いますがね。効果としては簡単、対象の願い事を叶える事です。どんな願い事でもOKですよ。ただ、一つ問題。これがウチの上司も危惧している内容なんですけどね?」


指揮官は彼の上司という部分には言及せず、先を促す。この男の胡散臭さも拍車がかかって怪しいが、正直、直接現場指揮をとる自分達に目標の事が何も知らされてない状態がいつもと言えばいつもで納得していたが(管理局の上層部は魔術、軍事、人外といった様々な勢力のトップが管理をしている。)今回のような事態なら、全てを把握しておきたい。


指揮官の立場を察してか、それともそれ込みで、ここにきているのか?柴崎は飄々とした様子を崩さずに話を続ける。


「はいはい、問題ってのはですね。要は願いを叶えるって事ですはね。その人の理想を叶える訳ですから、相当な無理な事、例えば大金持ちとかならまだしも、自分に力を授けたい。


大切な人の命を助けたいなど、世の中ひっくり返さないと無理なくらいの願いもある訳ですよ。そういったものを叶えるためには、手っ取り早く世界を作り治した方が


だいぶ早いって訳です。たった少しの改変でね?


人の命なら、その人の命が生まれる前の情報を書き換えるだけです。後はいつもの構成手順で世界を構築。恐らく次の日には元通りの世界が広がってるでしょう。


我々はその変化に気づけないですけどね。リセットされた事も、一人の人間が死なない事にも気づけないままでね。いつも通りの朝を迎える。


そこ、それこそが問題なんです。だってそうでしょう?たった一人のわがままのために、

何度も世界が作り替えられるんですよ?創造主しか許されない所業を思うが儘に使って…


しかも、それを我々は意識する事もできない。不公平じゃないですか?

私の上司もそこを恐れているんですよ?いやぁ、真に申し訳ない。」


柴崎の話からおおよその事態を把握できてきた。だが、そうなってくると、この男の上司は…


「君の上司は“神”という事か?」


「さる高位に位置するお方、それだけしか言えませんね。いやぁ、申し訳ない。」


妙なふくみを持ってはぐらかす柴崎はそのまま音もなく操作盤に近づく。局員ですらセキリュティレベルの高い端末を苦も無く動かし、お目当てのデータを出していく。


「貴方達が戦っている“狂気の大隊”は様々な勢力、いくつもの世界で戦ってきた連中です。あらゆる終焉、あらゆる奇蹟を目にしてきた彼らはどんな状況にも望む事が出来ます。

掃討するのはとても難儀です。ですが、何も出来ないという訳ではないんですよ。」


喋る彼から差し出された指は2本、指揮官は本題に入る空気を感じとる。


「2つ条件を出します。現在、町に侵入した彼らの隊長“狂犬”は我々が始末します。

ですから、少しお願いをね?いやぁ~申し訳ない。」


微笑む柴崎の顔に静かな凄みが走った…


 

 「誰か小銭は持ってるか?」


街燈が消えた通りで唯一明かりのついた公衆電話にもたれ、狂犬は辺りに叫ぶ。町へ侵入した彼が“目的地”へ着く前にどうしても必要な事だった。


武器以外、携行していない狂犬にとっては、それが、たとえ敵であっても電話をかける金をもらえればどうでもいい。どのみち一般人は出歩く事のないイカれた夜だ。誰か答えてくれるといいが…


彼の問いに答えるように、何かを指で弾く音が響き、足元に1枚の硬貨が転がってくる。

それを黙って見つめる狂犬に暗闇から声が響く。


「表か…お前は運がいい。好きに使え。」


気取った靴音が徐々に遠のいてく。相手に戦う意思はないようだ。気まぐれな殺人鬼か?それとも、このコインに何か仕掛けが?いや今はいい。考えるのは後だ。


訝しみながらも硬貨を拾い上げ、扉を開け、受話器を取る。素早く金を差し込み、頭で記憶した番号にかけた。数回のコールの後、病院の受付が繋がる。手早く要件を伝え、お目当ての相手を待った。


「もしもし…」


走ってきたのか、息を整えつつの応答がある。それでも本来の可愛らしい感じは変わらない。

狂犬は思わず笑みをこぼす。


「俺だ。お嬢さん。妹ちゃんの容態はどうだい?」


電話の向こうで息を吞む声が聞こえる。よかった…覚えていてくれた。


「約束の物を手に入れてきた。そちらさんのいる病院まで後、200メートルってところだ。」


「きょうさん?きょうさんなんですか?手に入れたってまさか…」


「時間がない。切るよ。待っていてくれ」


少女の返答を待たずに電話を切る。長い会話は苦手だ。特に彼女達とは…


「住んでる世界が違いすぎるんだよな…」


だが、それが彼には救いだった。ボロボロの傷で転がる自分に声をかけてくれた二人の少女、墜落する輸送機、落ちた場所は深い山の中。


追手は全て蹴散らしたが、動けない彼にハイキングで、たまたま通りかかった彼女達は

手当てをしてくれた。絆創膏と包帯、医療知識もなく、つたない手つきで行うそれは治療と呼べるものでなかったかもしれない。


だが、異端者、化け物とひと目でわかる自分を怯えもせず助けてくれる、その心こそが大事だった。本当は恐かったに違いない。逃げようともしただろう。


それを踏みとどまった勇気、困っている人を助けるという崇高な精神に

彼は触れる事ができた。

「救いのない世界だと思っていたんだけどな…」


間違いだった。救いはあった。数秒で回復した彼は、先に山を下りた(狂犬達がそうさせた)彼女達にお礼を言うため、会いにいく事を決めた。


待ち合わせ先は病院、最悪の瞬間はいつも唐突に訪れる。姉妹の妹がかかっている病気は

現在の魔法、科学、それら全てを合わせても、治す事の出来ないものだと聞かされた。


彼の部隊にも医療の最先端を嗜む者がいる。だが、どれも答えは同じ。一人の医師は狂犬に諭すようにこう言った。


「狂犬、君が何故死なないのか?わからないのと同じとように、この世にはできない事があるんだ。その子を治す事は出来ない。例え、どれだけ文明が発達しようともね。

不可能は必ずある。」


馬鹿な道理もあったもんだ。自分のような畜生が死なない体だってのに、何であんな良い子が死ななきゃならない?


こいつばっかりは納得しようにもできるものじゃない。神は何をしてる?管理局の連中は?異能者や漫画みてぇな容姿の奴等が世界中を闊歩してるような時代にだぞ?


神だって例外じゃねぇ。思春期真っ最中のガキの家によくホームステイで転がり込んでくるだろうが!しかし、狂犬自身が叫んだところで何も変わらない事を一番よく知っている。


こんな事は何度だってあった。それを諦めないのが自分のやるべき事なのだろう。以前から“world☆maker”の存在は知っていた。


自分には手を出す必要のないものだったが、今はこれが唯一の希望だ。部隊を編制した彼は教会を襲撃し、それを奪った。


「この世は、いやあの子は救うに値する…」


走馬灯のように駆け巡った記憶は、嫌な予感によって中断された。受話器を置き、

電話ボックスを出る。


「お待ちしていました。」


鋼鉄の鎧に身を包んだ少女が微笑みを浮かべる。その笑みと同調するように

巨大な鉄の翼が彼女の後ろで広がった…


「おい、軍曹ぉぉぉ、このメイドさん達ゃぁ、結構できるぞ?」


F2000突撃銃を正にこちらに向けようとしている“カナリヤ”のメイドを両手でガッチリ抑えこんだティーボックが吠えた。メッシャーはグルカナイフを引き抜き、別のメイドと対峙している。


「羨ましいですね。中尉。ですが、そろそろヤバいです。弾がもうねぇ。」


敵の素早い動きに翻弄されつつも、逆にその移動先を予想し、弾丸をバラ撒く軍曹から悲鳴とも歓声ともつかぬ応答が返ってくる。


「だなぁ、おい?てか味方とか、戦況とかどうなってんだぁ?オイ、なぁ、メイドさん、何か知ってますかぃ?」


ティーボックが目玉をギョロギョロ動かし、自身がマウントを決めている少女に尋ねた。


「シ…シラナイ…」


「だよなぁ、そうだよなぁ。オイ、どうするぅ?どうするよ?軍曹。」


「いや、てかですね。中尉、首絞めてるですからね。

メイドさん喋れないんだと思いますよ?」


「おお、そうかぁ。すまん、すま~んだぞぉ。メイドさん」


ティーボックが気づいたというように拘束をとく。首を抑えていたメイドが苦しそうに

地面に手をつく。周りの敵も動きを止める。どうやらこの少女は指揮官、


いわばメイド長のようなものなのかもしれない。息を整え、

立ち上がる彼女にみなの視線が集中する。


「…コロス…」


こちらを睨み、静かに呟くメイド長、敵が活動を再開する。


「中尉…」


「軍曹ぉぉぉ、今は言い合いっこなしだ。オープンコンバットォォ」


「マッラアアァァ」


メッシャーの咆哮が戦闘再開の合図となった…


 

 空中に飛びあがった“装甲天使”(名称がよくわからなかったので、狂犬が勝手につけた。)に向けて、コートから出したM134バルカン機銃を連射する。航空機に搭載されるような

代物だ。


人間でない存在とて当たれば、それなりの損傷を受けるだろう。鈍い駆動音と共に発射される数百発の機銃弾が天使に直撃していく。


だが、彼女は背中の翼でそれを全て払い落としてしまう。鉄と鉄がぶつかり合う凄まじい金属音を気にする余裕はない。バルカン攻撃を継続しながら、距離を詰めた狂犬は、


機銃を捨て、飛び上がった。天使が翼を広げ、それを待ち構える。二人の体が抱き合うくらいの近さまでくる。その瞬間、狂犬はコートを勢いよく脱ぎ捨てる。

数千個の鉄球を爆発で前方に押し出すM18クレイモア地雷が全身に巻かれていた。


「抱きしめてな!因果の果てまでよっろしく~!」


手に握られた起爆剤を押す。爆発と数十万の鉄球が同時に天使に襲いかかる。勿論、狂犬にもダメージはあった。体の半分がささくれだったように吹き飛ぶ。


通常の人間なら死んでいるだろう。だが、彼は死なない。この程度の負傷は慣れっこだ。

敵が倒れるならそれでいい。焼け焦げた自分の匂いを気にしている暇はない。地面に転がりながら、爆炎を見る。


「マジかよ…」


先程と同じ姿勢で宙に浮かぶ装甲天使は相変わらず穏やかな笑顔で狂犬を見下ろしている。

動きを止める訳にはいかない。45口径自動拳銃を2丁素早く引き抜く。


拳銃弾を連射しつつ、次の手を考える。


(な、何か方法はねぇか?何か)


「ありませんよ?」


「困ったさんですねぇ~」


みたいな感じで苦笑+微笑みな天使が一本の“ヤドリギ”を出す。彼女が手をかざすと、

その木が槍に代わる。狂犬が反応する暇もなかった。


目にも止まらぬ速さで彼の前に立った天使はとても優しい笑顔を狂犬に向ける。


「貴方、いえ、この世界全て愛しています。だから、その世界のために、もう休んでいいですよ。お休みなさいです。狂犬。」


狂犬の体に今まで感じた事もない痛みが走る。それは何処か痛みを伴うも優しい感じの

するものだ。思考する暇もなかった。彼はその場に静かに崩れ落ちた…


 

「やりました。やりましたよ!ウチの天使ちゃんが!いやぁ、良かった。

ここまでセッティングした甲斐がありました。確かに“ミストルティンの槍”を


借りてくるのは苦労しました。畑違いですからね。でも借りれました。それも全ては貴方達のおかげ、あらゆる勢力を一つの世界に繋いでくれた統合政府、管理局のね。

いやぁ~申し訳ない。」


上機嫌の柴崎が指揮官に話かける。モニターには崩れ落ちる狂犬の姿が映し出されていた。


「天界の勢力まで出てくるとは、一体お前は何者なんだ?」


「ノーコメント!言ったでしょう?かといって天使さん達の勢力でもありませんからね?その点はお間違いなく。とにかくこれで約束は果たしました。これでこちらの条件を吞んでくれますね。まず一つ目は…」


「現在、戦闘中の“狂気の大隊”の撤退を見逃せという件だな?」


「グーッド、その通りでーす。いーですか?現在の世界は様々な勢力がひしめき合ってます。恐らく、今後もこのような世界を揺るがすような事件が何度も、下手すれば毎日のように起きる事でしょう。みな自身の力の捌け口がないからです。それをぶつける存在、必要悪として、彼らには存在してもらいます。我々の管理下においてね?そろそろ首輪をつけて飼い慣らす頃合いでしょう?あのワンちゃん達は。」


「そんな事ができるとは思えないが…」


「できますよ。指揮官さん、狂犬という唯一無二の存在が消えたんですから。抗う術はないんすよ。申し訳ない。」


「彼を殺せればの話ですね」


二人の会話に急に割り込む者がいる。二人が振り向いた先には最初の戦闘で狂犬に倒された転生騎士が立っている。


「無事だったのか?君の召喚者は?」


「話をしてきました。私はもうすぐ消えます。元々、無理のある召喚法ですから。その前にお伝えしたい事が…」


よろめくように進む彼女に局員達が付き添い、椅子に座らせる。

向かいに腰かけた指揮官は先を促す。


「話してくれ。」


「はい、手当を受けている際に、管理局の間者、失礼、諜報部と治る方が、

ここの局員と話をするのを聞いていました。今回の彼の目的は病気の少女を治すためのものだとか?」


転生騎士の言葉に指揮官は少なからず驚く。そんな報告は上がっていない。


いや、というよりも現場の方で、確かな情報でないと判断したのかもしれない。確かにこれほどの戦闘を起こした理由が一人の子を助けるためとは、


常識的に見て誰も考えられない。常識的に見ては…そんな彼の表情を察したのか、

いたわるような視線の少女再び口を開く。


「確かにそうです。信じられない話かもしれません。ですが、彼なら、あり得るかもしれません。そして、それが本当だとしたら、彼は目的を遂げるまで死ぬ事はあり得ません。」


「ちょっと失礼、いやぁ~、申し訳ない。」


柴崎が割り込んでくる。先程と変わらない軽薄な様子で転生騎士の前に指を1本出す。


「お話しされた情報なら、我々もつかんでいます。2番目のお願いもそれに関係している事なんですよ。ですが、それが何だというんです?


もしそれが本当だとしても狂犬が、神の力を持った攻撃を防ぎ切る事が出来るとは思えませんが?いやぁ~申し訳ない」


「あの怪物の意思の強さを言っていますか?あなたは肝心な事がわかっていない。」


「肝心な事…?」


柴崎の軽薄な姿勢に冷ややかな態度で少女は応じる。そしてお返しのように1本指を

突き出す。


「いいですか?狂犬は“world☆maker”を見つける事が出来たんですよ?神の残した遺物は、本来なら我々のような存在だって見つけられません。


いや、それがあることですら意識できないでしょう。何故なら、世界を改変できる能力など神にしか必要のないものですから。


そういう風にできてるんです。ですから見つける事のできた狂犬は最早…」


「神に等しい存在…」


柴崎が口癖を忘れる。室内全体に衝撃が走っていた。指揮官が何かを話そうと口を開く。その横で分析官が慌てたような声を上げる。


「みなさん、モニターを。狂犬が…」


続きが声にならない。全員が視線を戻したモニターには立ち上がる狂犬の姿が

映し出されていた…



 「おはようだぜぃ!!天使ちゃぁぁん!そして、アーマァァブレェェイク!」


咆哮を上げ、蘇った狂犬が装甲天使に素早い一撃を放つ。先程の動きより早い狂犬の攻撃に彼女は反応できない。装甲の一部が飴のように簡単に砕け飛ぶ。


「ええっ?その肌色露出は装甲の下はもしかして何も着けてない?ウオオォォォ!

サンキュゥゥゥ!バトルストリッパァァー!」


半分やけくそのようなテンションで攻撃を繰り返す狂犬。突き出す手刀の指は既に原型を留めていない。構わない。


このまま相手を倒せるのなら。装甲天使の両手が光を帯び、そのまま彼の頭を掴む。

先程の優しい痛みではない。脳みそに指を突っ込まれ、そこから、さらにかき回されたような激痛、いや“死”に匹敵する痛みが襲う。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオホホホホホオオオオオオオオ」


喉笛が焼き切れるような咆哮を上げ、狂犬は最後の一撃をゼロ距離で彼女に見舞う。


頭を覆っていた衝撃が和らいでいく。目の前で崩れ落ちていく半壊した天使の安否を気遣っている余裕はない。


彼は走りだす。目標まで後わずか。それを達するまで死ぬ事など許される訳もない。

見覚えのある病院の看板がうっすらと見えてくる。空がほんのり明るい。夜明けが近い。


病院で待つあの子達にとっては救いの夜明けだ。そして自身にとっても最後の朝日を

見る事ができるかもしれない。目的の病院の前に立つ。懐から光を放つ球体“world☆maker”を取り出した彼は、


頭の中で救うべき少女の顔を思い出し、空に向かって最後の咆哮を上げる。


「あの子を救えや!“world☆maker”」


光が、彼にしか見えない改変が巨大な渦を描き始める。そして世界が光に包まれた…


 

 「どうやら、終わったようですね。」


手にした自動拳銃を下げ、副長がつぶやく。先ほどまで激戦を繰り広げていた敵が塩を引くように朝の光と共に消えていく。


「フロムダスク・ティルドーン、日没から夜明けまで…ってところですか?」


74式戦車のキューポラから顔を覗かせ、バルクが応じる。その横で銃を下げた福原達も

戦闘形態を解いている。河原の上からにぎやかな、いや恐らく、かなり距離が離れているが、声量がでかすぎる声が聞こえてくる。


「オイ、軍曹ォォ、そんなにしょげ返るこたぁねえだろ?」


「一人くらい、一人くらいメイドさんお持ち帰りしとけばよかった…」


「馬鹿野郎ぉぉ、そんなこたぁしたらぁ、俺達みたいなフリークス面じゃぁ、犯罪者だぁぁ。おっ!あそこにメディコ達がいる。慰めてもらぇぇぇ!」


「マッラァァァ」


「メッシャーは黙ってろ!」


ティーボックと軍曹、そしてメッシャーの声を聞き、メディコ達、衛生兵が嬉しそうに走っていく。その様子を苦笑に近い表情で見送る副長は町の方に向き直る。


「後はウチの隊長さんですね。」…



 「嘘だろ?」


あり得ない結末が広がっていた。目の前の光景が信じられない…


彼が向かうべき病室には面会謝絶の看板がかかり、その間を忙しく人が走り回っている。

狂犬にというよりの、その異様な風体を警戒した看護師の一人が近寄ってくる。


「どうされました?ここは面会謝絶の病棟ですよ。」


「中の患者はどうしました?自分は、えーっと…、えっと、とにかく

その子に会いに来たんです。」


「先ほどお亡くなりになりました。」


「亡くなった…?…」


「ハイ」


何の感情も込めずに話す彼女に、普段の狂犬なら訝しむところだが、亡くなったという言葉に衝撃を隠せない。思わず体がよろめく。


そんな彼の様子を全く意に介さない看護師の言葉が続く。


「もし、ご親族の方という事でしたら、特別に面会を許可する事も出来ますが?」


「いえ、自分は…大丈夫です。その…家族ではないので…ありがとうございました。」


狂犬はふらつく体を何とか保ち、病棟を後にする。後ろで静かなふくみ笑いを聞いた気がするが、恐らく気のせいだろう。


一体、何を間違えた?“world☆maker”の効力は確かな筈だ。それなのに何故、


助けられなかった?俺のしてきた事はなんの意味もない事だったのか?なんといってあの子の姉に誤ればいい?いや、そもそも背を向けた自分にもう一度、戻って何かを告げる事など出来るのか?


…無理だ。合わす顔などない。そのまま病院の外に出た彼を、朝の空気と眩しい日の光が迎える。狂犬は崩れるように路上に座りこむ。体中に負った傷は原因ではない。


そんなものはとうに治っている。これだけの事をやって、結局“不可能”を変えられなかった自身に絶望したのだ。自分は、俺はこれからどうすればいい?


「前に進むんでしょう?」


自己問答を続ける狂犬に影が差す。見上げた彼の前に


「やれやれ」


といった感じの副長が立っていた…



 「目標は確認を諦めた模様、よほどショックだったんですかね。

先ほどの勢いは何処へやら、静かに去っていきました。」


「いやぁ~、申し訳ない。ありがとうございます。勿論、あなたの演技力もあったんですよ。いや~本当にありがとうございます。そして申し訳ない。」


柴崎が再びの上機嫌で管理局、諜報部所属の変装看護師の報告を聞いている。

次々とモニターに映し出される映像には先ほど狂犬と戦闘していた装甲天使が無事な様子などが映し出されていく。


さらに映像は病室内で微笑む少女とそれを見て泣きながら喜ぶ姉と思われる少女を映す。指揮官は質問をかけずにはいられない。


「本当にこれで良かったのか?あの子を助ける事が第2の条件というが、それはお前たちが危惧する内容なのでは…」


「ええ、良かったんですよ。これこそが我々の目的でもあります。申し訳ない。」


「?」


首を傾げる指揮官に柴崎は上機嫌で説明を始める。


「我々が危惧したのは“world☆maker”の効力を、世界が改変された事を気づけない自分達がいる事です。


ですから今回、こちらさんが張ってくれた結界に、これを観測できる方術を施しました。

勝手にですがね。申し訳ない。そして現に我々は不治の病の女の子が“world☆maker”によって救われた事実を認識できた。全くもって成功です。


今後、このような改変を行える魔術や科学に対抗できる策の一つを開発できたという訳です。…そして…まぁ…これは個人的な話ですが、


あんなに可愛くて良い子を救えない世界は何ていうかですね…駄目じゃないっすか?

いや、本当に個人の感想です。いやぁ~申し訳ない。」


「狂犬にその事実を伝えないのは何故だ?」


「あの化け物にイイ思いをさせる必要はないでしょう。“狂気の大隊”には常に負け続けてもらわないと、まぁ、これも一種の必要悪ですよ。いやぁ~、申し訳ない。」


大まかな内容を把握した指揮官だが、何か見落としのある気がする。柴崎の計画は確かに

完璧だが、何かを忘れているような…


「彼に教えるべきでしたね。」


静かに転生騎士が口を開く。この言葉で指揮官は彼女が自分と同じ事を考えた事に気づくがおくびにも出さない。柴崎の問いかけの前に彼女の話は続く。


「あの怪物、いや、狂犬は自己の満足が達成される瞬間のために戦っている。渇望していると言ってもいい。そして、それが叶えば自然に消える存在だと私は考えます。


今までの交戦事例をみてもね。彼がここまで生き続けているのは、この世界に満足できてないからです。


だから、いつか勝てる日を信じて、行動し続けるのです。目的が達成されない限りは…

可能性という無限の生命維持要素がある訳ですから。


いつか出会う、約束の地を目指して戦い続けるのでしょう。」


自身の言葉に、柴崎が「しまった」という顔をし、指揮官が渋々理解と言った感じで頷く。その様子を見て、徐々に薄くなっていく自分の体と意識を感じながら、

またすぐに呼ばれる確信を得た少女は、静かに微笑み、目を閉じた…



 「また負けちゃいましたね?」


副長が狂犬の隣に座る。返す言葉が見つからない。狂犬は黙って前を見つめる。この問答も何度繰り返した事か?いや、いつまで続けるのか?


「勝つまででしょう?」


「…さっきから心を読むなよ!副長。いつからエスパーになった?」


「いや、この問答、何百回目ですか?いい加減慣れますよ?」


「そうか?いや、今回こそは勝つ予定だったんだけどな…」


「それもいつも通り。ですが、我々は行動しましたよ?隊長?そうでしょう?」


「確かに、そうだが…」


「だったら最後は自分を許さなきゃ。行動した自分をね。何もせず、後悔する自分より行動して、後悔する方がよっぽど良い。それを実行した勇気を持てた自分を許せるからでしょ?」


「誰の言葉だ?」


「貴方が教えてくれた言葉です。多少なりにその言葉に救われた人だっているんです。確かに我々の戦いは間違っているかもしれない。


ですが、世界中の誰かが、一人でもいい。その行動を認めてくれるなら、意味がある事なのです。次はその一人と新たなもう一人を増やし続けるための抵抗を!


そのために戦いましょう。」


副長の言葉に、狂犬は前を向き、黙り込む。これも、いつものパターンだ。全くこの人は…

次の言葉は予想できたので、あえて促さず、苦笑を押し殺しながら、言葉を待つ。やがて、オズオズといった感じで、狂犬がこちらを向き直る。


「……こんな俺に…ついてきてくれるのか?」


「今はそんな貴方で満足しましょう。次はもうちょっとカッコ良くなってくださいね?」


笑顔で立ち上がる副長に、狂犬もそれに導かれるように立ち上がった。

自分はいつもこうだな。誰かに救われてばっかだな。


しかし、そろそろ惨めな自分とおさらばしなければいけない。次の戦場が待っている。

ふと朝の町に似つかわしくない音が聞こえ始める。新たな戦いの開始を告げる音だ。


副長が小首を傾げ、彼に尋ねる。


「隊長、次はどちらへ?」


「音の…銃声のする方だ!」


静かに、だが確実に歩みを進める狂犬、もう振り返る事もない。迷いもない。進む事を決めたのだ。その後に続く副長は、一度だけ病院を振り返り、入口に現れ、こちらにお辞儀する

よく似た二人の姉妹を目にする。


「この話は“次”まで持ち越しですね?」


静かに呟いた彼女は姉妹に敬礼を返し、笑顔で狂犬の背中を追いかけていった…(終わり)



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World☆maker  低迷アクション @0516001a

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