第3話

「本当にお礼の言葉もございません。いえ、そう!!言葉などではなくお礼の品と金銭をどうかお受け取り下さい!」

「––いらん」

「何故受け取ってくださらないのですか!」

「くどい!!」

野盗との戦闘後、全員を木々に縛り付けると馬車を追いかけて村へと到着したバビロンは出迎えに来た村長に泣き付かれ、村長宅の敷地まで引きずられ、終いには邸宅内にまで引きずり込まれていた。

「貴方様は私の2人の娘を救って下さった恩人なのです!長女は先日思い人と祝言を挙げたばかり。次女にもこの先幾重にも幸せがあるはず。その輝かしい未来を救ってくれた事誠に–––」

金貨だけで5万枚、物資(穀物、野菜、干し肉から数々の薬品が四畳半を埋め尽くしている。

この村の一年分の蓄えだそうだ。

そんな物受け取ってしまってはこの村が枯れてしまう。

「わかった!わかったから!!引っ張り出してきた物!金!その半分なら貰うからそれで勘弁してくれ!!……そんな大量に持ち歩けるか」

「おお!!かしこまりました。リスティや!物資と金貨を半分にしてバビロン様にお渡しなさい」

「…はい、お父さん」

(貰った金で行商人から何か買って、後は宿代にしよう)

少しでもこの村に還元して旅立つとしよう。

椅子から腰を上げ、リスティと呼ばれた少女の手伝いを始める。

仕分けの大変さを考慮したのは勿論だが、少しでも不正をして貰う分を半分以下にするためだ。

「あ、あの、これは私が–––」

「いいんだ。俺が貰う物を妹と同じくらいの女の子にだけ支度させるなんて嫌でね」

「バビロン様–––」

頬を赤らめて作業をする少女リスティ。

今日襲われていた商人の馬車に乗っていた姉妹の妹だという。

赤く染まった頬は死を覚悟して間もない心臓が今だに慌ただしく動いているのだろうとバビロンは思っている。

側から見ると何やら違う感情にも思えるのだが。

「で、では今夜バビロン様に御宿泊頂く部屋の準備をして参ります」

粗方の支度を終えたところでリスティが立ち上がるとスカートの裾を摘み上げ一礼をし、その場から去っていく。

「––ああ、ありがとう。……………へ?」

バビロンは貰う物資を減らすのに夢中でリスティの言葉を聞き逃した。

今夜御宿泊頂くの準備、と。

確かにそう言った。

「あ!待ってくれ!俺は村の宿に……」

その声が聞こえたのはバビロンと村長のおっさんだけだった。

「はっはっは!あれは気弱ですが、一度決めたらテコでも動かないので諦めて下され。まったく誰に似たのやら、はっはっは!!」

(おめぇだよ絶対)

何も言っても聞く耳を持たず、物資や金銭を積みに積んだ男が蓄えた髭を撫でながら大笑いをしている。

「なんにしても今日は宴を開きます。あれの姉シャティーレからもお礼をさせます故、それまでの間村でごゆっくりして下さい」

恩義に熱いのはいい事だが少しでも早くオシリスの願いを叶えるための情報を集めたい。

太陽神"ラー"の行方を–––。

「お引き返し下さい!村長殿より貴方様をこの村から出さないようにと仰せつかっております。どうか踵を返して下さいませ」

「く、手回しが早い……」

村の真っ正面から逃げようとした男、バビロンは村の兵士に止められ肩を落とした。

そして諦めて散策と商人の開いているバザーを覗きに向かったのだった。

「おお!貴方は我々を助けて下さった英雄様ではありませんか!」

「誰が英雄だ!ただの旅人なんだって。あんたも人の話を聞かないタチか?」

開口一番に英雄と呼ばれ背筋が寒くなったバビロンは商人の男をジト目で捉えていた。

「とんでもありません。良き商人とは顧客の話を良く聞く者の事。命の恩人、旅人さん何かお探しですか?お目当ての物がありましたら数点お譲りしますよ」

「いらん。村長のとこでお腹いっぱいなんだ」

「お察し致します」

半分以下にしたとは言え大量の物資だ。

それに商人から物を貰っていたら、減らした意味が半減してしまう。

商品を見るだけ見て帰ろうとしたバビロンを呼び止めた商人は一つの薬品を手渡した。

「値段の付けられない品ですのでお譲り致します。命の恩人バビロン様に神の祝福があらんことを」

十字を切って一礼をする商人。

小瓶に詰まった感謝を受け取るとバビロンは武器屋、防具屋を巡り宴の晩を迎えた。



「えーと?あんたぁ名前なんらっけ?マカロン、オブラート?」

「美味い菓子をオブラートに包むな味わえ。じゃない!バビロン!バビロン・オフィーリアだ」

出来上がった美女に絡まれて早数十分。

今日救った姉妹の姉シャティーレがバビロンの空いたグラスに酒を注ぎにやって来てから数十分。

人妻の豊満な体躯の柔らかさと熱を味わい始めて数十分。

「誰か、助けてくれ……」

ぶっ飛んだ臓器と固有魔法、神器以外は二十歳過ぎの健全な男バビロンの理性と股間は限界を超えて震えていた。

「ねぇ、あんた今夜あたしのへやにおいでよ。干し肉料理よりもたべたいにくがあるの–––」

白い幹を覆う葉と果実を包み込む厚皮を細い人差し指で剥き、果汁の飲み口を揺らす。

「なっ///」

露わになった果実の紅点に視線が奪われ、バビロンの顔は沸騰しているかの様に熱くなった。

「ねぇさん!!らめだよ絶対ぃ。王国にらんな様がいふんだかりゃ–––、うぃっく。こんろ会ったときに言いちゅけちゃうよ?……」

「もぅリスティったら聞いてたのぉ?あいあーい、今のなしー!カットで〜……」

酔い潰れ(妹)の参戦で不可避かと思われた夜戦が回避され心が鎮まって行く。

鼓動と下半身の脈動は絶えず高鳴り続けているが、バビロンの貞操は一時守られた。

村長宅で行われている村人参加の宴。

幹事の村長が一番最初に潰れ寝こけた宴。

商人が挨拶だけで逃げた宴。

てんこ盛りの料理と中身が残った酒瓶。

そこに最後まで残った意識ある男バビロンは転生前にも感じた事のない倦怠感に苛まれていた。

「もう、寝よう」

ゆっくりと立ち上がりリスティが用意してくれた部屋へと足を運び、服を脱ぎ捨て布団を被ると心地よい眠りがバビロンを迎えに来る。

あっと言う間に彼の一日が終わった。

情報収集も何も出来なかったが、救った命が光輝く未来へ歩く姿を見れた良き一日だったと思い意識を絶った。

そこに、この宴にてが音も立てずにやって来た。

月明かりに照らされたバビロンの顔を母性溢れる笑顔で見つめ、優しく撫でる。

「バビロン様。姉さんを助けてくれてありがとうございます。商人さんも馭者さんも、私も私の生きる世界も救ってくれ本当にありがとう」

声の主は気弱で頑固な少女だった。

バビロンは深い眠りについていて触れられた感触すら認識していない。

「私に差出せるお礼の品なんて何もなくって。でも受け取って欲しい、受け入れて欲しいモノがあって……、その–––」


–––ハラリ–––


床に脱ぎ捨てられた服が二重になり、月明かりに照らされ作られた影が厚みを増した。

「–––私が癒して、差し上げます」

影が蠢く事数時間。

水音が響く事数時間。

木材が軋む音数時間。

その音を聴いた者はたった一人、誰にも知られる事なくスポットライトを浴びて甘美な踊りを披露する。

は紅い花弁と共に散り、解放された欲望は全て余す事なく彼女に啜られた。

彼女の記憶にしか残らない夢のひと時。

喉に胃に腹に絡み付く愛を噛み締めて彼女は涙する。

歓びに溢れた雨がシーツを濡らす。


–––お慕い申し上げます–––


虚空に消える言葉と刻まれた意志。

朝日の中で目を覚ましたバビロンは心地よい脱力感と何故か肌寒さを一人、感じていた。

「……くしゅんっ!」


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愚直な貧乏学生が薬死して転生したら人生何か変わりますか? 入美 わき @Hypnos

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