第2話


「俺は奪う奴が嫌いだ」

口が動いていた。


「俺は試す奴が嫌いだ」

腕が震えていた。


「俺は殺す奴が嫌いだ」

足が軋んでいた。



「俺は、お前が嫌いだ」

崖の上からほんの一瞬。

火球を踏み潰し降り立ったバビロンは考えるよりも先に口走っていた。

見るよりも先に睨んでいた。

話すよりも先に告げていた。

襲われていた馬車はスピードを緩めつつも走り去って行く。

魔法を放った野盗の男は何者かが自身の魔法と衝突した衝撃を感じ、馬の足を止め地面に降り立つ。

「……なんで、俺の魔法が––」

「ん?あぁ、俺に汎用的な魔法は効かないぜ。布をこよなく嫌う神サマが『完全究極分解臓』《アルティメット・バスター》なんて言う、トンデモ臓器を縫い付けやがったもんだから意識すれば掻消せるらしい」

「な…」

言葉も無い。

知恵も無い。

虚偽も無い。

目の前に降り立った男に野盗の頭は文字通り"驚愕"していた。

「だ、誰だてめぇ!!!」

出てくるのは"威勢"と"疑問"。

「俺か?名前はバビロン・オフィーリア。見た目が明らかに邪神な女神様と俺を選んでくれた愛剣がくれた名前だ。気に入ってる」

相対するのは"純粋"な"愚直"。

「ふっ、ふぅっ!!巫山戯んじゃねぇ!!」

右手に持つタルワールを思い切り振り下ろす。

(かち割れろっ!!)

曲刀とは人を斬り易く作られた刀。

その刃と引き換えに骨身を断つ為に生まれた物。

その姿、正に殺意の権化とも言える。

「"それ"が嫌いだって言ってんだ」

振り下ろしたと思っていた刃は空さえ切れず止まっていた。

バビロンは腰に差した愛剣"オベリュスク"を抜いていない。

「な、なんだ??剣が、動かねぇ–––」

「あぁ、言ってなかったけど俺の愛剣はめっちゃくちゃ過保護なんだ。お陰で鳥に遥か上空から落とされても枝が服に絡む程度で済んだんだけどさ。どんな衝撃も防いじまうみたいなんだ、剣握ってなくても–––」

オベリュスクの柄頭つかがしらに軽く触れるとバビロンを守る青白い光の壁が視覚化される。

「そんな、そんな馬鹿げた武器があるもんかっ!!」

半歩後退りタルワールを引く野盗の男。

声の威勢さえ衰え、喉から下が震えていた。

有り得ない。

汎用の魔法と市販の武具しか知らない男は認める事が出来なかった。

「排出率1%の超激レア装備だぜ?馬鹿げてるに決まってるだろ?」

対してバビロンは固有魔法オリジン神器アークしか知らない。

教えられていない、故に余裕。

「何言ってやがるぅぅう!!」

我武者羅がむしゃらに剣を振るう男。

光の防壁は幾度斬りつけようと割れる気配もない。

魔法も覚えている限りのモノを放った。

それさえも届かず、防壁の中にいる男は何事もないかのようにただ真っ直ぐ前を見ている。

「て、てめぇ、何故仕掛けて来ない!ご大層な武器に魔法の効かない体?そんな力があって何故俺を殺さない!!」

暴力を生業にして生きて来た。

暴力を身に付けなければ生きられなかった。

暴力を持たずに生きていける者達が羨ましく、妬ましかった。

「てめぇは、なんでっ!!」

その一言を聞いたバビロンの眉が少し動いた。

怒りを買ったのだろうか。

「始めから言ってたと思ったんだけどな。改めて言うぜ–––」

これならば情けをかけられ惨めな思いをせず人生を終わらせられる。

男はそう思った。

「"嫌い"だからだ。だから、俺はお前を殺さない」

最早、言葉にすら聞こえなかった。

理解出来なかった。

少し、呆れて笑ってしまっていた。

「俺はお前にあいつらの命も物も金も、身体も自由も奪わせない。その代わり、俺はお前の命を奪わない」

「お前––」

「それなら天秤は傾かない。俺の大好きな平等だ」

汗が止まらない。

冷や汗が一生分とも思える程滴る中で男は恐怖していた。

これが"善"なのか、と。

「それでもまだ向かってくるなら、殺さない程度に相手してやるが?」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべてオベリュスクを抜く。

白金の刀身に青い文字が浮かんでいる。

オシリスはその文字を読み取れていたが、バビロンにはまだ読めないようだ。

柔らかく優しい光を放つ神器に恐ろしさではない、純粋な力の差を感じ取った野盗の男はタルワールを地に落とし降伏した。

「そんな嘘みてぇな武器に汎用魔法を搔き消す程の力、お前はいったい何者なんだ?」

精神力が極限に達し、膝を落とす男。

その男の質問にバビロンは淡々と応える。

「つい先日まで日本人で、つい先日まで学生で、つい先日まで兄ちゃんで–––」

男に話しかけつつ青空を仰ぐ。

電線もクレーンも飛行機も、なんの弊害もなく広がる果てしない青の中に寄り添うように流れる四つの小さな雲が見えた。

そして自然と笑みがこぼれる。

もう一度男の方を見ると最後にこう言った。


「–––つい先日、神の使徒になった男だ–––」

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