【一章 】支えの塔《バビロン》第1話



「おお、なんと、なんとお礼を申せば良いのか。貴方様はこの村の英雄じゃぁ……ヨヨヨ」

拝啓、親愛なる妹よ。

兄さんは異世界に転生して村長のおっさんに泣き付かれています。

そこは長閑のどかな風景に家畜の鳴き声が響く農村。

RPGゲームで言うところの「はじまりの村」。

道端では幾人かの行商人が日銭稼ぎに露店を広げている。

海の幸、山の幸、穀物、薬品なんでもござれな小さな市場に村の奥様方が買い物にやってくる。

村の男では放牧に農作業と自給自足+出荷の毎日のようだ。

そんな日常風景の片隅、村長邸の入り口にてバビロンはおっさん(村長)に抱きつかれて身動きが取れずにいた。

「なんで、こうなった……」



–––数刻前–––

ある山道の中腹。

その茂みの中に草間 聖(くさま ひじり)改め、バビロン・オフィーリアは倒れていた。

「痛っ!あのホルスって鳥、次見かけたら[そぼろ]にしてやる」

頭や服に付いた枝葉を払いながらブツブツと文句を言う。

身嗜みを整えて藪を出たバビロンは前方にある崖から下を見下ろし、村があれば降りようと決めて歩き出した。

「–––お、小さいが村はあるな。宿でも借りて数日は情報収集でも………ん?」

大空から緑と大地を見渡した片隅に、小さな村を発見したバビロン。

だが、村を見渡す視界の中にこれまた小さな馬車と周りを戯れるように走り回る馬の姿を捉えた。

遠巻きに見ると遊牧民、又は旅芸人の一座なのかとも思うのだが、

「魔力を感じる………」

その目が捉えているのか、創り替えられた身体が感じているのかは不明だがバビロン確かに魔力を感じ取っていた。

そして、確信と共にその姿は崖から消えていた。





ヒヒィィィイイン!!

馬車を引く二頭の馬が力の限り地面を蹴飛ばし、普段ならあり得ない速度で目的地の村へと駆けていく。

「おい!馭者ぎょしゃ!!まだ追手は振り切れないのか!!」

「無理を、言わんで、くだせぇ!!商品を大量に積んで、るんですから、これが限界ですぜ!!!」

馬車内ではガチャガチャとガラス瓶がぶつかる音がしている。

どうやら旅の商人一行のようだ。

それを追うのは黒やグレーの馬に跨るタルワール(曲刀)を片手に持った山賊達だ。

「親方ぁ!今回の獲物は金に薬に美女が二人と最高ですぜぇ!!仕入れた情報によると用心棒も雇ってないときた!!こりゃ食い散らかされに来てるようなもんだぜ!!」

「おうよテメェら!金目の物は根刮ぎ掻っ払え!!金と女は俺のもんだ!後で遊ばせてやるから手ぇ出すんじゃねーぞ!!」

「「「うぉーーーーー!!!」」」

下衆の鳴く声が森中を走る。

踏み固められた山道を蹄と車輪が削り、

一行の心臓に野盗の雄叫びと剣の冷たい光が突き刺さる。

(野盗共に捕まれば俺と馭者の命はない。そして女達は弄ばれオモチャにされた挙句奴隷として売買されるか、病で死ぬかだ……。誰か、誰か助けてくれ。神よ……)

一行の長である商人の男は首から下げた十字架を握りしめ歯を食いしばる彼女様に目を閉じた。

その時、女性の内一人が声を上げた。

「積荷を捨てるわっ!」

硬い決意の燃える瞳を目の前の男に向ける。

「な、何を言い出すんだシャティーレ!これは大事な商品なんだ!俺達が生きていく為の!!」

心では命が大切だと、女が犯される事など考えたくもないと強く思っていても"商人"としての自分が言葉を発してしまう。

だが、女性の心は鋼よりも強く男の怒鳴り声を受け取った上で落ち着いていた。

「なら今ここで死ぬの?わかってるでしょ?今すぐに命を落とすのは貴方達なのよ?私達は上手くすれば命は奪われないかもしれない。幸せには生きられないでしょうけど…」

もちろん彼女もわかっている。

運命の分岐点にいる事も。

本当に大切な物も。

「貴方が私達姉妹を娘の様に育ててくれた事、そして私の結婚相手も資金も全て面倒みてくれた事本当に感謝しているわ。今回の売上だって妹のため…。そんな恩人の命を簡単に奪わせたりはしないわ!」

「わ、私も、二人が居なくなるのは、嫌」

気が小さく臆病な妹も真珠の様に光る清らかな涙でスカートを濡らし、胸元のブローチを握り締めて声を出した。

「お前達……」

その決意の固さに"商人"も言葉になず、十字架を握ったても力なく床に落ちる。

彼女達に迷いはないだが……。

商人の迷いなど最早気にもせず、彼女達の思考は先を行く。

「リスティ、調合して有害になる薬はあるかしら?」

「姉さん、解毒薬と化膿止め液を2:1で混ぜると麻痺毒に近い成分になるわ」

「丁度在庫の多い品ね。どうせ馬車を軽くするなら一矢報いましょ」

極限状態の中、姉妹は笑い合った。

全ては恩人の命の為に。

未来の生活が困難になろうとも、必ず全員生きて帰るのだと。

「調合の時間なんてない!瓶ごと投げ付けてやりましょう!」

「わ、わかった」

「リスティは右から私は左から投げるわ!投げたらすぐに手を引っ込めるのよ!いい?」

「うんっ!!姉さんこの布で口と鼻を覆って…っきゃ!姉さん!?」

「いい子…」

と、一瞬妹のリスティを抱きしめるシャティーレ。

その後すぐに行動を起こした。

二人は野盗の顔を見る事もなく音のする方向へ、鈍い光のある方へ瓶を放り出していった。

「おいおいおい!!そりゃ俺様達が掻っ払うモンだろうが!!!何したんだこのクズ共ぉ!!大人しく積荷と女私やがれ!!くそっ、瓶なんて剣でぶった斬ればなんて事っ–––」

数個の小瓶を手に持った"タルワール"(曲刀)で斬り弾き対処したと思っていた野盗の数人がバタバタと落馬し、猛スピードかつ硬い山道への落馬で様々な関節が様々な方向に折れ曲がっていた。

ただ悲鳴はなく、事実痛みはなかった。

解毒薬を2個と化膿止め液を一個。

結びもせずに放った小瓶を綺麗に斬り割った所為で切っ先から麻痺毒が気化し、新鮮な空気と共に吸い込まれて全身麻痺を引き起こしたのだ。

良い子のみんな、ダメ絶対。

「––こんのクソあまがぁ!!!もう許さねぇ、引き摺り下ろして犯し殺してやる!!!」

最後に残った頭と呼ばれた男が口鼻を布で覆い、タルワールで馬の尻を叩き更にスピードを上げる。

最早、男の脳内を怒りと性欲に近い空腹感が支配し馬の足がどうなろうと殺し犯し殺すヴィジョンだけが明滅して恐ろしい速さで馬車に迫る。

だが積荷が軽くなった馬車に追い付ける程、男の馬に力が残っていなかった。

山道を削る事なくノシノシと大地に置かれる蹄。

男に構えるなりも振り《ふり》

も無くなった。

「燃やしてやる––"怒りの炎よ 風を食い 塵を食い 人の身を喰らえ"––」

魔法詠唱。

その終わりと共に男の掌に人の顔程度の火球が生成された。

「––"火炎球"《ファイアボール》––」

元来、魔法とは祝詞のりとに大気中の魔素を乗せて術者の潜在的な才能により思い思いの形を成すモノだ。

「茂みに飛び込め!!火の魔法詠唱だ、この馬車が炭になる前に飛び出すんだ!!」

「無理よ!それこそ身体が保たない!!」

「俺達に魔法を防ぐ術はない……ならば、一か八かの勝負に身を委ねるしか……」

「––姉さん……」

「もう、私達は……」

絶望。

途絶えた望みは人の力を根刮ぎ奪う。

奪うだけならまだ目を瞑ろう。

それに飽き足らず踏み躙ると言うのなら。

「誰か、助けて……」

踏み躙られてなお陽の光に向かい咲く一輪の花であろう。

いつか誰もが支えとする塔の様な姿であろう。

"神"から授かりしその名を基に、天より一筋の光が魔法の火球を踏み潰す。


「"飛翔馬の足鉄"《ペガスス・グリーブ》」



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