神は差別なんてしない
「知っての通り、今、お前たちが住んでいる大東亜海洋帝国は、周囲の国から戦争を仕掛けられている」
襖の奥からキャスター付きのホワイトボードをゴロゴロと引っ張り出してきた速佐須良比売神は、黒いペンで大東亜海洋帝国と書き、その周囲に赤いバツ印を描いた。
「授業で学んだだろう。サンライトイエロー、なぜ戦争が起きたか知ってるよな?」
誰も応えない。姫は陽子の前までやってきた。
「おい、サンライトイエロー」
「え、私、本当にそのダサ……昔っぽい名前で呼ばれるんですか」
「その通りだが。本名で呼んだほうがいいか?」
「はい」
雪代が口を挟もうとしたが、姫はそれを手で封じてあ、そう、ふーんと生返事をした。
「えっと、隣の国で行われた陸上競技の親善大会で、私達の代表選手が、相手に、怪我を、させられた、のが、発端、です。動画でも観ました」
「だいぶ怪しいがまあいい。概ねそんな感じだ。もともとたいした理由もないくせに、隣同士の国は仲が悪いと昔から相場は決まっている」
そこから両国の関係は冷え、輸出入の厳しい管理や観光手形の発行停止が行われた。そして遂に海域上の境界線で実弾を伴った小競り合いが起こり、今に至る。
「一応言っておくが、向こうの国では『大東亜海洋帝国の選手が自分で怪我をした』と報道されているぞ」
陽子は一瞬絶句し、反論を試みた。
「けど、映像ありますよね。証拠があるのにそんなこと」
「都合の悪い部分は伝えなければいい。それだけで人間なんかバカだから勝手に騒ぎ出す。現に世界中がこの国を目の敵にしているだろう」
隣の国は、まず世界に向けた報道を行った。「悪いのは全て大東亜海洋帝国で、こちらは被害者」。隣国の活動員が送り込んだ座り込み活動の成果で、世界はその嘘をそのまま丸呑みした。
「それが世界中の教科書に掲載されたからもう終わり。海洋帝国は次々にあらぬ疑いをかけられ、遂には貴重な海底資源を独占しているという嘘情報も湧いて出る。持っていない大量破壊兵器の破壊の為、『世界の警察』を買って出た国もいる。あとはお前らも知っての通り、アホによるアホのためのドンパチがおっ始まってっるてわけよ」
「概ねそんな感じだな。今のところは本土に大した被害は出ていないが、時間の問題だろう。敵が多すぎる。補給もままならん」
風五郎が重々しく頷いた。現役の軍の上層が言うのだから戦況は相当に芳しくないのだろう。
「そこで我々神々は考えた。このままだとアホな人間どもは、また物騒な殺戮兵器を作り出す。アホな人間のせいでまた住むところが無くなるのはめんどくさいと」
「また? またとは?」
鳴海が疑問を口にした。
「今はそこはいい。いずれわかる。お前らががんばれば、少しずつ封印された知識や歴史が戻るようにした。だからがんばれ。ていうかそういうところで突っかかってくるからお前は無職なんだ。どうせ今日の面接も間に合わんぞ。かわいそうに」
「なんか、僕にだけあたりがきつくないですか」
姫はニッコリと微笑み、優しい声で説明する。
「何言ってるんだ。お前だけ嫌う理由なんて、どこにもないだろ?」
「けど……」
「お前ら全員、別け隔てなく公平に
一切の悪意が感じられない姫の笑顔を見て、「そうすか」とかろうじて応えた鳴海は、気を取り直して次の質問に移った。
「がんばれって、何をがんばるんですか」
「襲ってくる敵をやっつけろ」
「やっつける理由はなんですか」
「人類の為だ。これ以上の説明が必要か? 習うより慣れろというだろ」
大きなあくびをして、姫は話を切り替える。
「それと、お前らに2体ずつ取り憑いた天使は、私の小間使いにするので1体ずつ返してもらう。やっぱりいないと不便だし」
平然と「取り憑いた」と言い切り周囲の目を丸くさせ、5つのキラキラを手元に集めた。
「今回得た知識や力は、まあログインボーナスといったところだ。がんばればどうにかなる、だからがんばれ」
じゃあな、と言って姫は手を振った。5人の姿がかき消える。元いた場所に戻したのだ。
「とは言っても、星1つの汎用キャラが3人と、星3レベルが2人集まったところで、どこまでできるものかな……」
姫は意味不明の言葉を言ってから、襖の奥へと姿を消した。
虹の上しか歩いちゃいけない 桑原賢五郎丸 @coffee_oic
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