一夜のキリトリセン

新巻へもん

願わくば

 ひゅるひゅるひゅる。

 どーん。


 私の目の前、10メートルほど先の太鼓橋の上に佇む男女二人。ここは地元の花火大会をゆっくり観賞できる穴場だ。観客席が設けられている反対岸から遠く、ここに来るまでにかなりの道のりを歩かなければならないので、花火大会のためにやってくる観光客はもとより地元民でも知っているのはいない。


 昨年まではこの場所を知っているのは私だけだった。高校に入学して知り合ったアイツを誘って二人で花火を見たことが昨日のように思われる。あの時は幸せだと思った。世界中を相手にしても勝てると思った。その高揚感ははるか昔のことだ。


 些細なことで仲たがいをして、ギクシャクし始めたのは今年の桜の花が散り始めた頃の事。それでも決定的に壊れるということはなくて、またいつか関係が修復するものだと思っていた。仲直りのいい機会だと思って花火の話題を振ったが、電話越しのアイツの声ははっきりしない。野球部の先輩と既に約束しちゃったのだという。


 仕方なく、普段着で出かけてはみたものの、賑やかな観客席近辺の喧騒さが嫌で、二人だけの場所にやってきた私は見慣れたシルエットを見つけて、心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。でも、それは一瞬の事。


 少し間を空いた場所に浴衣を着た小柄な女の子がいることに気づく。確か1学年下の子だ。花火が上がるたびに夜空に二人のシルエットが浮かび上がる。欄干にもたれかかる彼女に色々と話しかけるアイツの横顔は私の見たことのないものだった。心がきしむ。


 ひゅるひゅるひゅる。


 花火が二人の間を光の軌跡を残して上がっていく。不意に光の点線が滲んだ。あれがキリトリセンだったら良かったのに。

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