これまでとこれから。
「なるほど、それで?」
「私がこの力を使えるようになるのと、家の人からの目つきが変わったような気がしたのは同時期からでした。それから、宅中の多くの場所に監視カメラが設置されました」
理由は、当然のことだった。
「私にこの力を覚えさせるために、引き取ったのかもしれません。もしかしたら、母の死も……。理由は不明ですけど、この力は弥桐家の人にしか使えないのだと思います」
どちらにしろ、そこが転機だった。
「それまでの私は、常に下等な存在として扱われてきました。けれど、方向性は違いますが、私の存在価値をこの力はくれたんです。だから、生きる意味を見つけられました」
要らないものから、捕獲対象へ。奴隷から、要人へ。
「逃げ出した今になっては、血眼で追いかけてきてるんですよ?」
くすりと
「嬉しいんです。あんなにも私を捨てようとした一族から、思うように逃げ回れて……遊べるのが」
瞳の奥に燻る暗い色が光った。
どうしようもなく濁った輝きが、包み込んでゆく。
深く、深く深淵に……。
「とりあえずは、今からだな」
「ん」
「え?」
控えていたネミに合図を送り、魔法を発動させる。
暖かな緑色が部屋中を包み込み、美奈の顔を照らした。
「美奈の人生がどーしようもないくらい歪でるのはわかった。辛かったよな、悲しかったよな、悔しかったよな………」
慰めの言葉を投げかけると、どうしようも無いくらいに美奈の顔が歪んだ。
「あ、え……なんで……?」
美奈の困惑するような声に反応するように、俺は笑みを浮かべた。驚いているのは、美奈だけだ。
――慰められて、腹が立つんだよな?
輝きは増していく。
「間違ってないぞ、その感情。思い返してみろ、できた事は山ほどあったはずだ。母を包丁で刺し殺しても良いし、虐めてきた奴を金の力で殺しても良かった。どうしようもなく歪んでる環境と人生を――――認めなかったのは、お前だろ?」
「ち、違います! 私は狂った環境に浸かり過ぎて、後戻りできない程に壊れてしまったんです……だから、母と同じで醜い存在になってしまった」
「ウソ。貴方は今、ほとんど後悔していなかった」
「っ!」
びし、とネミが美奈の顔を指さす。
ほとんど話さないネミは、その分相手の感情を細かく察知するのが得意だった。
偽りのない、『本当の彼女』を映し出す。
「どうだ、考えてみろ。自分の母親を不良どもの巣に捨て置いて、リンチされる姿を。お前を蔑んだ奴らを一人ずつ裏のジジイどもに売り払って壊してもらうのを。それとも、自らの足で踏み躙り、泣いて詫びる姿を嘲笑うか?」
「な……そんな、こと……」
言いかけて、ネミに気付き口を噤んだ。ネミに聞いたのか、感づいたのかは分からないが、何かしらのカラクリがネミにあると気付いたのだと思う。
その判断力は凄いと思う。
「どうした? 図星か? ……反論したいんだろ? じゃあすれば良い」
好きなだけ反論して自らの意見を言ってくれて構わない。
ただ――
「今、美奈はネミに何を隠そうとしたんだ? 何を言われたくなかったんだ?」
――嘘だと、言われたくないんだろ?
「っ!?」
美奈の口が開いて閉じない。
見開かれた目が忙しなく動き回るものの、この部屋には俺とネミしかいない。
僅かにでも心を開いた者に、感情を押し殺した偽りの姿はとれない。
全てが今、ネミの魔法によって動かされているのだから。
《
それは酷く小さく、優しい魔法。戦争によって心が壊れた子供たちへと向けられた、暖かな魔法。
罪人を暴露させる、冷酷な魔法。
この魔法が発動している時、光に包まれた者は少しずつ押し殺した感情を解放していく。偽りの殻を、ゆっくりと剥がしていくうような魔法だ。
ただし制約もある。この魔法の効果を知ってしまうと、極端に効き目が落ちてしまうのだ。そこで、機密事項にされていた。
こういった、内容を知ってしまうと効果が薄れる魔法というのは多い。
「ほら、反論してみろ。お前の発言が本心であるなら、好きなだけ偽善の言葉を繰り返せばいい……でも、奴等が憎いんだったら」
彼女の瞳を、まっすぐに捉えた。
その奥底に揺れる光を見つめながら、静かに口を開く。
自らを卑下し周りを否定するから本当の心を忘れる。
誰かを憎むことは悪ではない。それは人間の感情そのものを否定してしまうからだ。
目には目を、歯には歯を。
彼女は周りと違うことに酷く傷ついた。周りよりも特別だから歪んでしまった人生を嫌った。
だから彼女は、周りと違うことを恐れた。
周りと違う自らの人生を、恐れた。嫌い、そして否定した。自ら自分の人生を拒否し続けている。
「お前がしたいことを叶えてやる。お前の思いは何だ?」
「…………わ、たし……の、願いは————」
シリアスは勇者力(物理)で崩壊する 抹茶 @bakauke16
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