タイトル切り


シリアスかもしれないd((


――――――――――――





 夕飯後。ネミを食器洗いの名目で移動させてから、俺は美奈さんの正面に座った。


「で、美奈さん。話を――」

「そ、その前に良いですか?」

「ん?」

「あの、美奈さんっていうのを変えてもらえませんか? むず痒くて……普通に、美奈で良いですよ」

「わかった。じゃあそうするわ、他に言いたいこととかあったら先に言ってくれ」

「だ、大丈夫です」


 微妙に柔らかくなった空気に、脳内で「おー」と感嘆の声を挙げる。

 流石現役のJK。ブランクのある俺に比べて分かり易い。





 小さく、記憶が呼応していく。


「さて、じゃあ気を取り直して。説明してくれないか?」

「……わかりました。それじゃあまずは、私の家の事情からですね。私の家、弥桐やすぎりは古くから残る和の一族です。かつて日ノ本と呼ばれていた時代から、他国の血を一切含まない家系を受け継いできた、由緒正しい家族です」


 故に、伝統と仕来りに囚われた。


「物心付いた頃から、教えられてきたのは差別教育でした。正当な血を継承する我が家と他家は格が違うのだ、と……」


 しかし、時代という膨大なエネルギーは逆らう意志を呑み込んでいった。


「幼少の頃はまったく疑いませんでした。親から言われる事が全て……学校も幼稚園の頃から一貫の優秀な名門校に入り、勉強の毎日です。それが、私の人生でした」


 灰色で、無機質な道のり。


「けれど、私たちの異常性はどんなに取り繕っても看過しうる事ではありません。傲慢で偉そうな私の態度は気に入られる訳もありません。名門校といっても、所詮は小さき門なだけ。一縷の天才にはそう難しい壁でもありませんでした。ある時のことです、一般入試で入学した生徒の数名からイジメに遭いました――中学2年生の頃です」


 怒りと恨み、そしてストレスの捌け口とされた。


「幸いなことに、私の成績は学校でも高い方でした。裏金、権威だけではないことは証明されていたんです……ですが、やはり態度の悪過ぎる私を嫌う者は大勢いるようでした」


 黙認と、嘲笑と、増え続ける敵。


「それからです。変なのは、私なんだって理解し始めたのは。この私の胸の奥にこびり付いた……汚く醜い思想が、私の性格を歪めたこの思想が、いけないのだと。そうしたら簡単です。勉強の、それもテストに特化した知識しかない私と、様々な経験と幅広い知識を持ち、友情関係の広い彼らを前に、劣っているのはどちらでしょうか」


 途端に、思い上がりも甚だしいことが冷たく突き刺さった。

 

「嫌になりました。自分と、人生と、家族が。それでも僅かな理想と夢を理由に、生きてきたんです。それも、つい数週間前までですけどね」


 淡い嘆息に、含まれた僅かな後悔。


「母が、他界しました。まだ年寄りには程遠い年齢でしたけど、まるで呪われるように死んでいきました。病気の発症、発覚から半年も経っていなかったんですよ。私よりも、よほど傲慢な母を、恨む人は多くいたのだと思います。私自身、死んだと聞いた時には思わず舞い上がる程でしたよ」


 喜色の声と、嘆く瞳が映った。


「母が他界したというのは、つまり家の全てが私に託されたということでした。父は私が生まれたすぐ後に死んだので、私は取り残された訳です。勿論、祖父母も他界していました」



「――あ、すまん、ちょっと席外すな」

「えっ、あ、はい。わかりました」

「すぐ戻る」


 突然、立ち上がりキッチンへと向かった。その先で、小さな呟きが数回、繰り返される。

 その後、宣言通りすぐに戻って来た。


「よし、じゃあ、続けてくれるか?」

「は、はい……えっとですね……」


 思い出すように数度瞬きを繰り返してから、口を開いた。


「……祖父母と父母、親戚もいなくなった私には、ありあまる資産と見渡す限りの嫌われた現状を見せられました。ただ生きているだけで、恨まれ、憎まれ、いつも何かに追われていました」


 どうしようもない程に――疲れた。


「そんな時でした……。私の家に、対家として存在した神楽坂かぐらざか家の代理と名乗る人物がやってきました」


 運命の分岐点だった。


「内容は、酷く簡単です。神楽坂家の娘となれ、その莫大な資産を寄越せ……あ、もちろんもっと遠まわしな言い方でしたよ?」


 少しおどけてみせた。思い出すと、暗い感情がくすぶる気がしたから。


「その時の私には、判断できる頭脳も気力もありませんでした。自殺も考える程に、疲れ切ってたんだと思います。そのまま、神楽坂家の本家へ連れて行かれました」


 待っていたのは、地獄と希望だった。


「神楽坂家の人間からは居候のように扱われました。くださるものは全て劣っているもの……自由も与えられず、ただ部屋の中に閉じ込められていました。そんな時に見つけたのが、です」


 部屋の本棚に、埃を被ってしまわれていた。


「そこに書かれていたのは、”式符”と呼ばれる特殊な紙の作り方と、使い方でした」


 ここからが、本題。


「式符は、式神と呼ばれる神を使役し封じた紙を三二に分散して、人の手で制御できるように抑えた神を宿したものです。封じられた神については不明ですが、式符はそのどこかに練り込まれた式神の一部が解放されない限り、決して壊れることも暴れることもありません」


 故に、争いが生まれる。


「その力は酷く簡単で、持ち主の手から離れた瞬間に願ったことを遂行しようとするだけです。小さな紙ですが、物理的な強度は鉄を超え、僅かですが非現実的な力も持っています」

「見せることは?」

「できます。例えば、≪式符:氷晶≫」


 ふわりと飛び出した小さな白い紙が、急速に凍っていく。白が水色に変色していき、近くの温度が少し下がった気がした。


「弱い術ではありますけど、この状態の硬度は普通の時よりもさらに高くなっていて、殴る蹴るなどに対してはほとんど無敵です。ただ、冷える過程で衝撃を受けると式神の一部にダメージが入るので、事前に発動している必要があります」


 だから、オークに対して使えなかった。

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