タイシとシナリの私的な戦い
最終便の飛行機が飛び去った後予定通りスタートした花火大会。今夜は2万人が河の近辺まで集まってくるという見込みの通り堤防から見下ろした河川敷はシートやパイプ椅子だけでなく立ち見する人間で埋め尽くされていた。
「シナリ。やるよ」
「ええ」
堤防の上に立つタイシとシナリ。
タイシが幟を括った竹竿を下段から掲げて文字をみせる。
『本気ならば撃ってみろ』
次にシナリも竹竿を立てて毛筆の自分の幟をはためかせる。
『撃たないならこちらから撃つ』
竿を立てたまま2人は堤防を陸地の側にゆっくりと降り始める。
「シナリ。ついてくるかな」
「タイシ。『お告げ』は絶対でしょ?」
「そうだった」
祖母が姑から位牌を通じて指示を受けた速度で2人は進む。振り返りもせず、昼間はアオサギの雛が飛行訓練をやっている神社脇の公園に着いた。
闇に目が慣れると、居た。
全部で20人。
「次の大玉が上がったら、撃つ」
リーダーらしい、大きなマスクで顔を隠した男子が言った時、間髪入れずにシナリが声を発した。
「卑怯者」
リーダーが反応する。
「卑怯、だと?」
「今撃てば?」
「ふ。挑発してるつもりか? 証拠を残さないように行動して何が悪い」
「悪いなんて言ってない。卑怯だと言っただけ」
「卑怯でも合理的なら何も気にしない」
タイシが湖面のような静かな目でリーダーを見つめる。
「合理的ですらない」
「なんだと?」
「コソコソ撃ったらアンタは死ぬ」
「死ぬ、か。人間ならいずれ死ぬ」
「地獄に墜ちる」
「地獄などない」
「そう思うんなら今撃て」
「バカか。俺は冷静だ。音を消すために花火を待つ」
「じゃあ、こちらから撃つ」
ズパッ!
タイシとシナリの中間の闇がぼわっ、と明るくなり、火薬の臭いがした。
チ・チ・チ・チ・チ・チィン!
ジャングルジムの細い鉄組を鳴らしたのはショットガンから放たれた散弾だった。
「な、なんだオマエは」
リーダーがタイシとシナリの間で立膝でショットガンを照準している老爺に問うたところ、老爺はゆっくりと答えた。
「このお人の大おばあさまにお仕えしとった猟師じゃ。これはショットガンじゃ。次はおのれらを5人ずつ屠ってやる」
「り、猟師がなんの関係があるんだよ!?」
「あるわ! この人の大おばあさまはなあ、ホンモノじゃったんじゃよ! 儂はそのお人に寿命を延ばしてもらったんじゃ」
「く、狂ってるのか?」
「狂っとるのはおのれじゃろうが。任侠のかけらもないただの暴力人間どもとつるみおって」
「う、う撃つぞ!」
「ふっ。そんな不良品のおもちゃ拳銃なぞが当たるかよ。それにの、儂はおのれらのようなノロマとやり合っとるんじゃないわ。野生の本能むき出しの熊やら猪やらと対決しとるんじゃ。おのれがどの瞬間に引き金を引くかを予測して頭を散弾でまあるく吹き飛ばしての。指が硬直して引き金も引けんまま屠ってやる」
「ど、動物を撃てても人間は撃てないだろうが!」
「大戦の時儂は小学生での。不時着した敵機のパイロットが・・・発狂しとったんじゃろうのう・・・銃で脅して母ちゃんを犯そうとしたからじいさんの猟銃で撃ち殺したわ」
タイシはリーダーを見てこうつぶやいた。
「発狂してでも撃ってみろ」
老爺も続けた。
「おお。そうしてくれ。死ぬ前にもう
拳銃は全部で5丁。
老爺がショットガンを抱えて仁王立ちし、すべて吐き出させた。
本当に見た目もおもちゃのようなそれで、もしこれで人を殺すことを実行したのなら、殺された側の無念さはひとしおだろうというような鉄の出来損ないだった。
老爺がすっとぼけた応対で警察の尋問を適当にこなすからと言ってタイシとシナリを返そうとした時、リーダーが反応した。
するっ、とブカブカの袖から鉄パイプを滑らせた。そのまま右手に握り込み、シナリの背後に走り込む。
「うおおっ!」
リーダーのドス声にシナリは慌てずに振り向いてTシャツの胸から小さなひとふりを取り出した。
それは短刀で、タイシの家に嫁いで来る者たちが祝言の際に白無垢の胸に忍ばせる懐刀だった。
シナリはすっ、と鞘から抜いて両手で握り込み、リーダーが手首でパイプの遠心力を生み出そうとする瞬間の手の甲を切った。
骨が見える程度の傷を人生の終わりのように哮り狂うリーダー。
「うおわああああ! 痛ええ! こいつ狂ってやがるっ!」
「お互い様よ」
あまりの卑怯さに老爺がショットガンのグリップでリーダーと老爺に正座させられている暴走族どもをぶちのめし始めた。
「この! 畜生にも劣るわ!」
「やめてください。死んでしまいます」
シナリが全くの無表情で老爺を止めると老爺はシナリに問いかけた。
「貴女はこういう奴らがお嫌いなんでしょう?」
「はい。殺してやりたい」
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本当に老爺が暴走族どもを引き受けてタイシとシナリを先に返してくれた。
『寿命を延ばしてもらった』
それがどのような方法で、『延ばす』の意味もどういうことなのかは理解できなかったが、タイシの曽祖母が『ホンモノ』なのだろうことは理解できた。
帰り道の夜風に当たり並んで歩きながらタイシはシナリに訊いた。
「さっきすごいところから懐刀を取り出したね」
「うん。おばあちゃんが教えてくれたの」
「え。なんて?」
「『乳バンドに挟んどけばいいよ』って」
FIN
タイシとシナリのダイジェスト・・・夏 naka-motoo @naka-motoo
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