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「な、なにをしているんですか?!」
重傷者を眺めてのんびり寛いでいる海賊に、メイラは悲鳴のような声を上げた。
この二人は仲間ではないのか。大量の出血をして倒れている大男を前に、何故平然と笑っていられるのか。
駆け寄ろうとしたメイラの腕を、ルシエラが引き留めた。
あんなにも出血しているのに。顔色も死人のように真っ青なのに。
血の匂いがする。それは、今のメイラにはトラウマだった。一瞬にして悪夢に囚われた錯覚に見舞われ、引き留める腕を溺れる者が縋るように強く握り返す。
台所に通じているドアが開き、湿度の高い冷気が吹き込んできた。
足早に入ってきたのはスカー。肉付きの悪い顔はいつもと同じ無表情だったが、メイラを見て、よく観察していなければわからない程度に目を大きくする。
「手伝うわ」
スカーの返答を待たず、メイラはルシエラの腕を押し返した。
スカーが持っているのは、湯気が立つヤカンと木製のたらいだ。その黒い目がメイラとルシエラとの間を往復して、拒むようなそぶりをみせたが、かまわずたらいを両手で奪い取り、怪我人の側に置いた。
年季の入ったたらいはすでに煮沸消毒したようで、あめ色の木肌は濡れほかほかと湯気を立てている。中にはぼろ布のような布が何枚か、こちらも消毒済みでしっかりと水気を切って絞られていた。
「やめときな、お嬢ちゃん。こいつの血は毒だ。もし指先に傷でもあったら、あんたまで死んじまうぞ」
近くで見れば見るほど、男の怪我はかなりひどいもので、死んでしまうのではないかとパニックに陥りそうになったが、海賊が発した言葉に一気に冷静さを取り戻した。
ちらりとスカーを見る。
驚いている様子はまったくないので、おそらく知っていたのだろう。
メイラは木の床に広がる鮮血に目をやり、きゅっと唇を引き締めた。
体内に毒を飼っている人間については、聞いたことがある。……とはいっても、古い物語の中の敵役の登場人物として描かれている程度の知識だが。
そういう人物が実在するのだという事実には、嫌な想像しか掻き立てられなかった。スカーがかつて生贄にされかかっていたように、この男も幼い頃から仕込まれていたのではないか。
虐げられてきた者たちを見続けてきたメイラにとっては、その想像は例えようもないほど恐ろしく、心臓に針でも突き立てられたように痛んだ。
「気を付けることは? 血に直接ふれなければいいの?」
「……耐性がありますので、治療は俺が」
「わかったわ」
メイラは怪我人の側の場所を譲り、床に置かれたヤカンの取っ手を持った。
スカーが手当てを始めるのを待って、メイラはたらいに熱湯を注いだ。水位は低めで。こまめに汚れた湯を捨て、入れ替えたほうがいいからだ。
もうもうと湯気が立つ熱湯に指先を突っ込み、熱さも構わず布を拾ってぎゅっと絞った。
その布を手渡そうとすると何故か、スカーは怪我人ではなくメイラの方を見ていた。
スカーだけではなく、ルシエラも、海賊も、当の怪我人ですらも。
「……? あ、意識があるんですね」
「離れていたほうがいい」
男の声に苦痛の色がないことが、余計に痛ましかった。
「大丈夫です。いま手に怪我をしていますから、絶対に触りませんので」
崖から落下した際にかなり手に擦り傷を負った。この状況で触れるときっと毒に当てられるのだろう。メイラは強いて明るく笑みを浮かべ、励ますように頷いた。
傷は背中。スカーが破いた服はぐっしょりと赤黒く汚れていて、鉄さびの生臭い臭いが鼻をつく。
刃物傷だった。スカーが濡れ布巾で傷口の周りを拭うと、いまだ裂けた傷口からくぽくぽと鮮血が溢れ出ているのが見てとれた。
メイラの知識ではまず止血。それから縫合だが、スカーは薬草をすりつぶした物を布に広げて、直接手でふれることなく傷口に押し付けた。
うつぶせになった男の背中がびくりと震え、よほどしみたのだろうとわかる。
ふと、ルシエラが何かを感じ取ったかのように顔を外に向けた。
窓際に寄り、身を隠すようにしながら様子を伺うと、幾度見ても彼女には似つかわしくない舌打ちをしてさっとカーテンを引いた。
「客が来ている」
奇妙ものを見るような表情でメイラの動きを目で追っていた海賊が、独特の重心移動でしなやかに立ち上がった。
「つけられたな」
「……意図して誘導したなら殺す」
「殺す殺すって、怖え女だ」
黒墨色の肌の海賊は、カーテンの隙間から森の様子を眺めて肩を揺らした。
「仲間と繋ぎをとろうとしただけさ。どういう連中かはしらないが、ひっかかってくれたのはめっけもんだ。あいつらが乗ってきた船をありがたく使わせてもらおう」
海賊は、ルシエラの美しい薄灰色の目で睨まれて、若干気まずげな表情になった。
「わざとじゃねぇって」
「……あの男」
森の方をじっと観察していたルシエラが、歪んだガラスの向こう側に何を見たのか低くくぐもった声で唸った。
怨念がこもったその声色に、近くにいた海賊はぎょっとして、メイラはより不安を大きくしながら彼女の様子を見守る。
「……丁度着替えと武器を手に入れたいと思っていた」
ふふふふふと、ルシエラの事を良く知るメイラでもぞわりと背筋が冷えるような含み笑いと共に、銀色の麗人は美しい顔を美しく上気させた。
色白の頬が赤らみ甘い吐息を零すさまは、はっとするほど煽情的で、同時に空恐ろしく冷酷だった。
「行くぞ海賊。最低でも二人は血で汚さないようにしろ。小柄で細身な奴がいい」
「え? 俺も行くの?!」
「責任をとって一人で殲滅してきてくれても構わないが」
「せ、殲滅って」
海賊の黒い顔が、傍目にもわかるほどに引きつる。
「お飾りではないのだろう? 海賊王子。その腕前を見せてくれ。そうすれば金を払おうという気になるかもしれない」
まるで悪人の台詞だ。
ルシエラは壁に立てかけられていた火箸棒を握って、すたすたと入り口に向かって歩き始めた。
形の崩れたワンピースドレスに濡れ髪、もちろん化粧などしていないし、凝った髪形もしていない。握っている武器も剣ではなく、武骨なだけの鉄の棒だ。
それでも存在そのものが際立っていて、彼女ほど美しい人間はこの世にいないのではないかと見惚れた。
「……ええー」
すっと背筋を伸ばしているルシエラに対して、海賊のほうは見るからにやる気がない。
むしろ嫌そうな顔をしていたが、ルシエラの壮絶な流し目を受けて「うっ」と唸り、渋々とだが従うことにしたらしい。
「裏口から出て横手から攻撃するから、お前は正面から出て交渉するふりでもしてくれ。合図はない。情報源も必要ないから、好きなようにやってくれていい」
「いやだ、行きたくねぇ」
ざっくりすぎる指示に、先行き危ういと思ったのだろう、海賊の肩が落ちた。
ちなみに男が握っているのは、天窓を開け閉めするときに使う木の棒だ。
背中を丸めて何度も溜息を付き、首を振る。ぶつぶつと漏れ聞こえて来るのは、剣すらない現状で敵を殲滅しようとするルシエラへの苦情だ。
「……じゃあ、ちょっと行ってくるから、そいつのこと頼むよ」
相手が何者であろうと、容赦なく己のペースに巻き込むルシエラの手腕は相変わらずだった。
メイラはほんの数秒間、相手が海賊であることを忘れた。
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<ご報告>
皆様に多大なご心配をお掛けしております。体調不良は継続中です。
今流行中のあの病気は陰性でしたが、血液検査の結果があまりよくなく、予想もしない病名を告げられました。
命にかかわるような病気ではありませんが、しばらくは投薬が必要で、できれば入院して欲しいとのこと。
ですが、毎日弁当やいろいろと手のかかる子供たちにのこともありますので、この一週間はほぼ毎日通院点滴を続けてきました。
もう一度検査をして、その結果次第で薬を減らしていくそうです。
いつまでも健康で若いつもりでいましたが、そろそろいろいろとガタがくる年齢のようです。
皆さまも、お気を付けくださいね。
ちなみに点滴を受けて体重は二キロほど戻りました。
ちょっと残念><
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月誓歌 有須 @sirotama-
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