6話 強くなりたいのです!
『六道武念』。
それは中央の国に置ける六の“席”に座る最強の六人の事を指す。
彼らは様々な種族から選定、又は襲名された者達であるが、席が上に行くほどにその実力と権力は上がって行く。
特に【長老】ヴォルドバッカスは『六道武念』の設立者にして、初期の頃から変わらずに一席に座り続けている。
ヴォルドの持つ影響力は世界の行く末を左右すると言われ、北と南の両国はトップが変わる際には必ず挨拶へ赴く程。
自身も天災に匹敵する事象を容易く起こす魔力を持ち、あらゆる場所に張られた情報網を巧みに使いこなす。
彼の知らないことは何もない。
実力も権力も世界の誰よりも保持している最強の存在。それがヴォルドバッカスであった。
そんな彼に、お前は敵か? などと言われる事は死刑宣告と同義である。
その眼を向けられれば誰もが嘘偽りを口に出来ない。
ヴォルドから視線を向けられると言う事。それ程に解りやすい“詰み”はなかった。
「……え……あ……」
ルシフも例外ではない。身体が震え、声が出ない。
一言一句聞き逃さないヴォルドの威圧を正面から受けて平常心を維持できる者は『六道武念』でさえ困難だった。
「13人だ」
「え……?」
声が出せないルシフへヴォルドは告げる。
「お前が殺したギルド戦士の数だ。だが【天使】の戦闘力にしては少ない方だな」
戦時中の【天使】の戦果は言うまでもなく3桁は越えている。それだけ個の持つ戦闘力は並外れたモノなのだ。
13人も……殺した……
告げられる事実にルシフは涙を流しながら眼を伏せた。
「ジイさん」
「なんだ?」
するとシガが横から口を挟む。ヴォルドに横槍を入れるなど、世界でも片手に数える程しかいない。
「姪はまだ10歳だ」
「だから何だ?」
「10世紀以上も生きたジジイが子供を泣かすなよ」
ビリッと場に別の緊張が走る。サリナとジェイでさえ、冷や汗が流れる程の緊張感が漂った。
「自分は何でも出来ると思ってやがる」
「それはワシの事か?」
「ボケか? それ以外に考えられねぇだろ」
「ふむ。では試してみるか?」
次に場は息さえも満足に出来ない圧に包まれた。
シガは笑っているが内心に怒りを宿しているのが解る。
それはお互いに銃を突きつけてる状態。
どちらが先に引き金を引くか。そして
この場を唯一諌める事の出来るのは『三席』だけだ。
サリナでさえ声が出せない圧であり、ジェイに関しては息をするだけで精一杯である。
「わ……た……しは――」
その時に響いたのはルシフの声だった。
ヴォルドは質問を求めていた者が口を開いた事でそちらに意識を向ける。
シガは
「みんな……わたしを……守ってくれたのです……でも……そのせいで……なにも出来ずに……全部……無くしてしまったのです……だから――」
ルシフは顔を上げると涙を流しながら告げる。
「今まで……奪ってしまった命が……無駄じゃないって……」
オルグを止められなかったのも全部自分が弱かったからだ。
私が弱かったから……お母さんも二人の姉も失ってしまった。
そして、今回も伯父に助けて貰っている。弱いままだと……最後の家族まで居なくなってしまう。
そんなのは嫌だ!
「ならば、お前はどうしたい?」
涙を流しながらも真っ直ぐ自分を見てくるルシフへヴォルドは問う。
「強くなりたいのです!」
ルシフは震えていたが、弱い心が押し込めていた言葉はハッキリと口に出すことが出来た。
「……なぁジィさん」
シガは笑いながら告げる。
「カッコいいだろ? うちの姪っ子は」
「……」
するとヴォルドは席から立ち上がった。
「処分は追って連絡する。報を待て」
「あいよ」
ヴォルドはそのままジェイの開ける扉を抜けると部屋を出て行った。
途端、周囲の草原の風景が消え、場所は色気の無い、
「え?」
驚きに見回すルシフであるが、サリナは心を落ち着かせる様に息を吐く。
「止めてくれませんこと? 【長老】にあのような発言は」
「寿命が縮んだか? 200年も生きてるくせによ」
シガは笑いながら煙草を取り出すと火をつける。
「そんなんじゃ、まだまだ『二席』は遠いぜ?」
「……帰りますわ」
サリナは立ち上がると一度ルシフを見る。
「歩くのは“棘の道”では済まなくてよ」
「え……あ……はい……なのです」
それだけを言い残すと部屋から出て行った。
「恐い思いをさせたな」
「……そんなことは無いのです……」
まだ震えている手を見る。しかし、どれだけ恐ろしい存在が前でも自分の意思をハッキリと口にする事が出来たのだ。
「シガさん……ありがとうなのです」
「ハハ。そうかい。まぁ、あのジィさんにあれだけ言えたんだ。お前は強くなる」
優しく頭を撫でるシガに褒めてもらったルシフは自然と笑顔になった。
「お前達にもあれくらいの気概が欲しいものだな」
「精進します!」
ヴォルドの後ろを歩くジェイは、あの時、動けなかった自分に不甲斐なさを感じていた。
「全くもってこの界隈は面白い」
しかし、どこか上機嫌でもある師の様子から悪い対面ではなかったと胸を撫で下ろす。
「……」
「どうでしたかな? ヴォルド様の立ち会いは」
サリナは帰りの馬車に揺られながら正面に座る執事に問われていた。
「思った以上に『二席』は遠いですわ。【長老】が彼の後任を選ばない理由も」
「それでは諦めるので?」
「まさか。必ず『二席』は私のモノにしますわ」
その為には証明せねば。
この身が『二席』に収まる器であると言うことを――
「バトラー、【ナンバーズ】と【命の木】に関する情報を精査しなさい」
「承知いたしました。当主様」
狼と天使 古朗伍 @furukawa
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