5話 ギルド
シガは住んでいる寄宿舎を出ると煙草に火をつけてルシフと共にロックタウンへ繰り出す。
ロックタウンの街並みは近代的な建築物の並ぶ北の国よりも、何処か廃墟的であり、古い物を何度も補強して建物として維持している物が多い。
外に出ている店は全てがテントを張ってその下で品を並べている。精密な品を売る場合は実物を模した模型とカタログが基本であった。
「なんだ、シガ。ついに犯罪に手を染めたか?」
「姪っ子だ」
行きつけの飲食店の店主は
「シガさーん。前は荷物運び、ありがとうございましたー」
「親父さん、足は良くなったか?」
前の依頼で世話になった砂竜で荷物を運ぶ娘が遠くから手を振っていた。
「……」
街を歩いていると何かと話しかけられるシガは、この街ではそれなりの有名人であるらしい。
「シガさんは、いつからこの街に居るのです?」
「前からちょくちょく寄ってはいたが、本格的に住み始めたのは戦争が終わってからだ。オレの出身は南の国だからな。シズルも」
「お母さんは言っていたのです。いつか一緒にお母さんの故郷を見に行こうって」
「……そうか。アイツは南の国に帰ってきてくるつもりだったのか」
「もし、機会があれば行ってみたいのです」
「今すぐは無理だが、ベリアルとマスティマを見つけたら行こう」
その後、適度に話しかけられる人々にルシフの事を紹介しながら二人は二階建て建物にたどり着いた。
「ここがギルドだ」
ルシフはロックタウンの中心にある巨大な建物――ギルド本部を見上げていた。
ギルドは北の国、南の国の両方の国から登録している『戦士』に対して依頼を斡旋する事を生業としている。
ギルド内でも『戦士』にはランクが設けられており、最も高いランクがS、最も低いランクはE。
創設してから僅か二ヶ月という期間の短さにも関わらず、既にSランクの『戦士』は何人か存在している。
元々、中央の国にはギルドに似た組織があったことから、運営自体は混乱もなくスムーズに行えており、北と南の首都に支部を展開するところまで移行していた。
それでも、Bランク以上の査定は本部でしかできないため、荒廃した大地を様々な方法を使って赴く者たちが存在する。
ギルドマスター曰く、旅も出来ない奴がB以上になるなど考えられない、との事だ。
「出来立てだが組織構成はしっかりしているし、治安維持の部隊もギルド本部の戦力として組み込まれている」
シガはルシフと共にギルドの建物を見上げていた。横長の建物に入り口は二か所。両方とも出入口を兼ねているが、シガの身体の倍近い枠をとっている。
「扉がすごく大きいのです」
「デカい魔族も出入りするからな。逆にオレ達みたいな人族は物珍しい部類だぞ」
この世界で最も数を減らしつつあるのが人族であり、シガも身内以外に見たことは無かった。
「人族は出生率も低いし、産まれても一人か二人だ。お前達みたいな三つ子は珍しい方だ。素直に嬉しく思うよ。シズルがお前たちと出会えたのは運命だな」
人族は他の種族に比べて身体も頑丈とは言えず、病気にも弱い。
「わたしもお母さん出会えてよかったのです」
「ありがとな。それじゃ、ギルドに入るか」
開放しっぱなしの扉を抜けると、ギルドの中は妙な緊張感が漂っていた。
いつもは緩い喧騒が絶えないのだが、今は誰しもが慎んだ様子である。
「なんか雰囲気違くないか?」
シガは一番近い受付に顔を出す。すると受付嬢は明るくなった。
「シガさん! ああ、良かった……ようやく開放されます」
「話が見えないぞ。何かあった?」
「ギルドマスターが二階に来てるんです。後『六道武念』の“四席”の方も」
「ああ、それでか」
ギルドの持つ最高戦力が頭上に集まっているらしい。
彼らに眼を向けられる事はギルド戦士にとっては永久の栄誉を約束された様なものだ。
「皆さん何とか接点を持とうとしてます。しかし……」
「ま、話しかけられんわな」
特にギルドマスターは人前には滅多に姿を見せない事で有名だ。
「今、『二席』が空席と言う事もありますし」
「オレは知らねー」
「他人事じゃないですよ、もうっ」
一通りの会話を終えてシガは受付を離れると待たせていたルシフと共に二階へ向かう。
「ここか」
「な……なんだか異様なのです……」
二階には複数の会議室があるが、その内の一つだけが異常な圧力を扉越しに感じさせた。
「三人か。ジェイもいるな」
シガは開ける前から中に誰が居るのか解っている様だった。
「ルシフ。ちょっと驚くかもしれないが、オレがついてるから心配はするな」
「はい……」
そうは言っても心配性のルシフは不安を拭いきれない。扉が開く。
「……え?」
「また盛大に
扉の向こうは見渡す限りの平原だった。
晴天の空。風に揺れる青草。心地よい日差し。
そして草原に中にポツンと置かれた長机に座る二人と扉の近くに立つジェイの姿が確認できた。
「その娘?」
席に座る『吸血鬼』の少女がルシフを見る。
価値を計るかのような眼は見つめられると全てを見透かされそうになる。
「自己紹介くらいしたらどうだ? なんて呼べば良いか解らないだろ?」
シガに話しかけられた少女は、どこか怪訝そうな眼を彼に向けた。
「サリナ・ロード・ブラッドですわ。御嬢さん」
「え、えっと……ルシフル・アミカサなのです……」
「聞こえないわ。もっとはっきり声を出してくれません?」
「はわわ」
「この空気に慣れないんだ。察してくれよ貴族様」
「貴方には話していません」
あからさまにシガに対して敵意を見せるサリナはルシフから視線を外す。
「シガ。まずは席に着け」
すると一番奥の上座にいる、髭の長い老人が言葉を放つ。
シガは脇の席に座りルシフはその隣に――
「お主はワシの正面だ」
その言葉に、おろおろするルシフにシガは微笑を浮かべながら、
「手の届く所にいるから大丈夫だ」
と安心させて老人と対面する位置に座る。
「ワシはヴォルドバッカス。ギルドマスターをしておる」
そして、サリナとジェイに視線を向ける。
「このサリナは『六道武念』の“四席”だ。扉の近くに立っておるのはジェイ。ワシの弟子である。妙な気は起こすな」
「は、はい!」
ヴォルドは桁外れの戦闘力を持つ【天使】としてルシフを見ていた。
「最初に問う。お主はギルドの戦士を殺しておる。ワシらの敵か?」
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