第23話 俺が想像していた冒険者生活はこれじゃない。

 手筈通りミミックが父親を連れ出した後、俺は真っ先にエリスとメイを拾いに行くつもりだった。

 本当です。これマジね。本気とかいてマジって読むタイプの本気(マジ)。

 それなのにあいつと来たらなんだ。モンスターを残して行っていいだと? 俺の負担を増やしやがって……。

「それで二人を逃がしてお前もまた脱走する気か」

「そんなことはしない。ここに脱走防止用に手持ちのモンスターを置いていっても構わない。一度しっかり二人で話がしたい」

 この台詞を後ろで隠れて聞いていた時、思わず「ちょっと待て!」と言いそうになった。それをぐっと堪えて冷たい廊下の隅で気をうかがっていたのだ。

 目に見えているモンスターは二体だが、他にも俺の様に隠れているそれが存在するはずなのである。

 赤の冒険者になったからとはいえ、そんなものを俺が倒せるのだろうか。それにメイはさておき、今回エリスという地雷を抱えながらの戦闘になる。無理だろ。下位冒険者の弱さは俺が身をもって知っている。

 しかしここまで来て逃げ出すのはいけない。

 俺はとんとんと床を弾くようにして叩き、思考する。

 どうせこのまま隠れていても事態は好転しない。それどころかミミックの足止め期間が終わってしまうということもあり得る。そうなってしまえば俺は、モンスターと父親との交渉をいっぺんに背負うことになる。それだけは避けなければならない。その為にミミックに足止めを依頼したのだから。

 仕方がない。

「ようエリス、メイ。元気してたか?」

 右手を掲げ、軽快に挨拶する。

 二人は目を白黒と活発に動かして、俺(ミミック)が入っていった別室と、俺の顔を交互に見る。

「なぜここにいるのですか? どうして?」

「フィンって双子だったの? それともあの部屋で殺されて亡霊として出てきたの? どっち?」

「なんでその二択しかないんだよ、さっきまでの俺はミミックだ。足止めを依頼したんだよ」

「それメイにも教えてくださいよ!? なんで黙っていたんですか!?」

「いやだってお前顔に出るだろ。敵を騙すには味方から戦法だ」

「流石は悪知恵のフィンね」

「お前は今回その悪知恵に助けられたんだぞ」

「……元凶もその悪知恵(フィン)さんなんですけどね」

「小声で本質を突くな」

 久しぶりに三人でいつもの、普段通りの、他愛無い会話を繰り広げる。

 すとんと型にはまるような快感と安心がそこにはしっかりと存在していた。

 辺りを見渡す。やはり俺の推測は間違っていなかったようで、周りにはモンスター達が闊歩していた。アイリス内部、ましてや室内なのにも関わらず、城壁外程のモンスターの量である。腐敗した街ならではの光景なのか、それとも俺の父親が異常なだけなのか。おそらくその両方なのであろう。

 そして俺はそんなアイリスを内側から変えるのだ。

 その為には、ここを傷なしで切り抜けなければならない。

「エリス、メイ、覚悟は良いか?」

「ええ」

「勿論です」

 モンスター達と対峙する。睨み合う。いつか村の長ともこういった状況に陥ったことがあったな、とそれほど昔の話でもないのに、どこか懐かしさを感じて笑みが零れた。

「え、なに? 戦闘に悦楽を感じちゃうタイプ?」

「お前、助けられてる側の台詞かよ? それが」

「だって気持ち悪かったんだもの! というか早く連れ出しなさいよ! こうなってるのも全部あんたのせいなんでしょ! 責任取りなさいよ!」

「うるせえよ! だから助けに来てんだろが!」

「エリスさんフィンさん! こんな時にいつもの夫婦漫才は慎んでください!」

「「夫婦じゃねえよ(ないわよ)!」」

 そんな会話をしつつ、俺は人差し指で撫でるように壁を撫でた。

 モンスター達も俺の突然の行動を理解することができないらしく、茫然と俺の指の行方を眺めている。知能が備わっているタイプのモンスターでなくてよかった。

 瞬間、空間が破裂する。

「っ! フィンさんこれって!」

「ああ! 通り抜けスキルだ! 赤の冒険者が使うと衝撃波の威力も増すんだな!」

 俺はその衝撃波によって吹き飛ばされそうになるエリスの腕を掴み、その被害から守る。

 赤の冒険者になったことにより、その衝撃波の範囲も威力も絶大なものになっていた。モンスター達が突然のそれに対応できるわけもなく、後ろの壁まで叩きつけられる。

「あんたいつの間に赤の冒険者になったのよ! おいていかないでよー! 一緒に白のまま頑張るって約束したじゃないの!」

「してねえよ! 訳の分からんこと言ってないで早く逃げるぞ! そろそろミミックの足止めも終わる頃だ!」

 通り抜けスキルを使用し、ぽっかりと空いた穴。それを使って脱走する直前、メイがじとりとした目で俺を見て、

「赤の冒険者の力を使ってモンスター達を蹴散らすのかと思いましたよ。最後までダサい男ですね」

 と言った。

「お前段々口悪くなってんぞ! 誰のせいだ! エリスか!? エリスに影響されてんのか!?」

「失礼ね! 私は口悪くないわよ! 訂正しなさい! エリス様は品行方正才色兼備美男美女であると!」

「なんだよ美男美女って。よくわかってない言葉適当に使うからそうなるんだよ、もう黙っていた方がいいぞ。これ以上恥を晒す前にな」

「う、うるさいわね! さっさと行くわよ!」

「ああ、当然だ! 一刻も早くこんなところから出るぞ」

「では、行きましょうか」

 俺達はエリス奪還を無事遂行することが出来たのだった。

 ミミックという犠牲は出たかもしれないがそれはもう本当に仕方がない。仕方がないことなのです……。尊い犠牲であったと割り切っていくしかないのです……。

 そんな冗談を心で繰り広げられるくらいには、清々しい気持ちで溢れていた。



 ギルド内である。

 喧噪は止まない。

「フィン? 私に対してなにか言う事は無いのかしら?」

「なんだ? あー、そういえばちょっと太ったな、お前」

「そういうことじゃないわよ! 謝罪よ謝罪! 連れ去られた原因をつくってしまってごめんなさいって!」


「ツレサラレタゲンインヲツクテシマテゴメナサイ」


「殴りたい! めちゃくちゃ殴りたい!」

 俺は涼しい顔で告げる。

「ああいいぜ! 殴れよほら! 殴っても痛いのはお前だぜ! なんせ俺は赤の冒険者だからなあ! 今の俺の身体は鉄のように固いんだ!」

「エリスさんが可哀想になってきたので援護します。エリスさん、インフェルノかエリスさんの腕に硬化魔法を付与してそれで殴るか、どっちか選んでくだ――」


「――連れ去られた原因をつくってしまって誠に申し訳ございませんでした。お酒やご飯など好きなだけどうぞ。すべて僕がお支払い致します」


「それでいいのよ」

「クズの代名詞として語り継がれるべきですね、この人は」

 ギルド内の飲食店で、俺達は安酒とあまり美味しいとは言えない食事を食らっていた。ミミックに対する報酬もあるのである。現時点では小金持ちではあるが、その使い道は既に決まっているのである。

 その為俺達は、対して美味しくもない料理店でリルを消費している。

 そんなとき、俺の顔をした人間が俺達のテーブルに近づいてくるのを感じた。俺は咄嗟に百万リルを隠す。

「フィン、お前今何を隠した?」

「何も隠してねえよ!」

「嘘つけ。俺への報酬隠しただろ今」

 ミミックである。

 俺の顔を使用して、堂々と店内に入ってきたこいつのメンタルってどうなっているんだろう。

 ミミックは俺達を見て少し笑う。

「取り立てに来たんじゃねえよ、報酬はいらねえ」

「え? どうしてだよ。咄嗟に隠したが払うものは払うぞ?」

 予想外の台詞に少し驚く。

「いや、俺はお前らに迷惑かけたろ?」

 そういって彼は、その姿形をエリス、俺、メイ、の順番で変えていく。

「まあこんな感じでお前らに擬態して迷惑をかけたわけだ。だからそれをその報酬でなかったことにしてほしい。俺も人間が好きになってきたんだ、遺恨が残るのはやなんだよ」

「なるほど、そういうことか」

 エリスもメイも理解したのか、納得の表情を浮かべて頷いている。

 許してもいいか聞くまでもないな、と俺は判断して、

「怒ってねえよ、ありがとうな」

 と告げた。

 それを聞いて満足したのか、そそくさと帰っていくミミックをエリスが呼び止める。

 ミミックは疑問符を浮かべながらこちらを振り返り、「どうした?」とだけ言った。

 エリスはテーブルに並べられている食事と、美味しいとは言えない酒を指さして、ミミックに優しく言葉を投げかける。

「ならあなたも食べていきなさいよ。友好の印よ、今回は奢るわ」

「いいのか?」

 それに続いてメイも口を開く。

「いいですよ。もうお友達ですしね。奢りますよ」

「本当かよ、まさか人間と飯食う日が来るなんてな……」

 感慨深くそんなことを言うミミックを見ながら、俺はエリスとメイに疑問を投げかけた。

「奢るって、お前ら金ないだろ?」

「いや、奢るのはフィンさんですよ」

「そうよ、何言ってるの? 全額フィン持ちに決まってるじゃない」

「いやいつから決まったんだよ!?」

「いまから」

「それこそ詐欺師じゃねえか! なんでこうも毎回俺が一番不幸な立場なんだよ!」

 四人で食卓を囲みながら俺は叫ぶ。

 銀髪の頭の悪い少女と、賭博廃人の少女、それに加えてモンスターと来た。

 やはり、俺の冒険者生活というものは間違っていると言わざるを得ない。

 想像していた冒険者せいかつは、絶対にこれではない。

 しかし、そんな生活も悪くないと思っている自分も、そこには確かに存在していたのだ。

 俺は対して美味しくない安酒を流し込んで、取り敢えずはこの残念過ぎるパーティと冒険者という刹那の日々を楽しむことにしたのだった。

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俺が想像していた冒険者生活はこれじゃない 如月凪月 @nlockrockn

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