第22話 騙

 交渉を終えてから数時間後。俺は赤髪の少女に詰められていた。

 大きな屋敷の目の前で、俺達は会話に興じていた。

「全く。どこに行っていたんですか。逃げたのかと思いましたよ」

「逃げねえよ。俺はそんなやつじゃねえ」

「ならいいです。本当、心配したんですよ。エリスさんに続いてフィンさんもいなくなってしまうのでは、と、心配していたんですから」

 俺を見つめるメイに、少したじろいでしまう。こんなにいい仲間をあれ程まで蔑ろに扱っていたのか……とフィンという人間を糾弾したい気分だ。

 門に手をかける。

 隣にいるメイをちらりと見やってから、「じゃあ、行くか」と告げた。それに言葉での返答はなく、こくりとだけ頷く彼女を見て、俺はそれを押し開けた。

「お邪魔するぜ」

 とだけ吐いて。



 大きすぎる屋敷の中を、俺達は縦横無尽に駆け回っていた。

「フィンさん!? 自分の家なんですよね!? さっきから同じところをぐるぐると回っているようにしか見えないのですが!」

「うるせえ! 広すぎるんだよ! 流石は貴族だな!」

「自分で言うことではないと思うのですが!」

 何度も同じところをぐるぐると回っている。その指摘は間違いではなかった。

 なにせ広すぎるのである。一度見た部屋をもう一度確認するようなことが起きないように、一度確認した部屋の扉は開けたままでいるのだが、それもこの屋敷に雇われている何者かによって閉められてしまう為、物事が堂々巡りになってしまっている。

「索敵スキルでエリスさんを見つけようとしたのですが、本来あれはモンスターに対して使用するスキルの為役に立ちません! そして何故かフィンさんが敵であると誤認識もしています!」

「使えねえな! そんなもん使う暇があるならさっさとエリスを見つけやがれ!」

「分かってますよっ! フィンさんも赤の冒険者になったんですからスキルでもなんでも使って見つけ出してくださいよ!」

「ええ!? そんなに強かったのかフィンって……じゃねえや! んなもん出来たらやってるよ!」

「なにを言っているか分かりませんが、さっさと救出してこんな屋敷とはおさらばしますよ! モンスターを雇っているというフィンさんの推測は正しかったようですし、ね!」

 メイは冒険者である力をフルに使って、侵入者である俺達を襲うモンスターを行動不能に追い込んでいく。

「というかなんでこの侵入者撃退センサーがフィンさんにまで反応しているんですか!?」

「しらねえよ! こんな暴れまわったら身内でも反応するんだろ!」

「そういうものなのですかね! どこまでも役に立ちませんね!」

「お前を先に倒してもいいか?」

「仲間割れはやめましょうよ! 上位冒険者になったからと言って調子に乗っているんですか? 卑怯な手段で駆け上がっただけの詐欺師冒険者のくせに!」

「なあ! 俺達って本当に仲良いのか!? 分からなくなってきたんだが!」

「うるさいですよ! 目の前のモンスターに集中してください!」

 俺に向かって攻撃を仕掛けてきたそれに対し、メイが追尾弾で応戦する。援護してもらった形で難を逃れた。俺は短く感謝の念を伝え、エリスを探す。

 その時だった。今まで活発に動いていたモンスターたちが一斉に動きを止め、俺を見る。

 否。

 俺の後ろにいるなにかを見つめている。

 恐る恐る振り返ると、そこには妙齢のの恰幅の良い男が立っていた。フィンの父親だろうと推測する。

 そしてその推測は正しかったようで、彼は俺を見て「やっと帰ってきたか」と吐き捨てるように言った。

 隣には銀髪の少女、つまりエリスが立っており、憔悴しきった瞳で俺を見つめながら、

「遅いわよ! なにしてたのよ! 攫われたら即刻動くのが当然でしょう!? 本当、使えないわね!」

 と指を刺しながら叫んでいた。

「メイ、こいつ置いて帰らないか?」

「そうですね、少しメイもそう思いましたよ」

 そんな俺達の言葉を聞いて、慌ててエリスが訂正する。遅いだろ。どこまで馬鹿なんだ。

「嘘だってば! 本当に感謝してるわ!」

「本当か?」

「本当よ」

「どれくらい感謝してる?」

「お酒を奢ってもらった時くらい」

「全然足りねえよ! なんで酒とお前の救出の価値がイコールなんだよ!」

「嘘だって!」

 エリスはそこで一度言葉を止め、「……感謝告げるのってなんか恥ずかしいんだもん」と頬を膨らませて目を逸らした。

「何を舞い上がっているのかは知らんが、フィンの意見を聞くまでこの小娘は渡さんぞ。帰ってくるのか、来ないのか、どっちだ」

「……別の部屋で話し合おう」

「それで二人を逃がしてお前もまた脱走する気か」

「そんなことはしない。ここに脱走防止用に手持ちのモンスターを置いていっても構わない。一度しっかり二人で話がしたい」

 男は一度思案し、「いいだろう」と呟いた後、雇いのモンスターを置いて別の部屋へと歩いていった。ついてこいという意味だろうと解釈し、俺は続く様にして歩みを進める。

 急に静かになった廊下に、足音だけが響く。

「フィン、大丈夫なの?」

「あー、大丈夫だ。なんとかなるよ」

「本当ですか? 帰ってきますよね?」

「勿論」

「……本当に帰ってきなさいよ、本当に」

「ああ、大丈夫だよ」

 出来るだけ不安を取り除こうと、俺は二人に笑いかけてから、別室へと向かった。



 とんとんと人差し指で弾くように叩く。

 これだけは覚えておけと、言われたのだ。

 煌びやかな装飾の施された室内に、二人きり。これが男女であればな、と思う。

「それで、答えはどうなんだ」

 それに返答はしない。

 一室に眠らせておくには些か豪勢すぎる椅子に腰かけながら、俺は机をとんとんと叩く。

 そんな俺を見ながら、彼は呟いた。

「それ、幼いころからの癖だな」

 そうなのか。

 だからこれだけやっていればいいと、あいつは言ったのか。

 彼はもう一度、俺に問う。

「戻ってくるのか、来ないのか」

 とんとんと、叩く。

 彼は続ける。

「後者であれば、彼女たちの命の保証は出来ない。私の一声でモンスターは動くんだ。それを踏まえて発言してくれ。私はお前を心配しているんだぞ」

 とんとん、と。

「いつまで考えている。早く答えを出せ、フィン」

 詰め寄られる。

 もういいか。充分時間は稼いだだろう。ここまでが俺の範囲内だ。ここからは範囲外だぜ、フィン。

 脳内でそんなことを呟きながら、俺は擬態を解除して元の白に戻った。


「よォ、おっさん。まんまとフィンに騙されたみたいだなァ?」


 舌を出して、憎たらしい笑顔を浮かべて嘲るように謳う。

 彼の表情は、驚愕一色に染まっていた。

 後は上手くやれよ。とだけ、願ったのだった。

 偶には些細な絆とかを重んじる生物になってみるのも、ありかもしれない。なにせ俺はいつでも誰かになれる、ミミックなのだから。

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