第21話 おはなし
「フィンさん。本当になにを考えているんですか? メイ一人で先に行ってろと言いましたか? エリスがいるであろうフィンさんのお家に行けと、そう言っているんですか?」
「ああ、そうだな」
「なに考えてるんですか? 頭馬鹿になりましたか? 常識人側に立っている風を装っていたのに、本当は馬鹿だったんですか?」
「エリスよりかは頭は良いと思っている」
「比べる対象が低すぎますよ!」
「お前、本人居ないからってめちゃくちゃ言うなよ。エリスが聞いたら泣くぞ」
ギルドで報酬を受け取った後、俺はメイに指示を出していた。
まずは先に俺の屋敷に向かっていろ、と。俺は後から追いつくから待っていろと、そういう指示を出した。
ギルド内の喧騒に紛れるように、俺は目を伏せる。
「頼む、先に行っててくれ」
「まさか、逃げるんですか」
その目には確かに失望の色が混ざっていた。真っ直ぐな赤の瞳に、疑念や落胆の色が混じって赤に影が差している。
そしてその影は、俺に対する抗議の色でもあった。
俺はそれを否定するようにひらひらと手を振る。
「逃げない。やることがあるんだ。確実にエリスを助ける為に」
「赤の冒険者になって、まだ準備が必要だと? 今もエリスさんは囚われているというのに? 準備なんてもう必要ないじゃないですか」
「念の為だ」
「その念の為、の為にエリスさんを放っておくと?」
「結果的にはそう見えるかもしれないな」
メイは俺を一瞥し、それから「わかりました」とだけ答えた。
少し心が痛んだが、仕方がない。
俺は去っていくメイを後ろで眺めながら、小さな背中がもっと小さくなるのを待っていた。
屋敷に向かったのを確認してから、俺はひとつ今までの不安や焦燥を吐き出す為に溜息を吐いた。
ここからだ、
ここからが本番なのだ。
俺はギルドを出て、俺達が出合うきっかけとなった村へと急いだ。
○
村へ訪れていた。
ここに来るのは何回目だろうか、最後に村長と険悪な別れ方をしたので、もう助けてはくれないかもしれない。その過程はさておき、俺はこの村の資本を奪い取った人間だ。歓迎はされないだろう。
だから俺は、村に住んでいる人間に出くわしてしまわないよう、隠れて行動していた。
この村に来たのは、村人と会話するわけでも、ましてや村長から金を獲るわけでもない。
ミミックと会う為である。俺達の模造品と、交渉しなければならない。それが成立するのであれば、スライム討伐で得た報酬など全てくれてやるつもりである。
村全体が見渡せる高台。かつてエリスとクエスト達成の為に待機していた場所。そこに俺はまた立っていた。大地を踏みしめ、前回とは違う目的達成の為に行動していた。
見渡す。怪しい動きはない。それもそのはず、この村を脅かしていたミミックは、俺達の手で捕縛したのだから。
そんなミミックに助けを求めることになるとは、人生とは面白いものである。
星が俺を見下ろす。
冷たい風が頬を攫う。
俺の肩を叩く人間が隣にいる。
「ようフィン。久しぶりじゃねえか」
隣に立っていたのは、艶やかな銀髪を腰辺りまで伸ばしている――
「――エリス?」
「じゃねえよ」
エリスの姿形をしたそれだったが、瞬間それは歪み、そしてまたゆっくりと造形を整えていく。
気づけばそこには、中肉中背の前髪を目にかかるほどまで伸ばした男が立っていた。
「俺じゃねえか」
「どうだ? 似ているか?」
「意味の分からねえモンスター特有のジョークはやめろ、ミミック」
俺の目の前に佇んでいるのは、俺が探していた張本人で間違いなかった。
「面白えと思ったんだけどな、これ」
「すげえつまんねえからやめた方が良いぞ」
「……。分かったよ」
そう言うや否や俺の擬態を辞めて、それ本来の姿に戻るミミック。
白い影がゆらゆらと動く。
「てかミミック、お前許されたの?」
「ああ、反省してこの村の手伝いをするってことで許された。しっかり報酬もくれるぜ、少ないけどな」
ミミックがどこから取り出したのか、この世界で流通している硬貨をじゃらじゃらと出す。こいつは他のモンスターと違って人に擬態することができる為、人間の娯楽を人間の通貨を使って人間の振りをして楽しめるのである。
「で、フィンはなんでここに? 他の馬鹿二人とは一緒じゃないのかよ? あー、でもお前銀髪女も見捨てようとしてたなそういや、あんまそういうの興味ないのか?」
「いや、今日はお前にそういう話をしに来たんだよ、しっかり報酬もある。聞いてくれるか?」
「いくらかによるな」
「百万リルまで出せる」
俺はスライム討伐で得た報酬をそのままミミックに提示する。
すると彼はにやりとモンスター特有の笑みを張り付けて、その場に座り込んだ。
さて、交渉開始と行こうじゃないか。
「一つだけ、覚えておいてほしいことがあるんだよ――」
仲間の為にモンスターと仲良く内密な話をするなんて、どうやら俺の頭もエリスに侵されてしまったようだな、なんて、俯瞰的に感じていた。
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